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(旧)暗躍英雄のアフターライフ  作者: 瀬乃そそぎ
第2章 青き双魂のブレイドダンサー
39/40

2-17 赤い二人、黒い一人

あけましておめでとうございます。

更新遅れてすいません。

話が動き出します。


■ フェンリット



 時間ギリギリまで酒を呑み続けた僕らは、眠ってしまったシアを宿まで運び、そのまま解散となった。久しぶりだったからか、僕も少し勢いよく飲みすぎてしまったようだ。心地のいい酔いを全身で感じながら自室のベッドにダイブし、そのまま寝てしまった。

 そして翌日、その昼過ぎ。


「うぅーあー……」


 ベッドの上で頭を抑え、呻き声をあげるシアの姿があった。

 彼女はいつも来ている着物を皺くちゃにしながら蹲っている。どうやら二日酔いの症状に苦しめられているらしい。


 それを立って眺める僕の隣には、ピンピンとしたアイラの姿がある。僕は少し身体が怠い気がするけれど、彼女はすこぶるお酒に強いらしい。水属性魔術師だからだろうか。いや、多分関係ないな。


「うわー辛そう。シアちゃんって本当にお酒弱いんだね……」


 僕はカーテンの隙間からシアへと注ぎ込む日差しを遮りながら、


「案外強いかも、とか言ってた癖にね……でも、これで懲りただろう」


 別にお酒を飲まなきゃ生きていけない訳でも無しに、今回の件で彼女もお酒を諦めるはずだ。

 いや、飲みたいならそれは構わないけれど、その後の事は知らんぞという話である。


「ほら、水」


 僕は部屋に備え付けられた水を出す法具を使い、コップに水を注いでシアに渡す。魔術を使い、体温に近い水温に操作しておいた。


「ありがとうございます……」


 のろのろとした動きで起き上がってそれを受け取り、少しづつ飲んでいくシアを見ながら僕は言う。


「今日は部屋で休んでいなよ。僕はアイラと適当に依頼を受けて来るから」


 飲んだ翌日から働くのは正直面倒だけれど、僕らは日銭を追う日々を送っている。一日を怠惰に過ごすのは望ましいし、その余裕も多少はあるが、稼げるときは稼いでおきたいのだ。

 それに昨日は色々あって聞きそびれた、ライカについての事も話が聞きたい。


「うぅ……すいません、フェンリット」

「気にしなくていいよ。だからシアは、ちゃんと休んで一刻も早く復調してくれ」


 情けない話だが、今の僕はシアがいなければ強くない。無論、そこら一介の冒険者と比べれば優っている自信はあるけれど、ノルマンドクラスの敵が出てくると途端に厳しい。

 最悪の場合に無茶をしなければならないだろう。

 出来ればそんな展開は避けたい。


「じゃあフェンリットくん、そろそろ行こっか」

「うん」


 口元まで布団を被って手を振るシアに見送られながら宿を出て、僕らはギルドへと向かう。

 ここ周辺にどんな魔物が出るのか知らないが、適当な依頼を受けつつ魔結晶(マナスフィア)を集める、いつものやり口でいいだろう。


 ……昨日は思った以上に飲み食いしてしまったし。

 日銭稼ぎの生活から抜け出せる日はいつ来るのやら。

 何とかなると思ってる時点で、しばらくこのぬるま湯からは抜け出せないんだろうな。


 ギルドで討伐依頼を受けてから町の外に出る。ディアブロという、角が異様に発達したシカの魔物を倒し、その角を収集するというものだ。

 特に強い魔物でもないし、なんて言う事はないだろう。


「それで、聞きそびれていたんだけれど」


 僕が話を切り出すと、アイラが分かってると言わんばかりに応じる。


「ん、兄さんの事でしょ。まあ、なんとなくわかってると思うけど、俗に言うとアレだね」


 並んで歩いていたアイラが立ち止まり、こちらを向いてキメ顔を作って言った。


「二重人格」


「うん」


 なんとなくどころか、正直そうとしか思えないというか。

 ただ、それだけでは説明できない事があるから、それが気になっているのだ。


「でもただの二重人格ではないよね。浅知恵だけど、僕の知る二重人格って一人の人間から発生するものだし。だとしたら、アイラの中に宿るもう一つの人格を『兄さん』って呼ぶのは違和感がある」


 多重人格――解離性同一性障害。必ずしも二重とは限らず、その障害の大きさによっていくつもの人格が生まれてしまうこともある。

 ただしそれは、あくまで『解離』。

 一つが二つ、三つとなるもので、二つ以上のものが一つになるものではない。


「うん。フェンリットくんの想像通り、兄さんはいたよ(、、、、、、、)。現実に、ボクとは別に」


 アイラは歩みを再会しつつ、


「ボクと兄さんは双子の兄妹だったんだけどね。色々あって、ボクの中に入ってきた感じなんだ」


「――色々あって、ね」


 魔術があって魔物がいて剣を振るう兵がいる世界だ。

 きっと何かしらのファンタジーが起きたのだろう。

 そう、例えば、


法術(、、)、か?」


「……んー、そうなのかもね。正直、自分でもパッとしてないんだ」


 法術。

 それは魔術とは全く別の理によって成り立つ『力』である。

 魔術には、あらゆる魔術師がそれを使うために演算する『術式』というものが存在する。それは、魔術行使という目的に沿った道標となり、それを辿る事でこの世界に事象を来たす。


 だが、法術にはそれがない。

 なぜならば法術には、世界で同じものが二つとない固有の力であり。

 術師本人が法則そのものであり。

 自覚すれば、それは人が呼吸を当たり前のように行う如く扱える代物だからだ。


 ――というのはとある書籍の記述。

 簡単に説明すると、法術とは、当人以外の何人たりともが使うことが出来ないオリジナルな存在。術式演算も考える必要もなにもない。魔力によって事象を起こしている訳ではないため、魔力の消費が無い。


 以上だ。


 ノルマンドの攻撃無効化、あれも法術だったのだろう。彼にだけ備わった、『視認した攻撃を無効化する』という法則――法術。魔力の波動を一切感じないから、精神的に落ち着いた状態ならば割と簡単に気付くことが出来るのだ。


 そういえばアイラはアマーリエさんも法術を使っていたと言っていたけど、どんな法術だったのだろうか。地味に気になるな。


「自覚できていないのか、自分の法術を」


「……うん。どんなものなのかも、よく分からない。偶然発現しちゃったんだろうけれど、その時はもう無我夢中で、感覚すら覚えてないんだ」


「珍しいケースだね。法術を使う人はほとんどが自分の力を理解してるけれど」


 とはいえ、かくいう僕はそもそも法術を発現できていないし。全てが書籍やら伝聞によって得た情報なので、あまり突っ込んだ話は出来ない。


「それで、アイラの兄さん――ライカは戦闘の時だけ出てくる感じなんだね」


「うん。ボクは見ての通り、戦うのが(、、、、)上手くない(、、、、、)からさ。緊急時だけ兄さんに出てきてもらってるんだ」


 確かに、アイラの戦闘を見た時は正直拍子抜けした。魔術の技術は申し分ない。だが如何せん、『戦いのセンス』というヤツが欠けているように見えた。


「へえ……。なら、ライカが言っていた『あまり長時間戦えない』というのは?」


「それもハッキリとした理由は分からないけれど、兄さんがボクの身体で魔術を使うと、魔力効率が著しく悪くなるんだよね。兄さんの術式演算が下手って訳じゃないと思うけど……」


「アイラの身体で、ライカが魔術を使おうとしてるから、なにかしら余計に魔力を必要としてるのかもしれないな」


 アイラがアイラの身体で魔術を使う分には問題ないが、ライカがアイラの身体で魔術を使うのには使用料が必要。とかそんな感じのイメージだろうか。


「なら、ライカがやたらとアーマードベアの注意を引き付けていたアレは一体なんなんだ?」


「んー! さっきから申し訳ないけれど、これもボク……そして兄さんにも分からない。兄さんは自分の身体があった時からそうなんだ。ボクと一緒にいても、兄さんにばかり魔物の意識が集中して、狙われる」


 まるで呪いだな、と思ったけれど、流石に失礼だと思って僕は口を噤んだ。

 なるほど、謎の謎は深まるばかりだけど、よく分からなかった現象の理由づけは完了した。

 とはいえ……、


「なんていうか、その、不便じゃないのかな? アイラは一応女の子だし」


「一応」


「いや、違う、言葉の綾だから。アイラは女の子なのに、自分の中に男のライカがいるっていうのは、実際のところどうなんだ? 私生活的に」


 僕の言い回しに口を尖らせていたアイラは、足元にあった石を蹴ってから、


「別に困ってる事は特にないよ。兄さんはボクの中にいる間、話す事は出来ても外の様子は分からないみたいだし。魔物を引き付けちゃうのも、兄さんが表に出てる時だけだから」


「そうか」


 一言そう返してから、僕は口には出さず思案する。

 アイラの兄――ライカは、自分の身体があり、アイラとは別に生きていた。それが今この状況になっているという事はつまり、ライカの身に何かしらの出来事があったということだ。


 そして、最も安直な可能性として――死があげられる。

 ライカの身体が死に、その場面に居合わせたアイラが無自覚に法術を発動、ライカの魂を取り込んだ――僕の乏しい想像力で描けるストーリーとしてはこんなものだろう。


 話を聞いている限りだと、彼女の声音に陰りは見えない。だが、もしも本当にライカが死んだ末の出来事ならば、安易に触れていい話題でもない。


 そもそも僕らは、そこまで互いに気を許せるほど長い時間を過ごしていないのだから。

 僕は僕の事を隠すし、アイラもアイラでデリケートな領域があるはずだ。

 この先僕らの関係がどうなるかは分からないけれど、一先ずは勝手な想像で補完しておこう。

 目的の狩場である森を前にして、アイラが笑顔で言った。


「それじゃあ、ちゃちゃっと依頼を終わらせて魔結晶(マナスフィア)収集といこっか!」



「――その前に俺達の相手をしてくれないか?

 ――その前に僕達の相手をしてくれないか?」



 二重の声が聞こえた。

 直後、森の中から二柱の炎撃が向かい来る。

 僕とアイラを的確に狙ったそれは、唐突ではあったがだからこそ避けるのは容易かった。左右に散って回避した後に、頬にチリチリとした熱が走る。


「襲撃か」


 僕がボソリと呟くと、隣でアイラが目を見開いて硬直していた。


「……今の、声」


 彼女の視線は一直線に森の入口、その向こう側へと向かっている。

 この反応、どうやら聞き覚えのある声らしい。つまり、アイラを狙った刺客という訳か。

 厄介事に憑りつかれているのは果たして僕かアイラか。

 ああ、きっと答えは「どちらも」なんだろう。


「久しぶりだね、アイラ」

「まさかあの愚鈍だったアイラが今のを避けるとは思わなかったぞ」


 声の種類は男のものが二つ、しかしその声の響きは似通っている。

 やがて木々の影から姿を現したのは、やはりと言うべきか二人の男だった。

 それぞれがまるで太陽のような色をした髪をしていた。違いがあるのは色の濃さだけで、瞳の色も同様。顔つきも近く、片方に若干の幼さが見えるくらいだ。

 ――似ている。

 兄弟のように。


「――アモン、マモン!!」


 アイラが、彼女にしては珍しく鋭い声を上げた。

 名を呼ばれた二人の男は、芝居がかった調子で応じる。


「まだ俺達の名前を覚えていたんだね」

「しかし、仮にも女のお前がそんな声を上げるとは、はしたないぞ?」


 元々か、と笑う二人の男。

 イラつきを覚えた僕は、無言で男二人に風の術式を打ち込む。

 ――アイラと知り合いのようだけれど、突然襲い掛かってきたり、彼女を馬鹿にするような言動をする辺り、良い仲ではないのだろう……そう判断した。

 とはいえ、殺してしまうと何かあった場合に困る。

 牽制のつもりで放った風の刃は、障壁の術式によって阻まれた。


「おいおい、人が話している時に攻撃してくるなんて」

「アイラ、お前の連れは礼儀が成ってないんじゃないか?」


「黙れ、喋れなくしてやりましょうか?」


 そもそも最初に攻撃してきたのはあなた方だろう。

 ……なんだろう、やけにイライラする。昨日飲み過ぎたせいで、若干身体が怠いからだろうか。体調管理をしっかりしないといけないな。

 熱くなるな。

 この男二人はアイラの相手だ。一先ずは彼女に任せよう。


「……久しぶりだね、二人とも。元気にしてた? ところで、いきなり攻撃してくるとは一体どういう了見なのかな」


 アイラが先の鋭さを隠し、笑顔を浮かべてそう問いかけた。

 対して、男二人組――どちらがアモンだかマモンだか分からない――の片割れも、薄らと笑みを浮かべて応じる。


「アイラこそ、元気にしていたみたいだね。村をあんなにして逃げ出したくせにさ」


「――違うッ!!」


 皮肉げなその言葉にアイラが動揺したのが伝わってきた。

 村をあんなにして逃げ出した?

 僕が眉を顰める中、隣のアイラは下を向いて弱々しげに繰り返す。


「……違、う」


「違わないさ。現に、俺達とアイラしか生き残っていないだろう? あの時、村にいなかった俺達と、村にいたはずのアイラしか」


「……、」


 下を向いたアイラは、冷や汗を流しながら硬直している。

 歯の根は噛み合わず、カチカチと震えていた。


「今度はだんまりか。なあ、何も言い返せないんだろ? 僕達が言う通り、逃げ出したんだろ?」


 ああ、うるさいな。


「アイラ」


 僕が声を掛けると、ピクリと彼女の身体が反応する。ゆっくりとこちらを向く彼女の傍に歩み寄り、僕はその腕を引き上げた。強引に立ち上げた後で、僕はもう一度声を掛ける。


「落ち着いて」

「っ! ……うん、ありがとう」


 そこでようやく表情に柔らかさを取り戻した彼女は、再び前方の男二人と視線を送った。


「――それで、キミ達の目的は何かな。その様子を見るに、ボクと郷愁に浸ろうって訳じゃなさそうだけど」


 少しだけ調子を取り戻したアイラの問いかけに、二人の男は薄らと笑みを浮かべた。


「うん、それもまた一興だけど、目的はまた別にある。ねえ、マモン」

「ああ、僕達の目的はただ一つ、アイラ、お前の命だ。なあ、アモン」

「……穏やかじゃないね」


 苦しげに笑うアイラ。

 どうやらこの二人はアイラを殺そうとしているらしい。まあ、不意打ちしてきた時点で分かるだろ、という話だけど、あれは命を狙った攻撃にしては少し稚拙だった。


「それは報復? 自分たちの村を捨てて、皆を見捨てて、逃げ出したボクへの」

「うん、そんなところだね」

「ああ、まあ理由なんてどうでもいい」


 アモンとマモン――先程呼び合っている様子を見て分かったが、髪色が濃い方がアモン、薄い方がマモンらしい――は言った直後、身に纏うオーラを激変させた。

 すなわち、戦うための状態。

 魔術師が魔術を使うための状態へ、だ。


「「殺し合いだ、アイラ」」


 炎器が二人の元へと集まっていく。天気のいい今日は炎器の滞留量も大きい。どうやら炎属性の術式を主に扱うらしい彼等にとっては絶好のフィールドと言えるだろう。


「……そっか。どうしても、戦わないといけないんだね」


 無言で応じる二人を眺め、アイラは息をついた。


「フェンリットくん」

「どうした」

「……あの二人の相手はボク一人――いや、二人(、、)でするよ。何も関係ないキミを巻き込む訳にはいかないからね」

「何を言って――」

「――だから、もし帰ってきたら聞かせてほしいんだ。キミが、どうやって(、、、、、)乗り越えたのか(、、、、、、、)


 そして、アイラの気配も激変する。

 女性のものだったそれは、男性のものへ。

 立ち振る舞い、身のこなし、そして顔つき。全てが一瞬にして変わり果てる。

 おもむろに片手を前髪へと持っていったアイラ――いやライカは、その前髪を掻き上げて視界を広げた。


「ん?」


 アモンとマモン、二人が眉を潜めた、その瞬間。

 隣にいたライカが尋常ではない速度で前方へと突っ込み、二人の身体ごと消えていった。

 僕はそれを完全には見送らず、追いかけようとして――


「――お前の相手はこの俺だ」


 突如視界に現れた別の人影に、道を塞がれた。


 それは男だった。


 全身に黒を纏ったその男は、長い黒髪を後ろで一つに束ねている。身体を覆う黒いローブは、まるで煙の様に揺らめいていた。コイツが現れた直後、周囲の明るさが落ちたように見えるのは錯覚ではない。この男が、日中に滞留量の少ない闇器を寄せ集めているからだろう。


 ……クソ、なんだコイツ。

 相当な高位の魔術師だ。


「申し訳ありませんが、取り込み中です」

「つれない事を言うな。なあ、フェンリット――いや【御嵐王】(エメラルドフォックス)?」










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