2-16 夜更けの路地裏にて
「……んんーっ!?」
困り顔を作って言った僕を見て、一拍遅れてアイラが驚きの声を上げた。
確かに彼女の推理は正しい。どこまでも正しくて、正解でしかないのだけれど、それを僕が認めるかどうかと言われれば答えは否だ。
ほとんど勘付かれているだろうけれど、折角だし最後まで否定してみせよう。
「僕はイーレムの町防衛戦の時、諸事情で別の敵と戦ってたんだよ。例の、黒づくめの魔術師さ。分かるよね」
「う、うん……ドラゴニュートと一緒に出てきた奴だよね?」
「そうそう。アイツに知り合いを人質にされてさ。しかもなにやら下位魔王を引き連れていて、中々苦戦したよ」
これに関しては何一つ嘘をついていない。
彼女があの日の裏側で起きていた出来事についてどれ程知っているかは分からないが、上手くいけば誤魔化す事は出来るはずだ。
「……へえ、下位魔王」
考え込むような表情をしてボソリと呟くアイラ。彼女の思考が別へ向いたのをチャンスと見て、僕は話を続ける。
「うん。間違いなく、アイツは下位魔王を操っていた。あの殺人衝動の塊がすぐ傍にいる黒ずくめを攻撃せず、その上奴の命令に応じて行動してたんだ。何らかの術式なんだろうけど……」
「……まあ、いっか」
やがてボソリと呟いたアイラは、苦笑しながら背もたれに寄りかかる。
「フェンリットくんが認めない事には始まらないからねー。ボク的には九割方確信を持って言ってるんだけど、あとはこっちで完結させるよ。あ、気付いてたと思うけれど、キミがギルドで冒険者をあしらった時に視てたのボクなんだよね」
「へえ。視られているのは気付いていたけど、誰かまでは気にしていなかったよ」
正直、大した問題ではないと思ってたし。
ともあれどうやら、これ以上の追及はしてこないらしい。結局彼女の中で、僕の正体は【御嵐王】という風に結論付けられているようなので意味がないようなものだが。
「まあ、『フェンリットくんが【御嵐王】問題』は取りあえず置いておくとして、実はもう一つ聞きたい事があってさ」
アイラは通りかかった店員に声を掛け、追加のお酒を注文する。
店員が立ち去った後、残っていた飲み物を飲み干してから、僕の方を見た。
「――ヌルの町」
「……ッ!?」
「やっぱり、聞き覚えがあるみたいだね。間違いではなく、人違いでもなかったか」
アイラの口からその町の名前が出た瞬間、自分の鼓動が早くなったのを感じた。
こればかりはポーカーフェイスを保つことも、冷静さを保つことも出来なかったらしい。
僕の動揺を感じ取ったアイラは静かな声でそう言った。
「ボクが君に注目していたのは、この件について知っていたからなんだ」
「……なんで、そのことを」
いや、おかしいことは無い。確かにあの町にいた人々はそのほとんどが死に絶えた。少なくとも僕は二人の例外を除いて、あの跡地に生きた人間を見ていない。だけどそれは、単純に僕が見逃しているだけという可能性だってある。
生き残った人が僕の事を言い伝えていてもおかしくはない。
あの町で、僕はそれなりに名の通った冒険者だったから、僕の事を知っている人ならその特徴を流布する事も可能なはずだ。
その上で僕がこうして普通に活動出来ているのは、信憑性の問題だろう。
ああ、そうだ。
ヌルの町を壊滅させたのは僕――フェンリットだ。
【御嵐王】ではない。
ならば何故、イーレムの町で戦ったノルマンドという黒ずくめの男は、それを【御嵐王】だと勘違いしていたのだ?
動揺と困惑、ありとあらゆる良くない感情がグルグルと回って思考が泥沼に溺れていく。
ダメだ。
良くない。
僕は、目を逸らしていたい。
「実はある冒険者が話しているのを聞いてさ。その人も噂話程度だったんだけど……フェンリットくん?」
アイラは言葉の途中で僕の様子がおかしい事に気が付いたのか、こちらに手を伸ばしてくる。
僕はそれを片手で制しつつ、何とか笑みを浮かべながら言う。
「この話はやめにしよう。折角の飲みの席なんだから、もっと楽しい話をしないか?」
何も間違った話はしていないはずだ。お金を払って酒を呑んでいるのだ、酔いがさめる様な話はするべきではないだろう。
そんな僕の感情が伝わったのか、彼女は「そっか。それもそうだね」と笑いながら言う。
その後で、ボソリと呟いた。
「それが、フェンリットくんの選択か」
■ 3rd person/???
ウルスの町は広い。高い外壁によって囲まれた城郭都市であるここは、イーレムと比べると実に十倍ほどの広さを持っていた。商売が盛んなこの場所には多くの行商人が集まり、大規模なバザールが開かれている。先日、護衛を伴いここへとやってきたキャラバンのオーナー、ヘウスキンもおそらく何かしら出店をする事だろう。
だが、そんな町も夜が更ければ静まり返る。
石造りの建物、そして道路を照らすものが月明かりと街灯だけとなり、家々から明かりが消え去る時間帯に。
中でも、町の中心部から外れて元々人気の少ない路地裏を。
怪しげな生き物が闊歩していた。
それは男だった。至って普通の格好をしたその男は、まるで酒に酔っているかのように覚束ない足取りで、暗い路地裏の道をゆらゆらりと歩き続ける。
その様子は明らかに『普通』とはかけ離れていた。
まずそもそも、その男の肌は黒色に染まっていた。
日に焼けて焦げ茶色に染まった表現における"黒"ではない。
そのままの意味で、漆黒を指す"黒"だった。服を着ているため、露出しているのは首から上と手くらいなものだが、その全てが闇より深い黒で染まっている。
それだけでおかしいと言うのに、その男の両目は光り輝く赤色に染まり、そこから伸びる様に頬へと赤い亀裂が走っている。
まさに『異常』。
そんな男が、口から小さな呻き声を断続的にあげながら路地裏を進んでいく。
しばらくして、その男の視界に一つの人影が入ってきた。
ポケットに両手を収めた人影は男に背中を向け、ゆったりと静かな足取りで歩んでいた。
直後、男の中で爆発的に湧き上がった"人影への殺意"が全身に力を宿し、猛烈な勢いで駆け出した。低姿勢で、足の筋力だけで態勢を維持しながら、しかしその速度は凄まじい。拳を突きだせば、一般人ならその勢いの威力だけで致命傷を負うだろう。
だが。
その『人影』は、一般人ではなかった。
「あ?」
ドスの効いた声だった。
振り向きながら声を発し、自身へ悪意を向けてくる男を睨みつけた人影は、その場に立ち止まる。
次の瞬間、人影の正面に白い魔方陣が現れた。
そこから放たれたのは、無色の『打撃』。
魔力を宿したその『打撃』は、飛び掛かってきた男に直撃し、その身体を吹き飛ばしていく。男の身体は直線状にあった街灯にぶつかり、金属を歪まる音と共に静止した。
明滅する明かり、その真下でダウンする男。
その側へと歩み寄った人影は、長い女性の様な白金の髪の上から頭を掻きながら、しかし男の声で愚痴を吐く。
「なンだコイツ……町中でいきなり襲いかかってきたと思ったら、ただの人間じゃねェな?」
動かなくなった男の身体を靴底で弄びながら、
「悪意指数的に、俺に対する特定の感情があった訳じゃねェな……強いて言うなら、魔王の奴等が向けてくる殺人衝動に近いか」
はァ、と溜息をつき、人影は言う。
「最初から『打撃』じゃなくて『斬撃』にしときゃよかった。めんどくせェ」
言葉と同時に、男の正面に再び白い魔方陣が浮かび上がった。ただしそれは、先ほど男を吹き飛ばした『魔術』を放ったモノとは形状が違う。
つまり、別の術式であるという事だ。
「あー……気持ち悪ィ」
白い魔方陣から魔術が放たれる。
先程とは違う、『斬撃』性を帯びた無色の攻撃は、黒い男の身体を切り裂き人間のモノと同じ赤い血を撒き散らす。
その光景を、既に人影は見ていなかった。
背を向けて歩いて行く。
まるで、何事も無かったかのように。




