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(旧)暗躍英雄のアフターライフ  作者: 瀬乃そそぎ
第1章 黒き復讐のアセイラント
18/40

1-14 『不滅』の崩壊、終結へのカウントダウン




 一つ目の壁である、『不滅』の魔王。

 これに関しては一件、どうしようもないように見えるがそうとも限らない。

 フェンリットが以前使った類感術式。あれはとても簡易なモノだったため、何の代償もなく行使することが出来た。


 しかし、アマーリエと魔王を繋いでいる類感術式は相当高位のモノだ。肉体を再生するほどの術式。間違いなく、何らかの媒体を必要としているだろう。魔術を発現するために、犠牲としたものがあるはずだ。

 そして既に、それについては見当がついている。


(おそらくは、奴の左眼)


 初めて見た時から、この魔王は左眼を失っていた。

 おそらくそれが、魔術を行使する為の代償であり、媒体なのだろう。くり貫いた左眼をアマーリエに持たせることで、二つをリンクさせているのだ。

 魔術の媒体となっているそれを破壊すれば、『不滅』の魔王はただの魔王へなり下がるはずだ。


 問題は、どうやって左眼を破壊するか、だが。


「そうか。それでも貴様は、まだのうのうと生きていきたいと、そう言うのか」


 ノルマンドの底冷えするような言葉は、死ぬつもりなど無いと意思を新たにしたフェンリットに向けられている。

 ここでどう動くのが最適か。


 あの男も、目が覚めたアマーリエが媒体である左眼を、簡単に破壊出来るようにはしていないだろう。しばらくすればアマーリエも魔術が使えるくらい回復するかもしれないが、何かを待っていられるほど余裕のある状況でもない。


 ならここは――


「ええ。生憎、僕はこんなところで死ぬつもりはないもので。ましてや、殺したかどうかも覚えてない、僕にとって"それくらいの価値でしかない"死人の、縁者の復讐になんて付き合ってやる義理もない」


「……貴様」


「まさか僕が殺した人の関係者が出てくるとは思ってもいませんでしたが。なんでしたっけ、母と、父と、妹? ああ、あなたのような人間を生むくらいですから、きっとその家族とやらもクズみたいな人間だったんでしょうね」


 道理で興味もないわけだ。

 そう呟けば、ノルマンドの周囲で壮絶なまでに闇器が暴れだす。その中には瘴器も交じっており、彼がどれほどの怒り、憎しみを感じているのかがよく分かった。


「貴様ァァァあああああああああああああああ!!!!!!」


「分かってるのか、ノルマンド。あなたは僕と何ら変わらない、過去(まえ)現在(いま)かしか違いのない――ただのクソ野郎だ」


 ――ひたすら、ノルマンドを煽る。

 感情の動きが魔術の威力に関わるかと言われれば、それは否である。確かに、強い感情は(マナ)を呼び寄せ活性化させる。


 それだけだ。


 確かに(マナ)が多ければ術式は組みやすいかもしれない

 だが、感情制御が出来ていない状態で精度の高い術式を演算できるかと言われれば、首を横に振らざるを得ない。


 感情が意識領域のリソースを奪うからだ。

 アイツが憎い、腹が立つ。

 そんな意識(、、)が、術式演算の邪魔をする。


 音楽を聴いているときに視野が狭まるのと同じこと。

 復讐にとらわれたあの男の、その感情を逆手にとって戦力を低下させる。


《どうやらあの男は、フェンリットのことを本物のクズだと思い込んで、煽動だと気づいていない様子ですしね》

(あながち、間違ってはいないんだけどね)


 ノルマンドの足元から黒い影が無数に伸び、フェンリットへ向けて殺到する。地面から飛び出る黒い槍は、フェンリットの逃げ道を作らないように刺突を繰り出してきた。


 逃げ道? 必要がない。

 今の彼なら、【御嵐王】(エメラルドフォックス)となったフェンリットならば、真っ向から向かい打つ事が出来る。


「ああ、そうそう。あなたに一つ言っておくことがありました」


 驚異的な反応速度で、的確に対魔術結界を展開。無駄に面積の大きな障壁ではなく、一転集中、一部分だけを確実に守りきるための壁を生み出す。


 視界に収まる範囲のモノは障壁で減速させ。

 死角から迫りくるモノは、魔力感知で位置を割り出し、自ずから【荒風吹】(シュラーク・フィスト)で破壊する。


 後は、障壁と拮抗する動かない的を叩き壊せば、ノルマンドの縫い影(ウーア・スキアー)は術式としての存在を完全に失った。


「……なにをッ!!」


 こともなげに完封され、流石に焦りを交えた声でノルマンドが怒鳴る。

 応えるのは涼しげな声。


「魔王の『不滅』の正体、残念ながらわかっちゃいました」


 動かないままノルマンドの攻撃をあしらったフェンリットだが、動かない的なのは魔王にとっても同じである。

 空中に飛び上がり、その巨大な体躯をもってして彼を圧し潰そうとしていた魔王は、突如空中で身体を制止させる。


 圧倒的な風力によって、空中で浮かされている(、、、、、、、)のだ。

 全方向から暴風を浴びせられ、身動きを取ることもできず空中でもがく魔王。

 それを無視して、フェンリットは話す。


「そこの彼女と魔王を類感魔術で繋いだんでしょう? それも、禁術レベルの凄いやつを。だから貴方は、僕が彼女を見捨てるといったときに焦った」


 ギリッと歯を嚙合わせるノルマンドに、フェンリットは悪役のように嗤いながら、


「もしも彼女が死んだら、魔王の『不滅』の効果も無くなってしまいますからね。どうせ、彼女は僕の知り合いだから、僕が彼女を死なせるようなことはしないだろう。だけど自分が人質にしている以上、僕は思うように動けないはず。――とか。そんなこと思っていたんでしょう?」


「……クソが」


「残念でしたねぇ、目論見が外れてしまって。種が割れた以上、僕が彼女を尊重する理由は本当になくなったわけだ。むしろ、今の彼女は僕にとってあなたへの人質に変わりはない」


 人質にしていたはずの人間が、かえって人質にされた。

 現在ノルマンドの頭の中では、損得勘定が渦を巻いている事だろう。


 アマーリエの事を見捨て、頓着しないと言い張るフェンリットから、アマーリエを守りながら戦ってでも魔王の『不滅』を維持するか。

 それを諦めたうえで、ノルマンド自身もアマーリエを捨てて全力で戦うか。

 どちらにしろ、フェンリットは構わない。


 もしもアマーリエを守りながら戦うのならば、その時はノルマンドにアマーリエを任せ、全力でノルマンドを追い詰める。ノルマンドを倒してしまえば魔王に掛けられた類感魔術は解け、不滅は終わる。もし解けずとも、魔王には『媒体の左眼を破壊しようとするフェンリットを阻止する』なんて明確な意思はない。簡単にそれを壊し、不滅でなくなった魔王を倒せば終わりだ。


 逆に奴がアマーリエを捨てたなら、その場で即座に彼女を救い出し、左眼を破壊してから戦うだけ。


 ここから状況が悪転することはない。

 空中に浮遊させていた魔王をノルマンドへと打ち放つ。轟々と風を切って飛来する巨大な肉の砲弾を避けて、ノルマンドは舌打ちする。


「さて、そうと決まればさっさと彼女殺しちゃいましょうか。そうすれば魔王も死んで、邪魔なものは一切いなくなる。敵はあなた一人だけだ」


 チラリとアマーリエさんの方を見る。

 彼女の表情は驚きで染まっていた。

 まるで目の前の光景が信じがたいものだったかのように。

 幻想を打ち砕かれ、凄惨な現実を突き付けられたかのように。

 ただ、自分を見るフェンリットを怯えた目で見ていた。


 仕方がない事だ。

 今のフェンリットは、何も知らない人が傍から見れば、正真正銘のクズである。


 町を滅ぼした。それに巻き込まれて死んでいった人の家族に、最低な言葉を叩きつけた。自分が死なない為に、人質となっているアマーリエを見捨てる選択をした。


 そこに、他人が見る事の出来る表面上の彼に、プラスの要素なんて一つだってなかった。

 だから、仕方がない。

 ――彼女の瞳に、多少なりとも『軽蔑』の色が混じってしまっていても、仕方がない。


「フェン、リットさん……」


 アマーリエの頬を一筋の涙が伝う。

 ――嫌われただろうな。幻滅されただろうな。でもこれが、世界で英雄と謳われる【御嵐王】(エメラルドフォックス)の正体だ。


(だけど)


 戦うと決めた。

 見損なわれるくらい、どうってことはない。

 ――どうってことは、ない。


「――クソッ!! 魔王、あの女を守りながら【御嵐王】(エメラルドフォックス)を迎撃しろ!!」


 焦りを交えたノルマンドの声。

 それに応じ、魔王はその位置取りをフェンリットからアマーリエを守るように変えた。

 想定していなかった選択肢である。ノルマンド自身が守るでなく、切り捨てるわけでもない。意識すらしなかった第三の選択肢。

 だが、想定しないとはつまり"脅威にすらならない選択肢"――悪手だったということだ。


「ダメですよ、それじゃあ」


 【荒風吹】(シュラーク・フィスト)のギミックを発動し、高速機動を再現。

 再度術式を編んだのか、フェンリットの進行方向の邪魔をするように地面を飛び出てくる縫い影(ウーア・スキアー)


 やはり、ノルマンドに余裕はないらしい。

 術式の精度が落ちている。

 雑な攻撃を軽快な身のこなしで回避し、時に破壊しながら、フェンリットは魔王との距離を詰め切る。


 白く臭い息を吐き、爛々と輝く眼光を向けてくる巨大な魔王。

 だが、【風ノ衣】(ヘリエスティ)を纏った今、この巨体はさほど脅威ではない。


「やらせるかァ!!」


 地面を蹴り、猛烈な勢いで接近してくるノルマンド。

 振りかぶった【無定の大鎌】(ウーア・ファルシム)が、スイングの過程でそのリーチを急激に伸ばす。

 一文字の横薙ぎ。

 それが、フェンリットの首を刈り取ろうと猛威を奮う――その前に、ノルマンドの身体が吹き飛ばされた。


螺旋大嵐エル・フロウ・シュトゥルム

「ぐォォォおおおおおおおおお!!!???」


 【風ノ衣】(ヘリエスティ)を纏う前とは桁違いに威力の上がった術式。それが三つ(、、)、ノルマンドを押し離す様に放たれたのだ。空中に浮かぶ魔方陣、そこから放たれる螺旋する暴風は、一つを除いて直撃。彼の身体を透き通るように突き抜ける術式を見ながら、フェンリットは頷く。

 予想通りだ、と。


 即座に魔王へと意識を戻したフェンリットは、単調な魔王の攻撃を楽々と回避、背後を取り、そこで縮こまっていたアマーリエの身体を担ぎ上げる。


「ッ!?」

「ごめんなさい、雑な扱いをして」


 肩にアマーリエを担いだまま、フェンリットは魔王から、そしてノルマンドから距離を取る。

 そのまま、彼女の身体を拘束していたものを破壊。身動きが出来る様にした後で、不自然に装備が盛り上がっているところに手を差し入れる。


《な――ッ!?》

「ひゃっ!? な、なにを!!」


 二人の声を無視し、フェンリットはそこから球体のモノ――魔王の左眼を取り出した。

 予想は的中したらしい。赤白い光を伴う眼球を、手の中で展開した風の刃で木端微塵に切り裂く。ドロドロとした流体となったそれを払い落し、フェンリットはアマーリエを地面へと下ろした。

 一連の流れを見て、アマーリエは疑問の声を上げた。


「い、今のは……」

「あなたと魔王を繋いでいた類感魔術、その魔術媒体を破壊しました。これで正真正銘、貴方はただの『人質』になりました。出来る事なら自分の足でここを離れてほしいですが――無理そうですね」


 今も尚、彼女の足は上手く動かないらしい。

 自分の足を見て、それから背中を向けるフェンリットを見たアマーリエは問う。


「フェンリットさん……あなたは、邪魔な私を殺すのではなかったのですか?」

「……、」

「一体何が、真実なんですか……?」


 会話をする二人を待つ魔王ではない。

 身体全体を使って巨腕を振りかぶった魔王は、大気を揺るがす殴撃を解き放つ。

 しかしそれは――全力で身体強化を施したフェンリットによって止められた。


「全て、真実です」


 言葉と同時、受け止められた魔王の腕が粟立つように蠢く。次の瞬間、まるで風船のように内側から破裂した。

 魔王の拳と接触した掌。そこを起点に、フェンリットが風の刃を放ったのである。

 魔術特化の今、彼の術式精度は魔王の術式抗力を上回る。

 そして、『不滅』の術式が崩壊した今、魔王の身体はそう簡単には再生しない。


 片腕を失った魔王だが、痛覚を感じないそれは止まる事を知らない。

 ただひたすらに、目の前の人間を殺すべく攻撃を放つ。

 恐怖心を持たない相手というのは厄介な場合が多い。

 だが、圧倒的な力の差がある時、得てしてそれは作用しないものだ。

 

「お前はいい加減、消え失せろ」


 ――そして、空から振り下ろされた雷の一撃が、魔王の身体を完全に消滅させた。

 


 







 


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