幕間、そして集結
大分短いですがとりあえず投稿します
「さて、そろそろ開戦か」
ショウタイム開始まであと一時間を切った頃。
先程の広場の端。壁の影になっている箇所の一つ。
黒のローブを目深に被る如何にも怪しい風貌の男がそこにいた。
「……仕込みは想定の八割まで完了。後は奴ら次第だ」
「ここにいたか。人形狂の旦那」
「農家王か。仕込みは大丈夫なのか?」
「ああ、うちの国から持ってきたコンテナは全て搬入済みさ。
やっぱ凄ぇな。飛空艇ってやつは」
「輸送の時間も量も昔の荷馬車とは大違いだ。
そういう部分では、あの爺を認めざるを得んだろうな」
フードの下で苦々しく表情を歪める。
非常に不本意だが、認めざるを得ないほどの存在。
人形狂もなんだかんだアエラにおける教授の功績は認めている。
そも教授が飛空艇を開発する前は物資の輸送といえば荷馬車が基準であった。
しかし、アエラではそもそも馬自体の値段がべらぼうに高い。
維持費はそれほどでもないが、
それでも大規模な輸送を行えるほどの頭数を揃えるのは不可能だと言われていた。
そこであの飛空艇だ。
初期コストは高いものの、空路という路面に左右されない輸送方式はあまりにも便利過ぎた。
しかも大量輸送が可能であるというチート仕様。
「千年王国は今、絶頂期にある。
なにせ飛空艇製作のノウハウは千年王国しか持っていない。
他勢力は何処だろうが老いぼれに頭が上がらなくなった」
「それだけ衝撃的だったってことだ。なにせ爺さん達は文字通り世界を変えちまった」
「……それはお前もあの爆弾娘も大概だと思うがな」
「ええ?ないない。
そりゃカヤのやつはそうかもっすけど。おれはしがない農家ですよ」
手を横に振りながらやれやれ……という様子で否定する農家王。
一見謙虚で常識人に見えるこの男の一面を知る人形狂は内心冷や汗をかく。
(その気になれば国一つ緑に塗り潰せる奴が何を言うか……)
――知っている。人形狂は確かに知っている。
この一見人畜無害に見える冴えない男のもう一つの狂った顔を。
――かつて、たった一人でNPC共を敵に回し、国を手に入れた男を。
「――おーい、旦那?」
「ッ!」
「大丈夫っすか?なんか調子悪そうですけど」
「……昨日は徹夜で準備を進めていたからな。そのせいかもしれん」
「徹夜は体に毒ですよ?俺たちみたいな二十歳超えた歳だと尚更」
「悲しくなるようなことを言うな……」
どれだけはっちゃけても、二十歳を超えるとガタが来る。
おっさん二人はどうしようもない事実から目を逸らす。
今は二十台の肉体であるが現実はそうもいかない。
そんなことを直視した二人はテンションを底の状態にしながら思わず空を仰いだ。
――ゴォォォオォォオオオオオオオオオオ!!
そのタイミングだ。強烈な風の音。
風に乗るような、そんな繊細なモノじゃない。
風を無理矢理に圧し切って進むような感覚。
しかも一つじゃない。アエラ全土からその音の原因が集まりつつあった。
「噂をすれば影、か」
「……チッ。相変わらず煩い」
ショウタイムの開幕まで30分を切った段階で、
徐々に各国の飛空艇がテラ上空に揃い始めていた。
緩衝地帯前の外壁…プレイヤー達が【境界壁】だの【世界城壁】と呼んでいる巨大な外壁の真上。
教授がもたらした影響を象徴するかのように、各国の軍用飛空艇が軒を連ねていた。
「――物資の搬入後は速やかに輸送艦を後退させろ!
ちんたらしてると戦艦級に潰されるぞ!」
「ロクスソルス所属全艦。艦載騎の展開を完了しました!」
「艦載騎の展開は各艦順次進めろ!サマナー共は何処だ!」
「シルフ、ウンディーネは上空にて展開済みです!サラマンダーは……」
「……サラマンダーは?」
「『転移すんの忘れてたわ、テヘペロ☆』だそうです。ぶっ殺しましょうアイツ!」
「いや、それはショウタイムが終わってからだ。ああ、その後にぶち殺そう。一週間ぐらい」
「了解です!」
「お前らホンマあの馬鹿共に厳しいな……」
「旗艦サピエンティア、配置に着きました!」
「全艦の補給、整備完了!同時に各艦隊編成完了!いつでも行けます!」
どこかの馬鹿が血祭りにされるフラグが大量に立った気がするが、
上空にアエラ中の軍用飛空艇が展開されていくのは壮観だろう。
アエラといってもその範囲は広く、某最終幻想風の飛空艇もあれば、海賊船風の飛空艇もある。
巨大な戦艦級飛空艇の周りには、展開された艦載騎……騎竜やヒッポグリフ、グリフォンが滞空している。
その他、自前の騎獣やペットに跨るプレイヤー達が自国の飛空艇の指示を受けながら展開されていた。
「……壮観だなぁ。サピエンティア筆頭に、極東の【宝船】。
南海最強の【ブラックパール号】、グローリアの【サンタ・マリア・ナシェンテ】」
「アエラ各国の主力艦隊が揃い踏みか」
「教授とカヤはもうスタンバってるのか?」
「あの二人なら既に待機済み……ああ、丁度来たか」
着々と編成を行う艦隊の先頭に、一際大きな戦艦級飛空艇が現れる。
千年王国のアルケミー達が総力をかけて製造した超弩級の代物。
ロクスソルスの旗艦であるサピエンティアより一回り大きい飛空艇が空を渡る。
「――あれが【千年艦隊】旗艦。【アーク】か」
二世界間に轟く戦火が上がるまで、あと二十分を切った。
■■■■
同時刻。
【アーク】のブリッジでプレイヤー達が忙しなく動いていた。
「――出力20%。各魔導機関、安定しています」
「【千年艦隊】各艦第一級警戒態勢へ」
「偵察用魔導騎【アネハヅル】全機発艦完了」
「【人形師団】より入電。『【魔女大隊】間もなく到着』」
「第二甲板に着艦させろ。第一甲板はもう飛竜で満杯だ」
「了解……魔女大隊、着艦開始しました」
慌ただしく船員が動く中、
一人の老人が椅子に座りながら不機嫌そうに頬杖をついている。
彼こそ、この【千年艦隊】の長。
千年王国を統べるアルケミーの一人。【教授】である。
「……全く。まさかこの【アーク】に小僧の人形を入れる羽目になるとはな」
「まあまあ、そう怒らないでよ先生。これも作戦なんでしょ?」
「作戦だろうが何だろうが気に入らんもんは気に入らんわい。
……しかし、【魔女大隊】か」
「気になるの?」
横で首を傾げる少女……爆弾魔【カヤ】。
持ち込んだブツは粗方運び終えた彼女は、
こうしてブリッジで茶をしばきつつ師の愚痴を聞く役に徹していた。
「当たり前じゃろう。【魔女大隊】はあの小僧の切り札の一つ。
儂らのアイデンティティである空を容易に侵すモノ。
そんなもんが乗り込んで、今頃第二甲板の連中はピリピリしとるじゃろうさ」
「あの箒すごいよねー。速度じゃ飛竜どころかグリフォンと同等とか」
「その分燃費はそれなりらしいがのう。しかしあの小回りの良さは驚異的じゃわい」
彼らの言う【魔女大隊】は人形狂が誇る【人形劇】の部隊である。
その最たる特徴は各々の人形が箒に跨り、空に飛び回る機動力。
更に全人形が高いレベルの魔法使いであるが故の高火力。
正に高速移動する砲台。
その図体のデカさ故に小回りな苦手な飛空艇にとっては天敵とも言える。
一個人である人形狂の異常性が垣間見える部分でもあるだろう。
「しっかし凄いですねー。人形狂さん本気で勝ちにきてるよ」
「下心十割だろうが……本気は本気じゃろうな」
「私達も負けていられないね!」
「いや、お主は自重した方がいいと思うがな……
格納庫の半分を埋める程の爆弾敷き詰めてまだ足りないか」
「とっておきがまだストレージに入ってるよ?」
「……核爆弾か何かか?」
「近い!」
「近い!?近いとか言いおったかこの火薬頭!!」
「まあまあ、気になるなら後で見せてあげるから……派手に」
「そういうことじゃあないんじゃが……不穏なことを言うな」
頭に火薬詰め込んだ少女に戦々恐々とする教授だが、
個人規模からほぼ独力で国造りを主導。
アエラの軍事力を牛耳るとまで言われているこの老人も大概頭おかしい存在である。
そして二人が話している間に刻一刻と時間は迫り……
――月が紅く紅く染まり、その時は訪れる。
「――サピエンティアより入電!『作戦開始。各艦並列陣を維持したまま戦闘に移行』!」
「【魔女大隊】並びに全戦闘騎発艦用意!何時でも行けるようにしておけ!」
「【アネハヅル】全機、配置完了!」
「各魔導機関出力60%まで上昇!」
「【千年艦隊】並びに旗艦【アーク】。これより第一級戦闘態勢に移行!」
「【アーク】!抜錨します!!」
ショウタイムの幕開け。
各国の飛空艇達が並列陣を組みながら緩衝地帯へ進んでいく。
「――さて、開戦か」
「――ワクワクするね!!」
対パレード迎撃作戦【灰の水曜日】第一陣。
千年艦隊総司令官【教授】及び爆弾魔【カヤ】。
――開戦の号砲が鳴り響く中、遂にアルケミー達が動き出す。
読了ありがとうございました。
作戦名の由来はドイツ三大カーニバルであるケルン・カーニバルの終わる日から取りました。