1-02 原因
「――ふぅ」
そっと溜息をつく。
大男はピクリとも動かない。
完全に意識を失っているようだ。
それでも僕は警戒を解かず大男に歩み寄り、彼の腰に吊るされていた十字型の【法具】を手に取った。
一体いくつの術式が込められているのかは分からないが、これを制作した魔術師は相当悪趣味で――相当の実力者だろう。
製作者が気になる所だが、致し方あるまい。
踏み潰し、完全に粉々にする。
「……さて、これで一件落着か」
呟き、辺りを見渡す。
地面に転がる大勢の山賊達。
誰もかれも、【咆哮】やダメージ過多によって気を失っている為、そう簡単に目覚めることは無いだろう。
「フェンリット」
「どうかしたのか、シア」
竜車の御者席から降り、こちらに歩み寄ってくるシアに振り返りながら尋ねる。
すると彼女の隣には恰幅の良い一人の男が立っていた。
髭の生えた年配の彼は、どうやらこのキャラバンのオーナーらしい。
「この度は危険な所を助けていただいて、本当にありがとうございました」
僕と目が合うやすぐに頭を下げるオーナー。
一見子供のような僕にも礼儀を払っている辺り、悪い人ではなさそうだ。
「申しおくれました。私はこのキャラバンのオーナー、ヘウスキンといいます」
目礼するヘウスキンさんを見て名乗るかどうかを悩んだが、別に問題はないだろうと判断した。
「僕はフェンリット、彼女はシア。流れの冒険者です」
「やはり冒険者様でございましたか。あれほどの数の山賊をあっという間に殲滅してしまうその腕前、おみそれしました」
「どうもありがとうございます」
実力を褒められるのは悪い気分ではないので、素直に礼を言っておく。
ヘウスキンさんは困ったような表情を浮かべて、
「本当はこんな事になるはずではなかったのですが……まさかここに山賊が住み着いているとは。ギルドにもそのような情報は出回っていなかったので、油断しておりました」
「ギルドに情報が出回っていない、ということは最近になって移動してきたわけですか。運が悪かったですね」
普通、冒険者がここら辺で活動していて山賊の存在に気が付けば、ギルドに報告して警戒を促す。
それが無かったから、彼は少ない護衛での移動を決めたのだろう。
「そこで、助けていただいたあなた方にお礼をしたいのですが……」
彼の言葉に、僕とシアは顔を見合わせる。
アイコンタクトを交わし、少し考えた結果に僕は言う。
「では、少々のお金を」
結局、僕とシアはこのキャラバンと一緒にイーレムへ向かう事となった。
報酬はさっきの戦闘で助けた分と、護衛としてつく分を合わせて頂戴している。
これだけもらえば、町で一番高い宿屋のベッドで旅の疲れを取ることが出来るだろう。
シアが喜びそうだ。
そんなシアはというと、最初は御者席に座らせてもらえると密かに喜んでいたが、女冒険者三人組が近づいてくるのを見てやめたようだった。
どんな心境の変化かは分からないが、大方同性の人と話す事を期待したとかだと思う。
僕らのところへやってきた冒険者三人。
そのうちのリーダー格の女性――山賊の頭領と戦おうとしていた濡れ羽色の髪の女の人が口を開いた。
「この度は助けていただき、ありがとうございました。あなた方が現れなければ、きっと私達は全滅していたでしょう」
全滅という言葉のなかにもっと別の意味も含まれている事は、なんとなく察した。
山賊が、彼女等を倒した後で放置したとは思えない。
「本当に、深い感謝を」
そう言って深く頭を下げる所作は、その格好も相まって『和風美女』を彷彿とさせた。
黒に近い艶のある髪と瞳、鞘に収まる片刃の剣、必要な部分にだけプレートが取り付けられた着物の様な装備。
実は僕と同郷と言われれば疑いもしないだろう。
名前は、剣士の二人がアマーリエとアリザ。魔術師がリーネと言うらしい。
「僕はフェンリット。こっちは――」
「シアです」
僕の隣に移動してきて、小さく頭を下げる守護獣。
さりげなく隣に並ぶのはやめてほしい。
身長差が目立つから、せめて一歩か二歩は後ろにいてほしい。
僕を主と慕うならそれくらいの配慮は出来るべきだと思うんだ。
というのも、シアは僕よりも身長が高いのである。
スタイル抜群な彼女に対し、僕は小柄。
隣に並ぶと、彼女と目を合わせるのに上を向かなければならないのだ。
確信犯の如くニコニコするシアの方を見ていると、リーネさんがきょとんと首を傾げた。
「あ、あの、フェンリット君とシアさんは姉弟なんで――」
「違います」
嫌な予感はしてたんだ。
なんとなく身構えていたら予想通りの問いが来たので、僕はその言葉を封殺する。
「僕とコイツは姉弟でもなんでもありません。そもそも、血の繋がりも無いです」
「そ、そうなんですか……」
僕の剣幕に若干引き気味な金髪清楚。
待ってほしい。ちょっと必死になっただけでその顔は勘弁してほしい。
僕の隣でクスクスと笑っているシア。コイツ殴ってやろうか。
「間違っちゃうのも無理ないわね。だって二人とも、髪の色とか瞳の色とか凄く似てるし。顔つきはそうでもないけど」
残念ながら、アリザさんの言う通りなのだった。
僕の瞳はいわゆるエメラルドグリーン。対してシアの瞳は、青み掛かった緑色。正直そこには、色の深さくらいしか違いが無い。
髪に関してはもうほとんど同じ色である。
リーネさんが遠慮気味に言葉を重ねる。
「それに、その、フェンリット君の方がシアさんより小柄だから、てっきり……」
「……ともかく、僕はシアの『弟』ではありません。絶対に間違えないでください」
語気を強めて言うと、隣でシアが笑いながら、
「フェンリットは私の弟だと言われるのが嫌なんですよ。行く先々で言われるものですから、怒るフェンリットを止める苦労ったらありません」
「おい、どうして僕が悪かった風な話になっているんだよ……?」
「まあまあ。私は正直満更でもないですよ? フェンリットが弟、私が姉……ふふ、悪くないです」
「僕が悪いわけだが」
ジト目でにらみつつ、僕は三人の方に向き直る。
彼女等は何故か生暖かい目を向けてきていた。解せぬ。
閑話休題。
あの山賊達の身柄は山道に放置する、という流れになった。
彼等を積んでいけるほど積み荷に余裕が無いと言うのがもっともな理由である。
よほどのことが無い限り、彼らはしばらく目を覚まさないだろう。
町に着いたらギルドに報告し、身柄の方はそちらに任せる方針だ。
その間に魔物に見つかって食い殺されるのなら、それは彼等に運が無かっただけである。
山賊達が使っていた【法具】は山分けという形になった。
最初は僕が全て貰うという話の流れだったのだが、遠慮させてもらったのだ。
謝礼もしばらく宿に困らないくらいは頂いているし、欲張りはよくない。
外は既に暗くなっており、光源は月明かりだけになっていた。雲一つないからか、むしろ夕方よりも明るい気がする。
そんな中、僕らは周囲を警戒しながら道を進んでいく。
アマーリエさん達が前方、僕とシアが後方だ。
一応護衛という形なのでこの配置となっているのだが、シアは彼女等と話せないと知ると、竜車の一番後ろに腰を掛けて座りだした。
僕も座りたいところだが……流石に護衛の身でそれは許されないだろうと我慢した。
近づいてくる魔物は魔術によって蹴散らす。
倒した魔物からは魔結晶と呼ばれる石がドロップし、冒険者はそれを収入源としている。
バックパックに入るだけそれを拾い上げ、僕たちはひたすら道を進んでいった。
しばらくして、ようやく目的地に到着した。
イーレムはあまり規模の大きくない町だ。まず、町を囲う壁がない。そのため、ギルドで見張りの依頼を受けた冒険者が二人、入口に立っている。おそらく四方向にそれぞれ二人づついるのだろう。
「やっと着きました……」
「そうだね」
疲れた表情で溜息をつくシアに頷く。
一番先頭の竜車の側では、ヘウスキンさんとアマーリエさん達が何らかの会話をしている。依頼完了の手続きかなにかだろう。
このまま立ち去っても良かったが、それはどうかと思い会話の終わりを待つ。
すると、話を終えたらしいヘウスキンさん方がこちらへやって来た。
「フェンリットさん、今回は本当にありがとうございました」
「いえ。こちらも、シアが楽をさせてもらったので」
「それくらいはお安いご用です。フェンリットさんも座っていてよかったのですが」
「流石に護衛の身でそこまでさせていただく訳には」
それからいくつか言葉を交わし、再び礼をしたヘウスキンさんは去って行った。あまりにも呆気ない流れだが、そんなもんである。
次いで声をかけてきたのは、ヘウスキンさんの後ろに控えていたアマーリエさん達だった。
「改めて、今日はありがとうございました」
代表してアマーリエさんが頭を下げ、続けて他の二人も礼をする。何度か行ったやり取りなので、僕も流すように応じた。
「ええ。それでは僕らはこの辺で」
小さく目礼を返し、シアと並んで町の中へ入って行こうとすると、リーネさんに呼び止められる。
「あ、あの、何かお礼をしたいのだけど……」
リーネさんは両手を胸の前で握りながら、困った笑みを浮かべていた。
どうやら他の二人とも話はしてあったらしい。
同調して、アリザさんとアマーリエさんも頷く。
「二人とも、きっとこのあと夕食でしょ? よければあたし達で御馳走しようかという話だったのよ」
「ヘウスキンさんからは謝礼を頂いたようですが、私達からは口頭でしかお礼が出来ていません。もしよろしければ、どうでしょうか? ――それに」
アマーリエさんは一度目を閉じ、一呼吸開けて、やがて首を横に振った。
「いえ、なんでもありません」
「まあ取りあえず、あたし達も何か返したいのよ。どう?」
……その提案は魅力的だけど、僕もシアも今は食欲と言うより睡眠欲の方が優っている。
一刻も早く、宿をとってベッドに飛び込みたい。
人に気を使う余力はあまり残っていなかった。
なので、ここは丁重に断らせてもらう事にする。
「……今日はもう疲れているので、もし僕らが次に会う事があったら、その時に奢ってもらうという形でお願いします。では」
言って、これ以上は取り合わないと背中を向けて歩き出す。
シアは少し遅れて――おそらく律儀に礼でもしていたのだろう――僕の隣に並ぶと両手を後ろに回して、
「さて。今日は何処に泊まるんですか?」
「この町で一番いい宿屋に泊るとしよう。一日くらい贅沢をしても問題はないだろうさ。お金はそれなりにもらった事だしね」
「むふふ……早くふかふかのベッドに飛び込みたい……」
「山賊殲滅の件を報告するのと、集めた幾つかの魔結晶、【法具】の売却は明日に回そう」
「とすると、明日の一先ずの目的地は冒険者ギルド、ですね」
「うん。今僕が持ってるギルドカードがまだ使えるかどうかも気になる所だしね」
ローブの内ポケットから一枚のカードを取り出す。
カードといっても紙で出来ているものではなく、薄い板のようなものである。
淡い白と黒の紋様が描かれたこれは、僕が一二歳の時……かれこれ七年前に作ったギルドカードだ。
かなりの年月が経っている今、まだこれを使えるかは定かじゃない。
新しいのを発行するにもお金が掛かるので、できればまだ使えてほしい。
「まあ考えるだけ無駄か。さっさと宿を見つけよう」
「はい」
果たして僕らは見知らぬ街を歩き回って、一番いい宿を見つけ出した。
とったのはダブルの部屋。
同じベッドで寝るなんてあの山小屋で暮らしている間は日常茶飯事だった。
実際はシアが勝手に潜り込んでくるため、僕公認ではないのだが。
その上彼女は部屋を別々にすると言えば機嫌を悪くする。
それが面倒なので同じ部屋にした訳だ。
案内された部屋に入ると、すぐの所に別の扉があった。
シャワールームだろう。
魔力を込める事で勝手に術式を演算し、水を出してくれる法具があるはずだ。
市販の法具は性能の良いものがあまり無い。
というのも、術式を重ね掛けするには相応の技術・コストが掛かるからだ。
シャワールームを除いてみると案の定、懐中電灯の様な形の法具が置かれていた。
試しに使ってみると、出てくるのはぬるま湯。
完全なお湯ではないが、宿屋に置かれているものとしては十分に上等だ。
これより高価なものだと温水を出す法具がある。
あの山小屋にはそれがあったんだけど、贅沢は言えない。
面倒だけど、桶に溜めてから『熱量操作 上昇変化』でお湯に変えるとしよう。
「ベッドですよフェンリット!!」
一足先に奥へと進んでいたシアが声を上げると、そのまま駆け出してベッドにダイブする。
ぼふっと音を発てて毛布類がふわりと浮いた。
「おい、あまり暴れないでくれるかな。シーツが乱れる」
「まあまあ。お堅いことを言うものじゃありませんよ? だって今夜は……フフ、シーツだけでなく私達も乱れ――」
「乱れないから。そもそもお前、疲れてそんな体力もないだろうに」
「あら、その疲れとストレスを取るのにベストな気がしますが」
シアの戯言を適当に流し、僕は早速シャワールームへ入ろうとした。
するとそれを察知したのか、ベッドの上でうつ伏せになっていたシアがガバッと起き上がり、こちらに向かって走ってきた。
無論それを待つ僕じゃない。
倍くらいの速さでシャワールームに入り、扉を閉める――ことは出来なかった。
間に合ったシアが、扉が閉まる前に手を掛けて阻止してきたのだ。
閉めようとする者と、そうさせまいと奮起する者。
僕らは扉を挟んで睨み合い、拮抗状態のまま言葉を交わす。
「な、なにかなシア。僕はこれからシャワーを堪能するつもりなんだけど」
「待ってくださいよフェンリット。一番風呂は私のものです」
「いやいやこういうのは早い者勝ちと相場が決まっているだろう?」
「いいえ普通はレディーファーストです。紳士の嗜みですよ? あ、すいません。もしかして紳士の方じゃありませんでしたか。もしかして、お子様の方でしたか」
「アハハハ……面白い冗談じゃないか」
「ウフフフ……途中で乱入しますよ?」
シアに譲った。