対立、そして終息
もう完全に不定期更新な第三話。
今回は人形狂と教授の話です。
“人形狂”と“教授”。この二人はアルケミー達の中でも異質な存在である。
まずは“人形狂”。彼は非常に特異性が高く、また作成した自動人形に雑事のほとんどを任せて引き籠っている為、
彼の姿を見ること自体が少ない。よって彼の顔どころか声すら知る者は少ない。
その特徴は何といってもゴーレム製作技術の高さ。
通常ゴーレムは文字通りの土人形であり、その大きな身体と腕力で力仕事を主に担当することが多い。
だが、人形狂はそのゴーレムを自動人形と呼ばれる全く別の存在にまで引き上げた存在だ。
自動人形と呼ばれる存在達は、あくまでも人間大の存在として形成されている。
身体や腕力は通常のゴーレムに劣るものの、人間らしい細やかな動きを可能とし、
システム面でもOMNISのNPCに用いられているAIに勝るとも劣らない完成度を誇る存在になっている。
傍から見ればプレイヤーと見分けがつかないとまで言われるそれは、ある種の奇跡とまで言えるものである。
現在人形狂が依り代として使っているエルフも自動人形の内の一体であるが、
見る分にはプレイヤーとの見分けはほとんど人間と変わりない。
美醜の観点から見ても凄まじい美貌を誇る彼女は、プレイヤーの間でも有名な自動人形である。
それほどまでに“人形狂”の技術は凄まじく、だがそれに反するような知名度の無さにより、
知る人ぞ知る存在になっているということだ。
思考回路はほとんどを人形の為に割り振っていて、常日頃人形を制作、修理、改造している。
この人形の為ならどんなことでもしてみせるとまで言われることから、人形狂いの名を世に知らしめていた。
対して“教授”は飛行戦艦と呼ばれる巨大兵器の開発者としてアエラ中に広く知られている。
最大の特徴としては、一般的なアルケミーと違い、非常に社交的でよく表舞台に出てくることが挙げられる。
その社交性は自らを中心にアルケミー達の国【千年王国】を建国してしまうほどであるが、
当然、飛行戦艦の建造にもその性格は役に立っているようだ。
元来“艦”というものは大人数で運用することが前提であり、建造においても同様である。
その為、教授はアエラにおいて人手の確保のためにとある方法を用いた。
……アルケミー志望のプレイヤー専用の養成所を設立したのだ。それも自費で。
そして教授はその生徒の多くを自分の弟子として育て上げ、自分の趣m…飛行戦艦開発に組み込んだ。
生産職が弟子にできるプレイヤーの数には上限が存在しないので、
教授は養成所の件で一気に数十人単位の弟子を獲得したことになる。
まあ、コマと表現してはいるが教授に協力するかは本人たちの自由なので、大した問題にはなっていない。
例えば、今巨乳と貧乳の取っ組み合いをテンション高めで鑑賞している『爆弾魔』と、
その横で呆れた様子を見せている農家の男性――通名は『農家王』だが――は教授の“元”弟子である。
「…もういっそ魔導核持って乱入しちゃおっかなぁ」
「ヤメロスコップブツケンゾ!」
……まあ、二人は単純に養成所で自分のやりたいことを見つけたから教授の元を離れただけであり、
このような例は特に珍しいわけではない。二人の存在は凄まじく異様なのだが。
だがやはり少なくない数のプレイヤー達は教授の元に残る。
そして彼らの手を使って、教授は飛行戦艦の開発、建造を可能としているのだ。
そもそも“飛行戦艦”というのは俗称の一つであり、正しくは“戦艦型飛空艇”と呼ばれるのが一般的である。
では何故飛行戦艦などと呼んでいるのか、それは単純に火力と物量の問題であった。
現在ロクスソルス王国が所有している飛空艇艦隊、その旗艦である『サピエンティア』がその象徴である。
サピエンティアは去年の中頃“教授”たちの工房によって建造された飛空艇で、
旗艦として運用する為、主砲や副砲よりも対空火力と装甲に重点を置いた代物である。
探知能力も高く、艦隊の頭脳となれる存在であるそれはショウタイムにおいても大きな戦力であり、
教授も自分の心力を注いで設計、開発を行ったと言われているほどである。
…そう、心力を注いだのだ。全力で。
結果として本来歯牙にかけることも叶わない程の技術力を持ったイーオンの飛行戦艦にまで
拮抗するほどの戦力になったその飛行艇を見て、プレイヤー達から“飛行戦艦”の愛称を受け取ったのだ。
そして教授の名はアエラ中の生産職たちに知れ渡り、
当時から弟子たちに呼ばれていた『教授』という呼び名がそのまま二つ名として定着したのだった。
だがまあ…それはさておくとして。肝心の二人の関係なのだが……
「《しかし教授よ。未だその偏屈な考えは治らんのか?》」
「ククッ!偏屈なのはお互い様じゃろうて。お主こそ、その引き籠り癖は治らんのか?
今回の件といい、いい加減外に出る習慣を付けねば根暗の軟弱者になってしまうぞ―――
―――いや、元からひ弱なガリガリ君じゃったなぁ!これは失礼した!」
「《…腰が曲がりすぎてよちよち歩きを余儀なくされている可哀想な老人よりかはいくらかマシさ。
うむ。こうして言うのも失礼だったな。
何しろ人の嫌なことをつらつらと並べ立てることを趣味にしてる孤独死一歩手前の老害だ。
さぞや寂しい人生を送っているのだろう。そんな者の趣味にケチをつけるなど…心優しい私にはできん》」
ねちねちねちねち。擬音で表現するならばそのような言葉が似合う罵倒が二人の間を行き交う。
二人はそれぞれ顔を憎らし気に歪めながら口を開くことを止めない。
「…人を散々に罵倒しておいてよくもまあ“心優しい”などとほざけたものじゃなぁ、根暗の餓鬼が」
「《おや聞こえていたのかね御老人。耳も遠くなっていないようで何よりだ。……よかったな老害》」
……まあ、なんというか。ここまでの文面から分かる通り、二人の仲は悪い。むしろ最悪に近い。
何故こうなるまで放っておいたと言われるようなアレだが、周囲の連中から見ても周知の事実らしく……
「…あ~あ。やっぱり喧嘩始めちゃったよ」
「エルフの方は…人形狂が憑依してるみたいになってるな。通りで声が違うわけだ」
「ええ、それだけ~?」
「あの時はもう日常の領域だったからな。嫌でも慣れるさ」
「まあね~。いい加減仲良くなればいいのにねぇ」
「無理無理」
「…だよね~あはは!」
……元々弟子であった二人の反応がこれである。
これはあちら側で乱闘を続けている狂戦士二名や演奏を止めない馬鹿二名も同じことを考えるであろう。
それほどまでに、この偏屈共は酷く相性が悪いのである。
「《しかしよくこのテラまで来れたものだな老害。てっきり既に往生していると思っていたぞ》」
「時には外に出てこうした政に口を出すのも必要なことじゃからな。
…まあ?どこぞの人形に任せておる引き籠りには分からんじゃろうなぁ?」
「《成程。徘徊癖がついていたのではなかったか。それはよかった。
流石にミイラ一歩手前の干からびた老害だとしても、そこまでイカレてはいなかったようだ》」
「年上を敬えよ小僧」
「《黙れよ骨董品風情が》」
そもそもこの偏屈二名の確執については一つの事件がきっかけになっている。
…今から遡ること五年。二〇三四年の八月にその事件は起きた。
当時アエラでは大規模アップデートにより、未踏破エリアの拡張及びプレイヤーによる建国が可能となっていた。
かねてより多くのアルケミー達が効率的に研究を行える場所を欲していた教授は、
これ幸いと言わんばかりに最も適当な土地に建国を開始。
まだアルケミーの数も少なく建国には相当の苦労をしたが、教授らの奮闘によってなんとか建国の目途が立っていた。
だがここでとある問題が発生した。
守り易く外界から比較的隔絶した場所に建国したかったので、四方を高い山に囲まれた広い盆地を選んだ。
結果として、その所為で物資搬入が滞ってしまったのだ。
飛空艇による空のルートからの輸送は可能だが、些か一度に運べる量が足りない。
ゴーレムや人力で運ぼうにも、山道を経由しては時間がかかる。
結果として、輸送用飛空艇の建造を増やすとともに、港の増築を急ピッチで進めること。
そして陸路による安定かつ大量に物資を搬入できるトンネルと、輸送用の道路を敷設することが決まった。
となれば早速ルートの固定をば、と考えた際に、あるルートが第一候補に挙がった。
そのルートは、当時最大規模を誇る国家であった“神聖スペルピア帝国”に繋げることを想定したルートで、
最も確実なルートであると予想されていたものだった。
……そのルートが黒の森を通るルートでなければ。
黒の森。それは神聖スペルピア帝国近くに広がるアエラでも有数の面積を誇る、深き森である。
良質なダークオークの木材が採れる為、帝国でも多くの需要を担っているが、
生息している魔物が無駄にレベルが高く、状態異常攻撃を得意とする面倒なタイプである為、
プレイヤー達も奥深くまで近寄らないことで有名だった。
と言っても魔物の件は大したことは無い。
何しろ空からの爆撃で強引に殲滅してしまえば良い話だ。特に問題ではない。
ならば帝国が問題なのかというのもまた違う。というか帝国のNPC側としてはむしろ大歓迎だった。
輸送路が出来れば、今まで表層までしか木材を採取できなかったのがもっと奥まで取りに行けるようになる。
魔物の問題もあるが、道が整備されれば森の見通しもよくなり、安全性も増すだろう。
では何が問題だったのか。それは黒の森の最奥に近い場所に住んでいた者が原因だった。
もう言わずとも分かるだろうが、その黒の森に住んでいたのは当時から隠居生活をしていた“人形狂”だ。
静かで人も寄り付かない森の中は人形制作を生業にしている人形狂にとって正に理想郷であり、
彼はひっそりと自ら造った家で日々の人形生活をエンジョイしていた。
そして彼の住んでいた家は教授達が計画していたルートのど真ん中に位置していた。
当然人形狂は教授達からの説得に断じて応じず、そのまま徹底抗戦を掲げていた。
…後の展開は簡単だ。双方は言葉による争いから、ただの武力衝突に発展した。
教授側は駆逐艦型飛空艇六隻、重巡洋艦型飛空艇二隻。
対する人形狂は七〇体以上の戦闘用自動人形をそれぞれ投入し、
高く聳える山を主戦場として徹底的にぶつかり合った。
当初は教授側の優勢だったが、自動人形による拠点への奇襲や地形を生かしたゲリラ戦を展開した人形狂によって
五分にまで押し戻され、そのまま膠着状態となった。
あまりの激しさにプレイヤー、NPC問わず知ることになったこの戦闘は、その後二か月以上続いた。
その戦闘…いや、戦争も決着はつかず、
最後には予想以上に目立つことを嫌った人形狂が黒の森から出ていくことで一応の終結を見せた。
だがこのことがきっかけで両者の仲はほぼ最悪といってもよい仲となり、
一目合っただけで見た通りの舌戦を繰り広げる関係になってしまったというわけだ。
「《やはりお前たちは死ぬほど気に食わん》」
「ほほう?珍しく意見が合致したのう?どうじゃ、また殴り合いでも始めてみるか?」
「《…いいだろう。今度こそ、その皺だらけの顔をグシャグシャに歪めてやる》」
「表に出ろ若造…!」
「《いい度胸だ、後悔するなよ老害……!》」
胸倉を掴み合い、お互いに爆発寸前の偏屈馬鹿二人。
同時に後ろの貧乳と巨乳の争いもエスカレートしており、特別会議室はもはや収拾が付かない状況と化していた。
……と、その時。混沌とした会議室内に救いの手が現れた。
救世主とも言えるであろうその者は二人。
少し遅刻してしまったことを後悔しているロクスソルス王国代表のレージーナ・ロクスソルス。
ロクスソルスのほぼ全権を取り仕切っている執政官で今まさに扉を開けたことを後悔しているコンスル。
二人はどちらも何故か疲れ切った様な表情を浮かべながら、ゆっくりと室内に入ってくる。
二人の姿を見た教授と人形狂は興が削がれた様に争いを中断して、元々座っていた椅子に戻った。
そして巨乳の酒飲みと貧乳神官も、酒飲みが飲んだ酒の効力が切れたのか、
取っ組み合いの様相で床に倒れたまま一時的に殴り合いを停止している。
部屋の様子を見たコンスルは深いため息をついた後、痛むはずのない胃を押さえながら呟いた。
「……もう帰ってもいいよな。これ」
それは何とも悲壮感溢れる、大人の苦労を感じさせる一言であった……。
読了ありがとうございました。
因みにサピエンティアは幾度も改修を重ねた末、
NOX時の戦艦級飛空挺になります。
この頃は艦隊の実力差を戦術で補ってますね。