2-11 遭遇
「フェンリットさん、少しよろしいでしょうか?」
休憩中に名前を呼ばれて振り返った先にいたのは、この護衛依頼の依頼主、ヘウスキンさんだった。
僕がアイラを『女の子』と認識してから数日が経過した。
護衛は順調で、特に危機的状況に陥る事も無く、ゾルさん達との衝突も無くなった。
あちらも僕がやれる人間だと気付いたようで、無暗に突っかかるのをやめたのだろう。
そして、今日を乗り越えれば明日には目的の街『ウルス』に到着する。
長い野宿からやっと解放されると聞いたシアは、満面に喜色を浮かべていた。
アイラもそんな彼女と一緒に嬉しそうにしている。
やはり二人とも、戦闘があまりなかったとはいえ疲労が溜まっているのだろう。
ヘウスキンさんが声を掛けてきたのは、そんな彼女らの様子を眺めていた時だった。
手招きされる彼に連れられて僕が辿り着いたのは、ヘウスキンさんが乗っていたキャラバンの荷車。
一体どうしたのだろうと思っていれば、中に入っていった彼に「どうぞ」と呼び込まれた。
付き従って中に入ってみれば、そこには紫色をした正方形の大きな箱が置いてあった。
「フェンリットさんには見せておこうと思いまして」
「これを、ですか?」
「ええ。恐らくあなたも疑問に思ったことでしょう。たかだか隣町の護衛依頼にしては、募集パーティも報酬金額も大きい、と」
図星だった僕は頷いてから応じた。
「確かにそう思いました。三パーティは流石に多い、そして報酬金額も破格だと。しかも他のパーティ共々ほぼフルパーティ。僕らの存在が申し訳なくなるくらいでした」
「ええ。正直、フェンリットさんの実力を知らなければ、三人パーティはお断りしていたと思います」
「……そして、その理由がこの箱にある、と」
「はい」
僕らの視線が、この空間の中央に鎮座する紫色の箱へと注がれる。
「この中には、高純度の魔結晶が入っております。法具の原動力にするような歪なものではない、コレクターが収集するレベルの品質のものが、です」
「……なるほど、道理で」
これがあったから厳重な護衛を付けて移動していた、という訳らしい。
魔結晶はなにも、魔物の心臓としてのみ生まれるわけではない。
極稀に、魔力が多く存在するポイントに生み出される事があるのだ。
魔王と似たものと考えればいい。
瘴器が多く集まれば魔王が生まれるが、純粋な魔力が集まればこういった魔結晶が生まれ出ることがあるのだ。
「見ますか?」
箱をじっくりと見ていたからか、ヘウスキンさんがそんな提案をしてくれた。
コレクターが欲するような魔結晶は滅多にお目に掛かれない代物だ。
見せてもらえるならば見せてもらいたい。
僕が頷くと、ヘウスキンさんが箱の両側に手を掛け、ゆっくりと持ち上げた。
直後感じる、魔力の波動。
水晶体のガワでは抑えきれず漏れ出る魔力が肌を撫でていった。
青・白・紫の三色の光が渦巻く水晶の中は、陽を浴びて輝く流水の様に美しい。
見惚れていれば、ヘウスキンさんはそっと箱を戻して申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「申し訳ありません、これくらいで。この箱は魔力が外に伝わらないようにする仕掛けが施されておりまして。コレクターの方々ならば中の見える透明な箱を用意しているでしょうが……」
ようは、魔力が漏れ出てる状態が良くないという事なのだろう。
箱を用いて空間の魔力濃度を保つことが品質維持にもつながるのではなかろうか。
その手の道には詳しくないのでよく分からないが。
それに。
単純に、魔力というエネルギーは危険を呼び寄せるもので。
だからこの展開は必然だったのかもしれない。
「敵襲だ!!」
荷車の外から別パーティの男らしき声が聞こえてきた。
その声音からは相当な焦りが聞いて取れた。
ヘウスキンさんに目配せをして外に出る。
この時点ですでに嫌な予感はしていたのだ。
いや、もっと言うならば、その可能性は常に懸念事項として頭に残っていた。
「フェンリットくん!!」
僕の名を呼ぶのはアイラの声。
外は早々に戦闘が始まっていた。
ゾルさんとグロスさんのパーティが囲むのは巨大な熊の魔物。
全身を黒く硬質化した筋肉で覆い、金色の瞳はギラギラとした光を宿している。
両の拳は鋼のグローブを付けているかのように光沢をもっていて、殴られれば一たまりもない事を予感させた。
ああ。
いつか戦ったネグロベアの進化種と似ている。
違うのは、その大きさと威圧感だった。
あの時の奴と比べれば倍ほどの体躯。
そして、殺意。
あらゆる全てが規格外だった。
「ああ……最悪だ」
まさかこんな嫌な予感が的中してしまうとは。
コイツ、間違いなく稀少種でありながら進化してやがる。
「クソッ、なんだコイツ……他の魔物とは気配が違う!!」
この違いを感じ取れない者はいないらしい。ゾルさんが得物の剣を握りしめて苦し気な声を上げていた。
誰もかれもが武器を構えるが、攻撃への一歩を踏み出せずにいた。
その判断――いや怯えは、限りなく正しい。
生半可な冒険者が奴に挑みかかれば、即座に血みどろの肉塊に成り果てるだろう。
「どうしますか、フェンリット」
「……後れを取るつもりはないけれど、奴が一体どんな術式を使ってく――」
言い切る直前、僕は全身に身体強化を施して地面を蹴っていた。
視界の先。
ゾルさんを標的と定め、ネグロベアの進化種――アーマードベア……その稀少種という異例なケースな為、通称は存在しないその熊の魔物が駆け出していた。
その威圧感たるや、凄まじく。
僕ですら軽く肌を泡立たせるレベルのもので。
それを受けたのが【銀級】――よくて【金級】冒険者であるゾルさんならばひとたまりもないだろう。
現に、ゾルさんは硬直して動けなくなっていた。
「クソッ」
全力で駆け抜けた僕は、ゾルさんとアーマードベアの間に身体を割り込ませた。
地響きが足の裏から伝わって身体を微かに痺れさせる。
巨大な熊がこちらへ全力で向かってくるという視覚情報が心臓を鷲掴みにする。
それらのマイナス要因を全て無視し、僕は掌底の構えを取った。
「お前……」
ゾルさんが何事かを呟いているが無視。
まず重量の時点で勝ち目がない。
こちらから向かって行っても、簡単に身体を吹き飛ばされてしまうだろう。
【荒風吹】を起動。
両腕を風が纏い、それが消え去ったあかつきには、術式によって出来た籠手が装着されている。
最初から全開で行く。
両足で地面を踏み、アーマードベアを待ち構え、そして。
激突の寸前、【荒風吹】のギミックを発動して加速・加力した拳を、全力で叩きつける。
一瞬拮抗したお互いの力は周囲の衝撃波を撒き散らし、アーマードベアをノックバックさせるに至った。
僕も僕で両靴が地面を削って後退している為、単純な膂力では拮抗していると見ていい。
【力ノ帯】もなく、【風ノ衣】も纏っていない状態での僕の身体強化ではこの程度が精一杯という訳か。
右の拳から伝ってくるビリビリとした痺れに思わず顔を顰める。
だけど、いや……それだけではない。
――痛み?
「コイツ……ッ」
奴は確かに異例の存在で、ネグロベアの進化種『アーマードベア』でありながら、間違いなく噂になっていた稀少種でもあるのだろう。
そんなコイツが、ただでさえ物理的防御力の高いこの魔物が扱う術式。
今の交錯で分かった。
間違いない。
「野郎、どんだけ硬くなりやがる」
――魔術の中では基礎的な分類に含まれる、硬質化の術式。
それは現状、全力で魔術を使えない僕にとって、幸か不幸か何とも言えない現実だった。
お待たせしました。短くて申し訳ない。
第2章前半の佳境に入りました。




