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(旧)暗躍英雄のアフターライフ  作者: 瀬乃そそぎ
第1章 黒き復讐のアセイラント
10/40

1-06 黒き襲撃者

 

 ■ 3rd person/フェンリット



 少し長い白銀の髪を乱しながら、フェンリットは家と家を飛びわたっていく。

 視界の端では逃げ惑う町民たちの姿。

 おそらく戦闘従事者ではない人達だろう。


 その中に紛れて反対側へと進むのは冒険者か。

 ともかく、町の仲はそれなりのパニックになっているらしい。


「冒険者がすぐさま対応できないほど凶悪な魔物なのか?」


 《その可能性もありますが、町の中ですし、たまたま武装している冒険者が近くにいなかった、と考えるのが建設的では?》


「そう考えたいのはやまやまなんだけれど」


 確かに、町の中で常に完全武装している人は滅多にいないだろう。

 とすると、武装しているのはこれから町の外に出かける人間か、町の外から帰ってきた人間に限られてくる。

 だがこの時間帯だ。

 前者はあまりいない。


 もしも、魔物が凶悪な場合。

 小柄な魔物なら人目につかず町に入ってくることも出来よう。


 少し話は迂回するが、汎用の術式に【魔物払い】というものがある。

 魔物に『町へ近寄りたいと思わせづらくする』結界魔術。


 これを町に施す事で、殺人衝動を持つ魔物を近寄らせないようにしているのだ。

 それが今回は、その結界魔術の効力を振り切って町に入ってきたという事になる。


 身体の大きさは、一番分かりやすい強さの指標だ。

 小柄な魔物の代表例である小鬼(ゴブリン)などでは、何かに強制でもされない限り町へは入ってこないはずだ。

 そもそも、小鬼(ゴブリン)程度の魔物なら簡単に対処できる。

 つまり、それ相応の魔物の可能性が非常に高い。


「――なら、一体どうやって?」


 《見えてきました!!》


 シアの声が脳裏に響く。

 直後、轟! という爆音とともに石造りの道が炸裂し、瓦礫が飛び散った。


 街の中央広場。

 噴水やベンチが置かれた憩いの場が、魔物によって惨劇の場と変じていた。

 暴れまわる魔物は――竜。

 中でも、二足歩行で人間の様に腕を使って戦う竜人種(ドラゴニュート)だった。


 紺色の鱗で全身をつつみ、鋭い爪の伸びた手に握られるのは一振りの石棒。

 踏みつける足は地面を砕くほどの力を持つ。


(どうしてこんなところにドラゴニュートが? そもそも奴等、こんな平地には滅多に来ないはずなのに)


 しかもあの巨体だ。人よりも一回り大きなドラゴニュートが、どうやって突然町中に現れる?


 《フェンリット、あそこ!》


「――ッ!?」


 逃げ遅れたのか、ウェイトレスの格好をした女の子が地面に倒れていた。

 フェンリットと同じくらいの年頃だろうか。

 どうやら足を怪我しているらしい。

 赤くなった足首が、民家の屋根の上からでも見える。


 ドラゴニュートの怒号を背景に、フェンリットは飛び散る瓦礫の破片が少女へ向かっていくのを見た。

 辺りにはほとんど人がいない。

 数少ない冒険者達はドラゴニュート本体に掛かり切り。

 そもそも少女の存在に気が付いていないのか、気が付いたうえで助ける余裕が無いのか。


 だから?

 いや、違う。

 誰か助ける人がいるかもしれない、なんて考えをするまでもなく、少女に瓦礫が向かっているのを見た瞬間にフェンリットは動き出していた。


 民家の屋根がベゴッ! と嫌な音を発てたのが聞こえたが、人命には代えられない。

 一瞬で少女の前に割り込む。

 ブーツの底で地面を削るように静止した後、流れる様に肉体へ強化術を施す。


 一点集中。

 拳を硬化。


 右腕を振りかぶったフェンリットは、【力ノ帯】(フォルスリヴァ)によって強化された腕力と硬化された拳を瓦礫へと叩きつける。


 鈍い音が炸裂し、飛来したそれは粉々に砕け散った。

 後ろの少女にもフェンリットの拳にも被害は一切ない。

 これ以上こちらに飛んでくるものが無いと分かった後で、彼は少女の方へ振り向いた。


「あ、あの、ありが――」

「失礼します、すいません。口を閉じていてください。舌を噛みますよ」

「きゃっ!?」


 先に謝りを入れてから、フェンリットは少女の膝裏と肩甲骨の辺りに腕を差し込む。

 そのまま持ち上げ抱きかかえた。

 いわゆるお姫様抱っこの状態だった。


「――ッッッ!?」


 少女には声を上げる余裕も与えない。

 抱えた次の瞬間には、フェンリットは再び跳躍していた。

 ドラゴニュートから離れていく方向、つまり人々が避難していった方へだ。


 彼女と同じウェイトレス姿の人々が集まった場所へ少女を連れて行く。

 どうやら置いていかれた訳ではないらしく、皆に心配されていた。

 ゆっくりと地面に下ろされた少女は、慌てて口を開く。


「あの、助けてくれてありがとうございました!」

「いえ」


 一言で礼を受け取ると、フェンリットはすぐさまその場を離れた。

 ドラゴニュートの周囲には冒険者が着々と集まってきている。

 あの中にも手練れはいるはずだろう。

 なるべく町に被害を出さないように倒したいところだが――


「フェンリットさん!」


 掛けられる声。

 そこには、つい先程まで一緒だった三人組の姿があった。

 彼女達も騒ぎに引き寄せられてきたらしい。


「一体何が!?」

「ドラゴニュートです。危険なので近寄らない方がいい」


 尋ねてくるアマーリエに言い返してから、フェンリットはドラゴニュートの方へと走り出す。

 するとすぐ隣に気配。

 アマーリエがフェンリットと並走するように並んでいた。


「アマーリエさん」

「リーネとアリザには逃げ遅れた住民の護衛をお願いしました。私も戦います」

「……分かりました」


 三人の中ではアマーリエが一番強いと言う。

 今の一連の流れで、アマーリエの実力の一端を垣間見たフェンリットは、渋々了承した。


「僕が先行します。アマーリエさんは遊撃を」


 非常にアバウトな連携だが、アマーリエの戦闘スタイルを知らないフェンリットだ。

 元々遊撃手という話を聞いていたため、彼女の自由に動かせた方が得だろうと判断した。

 彼の実力を知っているアマーリエは、反論することなく提案を受け入れる。


 それを横目に、フェンリットは更に加速した。

 【力ノ帯】(フォルスリヴァ)の能力と身体強化の重ね掛け。

 一気にドラゴニュートの懐に潜り込んだ彼は、左手を手刀の形にすると、風のブレードを纏わせて縦に振り下ろした。


 怒鳴り声の様な悲鳴が轟く。

 甲高い音を立てながら振動するブレードは、ドラゴニュートの左肩から左脇腹に掛けて赤い亀裂を作り出した。

 時間差で鮮血が噴き出る。


 周囲の冒険者は、突如現れ有効打を見舞った青年を見て、邪魔をしない様に攻撃の手を緩めた。

 実力差を感じ取っているからだろう。


「――割と硬いな」


 ポツリと呟いたフェンリットは身を捻り、頭上から迫りくるドラゴニュートの手を避ける。

 振り向きざまにもう一度、風のブレードで斬りつけようとした――その瞬間だった。


「ッ!?」


 ゾワッと。

 壮絶な殺気が背後から叩きつけられた。

 反射的に、ドラゴニュートから殺気の主へ標的を逸らす。


 急な無理のある挙動に身体がミシミシと嫌な音を発てるが、構ってはいられない。

 身を守るように振るった風のブレードは、今まさにフェンリットの首を刈り取ろうとしていた漆黒の鎌と激突して存在を軋ませた。


(まず――ッ!?)

 《フェンリット!!》

「フェンリットさんッ!?」


 二人の叫び声が聞こえる中、身体は強大な力を受けて吹っ飛んでいく。

 ドラゴニュートから、アマーリエから遠ざかって行くのを感じながら、反対に迫ってくる殺気を感じて何とか空中で態勢を立て直す。

 ガガガガッッッ!!!! とブーツの踵が地面と擦れて火花を散らす。

 だがそれだけでは静止し切れず、再び身体が宙を舞った。


 それを逃す襲撃者ではなかった。

 視界の端で、黒い鎌が切っ先を光らせる。


「うっ、ぐォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」


 怒鳴り声を上げながら、フェンリットは真下に向けて強い旋風を巻き起こした。

 圧倒的な浮力が彼の小柄な体躯を空へと浮かせる。

 死神の鎌は不発に終わった。

 空を切る黒い軌跡を目で追いながら、フェンリットは自分自身の身体に風をまとわりつかせる。

 それをうまく利用して空中に立ち、真下を見下ろした。


 襲撃者は真っ黒なフーデッドローブを羽織っていた。

 黒ただ一色。

 日が落ちかけて辺りが薄暗いのと、フードのせいでその顔を見る事は叶わない。

 手に握られた黒い鎌は、黒ずくめの身長ほどの長さがある。


 突然の言過ぎて最適な対処が出来なかった。

 気が緩んでいたのかもしれない。

 だが、あの襲撃者は相当な手練れだろう。

 フェンリットが不意打ちで後れを取るのもおかしくはなかった。


 奴は一体何者なのか。

 このタイミングで襲い掛かってくるのは何故なのか。

 それこそまさに、ドラゴニュートを倒そうとした時に、それを阻止するように現れた黒ずくめの目的とはいったい何なのか。


「あなたは、何者だ」


 問いかけに返ってきたのは一言だけだった。


「――答える筋合いはない」

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