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(旧)暗躍英雄のアフターライフ  作者: 瀬乃そそぎ
第1章 黒き復讐のアセイラント
15/40

1-11 暗躍英雄の後日譚


■ フェンリット



 敵は多い。

 魔王、黒ずくめの魔術師――ノルマンド、そして街へと襲い掛かる魔物の群れ。最悪、前者二つは同時に相手取る必要が出てくるだろう。

 ノルマンドと魔王を早急に倒し、町の防衛に向かう必要がある。

 ここでもたもたとしている暇はない。

 ならば、道は一つに限られる


(最短で魔王を無力化して、黒ずくめを叩く)


 魔王の生命力は伊達じゃない。両腕を落とされようとも、しばらくは活動は停止しない。

 だが、攻撃手段さえ狭めてしまえば脅威レベルは格段に下がる。

 一撃一撃が軽々と人体を吹き飛ばす代物であっても、行動が単調になれば回避は容易い。


 魔王を支配するという常識外の出来事に驚いたけど、冷静に相手をすれば倒すことのできない相手ではない。強敵には変わらないが、これまで何度となく相手をしてきたのだ。


切断する風の短剣(フロウ・グラーディオ)


 風属性の術式を演算。それが、僕の両拳を起点に発動した。イメージはメリケンサック……いや、四刃ジャマダハルか。握りしめた拳に、高速で振動する風の短剣が装着される。


 本来は掌を起点に生み出し、ナイフのようにして扱う術式だった。

 それを僕の戦闘スタイルに合わせて改良――もとい『応用』し、両拳にそれぞれ四つづつ展開している。


「なるほど、やはり聞いていた通りだ」

「……、」


 ノルマンドはその術式を見て笑いが滲んだ声を放ち、魔王はそれを合図に轟音とともに突撃してくる。

 僕はそれらを当たり前のように無視。次の術式演算へと移った。

 

 格闘術師(スペルファイター)

 数ある戦闘スタイルの一種。

 基本的に、冒険者が自分を他者に売り込む時や、書籍などで表現する際に使われる言葉だ。


 格闘術師(スペルファイター)とはその名の通り、格闘と魔術を混合した戦闘スタイルを指す。僕はまさにこれだった。

 その真髄は、術式効力の高い相手にこそ発揮する。


 魔術によって身体能力を強化したパンチと、魔術によって引き起こされた減少による攻撃。この二つの内、術式効力の高い相手に与えるダメージが多いのは前者である。


 術式効力という『目に見えないステータス』に左右されない力。

 フェンリットは(、、、、、、、)、魔術よりも『物理』に重きを置いた魔術師だった。


 とはいえ、魔王というのは総じて肉体強度が高い。無論個体差はあるが、このタイプの魔王は術式効力よりも物理耐性が高いと経験が語っていた。

 そんな魔王を倒すために、切断する風の短剣(フロウ・グラーディオ)に加えて身体強化で肉体レベルを上げていく。


 こちらへ突っ込んでくる魔王はやがて、攻撃圏内に僕を収めた。

 平均的な人間一人分ほどもある巨大な左腕。

 常人が受ければ弾け飛んでしまう程の威力を持つ拳。

 それが、ただ振り下ろされた。


 直後、轟音と地響きが炸裂し、土煙が巻き起こる。

 魔王の拳が捉えたのは――地面。

 僕は直前に跳躍し、その攻撃を躱していた。

 一瞬僕を見失う魔王だったが、即座に気配を捉えて真上を見上げる。


 魔王の視力は人間と比べて並大抵のものではないが、同時に魔力感知能力も優れている。それこそ、死んでいるか意識がない人間くらいでなければ、魔王を撒くことなど出来やしない。


 だが、それはもう知っていた。

 今更その程度では焦らない。

 土煙で視界不良になりつつも、狙いを魔王の左肩に固定する。


 右腕による追撃が僕へ迫るが、遅い。

 自由落下のエネルギー攻撃力に転換し、切断する風の短剣(フロウ・グラーディオ)を展開した拳を振りぬく。


 肩口に命中した風の短剣は、しかし腕を斬り落とすまではいかなかった。

 流石は魔王、術式効力が並大抵ではないな。火力を底上げしているとはいえ、簡単な汎用術式では浅い傷口を作るので精一杯らしい。

 そしてそれも想定済みだ。


 着地した僕を追撃するように振るわれる剛腕。

 魔王との戦いにおいて、身体強化で肉体レベルを上げて常に高速機動を再現する事が出来ない者は、あっという間に死に至る。


 振るうだけで辺りに衝撃波を撒き散らし、対象を木っ端微塵に粉砕する殴撃。

 人間とは比べ物にならない膂力によって放たれる、『ただの拳』。


 ただしそれに、人間が追随する事が出来ないかと言われればそれは否だ。


 力ノ帯(フォルスリヴァ)と身体強化、肉体硬化の三つを重ね掛けした僕は、同じく腕をもってしてその攻撃を薙ぎ払った。

 ビリビリと腕が痺れる感覚。

 発生した衝撃で髪が靡くのを鬱陶しく思いながら、僕は態勢を崩した魔王の傷口をへ術式を放つ。


「――刃よ走れ(フロウ・スパーダ)!!」


 魔術によって生み出された無数の風の刃が、掌を起点に走る。

 そう、一撃で切り落とす事が出来ないのなら、何度でも魔術を撃てばいい。


 フェンリット()が主に利用するのは、術式演算が簡易な汎用の術式ばかりである。

 理由は単純。魔力量と適正、そしてひたすらの反復練習によって、下位の術式で高火力を叩き出せるからだ。


 だからこうして、ほぼ一瞬のうちに数えきれないほどの術式を使うこともできる。

 ――もっとも、簡易な術式ばかり使っているのには他の理由もあるのだが。


 鋭い風の刃が連続して傷口抉っていく。痛覚はないが肉体の調子が悪くなっているのが分かるのか、魔王は悲鳴のような怒声をあげた。


《あの男は本当に手を出してきませんね》


 魔王と戦いながらも、僕はノルマンドから注意を外していなかった。どうやら奴は、今は僕に手出しをするつもりはないらしい。


(ああ。だが丁度いい)


 魔王という存在には『自己修復能力』が備わっている。というのも、辺りに散らばる瘴器を集めて傷口を再構成するのだ。

 どんな傷でも一瞬で修復するわけではない。その速度は瘴器の量によって変わっていくが、徐々に、しかし完全に修復する。


 チマチマ攻撃してても戦いは終わらない。それこそ、ノルマンドも同時に相手取るとすれば、奴に対応している間に魔王の傷が修復してしまう。

 なら、修復が間に合わないくらい高速で攻撃を叩き込むとどうなるか。


 ――風の刃に完全に切断された黒い剛腕が、重々しい音と共に落下した。


「まずは一本目」


 時間をかければ、それこそあの腕だって修復してしまうだろう。

 そうなる前に片を付けよう――そう思っていた時だった。


「そんなものではだめだぞ、候補者フェンリット」


 ノルマンドは嗤いながら言う。


「その魔王は特別性(、、、)だ」


「――あ?」


 口から呆けた声がこぼれ出た。


 僕の視線の先には、片腕を断ち切られた魔王が立っている。その魔王の身体に異変が起きているのだ。まるで沸騰したお湯が泡を浮かべる様に、魔王の傷口の断面が黒く蠢く。それの蠢きはやがて質量を増していき、腕の形を元の状態に整えた。


「なっ、は……?」


 一体何が起きている?

 魔王の自己修復能力はあそこまでの速度がないはずだ。

 だが、現実として目の前でそれを再現された。僕が斬りおとした腕は完全に元通り。その速度は、僕の知る常識の数倍以上。

 冗談抜きで、身体が一瞬硬直する。

 これは完全に想定外だった。


「どうした候補者フェンリット。もうお終いか?」


 ノルマンドはニヤニヤと笑みを浮かべる。


「立ち止まっているだけではただの的だぞ。なぁ?」


 魔王が大口を開いて僕の方へと向ける。その眼前に、漆黒の魔方陣が輝きだした。

 野郎、瘴術を使うつもりか!?


 言葉も出ないまま、全力でその身体を真横へと投げ出す。

 奇怪な音が轟いた。あらゆる負の感情、憎悪や怨嗟、恐怖や絶望などが全て混ぜ込まれたような耳が痛くなる音だった。嫌悪感しか湧いてこない。


 飛び出したのは瘴器によって展開される術式。

 絶大な威力を誇る破壊の光線が、直前まで僕のいた場所を荒地へと変化させた。


 それだけにはとどまらない。

 奴は破壊の光線を吐き出したまま僕の方を向いた。

 追随するように黒い光線が周囲の景色を薙ぎ払う。

 周囲にあった木々は一瞬で枯れ果てた。アレに直撃すれば僕もあの枯れ木のように即死するだろう。


「くっ、おォォォおおおおおお!!!?」


 回避は間に合わない。

 なので、出来うる限り全力で術式を演算。左方向から迫る瘴術と僕の間に、準備しておいた半透明の対術障壁を展開した。


 甲高い音が炸裂し、二つが激突する。

 僕の対術障壁が保ったのはたった一瞬だった。

 そして僕も、その直後に取るべき行動を一瞬のうちに選び抜く。


 空中に逃げる? 上を向かれるだけで瘴術にぶち当たる。空中機動をするために術式を使うリソースが勿体ない。

 となれば、このまま右方向に回り込んで接近、攻撃を仕掛けるしかない。

 ガラスの様に粉々に割れ散った障壁には目もくれず、僕は反時計回りで走りながら魔王との距離を詰める。


 それにしてもコイツ、瘴器を大量消費する瘴術を惜しげもなく使ったな? 肉体の修復のためにも必要なはずなのに。

 そこまで考え、疑問は意識の隅へ追いやる。


 頭の中は、次なる術式演算で一杯になった。

 周囲の風器を大量に消費し、膨大な魔力を注ぎ込む。

 この状態ではなるべく使いたくは無かったが、仕方がない。

 術式の展開起点は右手の掌に、僕は魔王とゼロ距離まで隣接。右手を押し付け、叫ぶ。


螺旋大嵐エル・フロウ・シュトゥルム!!」


 直線型の暴風が吹き荒れた。

 旋回する魔術の風が、周囲に存在する(マナ)を散らしながら、魔王の身体の八割以上を消し飛ばす。


 その先にはノルマンドの姿もあった。

 この位置取りも全て、予定通り。


 あわよくば二人纏めて撃破……そんな一パーセントあるかないかの可能性も想定していたが、ノルマンドは気を失ったアマーリエの首根っこを掴み、楽々と回避してしまう。


「チッ」


 頭は痛いし身体は軽い虚脱感に包まれている。早速弊害が出てきたらしい。

 高位術式を使うとこうなる身体を忌々しく思いながら、僕は魔王から距離を取る。


 ノルマンドはこの可能性を読んでいたか。

 でなければあんなにも簡単に避けられるとは思えない。


 とはいえ、第一目標は魔王だ。

 奴の身体はほとんどなくなり、薄皮一枚で繋がっているような状態だ。強風に吹かれれば飛んで行ってしまいそうなほどに。

 完全消滅は無理だったが、これだけの損害を与えたんだ。


「これで修復は無理……だ、ろ……」


 ――修復、していく。

 身体の大部分を無くした魔王は、それでも身体を修復していく。


 まるで、あるべき姿に返るように。


 何もない所から魔王の身体になるものが現れ、その輪郭を戻していく。

 勘弁してくれ。

 あれだけの損害を与えて、術式によって瘴器もろとも(マナ)をほとんど散らしたんだぞ?

 それでもその速度で回復するのか。


《大丈夫ですか? フェンリット》

(……ああ、身体の方はまだ大丈夫だ。だけどどうにも、この魔王を倒しきる事は出来そうにないな)

《見た事ないほどの修復速度ですね。もはや、瘴器による修復ではなく、再生の特殊能力持ちを言われた方が納得がいきそうです》


 奴は魔王を支配下に置いていると言った。

 つまりそれは、なにかしらの術を使って操っているのだろう。だとすれば魔王の身体に超再生を起こす、馬鹿らしい術だって掛けているかもしれない。

 そんなものあったら間違いなく禁術指定されるだろうが。

 ともあれ、その場合はノルマンドを倒せば効果がなくなるだろう。


「なら、貴方を先に倒す。ノルマンド!!」


 再生途中の魔王を放置して僕は駆け出す。

 どうやら奴は、再生中に動く事は出来ないらしい。すぐに攻撃してくるだろうが、術式を一つ余裕を持って演算する時間くらいは稼げる。


「ほう。魔王を倒すのは諦めて、俺を狙いに来たか」


 視界の先には、笑みを浮かべるノルマンドと、その足元で気を失うアマーリエさんの姿がある……。

 ……あ?

 なんだ、この違和感は。

 何かを見落としているような――


 僕のそんな思考は一瞬でかき消された。

 具体的には、僕の足元から黒い影の槍が突き出てきたのだ。


縫い影(ウーア・スキアー)


 それは地面を泳ぐイルカのような光景だった。地面を縫う影の数はおよそ七つ。そのうちの一つ、真っ先に僕を射程範囲にとらえたものが、地面から突き出て僕の顔を貫く。


 ――直前に、僕は仰け反る事でそれを躱す。

 その勢いのまま後方転回。

 後退する僕を追いかける様に、続けざまに黒い槍が刺突を繰り出す。


「チッ」


 丁度全身が地面を離れているタイミングで真下から迫りくる攻撃を、強引に身体を捻って躱す。だが、完全に避けきる事は出来ず、肩口を掠って鋭い痛みを引き起こした。


 術力が高い。

 それに、この術式の軌道も全てあの男が操作しているのだろう。

 魔王を支配下に置き、どうやってか攻撃を無効化する力を度外視しても、魔術師としては一流か。

 油断する事は出来ないな。


 そして、敵はノルマンドだけではない。 

 再生を終えた魔王が雄叫びを上げて迫りくる。


「言っただろう、お前の相手はその魔王だ! だというのに、お前は俺を攻撃してきた」


 ノルマンドは嗤う。


「つまり、魔王だけが相手では役不足だったと、そういうことなんだろう? 候補者フェンリット!!」


 どうやら僕が攻撃しなければ奴は手を出すつもりはなかったらしい。

 とはいえ、奴を攻撃しないなんて手は無い。魔王は再生する。結局二つを相手にしなきゃいけない状況は、逃れられないものだったはずだ。

 しかも、最悪な事に――


「気付いたか?」

「……クソッタレめ」


 ――魔物の気配が、ここら一体から遠ざかっていく。


「支配下に置いた魔王の特性を利用して、集めた魔物達を町へとけしかけた」

「――ッ」


 やっぱりか。

 魔物達が遠ざかってくれる分には問題はなかった。だがその方向が悪い。イーレムの町への方向。僕からは遠ざかるが、奴らはそろって町の方へと進軍しているのだ。


「魔物と冒険者が激突するのも時間の問題だろうな。魔物の方が数は上。疲労を感じる冒険者が競り負けるのもまた、時間の問題だ」


 町は未だに、魔物の大群が進行してきても対応できるよう警戒態勢をとっているだろう。それで守り切れればいいのだが……確証は持てない。


 舌打ちと同時に、【荒風吹】(シュラーク・フィスト)を展開。

 魔力を込めるだけで高速機動が出来て、余計な術式を組む必要がない武装を具現化する。


「おォォォおおおおおおおおおおおお!!!!」


 多方向から迫りくる縫い影(ウーア・スキアー)をギリギリで掴み取り、折り壊す。終わらせんばかりに猛威を増す黒い槍を、致命傷を避けて紙一重で躱しながら破壊していく。

 そして、ノルマンドへと続く道が開けた時、僕は地面を蹴った。

 背後で木々の枝が吹き飛び砂煙が舞う。


 力ノ帯(フォルスリヴァ)荒風吹シュラーク・フィストのギミックが合わさり、凄まじいスピードで視界が流れる。

 そのまま僕はノルマンドの背後へと回り込んだ。


 身体にかかる負荷は大きい。身体中がミシミシと音を鳴らしている。

 だが、まず間違いなく、この男に一撃放つことは出来るだろう。 

 ――それが当たるかはどうかは別として、だ。

 ここで奴が取れる選択肢は三つ。

 

 何らかの魔術か肉体硬化で攻撃を防ぐ、肉体の限界を超えて回避行動に移る、もしくはあの時の謎の力で攻撃を無効化する。

 有力なのは三番目の選択肢だ。


 第一の選択肢。対物理結界を使っても対魔術結界使っても、この攻撃を完全に無力化することは出来ない。どちらにしろ、ノルマンドにダメージを与えることは出来る。例え、結界を用いたうえで肉体硬化を施したとしても、多少のダメージを削れるだけでしかない。


 第二の選択肢。肉体の限界を超えてるのは僕も同じ。自分でもわかるくらい、身体は無理を通している。ただ、その無理を可能としたのは力ノ帯(フォルスリヴァ)荒風吹(シュラーク・フィスト)のお陰だ。ノルマンドが後手に回っているこのタイミングから、完全に回避するのは不可能だろう。


 故に、安全なのは第三の選択肢。


 雷撃の大槌エル・グロム・トニトルスを無効化したあの力で、この攻撃も無効化すればいい。

 そして僕も、もとよりこの一撃に期待はしていない。

 それでも、この一撃は、荒風吹(シュラーク・フィスト)を抜きにした『ただの物理攻撃』としても強大な威力を孕んだ拳だ。


 これで終わるなら儲けものだが、そんなに簡単な相手でもないだろう。

 何が起きているのか確認するためなら、この一撃を犠牲にしても構わない。

 身体の軋みを無視。

 雷の光に包まれてみることのできなかったこの男の力を確認するためだけに、魔術の籠手に包まれた拳を突き出す。


 ――次の瞬間。


 目の前で起きたのは僕の予想とは異なる現象だった。

 待機状態にしていたのか、対物理結界(、、、、、)が何重にもなって、背中を晒すノルマンドと僕の間に出現。その拳を阻んだ。


 魔術と物理、両方の属性を持った僕の『攻撃』が、物理攻撃を阻害する結界に阻まれ減速する。

 だが、減速するだけだ。

 甲高い音を立てて、幾重にも並ぶ障壁を破壊していく。


 ――結果として、僕の拳を阻む事が出来たのは一秒あるかないかだろう。


 やがて、僕の拳はノルマンドの左肩甲骨を打ち据えた。

 一瞬の間に肉体硬化をしたのだろう、殴った感触は芳しくない。その上奴は、咄嗟に身体を引いて衝撃の緩和まで成功している。

 凄まじい勢いで吹き飛んでいくノルマンド。何度か地面を跳ねながら遠ざかる男を追いつつ、僕は疑問を抱かずにはいられなかった。


《フェンリット》

(ああ)


 ――何故、奴は今の攻撃を受けた(、、、)

 何重にも障壁を張り、肉体硬化を施したとしても、今の攻撃は少なからずダメージが通ったはずだ。だがそのダメージは、奴ならば受けないことだって出来た筈だ。

 つまり。


雷撃の大槌エル・グロム・トニトルスを無効化した力の発動は、なんらかの条件がある?》

(ああ。そしてそのカラクリは――)


 ――魔術の気配。

 直感に従い身を捻ると、リーチを伸ばした【無定の大鎌】(ウーア・ファルシム)が直前に心臓があった場所を通過した。

 地面を穿ったその刃は、地面を削りながらノルマンドの方へと戻っていく。


「……なるほど、町での戦いはセーブしていた結果、というわけか」


 鋭い声だった。


「正直油断していた。手応えが無さすぎると思っていたんだ。それも当たり前か。町民がいる町中で本当に全力を出し切ることなど、常人ならば出来るはずもない」


 黒い鎌を僕に向けながら、ノルマンドは言う。


「今からは、こちらも全力で相手をしよう」


 術式によってノルマンドの身体能力が上昇していくのが分かる。集まっていく闇器も相まって、見るからに奴のプレッシャーが増大する。

 ……ここから更に上がるのか。


 フェンリット()は既に全力だった。

 術式は勿論、物理攻撃も、【力ノ帯】(フォルスリヴァ)に加えて身体強化を限界まで付与(エンチャント)している。

 現状、互いの実力は五分。不滅の魔王がいる分、あちらの方が上といった状況。長期戦持ち込まれれば、間違いなく僕が負ける。


《フェンリット……》

(ああ。やるしかない)


 フェンリット()は全力を出し切った。

 だけど、フェンリットとシア(僕達)はまだ、全力を出し切っていない。


《私の事は気にしなくても大丈夫です。少し休めば、いつも通りですから》

(……分かってるけど、本当は使いたくなかったんだ)

《フェンリットに心配されて、私は嬉しいです》

(当たり前だ。お前は僕の、大切なパートナーだからな)


 唯一無二の相棒へそう告げて、僕はノルマンドを睨む。

 ――その時だった。


「う……あ……?」


 弱々しい声が聞こえてきた。

 全ての視線が、声の咆哮へと向かった。

 その先には、拘束されたボロボロのアマーリエさんの姿があった。


「私、は? ……フェンリット、さん!?」


 彼女は向かい合う僕とノルマンドの姿に気付き、声を上げる。必死に身体を動かし、立ち上がろうとするが、拘束されている為それが適わない。

 術式を使う事すら出来ないくらい、魔力も精神力も枯渇しているらしい。


「アマーリエさん……」


 このタイミングで目を覚ましちゃうのか。

 苦笑を禁じ得ない。

 でも、形振り構っている余裕はない。

 僕はシアにオーダーを出そうとし――気が付いた。


 気が、付いた。


 アマーリエさんの頬に出来た、ここで初めて見た時には無かった切り傷に。きっと、僕達の戦いの余波で傷付いたのだろう。真新しい傷口からは血が出ていた。

 だが、その傷の概要は問題ではない。


 問題は、同じ傷を魔王も(、、、、、、、)負っている(、、、、、)事だった(、、、、)


 仮説が浮かび上がる。

 繋がっていく。

 糸口が、見えてくる。


 思わず笑みを浮かべてしまった僕を、ノルマンドは訝しげな表情で見据えてきた。

 僕はそれを真っ向から受け止めた上で見返し、宣言する。


「負ける準備は出来たか、ノルマンド」


 勝利への道筋は整った。

 後は、それを踏まえて全力で戦うのみ。


「ここからが本番だ」


 そして僕は、オーダーする。


「――シア、【風ノ衣】(ヘリエスティ)

《了解しました》


 直後、僕の身体を白い光が包み込んだ。



■ 3rd person/???



 アマーリエとノルマンドの視線の中、フェンリットを包み込んだ眩い光は形を変え、とある輪郭を象っていく。


 それは、鮮やかな翠・黒・金で彩られたフーデッドコートだった。

 それは、フードの奥で顔を隠す『狐の面』だった。

 それは、狐人族(ルナール)を思わせる白銀の尾だった。


「……ッ!!」

 ノルマンドが息を呑む。

「……ま、さか…………?」

 ボロボロのアマーリエが驚愕の表情を浮かべる。


 暗躍英雄。

 あるいは【御嵐王】(エメラルドフォックス)と呼ばれる魔術師がいた。

 出自不明、性別不詳。素顔は仮面とフードに隠された、多くの謎に包まれた存在。


 二年間、その姿を見た者は誰一人としていなかった。

 魔王との戦いの裏舞台における英雄が顕現する。


「――行くぞ」


 人類と魔王の戦争のために生まれ、その役目を終わらせたはずの『暗躍英雄』。

 今日の日が、その後日譚の幕開けだった。

 

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