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(旧)暗躍英雄のアフターライフ  作者: 瀬乃そそぎ
第1章 黒き復讐のアセイラント
11/40

1-07 収斂、そして出現



 男の声だった。

 両足に旋風を巻きつけて空中に立つフェンリットは静かに思考する。


(奴がこの騒動の首謀者か……?)

《その可能性は非常に高いです》


 無論、簡単には説明しきれない事もある。

 もしこの黒ずくめが事の発端だとして、どうやってあの竜人種(ドラゴニュート)を町へと連れてきたのか。

 魔物を手懐けるだなんて話は聞いたことが無い。

 それと似たことが出来るのは本来世界でただ一つ、『魔王』の存在だけだ。


 ならばあの黒づくめは魔王なのだろうか。

 これまで出現してきた数多くの魔王の中で、人の言葉を喋る個体は一体たりともいなかった。

 記録に残っていないだけの可能性もあるが、あの黒ずくめには魔王特有の禍々しさは無い。


《そもそも、ドラゴニュートは操られて此処までやって来たのでしょうか?》

(いいや、考えるのは後にしないといけないらしい!)


 咄嗟に心の中でそう返しながら警戒態勢に映る。

 黒ずくめの男が地面を蹴り、まるで砲弾のようにフェンリットの元へと迫って来たのだ。


「フェンリットさん!!」


 遠くからアマーリエの叫び声が聞こえてくる。

 心の中で「ドラゴニュートをなんとかしてください」と告げるだけで精一杯だった。

 空中での戦闘は難しい。

 今身体を浮かせているのも魔術の一つである。

 常にこれを並行して演算しながら、更に態勢を崩さないように配慮し、敵の動きを見ながら応戦する。


 流石にこれを同時にこなすのは骨が折れる。

 しかし、下に降りれば民家に大きな被害が出てしまうかもしれない。

 ましてや今は(、、)全力で魔術(、、、、、)を使えない(、、、、、)状態だ。


「くそっ、なんなんですかあなたは!!」


 受け身では駄目だ。

 そんな判断の元、フェンリットは空を蹴って黒ずくめを迎え撃つ。

 術式演算。周囲の【風器】を寄せ集める。


 フェンリットの両腕を中心に風が巻き起こり、小さな竜巻のようなものが包み込んだ。

 肘から中指の先まで。十本指すべてを覆い隠すように纏ったその風は、やがて黒と緑の一見機械的な籠手へと変化した。


 【荒風吹】(シュラーク・フィスト)

 近接格闘用に編み出した固有の術式だ。

 もとは対魔王用に生み出したものだが、対人戦でも特に問題なく使う事が出来る。

 この魔術なら派手さもないため、町への被害を最小に抑えることが可能だろう。


 そして次の瞬間、黒い鎌と緑の籠手が激突した。

 術力は拮抗している。

 互いの魔術としての存在を軋ませながらも、二人は次々と攻撃を打ち合わせていく。


 フェンリットは弧を描く鎌の、刃の側面を叩く事で攻撃の軌道を逸らし、もう一方の籠手を黒ずくめの身体へ叩きこもうとする。

 対して黒ずくめは逸れた軌道をも上手く利用して、刃とは逆の持ち手を使って身体を狙う籠手を弾き飛ばす。


 鎌といえば、扱いづらさで群を抜く武器の一つだ。

 取り回しから刃の形状、懐に潜り込まれれば上手く振るうことが出来ないなど、使いづらい理由はいくつもある。

 最大限活用してくるだろうメリットを把握し、突かれると弱いはずのデメリットを理解しておけば、何ら問題なく倒せる。


 ――そのはずなのに。


(隙が無い、というか……!)


「気が付いたか?」


 黒ずくめの声が耳に届くのは、これで二度目だった。


「この術式の名は【無定の大鎌】(ウーア・ファルシム)。定型の無い変幻自在の大鎌だ」


 そう。

 彼が操る漆黒の鎌は、その形を変形させているのだ。

 全ては黒ずくめの意思によってだろう。


 そもそも、あれは物理物質によってつくられたものではない。

 フェンリットの両手を覆う【荒風吹】(シュラーク・フィスト)と同じく、魔術による産物だ。

 常に術式を常駐させ、更にそこへ形質を変化させる術式を織り込んでいるのだろう。


 簡単な話ではない。

 この黒ずくめの魔術師は、やはり相当な手練れである。


(だからどうした)


 敵の実力なんてものは関係ない。

 どうにかしなければいけないなら、どうにかするまでの話である。

 強敵とは散々やり合ってきた。


 鎌の形質が変幻自在ならば、最初からそういうものだと前提しておけばいい。

 攻撃は、隣接している間どこにいても届くものと考える。


 黒と緑の軌跡が夕焼けの世界に刻みつけられていく。

 その攻防に一瞬の隙もない。


 フェンリットの脇腹を抉るような一撃は、黒い鎌の側面によって滑らされた。

 躓いたような前傾姿勢になったフェンリットの横腹に、黒ずくめが鎌の柄を叩きつける。

 小柄な体は衝撃を受けて弾き飛ばされる。

 カウンターの如き攻撃。

 また距離を取られてしまった。


 しかし、最大限まで身体を硬化していたフェンリットは、僅かに顔を顰めるだけで反撃の手は緩めなかった。

 再び隣接、真正面から突き進む。

 幾度となく互いの術式がぶつかり合い、衝撃波が撒き散らされる。


「愚直な」


 男が呟くのを聞いた。

 しかしフェンリットの表情に苦みは無い。

 なにせ、"もう少しすれば彼を攻略できそう"なのだから。


 迎え撃るように来る黒ずくめの男は、黒い大鎌を横薙ぎに構えた。

 人一人分以上の距離が空いているが、やろうと思えばあの黒い刃はフェンリットに届くだろう。

 故に、まだ男の知らない【荒風吹】(シュラーク・フィスト)のギミックを作動させる。


 まるで装甲のような籠手の表面がめくれ上がった。

 同時に、真下へ向けた手の平の中心にある穴が開く。

 そこから噴き出たのは魔術的な突風だった。


 勢いに煽られ、フェンリットの身体がギュンッ!! と浮かび上がった。

 直前まで彼がいた場所に剣閃を残す黒鎌。

 全力で魔術を使えない状態で高速機動を可能にするための、【荒風吹】(シュラーク・フィスト)に搭載された機能。


 一瞬で黒ずくめの視界から外れたフェンリットは、使い倒して制御に長けた突風をうまく扱い、バランスを取る。

 その状態から、カポエラの如き蹴りを黒ずくめの頭に叩き込んだ。


「ぐッ!?」


 男は呻き声と同時に吹き飛び、側頭部を抑えた。

 尚も攻撃の手は止めない。


切り裂き刃よ(フロウレイジ・)吹き荒れろ(エスパーダ)


 術式演算、魔力練成・装填、術韻詠唱。

 何度も何度も繰り返し使ってきた、使い慣れた術式を解き放つ。

 フェンリットの背後に緑色の魔方陣が無数に現れた。


 次の瞬間、そこから飛び出すのは薄緑色のカマイタチ。

 それら全てが黒ずくめへと殺到する。


「随分と大層な術式のようですが、小回りは効かないんじゃないですか?」


 観察して分かったのは、あの【無定の大鎌】(ウーア・ファルシム)は一瞬で大きな変化を付けられないという事だった。

 黒ずくめの男は変幻自在などと大言を放ったが、それはこちらの認識を操るためのものだろう。


「……、」


 返答はない。

 それでも構わなかった。

 もとより、フェンリットはその程度の言葉で萎縮するような玉ではない。


 結果から言えば、フロウレイジ・エスパーダでは仕留めきる事は出来なかった。

 黒ずくめの男は黒鎌をもってして、カマイタチを切り裂いて無力化。

 その上身軽な動作で身体を動かし、被害を最小限に食い止めていく。

 だが、彼は既に追撃するための別の術式を編んでいた。


 限界ギリギリ。

 【御嵐王】(エメラルドフォックス)を象徴するもう一つの属性。

 つまり、雷。


雷撃の大槌エル・グロム・トニトルス


 黒ずくめの男は壮絶な気配に上を見上げた。

 その直感は正しい。

 無数のカマイタチに足止めされていた男の頭上から、巨大な雷撃の槌が振り下ろされた。

 轟音が炸裂する。


 薄暗い町中を金色に照らしあげながら、雷撃の余波が撒き散らされる。


 この際町への被害は多少仕方がないだろう。

 もっとも、民家への被害は少なくなるようにしてある。

 道路の一部がおしゃかになる程度のはずだ。


「はぁ……はぁ……」


 無理な術式行使に息が乱れながらも、フェンリットは輝く雷撃から視線を逸らさなかった。


《終わり……ましたか?》


「………………いいや、まだらしい」


 シアの言葉に返しながら、フェンリットは一人静かに歯噛みした。

 視線の先。そこには、雷撃の影響を一切受けていない黒ずくめの男が立っていた。


「――ホント、なんだっていうんですか」


 忌々しげにフェンリットはそう吐き捨てた。

 今のは確実に直撃したはずだ。


 実際にあの黒ずくめの男が雷撃の中に飲み込まれていくのも、フェンリット自身の眼で見ていた。

 今使った雷術式はかなり高位のものである。

 雷属性は扱いが難しい。


 理由は単純で、『雷器』の滞留量が他の『(マナ)』よりも非常に少ないからだ。

 無論、極微量でもあれば(、、、)術式は組み立てることが出来る。

 だがその分、高度な術式演算能力が必要になるのだ。

 その上でフェンリットは雷属性を得意としている。

 今の術式も、全力とはいかないが自信があった。


 強靭な術式抗力を持っているものに対してでも、ダメージを与えられるはずだったのだ。

 だというのに。


「どうした? もう終わりか?」

「――ッ」


 あの男にはダメージが通っていない。

 思わず歯噛みしてしまうフェンリットの前で、黒ずくめの男は小さく口を開く。


「それにしても……風に雷、か。まさかとは思うがお前、【緑穿】(ヴェルデ)候補じゃないだろうな?」


 唐突に放たれた言葉は、フェンリットには理解できないものだった。

 聞いたことのない言葉。

 辛うじて何かの候補だと言ったのは分かったが、その何かの立候補した覚えも推薦された覚えもない。

 二年以上も山奥で暮らしていたのだから当たり前だ。


 何か勘違いをしているのだろう。

 もしもその勘違いによって襲われたのだとしたら傍迷惑にも程があるのだが。


「得意とする属性の他、【聳弧】(アズール)様が言っていた容姿と一致する点は多いが……だが、もしそうだったとしてこれは偶然なのか?」 


 黒ずくめはフェンリットなど放ってブツブツと独り言を続けている。

 その声はとても小さいものであり、上手く聞き取れない上に、やはり何を言っているのか分からない。


「ここを指名したのは、あの男が現れるのを知っていたから? ……その場合、目的が全く分からない。俺は一体どうすればいい?」


 隙だらけのようで隙のない黒ずくめに攻めあぐねているフェンリットは、チラリと視線を横へずらした。

 その方向では、竜人種(ドラゴニュート)と冒険者たちの戦いが終わりを迎えようとしていた。


 あの竜人種(ドラゴニュート)を使って何かを画策しようとしていたのなら、終わり次第とっとと帰ってもらいたいのがフェンリットの心境だった。


「まあ、なんにせよ」


 黒ずくめは言葉を斬ると、肩に担いでいた【無定の大鎌】(ウーア・ファルシム)を身体の傍で垂直に振るった。


 壮絶な切れ味を誇るその鎌は、既にフェンリットの私服に無数の亀裂を入れている。

 薄らと血も滲んでいるが、黒ずくめの男のローブの内側も似たようなものだろう。

 もう沈みかけの太陽に黒鎌の刃を輝かせ、男は不遜に言った。


「俺に殺されるようならば、きっと人違いなのだろう」

「確認で殺されそうになる身にもなってみろ、クソッタレが」


 フェンリットも口が悪くなってしまうくらいには余裕が無かった。

 辺りは既に暗い。


 夕焼け空も夜空へと転じようとしている。

 このままだと完全にアウェー。

 闇属性の魔術を得意とするだろう黒ずくめの独壇場となる。


(さて、どうするか――ッ?)


 すると、黒ずくめの男が視線を遠くへとやった。

 それはちょうど、フェンリットも(、、、、、、、)見ていた方向だった。


「――――」


 男が何かを呟く。

 それは、遠くから聞こえてきたアマーリエの声に上塗りされて聞き取れなかった。


「フェンリットさん!!」


 どうやらあちらの戦いは終わったらしい。

 半壊した噴水の上に、ドラゴニュートの血だらけの身体が横たわっている。

 そして。

 その一瞬視線を外した隙に、黒ずくめの男はいなくなっていた。


「……、」

「どうかしましたか?」

「……いえ、あの襲撃者には逃げられてしまいました」

「そうですか……。そういえばさっき、二人して同じ方向を向いていた気がしましたが、何かあったんですか?」


 アマーリエはその一連の流れを見ていたらしい。

 なにやら居心地の悪い、座りの悪い、嫌な予感の予兆の様なものを抱きつつ、フェンリットは苦笑して答える。


「――なんだか、あの山道の方から(、、、、、、、、)気持ちの悪い感覚を覚えたので」


 そう伝えたフェンリットの視線は、再びあの山道の方角へと向かっていた。

 襲撃者は退けた。

 ドラゴニュートも冒険者たちが討伐した。

 だが、これで全てが終わった訳じゃない。

 フェンリットは、なんとなくそんな事を思うのだった。


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