少年と水兵さん
その少年は神戸で生まれた。
二人の姉がいたが両親にとっては初めての男の子、大切に育てられた。
少年が10才になる少し前、空襲がたびたびあり、祖母の家がある熊本県の天草に疎開した。
祖母の家は漁村、もちろん目の前は海、少年は地元の子供たちにもすぐに仲良くなり、毎日のように海で泳いでいて、かっぱと呼ばれる位、泳ぎが上手くなっていった。
そんなある日、朝から一人で飛び込み海で遊んでいたら、急に潮に引き込まれて、溺れてしまった。
それをたまたまみていた、近所の女性がいた。その女性も泳ぎには自信があったが、初めての子供を妊娠していて、その少年を助ける事ができなかった。
女性は家がある方へ身重ではあったが走り、そして叫んだ。
「子供が溺れています。助けて下さい」
たまたま、そこに水兵さんが通りかかった。
女性は必死に少年が溺れていて助けて欲しい事を告げ、水兵さんは少年が溺れている場所まで走り、海に飛び込み、水兵さんは少年を探した。
少年はなかなかみつからなかったが、海に沈んでいる少年を見つけ、そして陸地まで引き上げた。
少年は引き上げられた。
しかし、少年は息がなかった。
水兵さんは必死に蘇生をした。何度も何度も。
そして奇跡が起こった。少年の心臓は再び動き始めのだ。
少年が目を開けた時に、少年の目の前には祖母の涙に濡れた顔があった。
水兵さんは少年が助かったことを確認し、笑顔でその場を去った。
立ち去る時、祖母はせめて名前だけでもと何度も水兵さんに言ったが、首を横にふり言った。
「子供は国のお宝です。お国の為に役立つ人に育てて下さい」
少年はこの話を聞き、自分も大きくなったら兵隊になろうと思った。
溺れた後も、泳ぎが更にうまくなりたいと少年は海を恐れず泳ぎ続け、漁村の中でも一番の泳ぎの名手といわれるくらい更に上達した。
ある日、いつものように少年が泳いでいるとキノコ雲が長崎の方で見えた。。。
それが原爆のせいで出来た雲だということを後で知った。
やがて戦争が終わり、少年は疎開先から神戸に戻った。
少年は「僕は一度死んだ人間」と周りの人にずっといい続け、兵隊にはなれなかったが、国の役にたちたいと国家公務員になり、その人生を国の為に捧げた。




