1-16 黒雷の嵐
■ フェンリット
ノルマンドは心臓を一突き、生き残る余地を与えずに殺し切った。
もしもあの状態で、一撃で殺し切る事が出来なかった場合、治癒されていた危険性があったのだ。瘴器による狂化、その最中に出来た傷は治癒する場合がある。まあ、確証はないけれど。
ともあれ、息の根は止めた。
支配していた魔王も死滅した。
あとは、町の防衛戦を終わらせるだけだ。
「……大丈夫か、シア」
ふらつくシアを抱きとめながらそう聞いた。
最大限まで明るくした白光を放ち、風ノ衣状態を解いたシア。戦闘中、彼女の身体に掛かっていた負担は僕のものとは比べものにならない――と思う。
風ノ衣の能力は、僕の魔術師としての力を最大限まで発揮させる……けれど、厳密にいうとそれは違う。他の誰かに風ノ衣を装備させても、ただのコートでしかない。つまり、装備しているだけで魔術の威力が上がったりだとか、そういう効果があるわけではないのだ。
彼女は、【風ノ衣】としている間、僕の身体に掛かった――いわば呪いのようなものを緩和してくれている。
その代償として、戦いのあとはいつも辛そうにしていた。
だから、あまり使いたくは無かったのだけれど。
「……大丈夫です。少し休めば、治りますから」
立っているのも辛いのか、シアはしがみ付くように身体を預けてくる。
だけど僕は、今から彼女に酷なお願いをしなければならない。
「ごめん、シア……まだ戦いは」
「分かっています」
僕に寄りかかったまま、シアは僕の言葉を遮るようにそう言った。
息は荒く、額には汗が浮いている。その苦しみの形を僕はわからない。
でも、そんな苦しみを伴ってまで僕と戦ってくれる彼女は、薄らと微笑みながら言葉を続ける。
「防衛戦に向かうんですよね」
「……うん。ごめん、シアが辛いのは、分かっているのに」
「いいえ、気にしないでください。それでこそフェンリット、私が着いて行くあなたなんですから」
ニコリと気丈に笑みを浮かべる彼女に、僕は一瞬顔を顰めてから、笑い返した。
「ありがとう」
「どういたしまして。ですから、今はもう少しだけ、こうさせてください」
そう言いながら、僕に抱きつく力を強めるシア。体格差もあって、耐え切れず尻をついてしまう。それでも離れる事のない彼女に苦笑しながら、僕も彼女の背中に手を回した。
「フェンリットさん」
しばらくして、後ろから声が掛かってきた。
この場所で僕に話しかけてくる人は一人しかいない。アマーリエさんだった。
彼女の拘束は既に解いていたし、動けるようになるのも時間の問題だと思っていたが、思っていたより早かった。
少しだけ警戒しながら、僕は首だけで彼女の方を見て当たり障りのない言葉を発する。
「動けるようになったんですね」
「ええ」
返ってくるのは短い応答だけだった。
どうやら彼女も彼女で、僕にどう接すればいいのか分かっていない様子だった。僕も僕で、戦闘中に彼女を見捨てるという話をしたから、対応に困る。
もしかしたら、今此処で彼女との戦闘が始まるかもしれない。
そう警戒していると、アマーリエさんは小さく息を吐いてから、頭を下げた。
「ありがとうございました」
「え……」
「私を、助けに来てくれたんですよね」
頭を上げた彼女は、僕を目線を合わせずにそう言う。
確かにその見解で相違は無いけど……。
「きっと、アリザとリーネに会って、話を聞いたんですよね。私が、あの男……ノルマンドに捕まったんだと」
「……はい」
「なら、私からは、あなたへの感謝しかありません」
そう言って再び頭を下げるアマーリエさんに、僕は掛ける言葉が思いつかなかった。
ただ、何も言わなければずっと頭を下げ続けると思ったため、声を掛けた。
「頭を上げてください、アマーリエさん。そもそも事の発端は……アマーリエさんが捕まったのは、僕の所為でもあるんですから」
「……一体、どういう事なんですか?」
最初の方は気を失っていた彼女のことだ。
きっと事態をよく理解できていないのだろう。
本当はすぐにでも防衛戦に参加したいが、シアのこともあるしもう少し時間はある。
「ノルマンドは、僕を呼び寄せるためにアマーリエさんを人質に取ったんです。他にも、あなたと魔王の間に類感魔術を仕掛け、アマーリエさんの状態を魔王に反映させるようにしていた。僕があなたを見捨てると言ったのは、あなたから人質としての力を無くすため。……言い訳がましいですが、本意ではありませんでした」
「……そう、だったんですか」
「あの時破壊したのは、魔術媒体となっていた魔王の眼です。驚かせて、すいませんでした」
僕も小さく頭を下げる。
彼女には悪い事をした。この事態が始まり、今に至るまで、全ての迷惑をかけてしまったのだ。
だけど彼女は、逆にホッとしたという表情を浮かべて言う。
「いえ……安心しました」
「どうしてですか?」
「あなたが、私達が憧れていた【御嵐王】が、悪い人ではなくて」
――返す言葉は、なかった。
「あの男が言っていた町の話も、きっと何かの間違いや事情があるんですよね?」
話を聞きたい、そんな感情が手に取るようにわかった。
僕は彼女と目を合わせられず、沈黙を続けるしかない。
すると、僕に掛かっていた重さが不意になくなる。
シアが自分の足で立ち上がったのだ。
「申し訳ありませんが、アマーリエさん。今はここで、長話をしている余裕はありません」
「あ……」
アマーリエさんもそれは分かっていたのか、申し訳なさそうな表情を浮かべる。
だけど、ごめんなさい。僕はあなたに、これ以上何かを話すつもりは無いんです。
「もう大丈夫なのか、シア?」
「ええ。フェンリットの心臓の音を聞きながら腕に抱かれて、すっかり元気を取り戻しました」
「軽口を叩けるようならいいんだけれど」
いつものような言葉の応酬をしてから、僕も立ち上がって砂埃を払った。
「そういう訳で、すいませんアマーリエさん。僕は防衛戦に加わります」
「……なら、私も」
「冗談はやめてください。あなたは動くのがやっとですよね」
「心配で戦えなくなっちゃうんですよね、フェンリットは」
「うるさいよシア」
腕にしがみ付いてくるシア。それが、じゃれあい目的のものではないと分かっているから、僕は振り払ったりなどしない。
「途中まで送ります。ですから、素直に町に戻って療養してください」
「……はい」
アマーリエさんは俯きながら応じた。
足を引っ張ってばかりの状況が心苦しいのだろうが、無理をされても困る。もし防衛戦に参加して、一度は助けた命を落とされでもしたら、療養中のアリザさんとリーネさんにどんな顔をして会えばいいのか分からない。
ともあれ、説得は終えた。
「――シア、【風ノ衣】」
「了解しました」
再び白い光を放つシア。だがその光度は、ノルマンドの目を潰すつもりで放ったあの時と比べて、遥かに小さく押さえられている。
その様子を、アマーリエさんが驚きながら見ていた。
一度はこの現象を見ているはずだけれど、やはり簡単には見慣れないのだろう。
まさか、一見普通の狐人族のシアが、装備に変身するなんて思わないからね。
再び【風ノ衣】を纏い、【御嵐王】となった僕を見て、アマーリエさんは「やっぱり、本物だった……」と呟く。
僕はそれを無視して、彼女を促す。
「それでは行きましょう、アマーリエさん」
「え、ええ……」
そうして、町の方へと歩みを進めたその直後。
――懐かしく、そして親しい魔力の奔流を肌身で感じとった。
《フェンリット、今のは》
「……ああ」
誰のものか間違えるはずもない。
まさか、まさかこのタイミングで現れるとは。
別れて数日。次に会うのはしばらく先だと思っていたのに、こんなに早く再会することになるだなんて。それも、完璧なタイミングで、まるでヒーローのように。
「姉さん……!!」
黒風の魔女・シュトルムの来訪。
どうやら、町の安全は確実となったらしい。
■ 3rd person/???
街の防衛は上手くいっていた。
水属性の魔術を駆使する強力な魔術師が戦線を切り開き、勢いに乗った冒険者が次々と魔物達を屠って行った。
加えて、途中から参戦してきた黒い風を操る魔術師――魔女。
彼女の広範囲に及ぶ攻撃のお陰で、あまり強くない魔物達が一気に死んでいくのだ。
途中からは、魔物の動きが著しく悪くなって、統制のとれてない奴等を倒すのが少し楽となり。
完全に勢いづいた防衛軍は、その士気を高めていた。
そこへ、新たなる風が吹き付ける。
それは危うく攻撃を受けそうになっていた冒険者を救い、その魔物を一瞬で切り刻んだ。
冒険者は、助けてくれた相手にお礼をしようとして、見た。
狐のお面を。
狐人族の尻尾を。
フーデッドコートに包まれた人影を。
――長らく表舞台から姿を消していた、【御嵐王】の姿を。
突如現れた暗躍英雄は、戦局を支配していた魔女と背中を合わせると、その猛威を奮う。
魔女と英雄。
黒風と雷風。
彼等によって、魔物の軍勢を薙ぎ払う"嵐"が吹き荒れ。
戦いは、終結した。




