2-03 青髪の魔術師
翌日。
戦闘用の装備を纏った僕は、シアを連れて冒険者ギルドへと向かった。
特に町の外で戦闘をする予定はなかったが、ギルドへ赴く以上普段着だと舐められてしまう。
それこそ、僕らが初めてイーレムの町のギルドへ行った時のように、だ。
今となってはそんな事起こらないとは思うけれど、場所に適した服装というものはあるものだろう。
酒場に用事があるのなら構わないけれど、今日の僕らの目的はそちらではない。
「そもそもフェンリット、普段着なんて一着分しかないですよね」
「何を言ってるんだ? 三着はあるけど」
「……ああ、ごめんなさい。表現を変えましょう。あなたの普段着、一種類しかないですよね。同じものを三着持ってるだけですよね」
「何か問題あるかな?」
確かに彼女の言う通り、僕は普段着――もとい部屋着を三着、どれも同じものを持っていた。
実際それで今まで困ってこなかったからいいかなって。
長年、シアとシュトルム姉さんしかいない山奥の家に引きこもってたからなあ。
勿論あの家に戻れば何種類かは服が置いてある。
でも別に、誰かに服装を見せる必要性を感じなかったから、無難なやつを一種類、三着だけ持ってきただけだった。
ファッションセンスなんてものは戦場に置いてきてしまった節がある。
「問題大有りですよ、いくらなんでも!」
「でも僕、基本この格好だし」
常在戦場って言葉があるだろう。
今僕が着ている装備類は、多少魔術的な力で強度が高くなっているだけのものだが、それでも普通の服よりは頑丈に出来ている。
「いつ、どこから敵が襲ってくるか分からない世界だからね」
「それは、そうですけど……町の中だと人目も多いですし、襲ってくる輩はそうそういないのではないですか?」
「でもつい最近、ドラゴニュートとかノルマンドとかに襲われてるよね」
「うぐっ……」
この町に着いた次の日。
僕達――いや、この町はドラゴニュートと黒ずくめの魔術師ノルマンドに襲われている。
後者は主に僕を攻撃してきたが、今はそれは関係ない。
そういうイレギュラーだってある、ということだ。
何が起こるかわからないなら、何が起きてもそれなりの対応が出来るようにしておくべきだと僕は思う。
「……とはいえ、言われてみれば流石におかしいな」
「でしょう?」
「金に余裕が出来たら買うのも悪くないか」
「その時は私がコーディネートしてさしあげましょう」
フンスと両拳を握り、なにやら張り切っているシア。
……あの服もいいと思うんだけど、そこまで嫌だったのだろうか?
少し歩いていれば冒険者ギルドに辿り着いた。
相変わらずの酒気。
前に立っただけで、中に入っていないのに漂ってくる。
すぐに慣れてしまうものの、それでもやっぱり気になるものだった。
騒動が解決した後だからか、ここ最近は特に臭いが強いと思う。
中に入ると礼をしてくる受付嬢さんに、小さく頭を下げ返す。
視線を向けてくる冒険者達を無視して、依頼が張り出されたボードがある壁に向かった。
近々、僕達はイーレムを出る。
もともとあまり長居するつもりはなかったのだけれど、色々あったから少し長引いてしまった。
本来の目的地は迷宮都市。
申し訳ないが、ここは通過点に過ぎない。
「それで、何しに来たんでしたっけ?」
シアが首を傾げて尋ねてくる。
話してなかったっけ、と思い、僕は口を開いた。
「護衛依頼を探しに来たんだ」
「護衛依頼?」
小さな口でオウム返しするシアから視線を切り、ボードを眺める。
「もうすぐこの町を出るつもりって話はしたよね?」
「ええ」
「なら、ただ移動するより、護衛依頼でも受けて報酬をゲットしつつ移動したほうがいいと思わない?」
「その通りですね」
いちいち説明するまでもないな。
「だから、丁度いい護衛依頼があればそれを引き受けて、楽をしつつ金ももらえる移動をしたいなと思ったんだけど……」
言いながら視線を巡らせる。
護衛依頼は、魔物から依頼主を守らなければいけない分大変そうに思うけれど、僕的には案外そんなこともない。
「基本的に護衛は、いくつかのパーティに依頼するものなんだ」
「そうなんですか? でも、前に助けたキャラバン……えーと、ヘウスキンさんは、三人しか雇っていませんでしたよね?」
イーレムに着く前、僕は山道でとあるキャラバンと冒険者パーティを救っている。
そのキャラバンのオーナーがヘウスキンさんと言う。
冒険者パーティとはその護衛をしていた人達だ。
女性三人組、名前をアマーリエさん、アリザさん、リーネさんというのだが、それについては置いておくとして。
「そうだね。でもああいう事は滅多にないんだ。だから正直ヘウスキンさんには、割と思い切ったことをしたなと思ったよ」
もしかしたらキャラバンのメンバーに戦える人がいたのかもしれないけれど。
例えここ周辺に出る魔物があまり強くないとはいえ、油断しすぎだった気がする。
「基本的には三パーティは雇うと考えていい。それなら僕達も、多少は楽できると思うよ」
シアは移動、そして野宿にあまり慣れていないからね。
護衛依頼に便乗できるならそれが最善手だと思う。
「なるほど。つまり……私の事を考えてくれたんですね?」
「……、」
図星だけども。
それを正直に言うのはなんとも小っ恥ずかしいので無視する。
「どうしたんですかフェンリット、何か言ってくださいよー」
「……、」
「人前だから素っ気なくしてくるんですよね? 分かっていますよ、フェンリットが実は優しいことくらい」
「……んがァあああああもう! うるさいな!!」
ニマニマとした笑みを浮かべてジャレついてくる狐を軽く振り払う。
コイツはいつもそうだ、僕が少し優しくしたらすぐからかってくる。
その顔が無性に腹立つのはきっと気のせいではない。
なにやら背中にヒシヒシと視線を感じるような錯覚を覚えつつ、右腕に抱き着いてくるシアを無視してボードを見ていると、ふと見覚えのある名前を見つけた。
「……ヘウスキンさん?」
思わずその名を口から溢す。
どうやらヘウスキンさんが再び護衛依頼を出しているようだった。
「本当ですね。そして目的地は……あら、私達と同じなんじゃないですか?」
僕の右肩の辺りに顔を並べてきたシアが依頼書を覗き込みながら言う。
確かに彼女の言う通り、ヘウスキンさんと僕らの目的地は一致していた。
だけど、これはちょっと難しい事になりそうだな。
そんな考えが顔に出ていたのか、僕の方を向いたシアが問いかけてくる。
「どうかしたんですか? まさに絶好ってやつなのでは?」
「確かに、目的地も一緒で報酬もそれなり、優良物件に代わりはないんだけど……そもそもこれ、僕達は依頼を受けられないと思う」
端的な現実を述べれば、シアの表情に浮かぶのは疑問符ただ一つだった。
「どういうことですか?」
「この依頼には条件が課せられているんだ」
ゆっくりと説明する。
「希望パーティ数は三つ。山賊の襲撃を経験した彼にとっても妥当な数字だ。だけど問題はここにある」
「???」
首を傾げる彼女に、簡単な事実を伝えた。
「そもそも僕は、ソロの冒険者だよね」
「……あっ」
「やっと気が付いたか。うん、募集要項には平均ランク【銀級】以上のパーティとある。冒険者は二人で組めばコンビ、三人以上でパーティ。なら一人の僕は?」
「該当しない、という訳ですね」
肩を落として落ち込んだ様子を見せるシア。
そういう条件なのだから仕方ないけれど……やっぱり惜しいな。
「いっそのこと、ヘウスキンさんに直接掛け合ってみようか」
「直談判ということですか?」
「うん。僕達は一応面識あるし、あの時に実力は見せれたはずだから、条件を変えて雇ってもらおうかなって」
「……なんだかズルいですね」
「人脈も実力の内なんだよ。覚えておきな」
今後の方針は決まった。
なんとかしてヘウスキンさんに会いに行き、依頼を受けさせてもらう。
その後、旅の準備として買い出しをする。
出発の日まで日銭を稼ぐ、以上だ。
ヘウスキンさんの居場所はギルドに教えて貰った。
どうやら僕と彼が知り合いだという事を知っていたらしい。
まあ、ヘウスキンさんを護衛していたアマーリエさん達と面識があるなら、ヘウスキンさんとも面識があって然り、という判断だろう。
普通なら、個人情報の流出――あまりよろしくない事だけれど、それは僕の等級がカバーしてくれた。
道すがら、シアに尋ねられる。
「そういえば、冒険者の等級って何種類あるのでしょうか? ヘウスキンさんの依頼書には平均【銀級】以上とありましたが」
「ああ、冒険者ギルドから提示される等級は七つに分けられるんだ。下から順番に、【銅級】、【銀級】、【金級】、【白金級】、【金剛級】、【超級】、そして――」
冒険者として"最上"を示す等級。
実力と信頼性の裏打ち。
「――【頂級】」
「グランドマスター……」
「有名どころだと、勇者パーティに選ばれたレティーシャ=フィフティスなんかがそうだね」
すると彼女はポンと手を打ち、
「あ、その名前は以前、アマーリエさん方と食事をした時に聞きましたね。そうですか、あの時ニアミスしたローブの人ですか……」
「そんなこともあったな……」
勇者達とは鉢合わせる予定はなかったんだけどな……。
それが祟って、【御嵐王】なんて名前が付けられたうえ有名になってしまったし。
身バレしなかった事だけが救いだよ本当に。
「まあそんな訳だから、多分ヘウスキンさんも納得してくれると思うよ」
「一番凄い冒険者に護衛してもらえる、ということですもんね」
「今となっては僕一人で【頂級】足り得るとは言い切れないけれど」
「大丈夫ですよ。きっと、真の意味での【頂級】が必要になるような出来事は起きないですから」
そういう予想は口に出したら覆されるって定説があるけれど、黙っておこう……。
「あそこじゃないですか? ヘウスキンさんがいるところ」
「うん……あ、ヘウスキンさんだ」
辿り着いたのは大きな庭を持つ宿屋だった。
その庭には現在、ヘウスキンさんのキャラバンの一部、つまり竜車が置いてある。
どうやら彼は今、その竜車の整備をしていたようだが……、
「あら? あの人、どこかで見覚えが……」
「――青髪の魔術師」
いつか聞いて、いつか見下ろした名前をボソリと呟く。
ドラゴニュート戦・イーレムの町防衛戦で活躍していた、水属性魔術の使い手の姿が、そこにあった。




