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(旧)暗躍英雄のアフターライフ  作者: 瀬乃そそぎ
第1章 黒き復讐のアセイラント
14/40

1-10 偶発的試練




 黒ずくめの居場所はすぐに分かった。

 数多くある魔力の中に一つだけある異質な魔力を追えばいいからだ。

 疾走する。

 強い風が吹くこの草原は完全に僕のフィールドだ。

 森の中に入ればまた変わるだろうが、この空間において僕は風と同等――いや、それ以上に速い。


 魔物とは一切遭遇しなかった。

 おそらく、どこかで魔王に統率でもされているのだろう。

 そうとしか考えられない程、町の外の世界は恐ろしいほどの静けさに包まれていた。


 森へ入る。

 あの男の魔力に近づいていく。

 それと同時に、他の大多数の魔力濃度が一気に濃くなった。

 全てに近づいていく感覚を覚えながらも、足は一秒たりとも止めずに駆け抜ける。


《フェンリット、私はどうすればいいですか?》


 【力ノ帯】(フォルスリヴァ)となっているシアの声が聞こえてくる。

 僕は邪魔な木の枝を払いのけながら、


「ああ、アレ(、、)は最後の手段だ。やっぱり、出来る事なら使いたくはない」


《ですが、あの黒ずくめの力は未知数です》


「分かっている」


《……私のことは気にしなくても大丈夫です。私はあなたの守護者。あなたを守る事が役目なのですから》


 シアは、【力ノ帯】(フォルスリヴァ)状態における自分に向かう負荷の話をしているのだ。

 自分の事は気にしなくていいから、全力で戦えと、そう言っているのだろう。

 そんなの、無理に決まってるのにさ。


 そして。


「よぉ」


 聞き覚えのある声が届いた。


「来ると思っていた」


 僕は足を止める。

 そこは森の中の開けた空間だった。

 厳密に言うならば、普通の森だったのを何かが無理やりこじ開けた跡地、だろうか。

 根元から折れた木々が辺りに散乱し、強引に視界を作った様な場所だった。


 そこに、あの黒づくめの男が立っている。

 姿は変わらない。

 少しボロくなった黒い外套を身に纏い、深くかぶったフードで顔を隠している。

 身長は僕よりも高く、外套の奥に浮き出る輪郭から体格がいいのも分かった。


 傍らには――


「――アマーリエさん」


 意識を失った濡れ羽髪の女性、アマーリエさんの姿があった。

 その身体はボロボロだったが、どうやらまだ生きているらしい。浅い呼吸で胸を上下させているのがここからでも見える。

 黒ずくめは「あぁ」と声を出し、視線をアマーリエさんに向けて言う。


「この女はやはりお前の知り合いだったか。あの日、ドラゴニュートを町へと送り込んだあの時、話しているのを見たからな」


「……貴方の目的はなんですか」


 冷静に、そして単刀直入に、聞きたかった事を尋ねる。

 黒ずくめは視線を僕の方へ向け直してから言った。


「そうだな……最初は『実験』だったはず(、、)なんだが、どうもお前が現れてから雲行きが怪しくてな」

「……?」

「正直な話、明確な目的は分からなくなった。だから俺は、俺の思うようにやらせてもらう」


 奴はスラスラを話していく。敵である僕の質問に答えていく。だが未だ、その言葉の真意を理解する事は出来ない。


「これは試練。白銀の髪に碧眼を持ち、風と雷の術式を使う格闘術師(スペルファイター)であるお前を、【緑穿】(ヴェルデ)候補か確かめるための試練だ」


 黒ずくめが僕の特徴をあげる。それはどうやら聞き覚えのあるものだったらしい。だからあの時、僕を誰かと人違いしたのだろう。

 人違い。

 そうに違いない。

 僕は【緑穿】(ヴェルデ)なんて言葉を聞いたことは無いし、ましてや立候補なんてしてもいない。知らぬところで推薦されたのだとしても、それを受け入れる筋合いも無い。

 何かもわからない何かになるつもりなんて、無い。

 そもそも、もし仮に僕がその候補者だったとして、こうして「そんなものになる気は無い」とハッキリした意思を持つ僕をどう従える気だろう。


「勘違いでしょう。一切の身に覚えがありません」

「……ああ、なるほど。いや、そうか」


 僕の言葉を聞いた黒ずくめは、少し悩んだ素振りを見せた後、勝手に納得したように頷く。

 そして、嗤った。


「それを確認するための試練だ。お前の言葉など、求めていない」


 横暴な。

 つまりこいつは、自分の勘違いを正す――自分勝手に納得する為だけに、アマーリエさんを餌にしたというのだろう。

 リーネさんやアリザさんを傷付け、アマーリエさんを傷つけ、僕をここへ呼び寄せたのだろう。


「……そうですか。つまりあなたは、本当に僕の敵でしかない。そういうことでいいんですね?」

「ああ、そうだな。もしもお前が本当に【緑穿】(ヴェルデ)だったなら俺がここで死に、そうでなければお前がここで死ぬ。この女も共にな」


 僕が是か非か確かめる為だけに、自分が死ぬ可能性があるという覚悟をしているらしい。

 どちらかが必ず死ぬ戦い。

 奴の言う通りなのだろう。

 僕はきっと、この男を殺す。

 自分が生き残るために、自分を守るためにこの男を殺す。

 手加減なんてする余裕はないだろうから。


「名前は?」


 突然の問いかけだった。

 名乗る必要はない。

 だが、この場所で必ずどちらかが死ぬのならば構わないだろう。

 そして僕は、こんなところで死ぬつもりは毛頭ない。


「フェンリット。ただのフェンリットです」


 身体に力を込める。

 命を懸けた戦いがこれから始まる。

 黒ずくめは「そうか」と呟くと、今まで外したことのなかったフードを取って素顔を現した。

 黒い髪に黒く淀んだ瞳、頬に入る火傷のような跡、鋭い目つきを湛えた黒ずくめは、宣明する。


「俺はノルマンド=レクエレム。【六道術師】が一人、【角端】(ノワール)様の配下。これより試練を行う。――だが、戦うのは俺じゃない(、、、、、、、、、)


 不穏な言葉だった。

 戦うのは俺じゃない?

 あなたは、僕と戦うためにアマーリエさんを攫い、この場所までおびき出したのではなかったのか。

 なら誰が戦うというのだ?


 まさか。

 まさか僕の正面に立つ黒ずくめの、そのさらに向こう側から感じる、この忌々しいまでに巨大で凶悪で凶器的な気配が関係しているとでも言うのか?


 ――そんな僕の思考は、呆気なく肯定される。


 僕の表情から考えを読み取ったのだろう。

 黒ずくめは自慢するかのように両手を広げた。


「そうだ」


 重々しい音と振動が足の裏から通じてくる。足音。それによる地響き。間違いない。禍々しいほどの存在感を放つ気配が、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。


 やがて現れたのは、漆黒の巨体だった。鬼の様な隻眼の形相。天に向かって生え、口から飛び出る鋭利な牙。見る者を威圧する鋭い眼光。それに比べて身体の方はダボダボで、一見ただの肥満にも見える体つきだが、間違いない。あの奥には、矮小な人間の身体くらい握り潰すことが出来る筋肉が詰まっているだろう。


 魔王。


 歩く天災が、黒ずくめの後ろで立ち止まった。


「な……にが……?」


 僕は冷静でいられない。

 目の前で起こっている現象があまりにも不思議過ぎて。

 だって、おかしい。

 なんであの魔王は、目の前にいる黒ずくめ(、、、、、、、、、、)を攻撃しないのだ(、、、、、、、、)


 魔王は殺人衝動を持ち、補足した人間を殺そうとするはずだ。


 つまりこの状況で、真っ先に、手を伸ばせば攻撃できる位置に立つあの男を叩き潰していなければおかしいのだ。

 だが。

 僕の知る常識は、作用しない。


「驚いたか?」


 果たして、僕の驚愕を見て取った黒ずくめはニヤリと笑う。


「この魔王は俺を攻撃しない。俺を殺そうとしない。言ってしまえば、俺の支配下にある状況だ」

「なんで……なにが、どうやって!?」

「どうせ説明しても分からんよ。一つ言うとすれば、町を襲わせたあの竜人種(ドラゴニュート)もこれと同じ方法で支配下に置いていた、ということだ」


 声が出ない僕の前で、男はペラペラと説明する。

 普通は自分から手の内を明かすはずがない。

 だが、男の口調にはためらいが無い。

 手の内を明かしたとしても、僕にはどうしようもない事なのだろう。


「だがお前が現れた。ドラゴニュートを容易く殺してしまいそうなお前が、だ」

「……、」

「だから俺が介入し、その邪魔をした。この女も案外やれる口だったからか、割とあっさりドラゴニュートは殺られてしまったが」

「……あの時感じた気持ちの悪い感覚は」

「ああ。あんな存在感、魔王以外にはありえないだろう」


 つまりこいつは、魔王を支配下に置く何らかの力を持っていて。

 その支配下に置くための魔王が現れたのを察知して、あの戦いから姿を消したという事だろう。

 現れた魔王ですら、黒ずくめの用意していた結果なのかもしれない。例えば、山道に転がるまだ生きていた山賊達へ、より一層恐怖心などの負の感情が湧き出るような拷問にかけた、とか。

 そうすれば瘴器なんて簡単に生まれ出る。


 用意周到だ。

 今でこそ、僕が現れたから僕の試練だと言っているが、その前は本格的にあの町を潰すつもりだったのだろう。

 いや、その状況は尚も変わらない。


 ――実験、か。

 魔王を支配下に置き、それによって町一つを崩壊させるのを、実験と呼称するのか。そこには何の罪もない人が沢山いるだろう。平和な毎日を静かに送っている人たちがいるだろう。それを、何の為かもわからない実験でぶち壊す?


 くるっている。

 あたまがいたい。

 いつかのひをおもいだす。


「……分かった。もういい。あなたは敵。倒すべき僕の敵でしかない」


 呟き、身体に力を込める。

 ようはこの男を倒し、魔王を倒し、群れた魔物達も殲滅すればいいのだろう?

 それですべて解決するなら――やってやるさ。


■ 3rd person/???



 そして。

 魔物の群れに警戒するイーレムの町に、一陣の黒い風が吹いた。

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