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街-3-パパイヤ(あるいはおっぱい)

「よし、次はお肉やさんだよっ」


 肉屋さんの出店は魚屋さんの真後ろにあった。

 店頭には大きい肉の塊がこれでもかというほどに積み上がっている。

 生肉の他にもハムやソーセージとみられる加工肉も沢山陳列されている。

 皆、少しづつ赤色の種類が違っていて、独特のグラデーションを描いている。


 そして上を見上げると、店の軒先には棍棒のような肉の塊が何本も吊るされている。

 肉の塊は何かの脚の肉のようだ、表面が削り取られて、削られた部分は赤く輝いている。


「あれ何? あれ」


 エリスの手を引きながら、棍棒のような肉塊を指し示す。


「あれはー、生ハムだよ! ハモンセラーノっていうの」


「あの塊はみんな種類が違うのか?」


 店先には同じような塊が十数本吊るされている。


「熟成期間とか肉の種類とか塩の種類とか色々違うよ。

 エリスはいちばん端っこにあるやつが、あっさり目の味で好きなんだ。

 また、色々食べ比べてみると楽しいよ」


「いつもは薄くスライスされたやつしか見た事なかったから、元がああなっているって知らなかった」


「サラダに入れると塩気がきいて美味しいから、少し買っていこう!」


「ハンバーグ用のひき肉と、一番左の生ハムくださいっ! ……量は二人で食べるくらい!」


 山のような体つきの肉屋のおっちゃんが無言で頷き、目の前にある肉の塊を大きな肉斬りナイフで切り取っていく。

 切り取った肉片をおっちゃんのすぐ後ろの銀色の機械に放り込み、手回し式のハンドルを回す。

 機械の出口から挽きたてホヤホヤのひき肉が排出された。


 その次に、頭上の棍棒のような生ハムの塊の、赤色が濃くなって削られている部分にナイフを当てる。

 すっ、すっ、すっと三回ナイフを滑らすと、いつも見ているような薄い生ハムのスライスが生成された。

 透き通っていて見るからに美味しそうだ。


 おっちゃんはひき肉と生ハムをそれぞれ薄い油紙のようなもので包んでくれる。

 僕の手に魚屋の紙袋があることに気づいたおっちゃんは、一緒に入れられるように手提げの紙袋をくれた。


「ありがとう」とお礼を言うエリス。


「次は! やさい!」


 青果店は市場のメインストリートを、入り口の方に少し戻ったところにあった。

 ここから先に来ればよかったんじゃ。


 まるでカラーチャートのように、あらゆる色の野菜や果物が種類ごとに山を作って陳列されている。

 ここも魚屋と同じで、見慣れない種類のものが多い。


「エリス、エリス、あの野菜は一体何? 今まであんなもの見たことない」


 指差す先には大きな緑の松ぼっくりみたいな何かが山積みになっている。


「あれは、アーティチョークだよ。

 塩茹でにして、マヨネーズをつけて食べたり、オリーブオイルをかけてオーブンで焼いて食べたりするよ。

 味はソラマメみたいなサツマイモみたいタケノコみたいな味。

 ちょっと苦かったりするときもあるから、エリスはあんまり食べないなぁ。大人向けなの」


「味が全く想像できない……、僕は苦いの大丈夫だから、またこんど食べてみてもいいい?」


「それは、もちろんだよ!」


「じゃあ、あれは?」


 こちらも山積みになっている、緑と黄色のウリみたな何かを指し示す。


「あれは、パパイヤ。熟した黄色いやつは甘くて美味しいから、普通に果物として食べるよ。

 未熟な青いやつは、スライスして炒め物にしたり、サラダにして食べたりするの」


「あれがパパイヤか! 名前はよく聞いた事あるけど、実物の外見と紐付けできてなかったな」


「ねぇ、知ってる? パパイヤって元の語源は『おっぱい』っていう意味なんだよ。

 最初に発見した人が、形とか匂いがおっぱいに似てるって思ったんだって」


 エリスが少し小悪魔的な微笑を浮かべながら語りかける。


「ねえ、ご主人サマはパパイヤ食べてみたい? 匂い嗅いでみたい?」


 なんだよその暗喩的な問いかけ。


「ああ、そうだな、また、こんどな」


「そうだね、またこんど食べようねーっ」


 意味深な表情を浮かべて、妙に嬉しそうな返事をするエリス。


「それより、野菜って何を買うんだっけ?」


「トマトと、パプリカと、レタスと、ハンバーグに使う玉ねぎ——」


 エリスは目的の野菜を見つけるとちょいちょいちょいと選んで、店先に備え付けてあった買い物カゴに入れていく。


 パプリカってこんなに色が多かったんだ。今数えてみただけでも七色もある。

 赤、緑、黄色、オレンジ、黒、白、紫。


 エリスはその中から、赤と緑と紫のパプリカを選んでぽいっとカゴの中に入れた。

 どういう判断基準なのかはわからないけど。


「——あと、サラダに入れると美味しいからオリーブも買うよ」


 エリスの指差した先には、また見慣れないものがある。

 色とりどりの小さい実がいっぱいに入った、大きなガラス瓶が並べられている。

 これはオリーブの塩漬けか。

 でもなんでこんなに種類があるんだろう。


 5列×3行に瓶が並んで、合計15種類。


 黒と赤と緑と黄色と……。


 パプリカと同じで、これもすべてを味見するには相当な時間がかかりそうだ。

 ちょっと楽しみ。


 目的のオリーブも選んだエリスは、青果店のおばちゃんに野菜をみんな袋詰めにしてもらっている。


「これで一通りの買い物は終わったな」


 魚屋、肉屋、青果店と買い物をして回ったら、結構な大荷物になってしまった。

 エリスがどうしても持つというので、重い方の野菜の袋は僕が持ち、軽い方の肉屋の紙袋を渡した。


 エリスが上目遣いで、まるでお菓子をねだるような顔をして僕の方を見る。


「荷物が多くなっちゃってごめんなんだけど、もう一ヶ所、ちょっと寄りたいお店があるの」


「大丈夫だよ、行ってみようか」


 袋を持っていない方の手をエリスに引かれ、少し日が傾いた、買い物客で賑わう午後の街並みを進んでいく。


<つづく>

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