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とある英雄について ★

■注意事項


・この作品は『主人公の一人称視点』と『三人称視点』によって展開されます。

・三人称視点の際はメインとなるキャラクターが毎度違います。

・ご都合主義要素を含みます。



 暗躍英雄。

 あるいは【御嵐王】(エメラルドフォックス)と呼ばれる魔術師がいた。

 出自不明、性別不詳、素顔は仮面とフードによって隠された、多くの謎に包まれた存在。

 彼/彼女について知られているのは、その外見(装備)と戦闘スタイル――そして。

 魔王との戦争において残した功績のみである。



挿絵(By みてみん)



■ 3rd person/フェンリット



 深い森の中。

 空は黒く染まった雲に覆われていて、辺りは薄暗い。

 風で不穏に揺れる木々の音が流れて一層不気味さを助長させた、そんな場所だった。


「――はぁ、嫌になるくらい下位魔王が沸き出て来るな。瘴器が濃すぎる」


 ボソっと吐き捨てるように呟いたのは、一人の少年。

 身にまとうのは黒が基調に、翠と金で装飾が施されたフーデッドコート。

 男にしては長い髪は白に近い銀色で、この暗鬱とした場所から浮き彫りにされている。


 だが、目立った特徴は他にあった。

 一つは、顔を隠すためにつけられた狐の面。

 そして、コートを持ち上げる様にして生える木の葉形の白い尻尾である。


「流石に疲れてきたな……シアは大丈夫か?」


 少年は溜息をつきながら何者かに話しかけるが、この場所にいるのは彼一人だけだ。

 辺りを見渡せどただ薄暗闇が広がるだけで、人影の一つも見当たらない。


 それもそのはず。

 実際、この周辺に人がいるはずないのだから。

 ここは魔王との戦いの最前線。

 悪質な瘴器と呼ばれるマナが大量に存在する危険区域である。


 そんな所にいる彼が話しかけた相手と言うのは、今"自分の装備となっている者"だった。


『私はまだ大丈夫です。フェンリットこそ休憩した方が良いのでは?』


 シアと呼ばれた存在は、女性の声でそう返してきた。

 その声は音として耳を通じて聞こえてくるものとは違う。

 頭に直接語りかける、いわゆるテレパシーのようなものだった。

 少年――フェンリットは、頭に響く言葉に首を横へ振る。


「いや、後ろから勇者たちが近づいているんだ。休んでいる暇はないよ」


 言い切ってから、膝に手をついてフェンリットは立ち上がる。

 次の瞬間、周囲の空気が凍りつく感覚が襲い掛かってきた。

 身の毛もよだつような悪寒。重圧。

 間違いない。

 これは、瘴器によって下位魔王が出現したという合図、その弊害だ。


「近くに下位魔王が出現したみたいだ。行くよ」


 顔を顰めるのも束の間、フェンリットは気配の感じる方向へと走り出す。


 ――彼の役割は、魔王に挑む勇者一行の支援。

 その支援の方法に制限は無い。

 いや、そもそも『勇者一行の支援』は手段であり、究極的には魔王を倒す事で安寧を取り戻す事が目的である。

 故に彼は、ある一つの選択肢を選んだ。

 "正体を知られない様に、影ながら勇者一行の手助けをする"、という選択肢を。


 螺旋する鋭利な風が突き進み、黒く巨大な身体に無数の傷を作り出した。

 連続して風の刃を撃つ。


 それらは徐々に敵の肉体を削っていき、やがて怪力を持つ太い両腕を削り落とした。

 飛び散る赤黒い血を避けながら、フェンリットは一気に敵との距離を詰める。

 視界いっぱいに広がるのは、瘴器の塊――下位魔王の巨躯。


「――フッ!!」


 身体強化を施し、鋭い呼気とともにフェンリットは下位魔王の身体を蹴り上げた。

 両腕が落ちて多少軽くなった巨体が、重力に逆らい宙に浮かぶ。


「ガァァァアアアアアアアアア!!!!!!」


「ただではやられないぞ」とばかりに雄叫びをあげた下位魔王は、地面を砕くほどの怪力を持つ豪脚を振るった。

 それをフェンリットは身を屈めて回避し、風圧に押し負けられないよう踏ん張りながら左足を一歩前に踏み出す。


 右腕に風が纏われた。

 掌底打ちの構え。

 そして、追い風による補助の掛かったその右腕を突き出した。


 轟!! と。

 下位魔王の胸部に吸い込まれたソレは、衝撃波を撒き散らしながら、黒い体に歪な風穴を作り上げた。


 その勢いのまま、さらに体積の減った巨躯は吹き飛ばされていく。

 何度か地面に打ち付けられ、静止。

 だが。


「……しぶといな」


 目の前でゆらゆらと起き上がる下位魔王を見て、フェンリットはそう呟く。

 下位魔王の周囲に瘴器が集まっていく。

 黒い魔方陣が浮かび上がる。


 それは瘴術の予兆。

 魔王が魔王と呼ばれる所以。

 魔物が扱う事の出来ないその力で、満身創痍の下位魔王はフェンリットの命を刈り取ろうとする。


 対して、フェンリットは冷静だった。

 静かな目付きで敵を見据え、魔術で応じるべく二つの術式を平行演算する。


「申し訳ないが」


 下位魔王の瘴術が放たれた。

 魔方陣から飛び出したのは黒色の『破壊』だった。一直線に向かい来るその一撃を、しかしフェンリットは瞬きをする事なく迎え撃つ。


 彼の正面に緑色の渦が浮かび上がった。それはまるで盾の様で、猛然と迫り来る瘴術を受け止める。やがて、風に散らされるように消えていった黒い破壊を見送ってから、フェンリットは言う。


「お前ばかりに構っている余裕はない」


 声が響いた時には既に、下位魔王の周囲に異変が起きていた。

 取り囲むように浮遊するは無数の風の刃。


「次の相手が待っているからな」


 魔術の産物であるそれらが、ボロボロの黒い身体へと殺到する。

 後に残ったのは、穴だらけの黒い塊だけ。

 やがてその身体も、灰の様に崩れて消えていく。


 呆気ない最後を見送る者は誰一人としていなかった。

 フェンリットは既に、次の獲物に意識を向けている。




■ 3rd person/勇者



 魔王。


 それは『瘴器』と呼ばれる負のエネルギーが一か所に集まり、一つになって生まれる人類の敵。

 ただの魔物とは桁違いな力を持ち、人間には劣るが備えられた知能と殺戮衝動を駆使して、暴れ狂う本物の化け物。


 強さは個体によってバラバラ。

 いつどこで現れるか分からない、天然にして不可避の殺人鬼。


 そんな魔王が出現するという予言を得て、人類は勇者の召喚を試みた。

 結果、人類は異界から一人の男を呼び出す事に成功する。


 現れたのは年若い青年。

 黒曜石のような深い黒色の髪と瞳。

 平凡な雰囲気が漂う、見慣れない顔つきの青年だった。


 彼は召喚されていた当初は戸惑っていた。

 だが、魔王を倒せば元の世界に帰れるだけの魔力が手に入る、という話を聞き、心優しい彼は世界を救うために協力してくれた。


 使われた魔方陣には、勇者としての資質を持つ者のみを呼び出す、という効力が備わっている。

 実際、彼の身体には勇者としての強大な力が宿っており、瞬く間に戦う力を高めていった。


 やがて彼は三人の仲間と合流する。

 一人は、二振りの長剣を自由自在に操る剣豪。

 一人は、世界でもトップクラスの魔術を使いこなす魔術師。

 一人は、どんな傷でも治癒してしまう治癒術師。


 四人組となった勇者一行は、魔王を倒すべく旅に出た。




 ――そして、魔王との決戦直前。


 勇者一行の四人は、魔王が現れると予言された地へと向かう途中、大きな違和感を覚えていた。

 理由は単純、下位魔王がまったく現れないのだ。

 今までに戦ったのは決して強いとは言えない魔物のみ。


 深い森の中……魔王の影響で漂う瘴器の濃度も濃い。

 だというのに、襲いかかってくるのは少数の魔物だけ。

 強力な魔王の手下がいるわけでもない。


 どう考えてもおかしい。

 なにか罠があるのかもしれない。

 いつも以上に警戒心を高める勇者一行は、しかし進む足を止めずに魔王の元へと向かっていく。

 その時、ようやく一体の下位魔王と遭遇した。


 人間の倍以上はある巨躯。

 異様に発達した腕は地面に届くほど長く筋骨隆々。

 中身の無い眼窩には白い光が宿っており、四人を一直線に睨みつけている。

 下位魔王が前傾姿勢を取った。


 勇者一行はそれぞれの得物を構え、術式を演算し、迎撃態勢へと移行し――


 ――次の瞬間、視界の外から現れた小柄な人影が魔王を蹴りつけた。


 人の数倍はある巨体が転がっていく。

 そのモーション一つで、まるで嵐のような衝撃が全方向へと撒き散らされた。

 木々は傾き、勇者一行の身体が風圧で煽られる。


 最初は何が起きたのか理解できなかった。

 無理もない。

 それ(、、)は、死角から目にも止まらぬ速さで飛び込んできたのだから。


 魔術師の風貌。

 身長は一五〇センツ(センチ)後半で、かなり細身。

 その身体を、黒が基調のフーデッドコートが包んでいる。


 顔は狐の面とフードで隠れていて分からない。

 男にしては長め、女にしては短めな白い髪と、木の葉形の白い尻尾を見る限り、種族は狐人族(ルナール)だと思われる。


 勇者ら四人が呆けた表情をしていると、それ(、、)は小さく「しまった」と呟いた。


 ――しまった? どういう事だ?


 次々と疑問が浮かんでくる勇者に、狐面の魔術師は魔王が現れる方角を親指で指し、


「行け」


 と、中性的な声でそう言った。

 少しばかり遅れて勇者は気が付く。

 この魔術師が魔物や下位魔王を先んじて倒してくれていたのだと。

 魔王との戦いを控える勇者一行に、余計な被害を与えない為に。


 確証はない。

 でも、それ以外には考えられない。

 だから勇者は、狐面の魔術師に告げる。


「ありがとう。この恩は忘れないよ」


 すると狐面は、「いいからさっさと行け」と言わんばかりに右手で追い払う仕草をする。

 面をつけて顔を隠し、言葉も少ない。

 きっとこの人物は、自分が誰なのか明かさない心算なのだろう。

 もう、会う事は出来ないだろうなと思った。


「行こう」


 仲間に声をかけ、勇者は狐面の横を通って前へと進む。

 もし推測通りなら、彼/彼女は相当なやり手なのだろう。

 この場を任せて何の問題もないはずだ。


 魔王が現れるとされる古き祭壇まであと少し。

 名も知らぬ魔術師のおかげで、無駄な消耗なくここまで来ることが出来た。


 今も後方で戦っているだろう冒険者達、そして、危険な前線の裏側で援護してくれていた狐面の魔術師のためにも、絶対に負けるわけにはいかない。


 決意を新たにした時、先ほどの狐面をしきりに気にしていた勇者一行の魔術師が立ち止まった。

 視線は後ろへと向けられ、瞼は大きく見開かれている。


「どうしたの?」


 声を掛け、勇者は魔術師が向ける視線を追う。

 そして見た。 

 木々が薙ぎ倒される程の暴風の中、数多の魔術を駆使して戦う狐面の姿を。

 嵐。

 そんな言葉が、勇者一向の面々の頭に浮かびあがった。




 ――彼等は無事魔王を討伐し、戦いは人類の勝利に終わった。


 異界から呼び出され、勇者として勇敢に戦った男。

 彼は、魔王を倒したことによって満ちた魔力を使い、元の世界へと帰還していった。


 その直前、彼はこう言っている。


「魔王を倒すことが出来たのは、一緒に戦ってくれた沢山の冒険者達……そして、あの森の中で影ながら僕達を助けてくれていた魔術師――【御嵐王】(エメラルドフォックス)のおかげだ」


 ……思えば他にも、【御嵐王】(エメラルドフォックス)のものらしき現象が何度かあった。

 決まって嵐のような暴風が見られるそれは、後になってその魔術師の暗躍だと気付かされる。


 どこの誰かも分からない、正体不明の存在。

 勇者一行の魔術師すらトップクラスだと認める魔術師。

 暗躍英雄、【御嵐王】(エメラルドフォックス)と名を轟かせた彼/彼女が、今どこで何をしているのか。


 それを知る者は、限りなく少ない。


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