準備、そして人形
お待たせしました。第七話です。
運命のショウタイム当日。日本時間七月二一日午前七時
ショウタイムまで残り二時間ほど、夜の帳の中OMNISは徐々に高まる人々の熱気を抑えきれずにいた。
それはここアエラの首都、テラでも同様である。
「さあさあ開戦まで残り二時間!賭ける奴はさっさとしないと締め切るよー!」
「オラ肉食え肉!緩衝地帯じゃあろくに飯も食えねぇぞ!」
「フランクフルトにポテトにクレープ!軽食ならザ・コックの出張食堂へ!」
「あー、ポーション~ポーション~♪百薬長お墨付きのポーションは如何かね~♪」
「千年王国製のダマスカス武器は天下一品!今なら特別割引サービス実施中だよ!」
なにせショウタイムは一年間で四度のみのイベント。
戦闘職以外のプレイヤー達も思い思いに各自商売や、
調理したステータス上昇効果を持つ料理を振舞っていた。
その光景を見て、とある一人のプレイヤーが広場の椅子に座りながら呟く。
「去年から始まったとは思えないほど盛況ですね……」
「何だ坊主、ショウタイムは初めてか?」
「は、はい。元々ヤマシロのダンジョンに入り浸りでテラまで来ることは無かったので……」
「でも初心者の頃はテラにいただろ?その時は参加しなかったのか?」
「参加しようと思ったんですが…如何せん万年金欠でそれどころじゃなくって」
「ああ、初めはそうだよな。道理でレベルは高そうなのに落ち着いてないわけだ」
「PVPも初心者か」
「一応キナイの御前試合は何度か経験してますけど。集団戦は初めてですね」
「御前……ああ、コロシアムか」
「兎に角、足を引っ張らないようにしなきゃですね」
「まあその為にももっと食え食え。一時的とはいえ、ステータス上昇効果は中々侮れんぞ?」
「はい!」
新人を鼓舞する先輩プレイヤー。
外見年齢的には二十台後半ほどの男性だが、鈍い光を放つ厳つい全身鎧がとても威圧的だ。
上級プレイヤーの一人であることは間違いない。
どうやら新人を見回って鼓舞しているようだ。
この新人以外にも初参加のショウタイムで活躍するために奮起している新人は多い。
それは特に珍しいことではない。
去年から始まったこの二世界間戦争は初心者にとってある種の壁に近い。
アエラ・イーオンでは共通のレベル制度が敷かれている。
ショウタイムは世界単位の戦争なので初心者は鉄砲玉扱いされる宿命にあることは事実。
だがここで活躍することができれば一躍時の人。というのは少し大袈裟だが、
アエラ内での知名度が上がることは間違いないだろう。
戦士職なら誰もが憧れる有名な【騎士】のロールを拝命することも珍しくない。
「じゃあ早速ステーキでも……え?」
「どうした坊主……ああ、そういうことか」
二人の視線の先。
せっせとステーキを焼いていた屋台の主人の方で何やら騒ぎが起きていた。
「――だから、ベリーレアの極厚で頂戴って言ってるでしょう?」
「うちはレアからウェルダンしか扱ってねぇって言ってんだろ!」
「嫌よ。血が滴るくらいじゃなきゃ肉を食べてる気がしないもの」
「レアでいいだろレアで!」
「血が少ないから嫌」
「なんなんだこのクレーマー!!」
見たところクレーマーだろうか。
傍迷惑なプレイヤーだと思いきや。二人が見ていたのはそれが理由ではない。
「なんだあの美人……」
「あんなプレイヤーいたか?」
クレームを付けている女性。
真紅のドレスを優雅に纏い、赤みがかった長いブロンドをうなじ辺りで結い上げた美女。
血の色を思わせる瞳を細めて、花の蕾の如き唇からクレームを垂れ流している。
まるで、それは物語に登場する女吸血鬼を思わせる、優雅の二文字が似合う存在だった。
「あ、子牛の肉は嫌よ?ジャージー種の牛も嫌。乳臭いのは勘弁。
アレがいいわね。最近出てきた…何だったかしら、ブラックビーフ?」
「こいつ肉の種類にまで言及し始めやがったよチクショウ!!」
因みにブラックビーフというのはOMNISでいう黒毛和牛。
高級品で繁殖もされていないので滅多に手に入らないアイテムである。
そんな外見に似合わない駄々をこね続ける美女。
その背後から迫る影が……
「はーやーく。早くブラックビーフのベリーレア極厚ステーkッ!!?」
「――何をしているのですか。ブルンヒルダ」
美女……ブルンヒルダの頭をぶっ叩く別の女性。
いや、その外見は女性というより少女と呼ぶ方が相応しいだろう。
それもただの少女ではない。ブルンヒルダと対比してもまるで劣らないほどの美少女だ。
ブロンドの長い髪にエメラルドを思わせる翠の瞳。
緑のバトルドレス…膝丈程のドレスを纏う彼女を見た店主は目を見開いた。
「緑衣の妖精……あんたエルフさんか!!」
「ええ、先程は申し訳ございません。うちの馬鹿妹が……」
「いやいやいや!頭を上げてくれ!
あんたのせいじゃないんだし、対したことじゃないからさ!」
「……ちょっとお姉様?いきなり叩くなんて酷くないですか?」
「黙りなさい愚妹。大体叩かれたところでその脳筋は治らないでしょう」
「何ですって……アイタッ!」
二度目の殴打は割とクリティカル入っていた様で、
その場にしゃがみ込むブルンヒルダ。妖艶とはなんだったのか……
「黙れと言いました……本当に申し訳ございません」
「いいんだよ。エルフさんが謝らなくって」
「お詫びにもなりませんが、ステーキを頂けますでしょうか。レアの極厚で」
「はいよ!丹精込めて焼くからな!」
なんか問題が解決した様な雰囲気が流れた屋台周辺。
屋台に向かおうとしていた新人は周囲の会話に耳を傾ける。
「エルフちゃんだ……!生で見るの久しぶりだなぁ!」
「なんだお前、エルフちゃんのブロマイド買ってたのか」
「当たり前だよなぁ!あんな美少女アエラでも滅多にいねぇぞ!」
「ブルンヒルダっていうのかあの美女……」
「ブルンヒルダ……まさかあの女吸血鬼か……?」
「"緑衣の妖精"に"血塗れドレス"……嘘だろ。まさか【人形師団】も参戦か?」
エルフ、ブルンヒルダ……【人形師団】?
分からない単語が連続して出てきて呆然と受け止めるしかない新人に、
先程の全身鎧が補足する。
「そうか。ショウタイム初めてならあの二人……てか二体のことも知らないのか」
彼は屋台でステーキ皿を受け取り、
うなだれる女吸血鬼の首根っこを引きずっている妖精を指さし。
「あの子はエルフ。つってもニックネームに近いけどな。
アールヴとか緑衣の妖精とか呼ばれてる。背は小さいが油断するなよ?
弓の腕前なら上級プレイヤーでも手こずるほどだ」
「あの女性は……?」
「あの美女はブルンヒルダ。戦闘狂の女吸血鬼だ」
「せ、戦闘狂なんですか」
「ダンジョンアタックやら緩衝地帯の揉め事やらで暴れまくっててな。
ついた異名は"血塗れドレス"だ」
PVPに関わる連中なら知らない奴はいない。
どこかから調達してきた焼き肉串を頬張りながら語る。
「はぁ……でも【人形師団】ってなんなんです?彼女達が所属するギルドの名前ですか?
確かに二人とも人形と呼ばれても仕方ないほど人間離れした美しさですけど……」
「いや。それも異名だ。そもそも【人形師団】なんてギルドは存在しない」
「へ?じゃあなんで【人形師団】なんて……」
「坊主。自動人形を知ってるか?」
「自動人形……ゴーレムのことですよね。錬金術師が作成できるNPC」
反芻するように頭の中から情報をひねり出す新人。
アルケミーという特殊なロールのスキルだったはずだ。
「正確にはゴーレムの派生進化系なんだがな。
元々は一人のプレイヤーが創り出した概念だ」
「し、知らなかったです」
「話を戻すぞ。
実はさっきのエルフちゃんと女吸血鬼。あの子達は件の自動人形なんだよ」
「へぇ……え!?」
「わかんねぇよなぁ……俺も初めて見た時はそんな感じだったよ」
懐かしい、かつての自分を見ているかのような視線を向ける全身鎧。
「あの子達。よく見ると共通した意匠の腕章を付けてんだよ。
噂によるとあの子達が軍で言う指揮官の役割をしてるらしい」
「指揮官の自動人形……ああ、それで【人形師団】ですか」
「理解が早いな。あの子達を筆頭に存在する自動人形の軍隊。それが【人形師団】だ。
名前の由来はその軍隊が師団規模だって噂から来てる」
「師団規模!?」
「恐ろしいことにな。おまけに指揮官級はどいつもこいつも上級プレイヤー顔負けの実力だ」
「指揮官級って、あの二人以外にもいるんですか?」
「いるぞ?例えば……」
そう言って全身鎧は比較的近くにあるベンチ。
正確にはそのベンチに座る容姿の似ている二人を指し示す。
「――あはは!見た見た?ヒルダの顔!」
「姉さん。あまり人のことを笑うのは……」
「コスマスは硬いなー」
「ミア姉さんが奔放すぎるんです。もっと神職としての嗜みを……」
ジャンクフードを食べながら引きずられる女吸血鬼を笑う少女。
腰まで伸びるブロンドに青い瞳。
シスター服を戦闘用にデフォルメしたような服を着ており、
ミニスカートからは細くしなやかな白い脚をブラブラしながら笑う姿は、
如何にも快活で元気な美少女である。
そんな少女を窘めるのは似た容姿の女性。
だが最も異なる点はその体型だろう。先の少女とは違い、メリハリの付いた体型。
身長も高く、モデル並みのスタイルだ。
よく見れば服装も少女とは微妙に異なり、露出を最低限にした正統派シスター服に身を包んでいる。
「あの二人はコスマスとダミアノス。
ああ見えてダミアノスの方が姉だ。目の前で驚くとぶん殴られるから注意な」
「シスター服……ヒーラー?」
「正式にはダミアノスは戦闘要員だな。身の丈以上の斧槍をぶん回すから見た目に騙されるなよ?」
「ひええ……」
「まあコスマスもメイスや毒薬を使う油断ならない奴だけどな」
「妹さんも強いんですね……」
「別名【Sister&Sister(姉妹にして神職者)】。治療部隊を率いる指揮官級さ。
で、あっちにいるのが……」
別方向の大通り沿い。
簡易的な駐車場として使われているスぺースにこれまた目を引く二人組が。
「――お疲れ様です。ノート姉様」
「あら、撫子。珍しいわね。
こんな人の多い所に来るなんて、貴女人混み大嫌いじゃない」
「御父様のお使いで少し……。
もう済みましたので、開始まで引き籠っていようかと」
「じゃあついでに乗せてあげるわ。私も倉庫に用事があるし」
「ありがとうございます……ああ、人混みが憎い」
「私が言うのもなんだけど、大概貴女インドアよねぇ……」
褐色肌の美女と和服美人が馬車に乗り込む光景が見える。
それもただの馬車ではない。葦毛のペガサス二匹が引く、空飛ぶ馬車だ。
御者をしている褐色肌の美女は溶ける様に滑らかな漆黒のドレスに同じ材質らしき長いショール。
夜を思わせる黒髪とネグリジェのようなドレスの組み合わせは妖艶な雰囲気を醸し出す。
もう一人の美女は袿姿に小袿を着た所謂小袿姿。
小袿には桃色にぽつぽつと白い花が染め抜かれており、
黒の濡髪は長く、足首まで届くほどと思われるが、何故か重力に逆らう様にうねうねと動いている。
平安時代の貴族を思わせるその姿は淑やかという言葉が似合うだろう。
「褐色美人はいるだろうが、二口さんまでいるとは珍しいな」
「二口……?」
「おうよ。知らないか?二口女って」
「よ、妖怪のやつですか?」
「そうそうそれそれ。その二口。
俺も初めて知ったときは驚いたよ。普段は表に出ないからかなりレアだぞ」
「あの御者をしていた方は?」
「輸送部隊の指揮官のノートだ。
褐色美人とか黒騎馬とか呼ばれてるよ」
「はぁ……」
「指揮官級はあと二人ほどいるはずなんだが、まああまり表に出てくるような連中じゃないしなぁ」
「そうなんですか?」
「そもそもこんなに指揮官級がいるのがそもそも珍しいんだ。
今までのショウタイムにも参加してなかったしな」
「じゃあ何で……」
「さあな……もしかしたら来てんのかもな、あいつ」
「へ?」
何かを誤魔化すかのように全身鎧は手を振る。
「いやいやいや、何でもないさ。
兎に角お前も活躍できるようになってあの人形とお近づきになれるといいな」
「ブフォッ!……ななな何をそんなこと!!」
「お前完全に鼻伸ばしてたからな」
「そんなことないですよ!ええ!」
「……まあいいや。俺も飯食ってくる。坊主もたらふく食って頑張れよー!!」
「はい!ありがとうございました!!」
そう言ってその場を離れる全身鎧はその後、小さく呟いた。
「……しっかし、こりゃ大事になりそうだねぇ。
何をする気なんだろ。あの人形馬鹿」
「おーい、テオさーん!最終ミーティング始まりますよー!」
「おう!直ぐ行く!」
全身鎧は少女の声に応えながら役所の方へ歩いて行くのだった。
読了ありがとうございます。