2-13 緑青の刃
「――アイラの兄だ。よろしく頼む、フェンリット」
「……は?」
その言葉を受け、僕は今の状況をも忘れて呆けた声を漏らしていた。
目の前に立っている人物は今まで一緒に行動してきたアイラで間違いない。
服装や容姿といった外見的特徴を見ても明らかだ。
だけど、決定的に"気"が違っている。
喋り方、身の振る舞い。隣に立っているだけなのに、その気配の質がアイラとは桁違いに高い。
それこそ僕が見た、イーレムの町防衛戦の時の『青髪の魔術師』のような――。
「聞きたい事は色々とあるだろうが、それは後回しだ」
アイラ――いや、ライカさんの言葉に我に返る。
そうだ、今は質問攻めをしている状況ではない。
目の前の敵を、アーマードベアを倒す事が先決だ。
ライカさんの参入によって、シアの力を借りずとも戦い抜くことが出来るかもしれない。
気を取り直し、敵の一挙一動に集中する。
「……ん?」
だからだろう。
僕は、アーマードベアの様子がおかしい事に気が付いた。
冷静に考えれば特に変な所はない。
突然戦いに割り込んできたライカさんを警戒するのは当然の事で、知能の高くなった魔物ならば容易にその思考に達するだろう。
だが、なんだ……?
警戒しながら、しかし今すぐにでもライカさんに襲い掛かりたくて仕方がないような……?
「なるほど、頭が良いというのは本当のようだな」
ボソリとライカさんが呟いた。
「普段の魔物なら飛び掛かってくるところだが……知能が高いというのも一長一短か。精々、その違和感に無駄に良い頭を悩ませるといい」
アーマードベアを冷徹な目線で貫いた彼は、その状態のまま僕に言う。
「奴の意識はオレに向かっている。完全にとは言えないが、それが逆に奴の注意を散漫にさせているはずだ」
「……ライカさん、あなたには聞きたいことが沢山あるようです」
「それも全部後回しだ。"さん"付けも敬語もいらない、アイラと同じようにしろ。さて、どうする?」
この戦闘の指揮は僕に任せる、という意味だろう。
まあ、さっきまで見ていただけの彼よりは、手を合わせた僕の方が効果的な案を出せるか。
ならば僕がまず知るべきは彼が出来る事だ。
「……あなたが出来る事は?」
「魔術師だが、事情があってあまり長時間は戦えない。適性は水属性、『氷』変換系も一通り」
「なるほど」
あまり長い間戦えないなら、短期決戦で臨んだ方が良いだろう。
彼がどれくらい持つのかもわからないし。
「奴は物理耐性が高い。なので魔術攻撃で攻めたいところなんだけど、僕一人では火力が足りない。二人で同じ場所を集中的に狙おう」
「――どこを狙うか、それは決まっているのか?」
魔物を殺す際、もっとも確実なのは奴等の心臓でもある魔結晶を破壊する事だ。
だがアーマードベアは、その身体を鋼鉄のような皮膚、『鎧』で守っている。
魔結晶を壊すには、まずその鎧を貫通しないといけない。
それは戦っていて無理だと判断した。
ならば、そんな魔物――生き物を殺す為に何をするべきか。
「頭。首を斬ります」
鎧によって守られておらず、もっとも肉が薄い首を集中的に攻撃して頭を切り離す。
これしかない。
「了解だ。精々頑張るとしよう。お前が奥の手を使わなくて済むように、な」
「――ホント、何者なんですかね、あなた方は」
思わず苦虫を噛んだような顔をして言うと、彼は笑った。
「なに、別にこれと言って大層なものではない」
態勢を低く構えた彼の周囲に水器が集まっていく。
魔力練成の気配。
ライカが術式を演算し、この世界になんらかの魔術を事象として発現させようとしている予兆。
「どこにでもいるような、"ちょっと訳アリ"な兄妹だよ」
言うと彼は、今にも四足で走りそうな姿で駆け出した。
さながら、狼の如く。
今まで何人かの狼人を見てきたが、彼ほど『狼』を体現している人はいなかったような気もする。
「"ちょっと訳アリ"な人がどこにでもいてたまるかって」
視線の先でアーマードベアを翻弄するライカに対して愚痴を吐いてから、僕も走り出す。
小柄な身体を活かし、俊敏な動きでアーマードべアの攻撃を躱し、魔術を使って応戦するライカの戦いぶりは間違いなく、いつか見た防衛戦の時の『青髪の魔術師』だった。
そして、彼が扱う魔術。
主に水属性の術式を氷変換したものが目立つ。
いつか見たアイラの術式と比べれば、その速度・威力共に遥かに上だった。
言ってしまえばそう、尋常ならざる戦闘センス。
アイラにはなかったソレが、ライカには宿っている。
「ああ、知っているぞ」
いつかイーレムで知り合った女冒険者、アマーリエさんよりも更にクールな表情をニヤリと歪め、ライカは言う。
「こういう奴は大体、足の裏も防御が薄かったりするんだ」
片膝をついたライカは、その両手を地面に押し当てた。
魔術による事象発現はイメージ力が重要となる。
自分がこれから起こそうと思った現象を強く想像する必要があるのだ。
ライカのあの動きは、自分の術式を地面と関連付けるのに最も適したモーションで。
直後、アーマードベアの足元に青色の魔方陣が浮かび上がる。
奴はそれに気付いて、回避行動に移ろうとしたが時既に遅く。
驚異的な速度で魔術が発現した。
二本の水流がうねり合って出来た水の槍が勢いよく突出し、超重量のアーマードベアの足の裏を襲撃。
その巨体を浮かばせ、果てには吹き飛ばす。
くぐもった悲鳴をBGMに、僕はその魔術強度に感心していた。
魔術は良くも悪くも不安定な技術で、曖昧なイメージでも事象発現させることが可能だ。
『魔術を使う』だけならば比較的簡単なのである。
それ以上の段階として、魔力量や術式演算能力、そして基本的なイメージ力を強化する事で魔術はその威力・効力を増していく。
ライカが扱う術式はどれも一級品。
術式演算能力は勿論、想像力――自分の術式が敵を倒すに至る代物だと信じて疑っていない。
悔しいけれど、間違いなく彼は"今の僕"より遥かに上手く魔術を扱うだろう。
「とはいえ」
あまり悠長なこともしていられない。
ライカは長時間戦えないと言っていた。
実際に、圧倒しているように見える彼はその実、一切の余裕を感じさせない。
おそらくは魔力量的な問題が彼の戦闘時間に関わっているのだろう。
「僕も限界ギリギリまでやるしかなさそうだ」
【荒風吹】を解除。
魔術的な武具ではあるが、その威力の大半を物理攻撃力に費やしているこのガントレットではアーマードベアの鎧を打ち砕けない。
環境を視ろ。
大自然の中、空を見上げれば曇り模様、風に吹かれて木の葉が揺れていた。
ああ……風器が満ちている。
大丈夫、ここは僕のフィールドだ。
今ならきっと、軽く本気を出しても瘴器の影響を受けない。
アーマードベアの身体性能と渡り合うための最低限の強化術式を掛けなおす。
敵の意識は、現状接敵していない僕に一切向かってきていない。
不自然なほど、その全てがライカに集中している。
彼の言葉にも疑問はあった。
だけど、それも後回しでいい。
何かカラクリがあるにせよ、ライカがアーマードベアの気を引いてくれているのなら。
「ライカ!!」
「――ッ!!」
僕は、リソースの全てを術式演算に割く事が出来る。
生み出したのは風のチェーンソー。
高速で振動するその刃は、僕が今の状態で再現できる最大パフォーマンスの魔術の代物。
ただ、アーマードベアの首を斬り落とすためだけに。
跳ぶ。
前に。
アーマードベアの背中へ向けて。
「ッ!!」
強大な力の気配には気付いていたのだろう。
アーマードベアは、それが接近してくることに敏感な反応を見せた。
だが、敏感なのは反応だけ。
その意識はやはり、確実にライカの方にも向かっている。
そのどっちつかずなアーマードベアの挙動を見逃す彼でもない。
「お前はこっちを見ていろ」
言葉と同時、僕にまで届く猛烈な引力がライカから放たれた。
その感覚を僕が言葉にするのは難しかったけれど、やはり"引力"であることは間違いなかったようで。
僕という存在を無視したアーマードベアは、怒声の様な咆哮を上げながらライカへと殴り掛かった。
今までの戦いで一番威力の高かったであろう一撃。
だがそれは、猛烈な風切り音と共に虚しく空を切った。
まるで攻撃が来るのを分かっていたかのように、後の先を読んで跳びあがっていたライカは、空中で逆さまになりながら。
その右手に、僕の手に備わった風のチェーンソーにも似た、ウォータージェットカッターのような術式を備えて。
笑いながら、言う。
「相手が悪かったな」
直後。
僕の風の刃と、ライカの水の刃が、アーマードベアの首を挟撃した。
タイミングは示し合わせていなかった。
細かい段取りなんて決めていなかった。
だけど何故だか、上手くかみ合うような予感があった。
そしてそれは現実となり、完璧な位置合いで直撃した二色の刃は、アーマードベアの野太い悲鳴を弾き出し。
その首を、断裂した。




