幕間 『応戦×参戦』
■ 3rd person/???
時は少し遡り、フェンリットがまだ【風ノ衣】を纏う前。
ノルマンドが従えた魔王、それが統率していた魔物をイーレムの町へと消しかけた時のこと。
町の入口の前で、一人の魔術師が外の様子を眺めていた。
肩口まである暗い青色の髪、眉が隠れるくらいある前髪の奥には、髪よりも明るい青色の瞳が伺える。華奢な身体は動きやすさ重視の短い白の外套に包まれていた。得物は腰に差した短剣一つ。パーティにおけるオーソドックスな後衛の魔術師、とは違った風貌だった。
頭には、狼人の象徴である獣耳。尾骶骨の辺りからは、フサフサの尻尾が生えていた。
その魔術師の周りには仲間がいない。
冒険者ギルドの『パーティ単位での行動』という希望は、完全に突っぱねた様子である。
「ねえ、一人で来て本当に良かったのかなぁ? あの受付嬢のお姉さんは、誰かとパーティを組んでくださいって言ってたけど……」
魔術師は、一人でいるはずなのに誰かへと語りかける。
返答は――存在した。
《必ず、とは言われていないから問題無い。なによりオレ達は、誰かと戦うより一人の方がいいだろう?》
頭の中に響く声。
耳を通じて聞こえてくるものとは違う、内側から聞こえる声だった。
「一人の方がいいと言うより、一人でしかまともに戦ったことが無いってだけだよね」
《細かい事は気にするな。ようは一体でも多く倒せばいい、そうだろう?》
「そうだね」
魔術師は額に手を当て、遠くの景色を見る。
地平線の先で、土煙が舞っているのが確認できた。先ほどまではなかったもの。おそらくあれは、待機していた魔物達が一斉に動き出したことによる弊害。
つまり、戦いが始まろうとしているということだ。
ギルドの役員がそれをいち早く察知していたのか、魔術師の周りに他の冒険者たちが集まって来ている。通達があったのだろう。
冒険者達は様々な表情を浮かべていた。この町を守るといきり立つ者もいたが、恐怖心を隠しきれない者の方が圧倒的に多い。
魔物の軍勢を相手に町を守らなければいけないのだから、無理もない。数は暴力だ。例え相手が強い魔物ではなかったとしても、大群を相手にすれば疲労する。それは、普段は苦戦しない相手に付け入る隙を与えてしまう。
そんな戦場に好んで挑みたがる者など、相当なバトルジャンキーだ。
冒険者ギルドの制約が無ければ、ここにいる八割の冒険者はいなくなるのではないか。
「それにしても本当に多いね、魔物。大丈夫なのかな」
《最悪、限界を迎えたら逃げればいい。背に腹は代えられないからな》
「死んだら元も子もないしね」
青髪の魔術師は言いながら、後ろの髪を紐で一つにまとめていく。
「――フェンリットくんは、どうなったんだろうね?」
その小さな口から、とある名前が出た。
冒険者ギルドで見ていたあの青年は、今この場所にいない。逃げたのか、それとも別の側面からこの事態の対処をしているのか。
結果次第で、彼に対する評価も変わってくる。
《ともあれ、今は目の前の敵に集中するしかない》
「この町に来たの、運が良かったのか悪かったのか判断しかねるなぁ」
《愚痴っていても仕方がない。――そろそろ代われ、アイラ》
「分かった、兄さん」
青髪の魔術師――アイラはその目を閉じた。直後、纏う雰囲気が一変する。穏やかなだったものが、鋭く冷たい刃のようなものへ。まるで人格が反転したかのように、別の者と変わったかのように。
目を閉じたまま、右手で前髪を掻き上げる。そのまま、水魔法を行使――一瞬でそれを乾かせた。前髪は持ち上がった状態で癖が付き、視界が広がる。
瞼を開けば、そこにあるのは鋭利な目付き。
人が変わったような、とはまさしくこの事を言うのだろう。
《じゃあボクはしばらく静かにしているから。……ごめんね、いつも》
「気にするな。妹を守るのは兄の仕事だからな」
《うん、ありがとう、兄さん。頼りにしてる》
それっきり、頭に響く声は聞こえなくなった。
雰囲気が一変した青髪の魔術師は、静かに瞑目して意識を研ぎ澄ます。
これから始まる戦いへ、全神経を集中させる。
自分のものではない窮屈な身体で戦う、ルーティーンのようなものだった。
魔物は猛然と接近してきている。
それらが交戦が始まるのも、もはや秒読み状態となった。
周囲の冒険者もそれぞれの武器を構え、緊張の面持ちを張り付けている。
そんな中、青髪の魔術師は武器も持たずに構えを取った。
「――やるか」
言葉と同時、青髪の魔術師の足元に青色の魔方陣が現れ、その身体を青く照らした。
ただ、右腕を一閃。
それが魔術発動のキーとなり、分厚いウォータージェットのような水流が吹き荒れた。それは軍勢の先頭を駆けていた魔物に直撃し、巨大な水圧でその体勢を崩す。薙ぎ払うようにすれば、前線の魔物は皆同様に転げ、その影響を受けた後方の魔物達も転倒していく。
「氷刃ノ雨」
続けて新たなる術式を展開。頭上高くに浮かび上がった魔方陣から、大量の氷の刃が雨の如く放たれた。その標的は、体勢を乱して慌てている前線ではなくその奥。突然の出来事に対応しきれずもたついている魔物達だった。
鋭い氷刃は次々と魔物に突き刺さっていく。理解できない言葉で悲鳴が上がり、一瞬のうちに軍勢は勢いを削がれていた。
「先陣はオレが切ろう」
青髪の魔術師は言う。
「だからついてこい、冒険者」
いつかアマーリエの言っていた、ドラゴニュート戦で活躍した『ずば抜けて戦闘力の高い冒険者』。
いつか酒場でフェンリットを見ていた視線の主。
同一人物である"彼/彼女"の華奢な身体が直後、砲弾の如く疾駆した。
そして、場面は静まり返った町の中へと転換する。
魔物達の襲撃がある、という情報は既に町中へ知れ渡っていた。しかし、それに応じて何らかのアクションを取る者は少ない。
隣町――アセムまでは数日は掛かる距離がある。その上、魔物だっていいないわけではない。殆どの冒険者が町の防衛に駆り出されているため、イーレムから逃げると言う町民を護衛できないのだ。
その上で、町から逃げ出すと言う人々を無理に止めることも出来ない。相応の危険が伴って構わないのならば、その選択はご自由に、というスタンスだった。
結果、ほぼ全ての町民が、冒険者の活躍を祈って町に篭っている。無事に魔物を退け、明日からまたいつも通りの生活を送れる事を静かに願っている。
外を出歩く者はいない。ほぼ無人。この町は滅んだ、と言われれば信じてしまいそうなほど、寂れた空気が吹いていた。
だから。
その少女は町へ降り立ってから、小さく首を傾げた。
「――これは、どういう状況?」
鎖骨まで伸びるしなやかな髪は、吸い込まれるような漆黒だった。
左右の瞳の色が違う――いわゆるオッドアイ。
緑色の左眼に、赤色の右眼。
その右眼を貫くように頬から伸びる、赤い紋様。
小柄な体躯を包むのはゆったりとした黒いローブ。
頭には同じく黒の三角帽子がのっていて、頭の動きと一緒にコテンと傾いた。
【黒風の魔女】。
またの名を『シュトルム』という少女は、空気感と大量の魔物の気配、そしてそれに応戦する冒険者のものらしき雄叫びを聞いて、ようやく状況を理解した。
あまりにもマイペース。
むしろ、何故町の中に入るまで事態に気が付かなかったのか疑問なレベルだった。
だが如何に天然な面が強かろうと、彼女は魔女とも呼ばれる程の魔術師だ。理由があって今は弱体化しているが、例えそうだとしても強大な力は猛威を奮うだろう。
彼女は「うん」と小さく頷いて、その視線を戦場へと向けてから言う。
「ちょっと、手をかしていこうかな」




