2-05 稀少種
「【頂級】。……出来れば、このことはご内密に」
告げた直後の反応は皆それぞれだった。
シアは冒険者の常識に疎いからだろう、あまり動じた様子は見せず、指を下唇に当てて言う。
「それって一番上の等級ですよね? 流石フェンリットですねー」
そんな予感はしていた、という雰囲気だった。
常日頃彼女とは一緒にいるので、そう思われていても無理はない。
イーレムの町のギルドに行った時の受付嬢さんの反応の件もあることだし。
「……、」
ここで意外だったのはアイラの反応だった。
彼はニコニコとしているだけ何も言おうとはしない。
別に自惚れとか期待していたとかそういうのではなく、これまでに分かったアイラの性質を考えて単純に、彼なら一番オーバーなリアクションをすると思っていた。
少し拍子抜け、というか。
何か少し違和感を感じた。
「【頂級】……まさか最上位の等級だとは思ってもいませんでした。しかし、フェンリットさんの実力ならば何もおかしくはありませんな」
ヘウスキンさんは驚きの色を表情に宿してそう言った。
「では、パーティの平均等級は……」
「【金級】、ということになりますね」
「了解しました。では、フェンリットさん、シアさん、アイラさん。当日はよろしくお願いします」
その後、僕らは依頼についての細かい話をした後にヘウスキンさんと別れた。
出発は二日後。
それまでの間に、僕達は移動の準備をしなければならない。
今日は特に何もやることがなかった僕とシアは、ギルドでシアの冒険者登録をした後、町に買い出しへ行くことにしたのだが……、
「どうしてついてくるんだ、アイラ?」
シアと並び歩く僕のその反対側を見れば、笑顔を浮かべたアイラが隣に寄り添って着いてきていた。
彼は両手を後頭部で組みながら、
「えー? だってボクも買い出ししなきゃいけないし。だったらパーティも組むことだし、一緒に行動したほうがいいんじゃないかな?」
「まあ、確かに一理あるけれど」
「それに、一緒にいる時間が長いほど息も合うと思うんだ!」
小さな両拳を握るアイラ。
それを見て、シアは僕を嗜めるように言う。
「いいじゃないですか、フェンリット。あんなにアイラさんの事が気になっていたのに、拒む理由はあるんですか?」
「へえー! ボクに興味があったの?」
シアの言葉に、ここぞとばかりに食いついてくるアイラ。
「そうですよ。ドラゴニュートとの戦いやイーレムの町防衛戦で活躍していたあなたに、フェンリットは会いたがっていました」
「い、いや、会いたがるってほどじゃないぞ。気になっていただけで」
思わず訂正の言葉を割り込ませてしまう。
するとアイラはにんまりと笑みを浮かべ、
「あー、あの時は凄かったからねぇ」
「……ん?」
ニュアンスに少し違和感を感じたけれど、気のせいだろうか。
「まあ、アイラさんも悪い人には見えないですし、折角パーティを組むのですから仲良くしましょう?」
シアの言葉を受けて、僕は違和感から意識を逸らして応える。
「まあ、シアがそう言うなら別にいいんだけどさ」
言われてみれば確かに、そこまでしてアイラを拒む理由も無かった。
日々において最も優先されるのは『シアの充実』だ。
ならば、そのシアがアイラの同行を望むと言うのなら、アイラと仲良くなりたいと言うのなら、僕はそれを後押しするまでの事。
「よかったですね、アイラさん」
「うん! ありがとう、シアちゃん!!」
微笑みかけるシアに、アイラは満面の笑みで抱きつく。
シアもそれを受け入れて、まるで子供のようにはしゃぐアイラの頭を撫でたりなんかしている。
――なんだろう、この感情は。
なんとなくムカムカするというか、あまり見ていたい光景ではないというか。
そんなにシアとくっ付かないでほしい、なんて風に感じたような……。
「……行くよ」
二人とも、別に悪い事はしていない。
僕から何か言えるわけもなく、二人から背を向けて一足先に歩き出した。
きっと、気のせいに違いない。
最初に向かったのは冒険者ギルドだった。
ヘウスキンさんから依頼受諾のお墨付きは貰ったにせよ、シアの冒険者登録は早い方が良いはずだ。
酒の臭いが漂うギルドに入ると、何やら少し騒がしさを感じ取った。
「なんだ? 少し浮き足立ってるような気がするけれど」
僕がボソリと呟くと、アイラが近くにいた剣士らしき女冒険者に尋ねかける。
「ねえねえ、何かあったのかな?」
「え?」
唐突に声を掛けられた女冒険者は、最初は驚いたもののすぐに調子を取り戻して説明してくれた。
「どうにも、町の周辺に魔物の稀少種が出たらしいのよ」
「稀少種?」
初めて聞いたのだろう、シアがその名前を繰り返して首を傾げた。
アイラはそんな彼女の方に向き直って人差し指を立てて言う。
「魔物の稀少種っていうのはその名の通りで、言わば『ごく稀に出てくる強い魔物』の事を指すんだよ、シアちゃん」
彼はその指を揺らしながら、
「それも、ただ強いだけじゃない。その本質は『魔術を使うこと』にあるんだ」
「魔術を使う……? 魔物が、ですか?」
心底驚いた、という表情を浮かべるシア。
彼女の反応も無理はない。
何せ自分が使うことも出来ない高度な技術――彼女の場合、魔力が無いため技術云々の問題ではない訳だが――を、魔物が使うというのだから。
アイラは頷きかけて、
「うん、魔術を使うんだ。とはいえ、魔術全般を使いこなす訳ではないよ。魔術には数多の法則性・儀式があるんだけど、それをたまたま、偶然にも『行えてしまった』が故に、魔術を使えるようになった魔物。それが稀少種」
意識して魔術を使おうとしている訳ではない。
そもそも、ほとんどの魔物は意識的に『魔術を使おう』と思考する能力すら持っていないだろう。
これは例え話だが、『前に三歩歩いて、その場で二回周り、一歩後ろに下がってジャンプする』という儀式を行う事で、"雨を降らせる"魔術が使えると仮定しよう。
そこに『魔術行使』の意図は存在しない。
しかし、たまたま。
偶然。
そんな行動を魔物が起こしたとすれば、どうなるだろう。
――そう、雨が降るのだ。
魔術が発現し、魔術による雨が、使用者の意思に関係なく降り注ぐ。
「まあ、簡単な事ではないよ」
僕はシアに補足説明をする。
「偶然魔術を使えてしまう事なんてほぼほぼ奇跡に近しい可能性だ。だから、そんな魔物は滅多に現れない」
「まあ、その分出てきた稀少種は魔術の味をしめちゃってどんどん強くなっちゃうんだけどね」
魔術を使えてしまった魔物は、繰り返しその魔術を使っていく。
結果、活性化した体内の魔力の影響でどんどん強化される、というわけだ。
簡単な攻撃魔術ならまだマシだ。
しかし、複雑で強力な魔術を使う稀少種が現れた時は……考えたくもないな。
過去にそういった事例はないらしいけれど。
「どうするー? 現れた下位魔王が偶然魔術を使えちゃって、しかも『共食い』による強化の味も占めちゃったら。瘴術でさえ厄介なのに、手に負えなくなるんじゃない?」
「そんな恐ろしい想像はするな……」
アイラのふざけた口調にげんなりする。
前の戦いで、ノルマンドが使役していたのは下位魔王と呼ばれる存在。
ようするに、勇者一行が力を合わせて倒した真の『魔王』の下位互換、劣化版だ。
その性質は変わらないため、人々は総称して『魔王』と呼んでいる。
奴等も稀少種となる可能性がある訳で。
そんな事が起きた場合は、多くの人が犠牲となるだろう。
「もう行ってもいい?」
「うん、ありがとう!」
律儀に僕らを待っていてくれた女剣士に、アイラがお礼をする。
去っていくその背中を見送った後、彼は僕の方へ振り返った。
「さて、んじゃあその稀少種、討伐しちゃう?」
「……え? 何を言ってるんだ?」
「だってさ、稀少種って倒したらギルドから沢山報酬が貰えるでしょ? 資金は少しでも多い方が良いんじゃないかな?」
確かにアイラの言う事はごもっとも。
際限なく強くなっていく稀少種は危険が大きい。
そのため、倒してくれた冒険者にギルドは多くの報酬を送るのだ。
まあ、何かとお金が必要になりそうなので、魅力的な案件ではある。
「とはいえ、目先の目的はシアの戦闘能力を知る事だから、依頼として受けるのはあまり良い手ではない」
「なら、もし見つける事が出来たら、ってことにする?」
町の外で稀少種に遭遇し、偶然にも倒して討伐証明をギルドへ提示した場合にも報酬は出る。
これに関しては賊の討伐依頼と似たようなものだ。
ギルドは、誰が倒したという真実よりも、倒されているという事実を優先する。
それに関していざこざが起きた場合には、冒険者同士で解決してもらう、というスタンスらしい。
稀少種については、運よく見つかれば倒して金にする、という方針に決まった。
僕らはカウンターへ向かい、シアの登録手続きを済ませる。
対応してくれたのは、いつしかの受付嬢さんだった。
「――はい。では、シアさんを【銅級】冒険者として登録します」
差し出されたのは僕のとは違うギルドカード。
裏面には、初心冒険者に与えられる等級、【銅級】の紋様が描かれている。
シアはそれを興味深そうに眺めて微笑んだ。
「これで私も、フェンリットと同じ冒険者ですね」
「そんなにいいものではないよ」
冒険者なんて職業は結局、常に危険と隣り合わせだ。
成功すればどこまでも成り上がれる業界だが、そんなのは全体のたった一握り。
一度でも失敗すれば、死んでしまえばそこで終わりである。
ハイリスク・ローリターン。
それでも、日々を生きていけるだけの稼ぎは得られるだけ、マシなのかもしれないが。
僕は事前に取っておいたヘウスキンさんの依頼書を受付嬢さんに差し出しながら言う。
「それと、この依頼を受けたいと思います」
「少々お待ちください。――ヘウスキン様の護衛依頼ですね。条件として、平均【銀級】以上のパーティとあります。パーティメンバーはお三方でよろしいでしょうか?」
彼女の問いかけに僕は静かに頷いた。
「では、皆様の……いえ、そちらの方のギルドカードをお預かりします」
「え? あぁ、うん……今登録したシアちゃんはともかく、フェンリットくんのギルドカードは見なくてもいいの?」
アイラの質問は至極真っ当だった。
「フェンリット様については知っているので、問題ありません」
「あ、そうなんだ」
この受付嬢さんは以前、僕がこの町のギルドに初めて立ち寄った際、対応してくれた人だ。
僕の持つギルドカードは少し古いもので、それが使えるか確認したくて差し出せば、それはもう驚いていた。
滅多にいない【頂級】のギルドカードを渡されたのだから、当たり前なのかもしれないけれど。
そういう事情があって、インパクトが強かったのだろう。
僕については忘れていなかったらしい。
受付嬢さんはアイラのギルドカードを見ながら言う。
「アイラ=レインルプス様。【金級】冒険者ですね。では【銅級】、【金級】、【頂級】の三人ということで、パーティ平均【金級】。受理させていただきます」
礼をする受付嬢さんに目礼を返して、僕らは踵を返す。
無事にヘウスキンさんの護衛依頼は受諾した。




