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(旧)暗躍英雄のアフターライフ  作者: 瀬乃そそぎ
第1章 黒き復讐のアセイラント
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1-01 キャラバン防衛戦

■ フェンリット



 山奥の家を出る事になった僕とシアは、ひとまず最寄りの町『アセト』に向かった。

 旅の道具など、必要最低限のものを予算ギリギリで買い揃えたのだ。


 別にお金があまり無い訳ではない。

 家に戻ればそれなりには貯蓄があるのだが、どうせすぐに溜まるだろうと考え置いてきたのである。


 そうして既に、四日の日々が過ぎていた。

 今歩いているのは夕暮れの山道である。町の行き来にキャラバンが使うため、道幅は広く整備されていて歩きやすい。


「これ、あとどれくらい歩けば『イーレムの町』に着くんですか……?」


 溜息をつきそうな様子でシアが言った。

 人間の姿において衣服を自在に生成できるシアは今、山道を歩くのに適した動きやすい格好をしている。

 流石のシアも、こんな場所で着物を着るつもりはないらしい。


「僕だって行ったことないから詳しくは分からないけど……もうすぐじゃないか?」


 僕の格好は至って普通。いつも通りの黒いロングコートに、七分丈のズボン。その上に焦げ茶色のロングブーツといった塩梅である。

 赤く染まった景色を少し不気味に思いながら、僕は言葉を続けた。


「もう夕方だし、完全に暗くなる前に町に辿り着きたいんだけど」


「フェンリットは光属性の魔術をあまり使えないですものね」


「そのうえ夜は特に『光器』の量も少ないから光魔術の使用難度があがるしな。一応カンテラはあるけれど、流石に光源がそれだけじゃ心許ないし」


 いつ、どこから魔物が襲い掛かってくるか分からない外の世界だ。

 命の危険を感じさせる魔物は、おそらくだが周辺にはいない。

 だが、人間と言うのは本能で暗闇を恐れるものなのだ。


「私が魔術を使うことが出来ればよかったのですが……」

「シアが魔術を使える様になったら多才が極まれ過ぎててマズいだろ、バランス的に」


 そもそもシアという存在自体が『卑怯』そのものだからな……。

 横目で彼女を伺う。

 大分疲れがたまっているのか、その表情は重たかった。


 シアに野宿の連続は少し辛かったかもしれない。

 僕は冒険者時代に何度も経験しているから慣れたものだけど、彼女はあくまで無経験の女の子。

 冒険者として場数を踏んでいるわけではない。

 

「町に着いたら何か美味しいものでも食べよう。だから頑張って、シア」

「……ふふっ、分かりました」


 笑みを浮かべるシアに僕も笑い返す。

 そんなやり取りをしていた時だった。


「……止まって」


 言いながら僕は右腕をシアの前に伸ばす。

 咄嗟の行動だったが、言葉に従い彼女も歩める足を止めた。


「この先で戦闘が行われているな……それも、割と気配の数が多い」

「こんな場所で一体誰が戦っているのでしょう?」

「……なんとなく察しはつく。足元を見てみなよ。割と新しい車輪の跡があるだろ? きっとこれは竜車の通った跡だ。大方、キャラバンかなにかだろう」


 僕はシアの前に伸ばしていた右腕を下ろしながら言う。


「キャラバンは多くの積み荷を運んでいる。きっと目的地は僕たちと一緒だろうね。そして、そんなキャラバンを襲うような人々とは何か?」

「――賊、ですか」

「正解」


 言いながら僕は、気配を抑えてカーブまで駆け寄った。

 手近な木の影から、山道の向こう側を見る。

 そこには、僕の予想した通りの結果が広がっていた。



■ 3rd person/アマーリエ



 こんなはずではなかった。

 依頼内容はキャラバンの護衛。アセトの町からイーレムの町までの間、魔物からキャラバンを守ればいい。

 それだけの依頼だった。


 護衛依頼の報酬は弾むものだ。

 いくら商売人と言えど、その命が、商品がダメになればお終いだからだ。


 アセトからイーレムまでの道のりに、大した魔物が現れない事は知っていた。

 だからこそ、キャラバンの主も依頼条件に中級以上のパーティ一組という旨を記したのだろう。

 そして、それに合致した彼女等三人がそれを受領したのも、何らおかしい事ではなかった。


 おかしかったのは、その途中の山道にいつの間にか賊が住み着いていた事だった。


「くっ、なんでこんなところに山賊がいるのよ。聞いてないわよ!!」


 呻くように声を上げたのは赤紫の髪をした女。

 ラウンドシールドと片手直剣を持つ、一般的な剣士スタイルの冒険者だった。


「ま、まずいよアリザ。流石にこの数相手は対応しきれない……!! 」


 赤紫髪の女をアリザと呼んだのは、金色の髪をセミロングにした魔術師風の女だった。

 その手には術式演算を補助する杖が握られている。


「それに、魔術がうまく――」


 発動できない。

 そんな言葉を飲み込む。

 この空間に何らかの干渉がされているのを、彼女は肌身で感じ取っていた。


「…………」


 そして、冒険者パーティ最後の一人。

 ポニーテールにした濡れ羽色の髪と、藍色の瞳を持つ剣士の女は、静かに相対する男を睨み据えていた。


「たった三人しか護衛を雇わなかったのが運の尽きだな、キャラバンのオーナーさんよ」


 それは、筋骨隆々な斧使いの大男だった。

 焦げ茶色の短髪、頬には大きな傷跡が見える。

 髪と同じ色のジャケットを巨大なベルトで押さえ、腰には一振りの短剣を差している。

 この山賊の親玉らしい。


 大男に声を掛けられたキャラバンのオーナーは、冷や汗を流しながら藍眼の剣士に声を掛ける。


「アマーリエさん……」

「――やれるだけ、やってみます」


 アマーリエと呼ばれた女は、静かにそう応じた。

 自分とあの大男との実力差は目に見えていた。


 もしも単純なる一対一だったとすれば、まだ勝機はあったかもしれない。

 しかし今、アマーリエ達には守るものがある。

 山賊達も、わざわざ正々堂々真っ向勝負などしてこないだろう。

 それを加味して、万全の結果を得られない事は悟っていた。


(ああ――)


 自分たちの事を考えれば、ここで逃げ出すのが得策なのだろう。

 それは理解していた。


 アマーリエら三人は皆女である。

 歳もまだ若く、見た目だって悪くない。

 どちらかと言えば綺麗な方だった。客観的に見て、これほど良い獲物はいない。


 多勢に無勢、人数の差に押し負ける。

 きっとこの戦いに敗れた末には、三人共々慰み者にされるだろう。

 そんな未来と隣り合わせ。

 だが。


(――ここで逃げ出すのは、私の理念に反する)


 キャラバンの人達は、その九割以上が男である。

 きっと彼等は全員殺されてしまうだろう。

 積み荷も失い、命も失い、彼らに残るものは何一つない。


 悲惨な未来を、見て見ぬフリをして逃げ出す。

 そんな事は出来なかった。


「リーネ、魔術の使い過ぎで気を失うのだけは避けて。意識の無い人を守るのは一番堪える」

「分かった……!」


 リーネと呼ばれた魔術師の女は応じながら頷く。

 己の得物である剣の柄を握りしめる。


 ここは死線。

 敵を全滅させ、戦いに勝てる確率は極僅か。

 負ければ地獄。

 最悪の事態となれば、舌を噛み千切るような事にもなるだろう。


「――征きます」


 膝を曲げ、抜刀の構えをとり、決意と共に駆け出す。


 その。

 直前の出来事だった。


「こんばんわ」


 声が聞こえた。

 この緊迫した状況の中で、やけに響く声だった。

 その声はまだ若く、中性的ともいえる男の声だった。


「――っ!?」


 アマーリエは驚き、息を呑んで声の方へ視線だけを送る。

 驚いたのは山賊の頭領も同じだったらしく、小さく口を開けてそちらを見ていた。


 そこにいたのは若い、少年とも言えそうな男だった。

 身長はあまり高くはなく、小柄で細身。


 雪の様な銀色の髪の毛は男にしては長く、首に掛かりそうな程に伸ばしている。

 翠玉の様な瞳は深く透き通っていて、幼げな顔立ちに嵌まっていた。


 黒いバトルローブを身に纏い、得物は見受けられない。

 その装備は山賊達と決定的に違っていた。


 ついさっきまでは、こんな男はいなかったはずだ。

 ここにいたのは、山賊とアマーリエのパーティ、そしてキャラバンの面々のみ。

 そのキャラバンのメンバーにも、こんな男は見当たらなかった。


(いつの間に――ッ!?)


 気配も感じず、音も立てず、まるで最初からそこにいたかのような出現に、動揺を隠せない。

 相当な実力者だろう。

 『現れる』というだけの行動でさえ、かなりの練度が伺えた。


 周りの人達も、皆が皆突如聞こえた第三者の声に静止している。

 誰も彼もが、いつ現れたのかもわからないその男に目を向け、驚愕の表情を浮かべていた。


 音もなく出現したその男は、周囲の反応を意に介さず端的に言った。


「退かせてもらいます。――道の邪魔だ」



■ フェンリット



 手始めに、最も近い位置にいた男に接近する。

 呆然としていた男だったが、隣接した僕を見てようやく慌てだした。


 遅いな。

 短剣を握りしめた右の手首を締め上げ、まず得物を落とす。

 そのまま骨を折り、鳩尾へと拳を叩きこんだ。


 呻き声を上げて脱力する男。

 ゆっくりと崩れ落ちるのを最後まで見送らず、次の標的へシフトする。


「――なんだテメェは!?」


 頭領らしき男に怒鳴り声をぶつけられるが無視。

 声音によって威圧しているつもりなのだろうが、そんなものは全く効かない。


 的確に武器を落とし、手を壊して攻撃力を奪う。

 殺傷性のある魔術は一切使わない。

 使っても、魔力による必要最低限の身体強化のみで、数の多い山賊達の意識を刈り取っていく。


 戦闘はとても久しぶりな気がするが、どうやら身体はあまり鈍っていないらしい。

 多少の重さは感じるが、すぐに元通りになるだろう。


「フェンリット」


 そんな事を短時間で繰り返していると、聞き慣れた声が耳に入ってくる。 

 目線だけで声の方向を追うと、控えていろと伝えたはずのシアが近くまで来ていた。


「隠れていなって言っただろう?」

「冷静に、魔物が出てくるかもしれないところに一人で置き去りにされる方が恐ろしいのですが……」


 ムスッとした表情を浮かべながらシアは「それより」と、人差し指を立てた。


「この程度の相手、アレを使えばすぐなのでは?」

「アレ? ……あぁ、アレか」


 一瞬シアが何を言っているのか分からなかったが、理解が及んで「確かに」と思った。

 何せ、しばらく戦闘から離れていた上に、あの頃戦っていた相手には『アレ』が通用しない敵が多かったからな……。


 でも多分、この程度の山賊達なら一度に落とせるだろう。


「――咆哮(ロア)


 感覚を取り戻すつもりで声に出す。

 直後、意識のあった残りの山賊達が次々と地面に倒れていった。

 誰も彼もが意識を失っており、口から泡を吹いている者もいる。


 これは魔術ではない。

 故に、術式演算も魔力充填も術韻詠唱も必要ない。


 いわゆる、魔力当ての術だった。

 人には術式抗力というものがあり、それが高ければ高いほど魔術に対する防御力が上がる。


 魔術だって万能ではない。

 誰かに魔術で攻撃を仕掛けるとき、攻撃する魔術の精度と、標的の術式抗力との差し引きが行われるのだ。

 術式抗力が高ければ攻撃は通らないし、攻撃魔術の精度が高ければその分だけの効果が発生する。


 対象を昏倒させる技。

 使いどころがあまりなかったのは、これが術式抗力の低い相手にしか通用しないからである。


「ともあれ」


 僕は、【咆哮(ロア)】を当てた敵の中で唯一、立ち続けている男の方を見やった。

 それが誰かは言わずもがな、山賊達の頭領である。


「やはり貴方には効きませんでしたか」

「……ふざけやがって」


 効いてない、というのは少し違ったか。冷や汗で全身を濡らす男は、少なからず【咆哮(ロア)】の影響を受けていた。


「テメェ、何をした?」

「あなたくらいの実力者なら知っている技術だと思っていましたが……そもそも魔術師ではない上に、他の魔術師も初歩中の初歩である【咆哮(ロア)】なんか今更使う人はいない、というワケですか」

「い、今のが【咆哮】(ロア)……?」


 別の場所で、その光景を眺めていたらしい金髪の女魔術師が呟いた。

 彼女も魔術師ならば、一度くらいはこれを使った事があるだろう。


「知ってるの?」


 この声は……赤紫髪の剣士だろうか。


「う、うん。魔術師が使う、魔力を当てて敵を昏倒させる極単純な技だよ。でも、私がやってもこんなことにはならない……間違いなく通用しない」


 ただ魔力を当てる(、、、)だけの技である【咆哮(ロア)】。

 その難易度は非常に低く、それ故に効果もあまり高くない。

 だからこそ、極めれば少なくともこういう時に有用だ、ということを知らない魔術師も多いのだろう。


 そんな中、貫くような視線を向けてくる人がいた。

 濡れ羽色の髪をした冒険者。

 彼女は僕の一挙一動を逃すまいと、一切の敵意が無い視線で見据えてくる。

 ……やりづらい。


「貴方は……」

「ん?」


 視線だけを向けると、金髪の魔術師が困惑した表情で言葉を続ける。


「貴方は一体?」

「……その話は後にしましょう」


 会話を断ち切って再び頭領に目を向ける。

 悪いが、僕とシアは長旅で疲れているのだ。

 早く町に着いて、ふかふかのベッドで休みたい。

 シアの様子を伺うと、彼女は竜車の御者の隣に腰を下ろして、我関せずと傍観の意思を示している。

 

 僕は彼女がいなければ本気で魔術を扱う事は出来ないが、この相手にはそこまで必要ないだろう。

 というより、折角相手が"魔術を使いづらい空間"を用意しているんだ。

 それに乗っかってやるのも悪くない。


「いきます」


 僕は前傾姿勢で飛び出す。

 そうしてようやく、逃げる事は叶わないと悟ったのか、頭領の方も巨大な斧を構えた。


 あの獲物の大きさからして、高速機動は出来ないのだろう。

 彼はさっきまでの僕の動きを見ている。

 重い斧を持った状態では追従するのは不可能と判断したはずだ。

 となるとこの場合、必然的に近づいてきた僕を叩く形になる。


 短い間に最も効果的な選択をした。

 やはり、結構な実力者なのだろう。


 体内の魔力を活性化させる事で、身体能力を強化。

 大男へと直進していた速度のまま、真上に飛びあがった。


 視界下では、突然いなくなった僕に一瞬戸惑う頭領の姿。

 しかし彼は即座に、その気配によって僕の居場所を突き止め上を向く。


 だが遅い。


 刃を寝かせた状態で構えていた斧刃に、僕は踵落としを叩きこむ。

 硬質な素材で出来たブーツだが衝撃全てを緩和する事は出来ない。

 軽く痺れる感覚を覚えながらも、僕は脚を振り切った。


「ぐぅ――ッ!?」


 両手斧を握っていた男は僕以上の衝撃に見舞われたのだろう。

 たまらずに手を放してしまい、斧が地面に落ちた。


 僕は落ちた斧の握り突起を踵で蹴飛ばす。

 気持ちの良い音と共に、緩やかに旋回しながら斧が離れていった。

 計算通り、シアの目の前に到着する。


 これで得物は奪った。後は、あの腰に刺してあるサブウェポンの短剣のみだろう。


「チッ、このクソガキが……!!」


 クソ……ガキ……?

 今この男は僕の事をガキ呼ばわりしたのか?


「あー」


 竜車の方からシアの溜息交じりの声が聞こえてくる。

 きっと、額を抑えてやれやれと首を振っている事だろう。


 男はその表情に怨嗟の感情を宿しながら僕を睨み据えてくる。

 だがそんな事は関係ない。

 コイツは僕を子ども扱いしたのだ。

 確かに身長は低い。

 だがな、僕はこれでも成人してんだよ。


「そういえば親玉さん。一つ尋ねたいのですが」


 ――徹底的に、この男を、折る。


「なにやらこの空間は非常に魔力が乱れているようですが、何らかの【法具】(アーティファクト)によるものですか?」


 【法具】(アーティファクト)

 何らかの道具に魔術的な紋様を刻み付け、魔力を通しただけで特定の魔術を使えるようにする道具だ。

 その使い道は魔術の数に比例する。


 炎を放つ魔術紋様を描けば炎を放つし、身体能力を強化する魔術紋様を描けば、通した魔力に応じた効力・時間で身体強化が施される。


 おそらく、この"魔術を使いづらい空間"を作り出しているのは、それ系統の術式が込められた【法具】(アーティファクト)だろう。


「……、」

「だんまり、ですか」


 まあ構わないのだけれど。

 なにせ、もう検討は付いているのだから。

 無言で手を伸ばす。狙いは大男の腰、短剣の側につるされたモノ。


 "魔術を使いづらい(、、、)"程度(、、)の空間で、魔術は使えないだろうと高を括っているこの男を、容赦なく突き落してやる。


刃よ走れ(フロウ・スパーダ)


 分かりやすいように術韻を詠唱。

 次の瞬間、僕の掌を起点に風の刃が宙を駆け抜け、標的を寸分たがわず切り裂いた。


「――あ?」


 乾いた音が炸裂し、怪訝な声を上げた大男は自分のベルトを見る。

 そこには、真っ二つになった十字架のようなものの片割れが吊るされていた。


 直後、違和感があるほどに乱れていた空間の魔力が正常に戻っていく。

 やはりあれが【法具】(アーティファクト)で間違いなかったらしい。


「今、何をした?」

「分からなかったんですか? 今やほとんどの人が使っているものです。貴方だってきっと使っているでしょう?」

「魔術……いや、おかしい。今この場所は」

「今ではなくさっきまで、ですね。ただ一つ言わせてもらうと――」


 僕はあえて大男の言葉を遮り、煽るように言葉を続ける。


「――あの程度、僕にとっては何の邪魔にもならない」

「……!!」


 驚愕する男を無視して僕は駆け出す。

 男は舌打ちをしながら、ベルトに刺していた短剣の柄を握り、勢いよく抜き放った。


 彼の腕に比べれば細く短い銀の刃が夕日を受けて輝く。

 同時に、その刀身を雷が帯びていった。


 やはりあれも【法具】(アーティファクト)だったか。

 得物が短剣だと斧よりは取り回しが楽である。

 彼は僕を忌々しげに睨み付け、その短剣を構えて向かってくる。


 突き。斬り下ろし。横薙ぎ。

 間合いが短いながらも、大男は確実に直撃する距離から攻撃してくる。


 僕は冷静に、身を捻り、半身になり、後退することでそれらを避けては、拳による一撃をお見舞いしていく。

 殴られる度に顔を顰める男。

 それを紛らすように次々と斬りつけてくる。


 脇腹を抉るような軌道の一撃。

 脳天をかち割る力任せの振りおろし。

 目玉をくり貫く一突き。


 しかし、それらは切っ先一つ掠らない。

 刃の一つ触れもしない。

 髪の一本斬れはしない。


 あの雷付与(エンチャント)は当たれば大きなダメージになるのだろう。

 だけど、当たらなければ問題はない。

 次第に荒れていく攻撃を全てを避け、僕は拳を叩き込む。


「クソッ、クソがァァァ!!」

「耳元で大声を出すのは」


 横薙ぎに振るわれた短剣を、身を屈めて避ける。

 そのまま身を捻りながら真上に跳躍。


「やめてください」


 勢いをつけ、空中で回し蹴りを繰り出した。


 それは大男が咄嗟に交差させた両腕に阻まれるも、鈍い音を発しながら巨体を弾き飛ばす。

 ドガガガッ! と地面を削りながらゆっくりと静止すると、大男は低い声で唸るように言ってきた。


「テメェが、テメェさえ現れなければ――!!」

「残念」


 駆ける。

 一直線に。


「運が悪かったと思って、諦めてください」

「――クソッタレがァァァあああああああああ!!!!」


 僕は目前に迫る銀色の刃を避け、大男の懐に潜り込んだ。

 鈍い音を発てて、ブーツが硬い地面を削りながら静止する。

 左半身(はんみ)の態勢で低く構え、左手を前に出す。

 弓の弦を引き絞るように右腕を構える。


「――フッ!!」


 轟!! という、肉を撃つ音が炸裂した。

 掌底打ち。

 勢いよく突きだした右掌が、大男の腹部へと叩きこまれた。

 死にはしないだろう手加減を施した威力の攻撃。

 果たして大男は、無意識にか二歩三歩後退すると、力を失ったように仰向けに倒れた。


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