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空蝉ニカケテ  作者: 可美津 時亜
6/6

空蝉終焉

 ここはどこだろう。


「っつ!!」


 後頭部に手をやって痛みを訴えている部分へと髪を掻きわけ頭皮に触れてみる。血が固まっている、カサブタのような感触があった。

 俺は誰かに棒のようなもので殴られたのだろう。


 目を開けているはずなのに、閉じている時のような暗闇が広がっていた。

 圧迫感があるのだ。なんとはなしにこの空間が狭いところだというのがわかる。

 壁に手を付いて立ち上り、俺はそろそろと足を動かした。ぐるりと一周。

 半円のドーム状になっていた。

 そして、上空から微かに入ってくる月光。見上げれば煙突のようなトンネルが上空に向かって伸びている。

 察するにここは古井戸の中のようだ。しかし、底が少し広がっているのが、少し不気味だ。

 古井戸と言えば父が入ったであろう場所。


「一体誰が?」


 俺は遥か高くにある出口を見上げて早々に脱出を諦めた。掴まれる場所などなく、打つ手なしだ。闇夜に慣れた目でも周囲に何もないのが分かる。

 足元に転がるロープ、これで俺を底まで引き下ろしたのだろう。

 床は踏みならされた土があるだけ……!!

 諦めて腰を下ろした際に何かが手に触れた。

 手に取った堅い何か……。

 俺は月明かりに照らしながら視界に収めた。


「手帳かな!?」


 古いながらも汚れはない。

 なんでこんなところにと、思いながら捲り始める。


「…………!!」


 そこには生贄の儀式が【ケイドロ】に変わるまで細かく書かれていた。

 ……のだが、どちらかというと謝罪文の趣が強い。

 達筆で読み難さはあるが、それは父の字とは明らかに違う。


『あんなことになるなんて予想もしていなかった』


 そう書き出されている。

 俺は理解しようと思考を回転させながら文字を追った。


『宮地家はもう何人もの犠牲を生んできた。姉も十四で生贄にされた。もうこれ以上は……』


 宮地……!! 美代の家が生贄を代々捧げて来たのか。


『息子夫婦はやっとのことで娘を授かった。この子だけは守らねばならない。だから私は、拒否したのだ。他の方法があるのならば……そう提案したのだ。

 そのせいで橋場さんが犠牲になろうとも、孫と同じ歳の子を持つ、橋場さんには気の毒だとは思ったが、鬼に選ばれれば生贄になることもないはずだ』


 とり憑かれたように捲る。


『橋場さんは儀式に備えて一人でムロ様の眠る井戸に入った。仕来たりらしく、鬼に選ばれた者は一ヶ月、井戸で過ごしたのちに役を仰せつかるのだという。

 村の犠牲が拡大し、一ヶ月を待たずして儀式が始まる。悪災は身体が炭化していき、発症者から徐々に村を呑みこんで行くのだ。もう八人が亡くなった。

 橋場さんは木津井と改め、生贄を追った。結果は3人の子供が生贄として捧げられた。これは想定済みで村人もわかっていたことだ。

 しかし、翌日、木津井さんは村人の誰かに殺されていた。

 あぁ、私のせいだ。私があんなことさえ言い出さなければ。

 村長は犯人を探さなかった。それよりも鬼が絶えることを恐れた』


 急に眩暈がし、文字を追えなくなる。文字が動き出すのだ。

 頭で……さまざまな予感が過る。

 パンクしそうだと、俺は一旦閉じた。


 そうすると急に美代が心配になる。俺が鬼の役を与えられていたとしたら。


(美代……美代……)


 俺は土の上で意識を途絶えさせた。


 §


 虫の鳴き声がする……。

 人の声もする。誰だろう。

 聞き覚えがあるような……。


「どうしてだ、孝明」


 俺は自分の名前に覚醒して、手で陽を遮りながら上を仰ぎ見た。

 そこには覗き込む皺だらけの老人。


「じいさん!」


 陰になってよく見えないけど、あれは宮地のじいさんに違いなかった。

 俺はすぐに声を荒げた。


「美代は――美代は……」

「……美代はムロ様に連れていかれた」

「なんでだよ、儀式はなくなったはずじゃ」

「……いや、悪災ははじまっとった。大城さんが最初の犠牲者だ」

「――――!! 嘘だ」


 嘘だ。あんな迷信みたいなもので美代がいなくなるはずがない。

 でも、俺が今ここに入れられていることと、じいさんの声音はそう告げていなかった。

 なんで、こんなことに、あぁ……ああぁ……あぁあああああああ。


「孝明、お前が捕まえた十九人は全員連れて行かれた」

「…………なんで、なんで美代が……」


 上から怒りに彩られた怒声が降る。


「どうしてだ孝明……許してくれなかったのか、罪はワシにある。美代は関係なかったはずだ」

 

 掠れていく声に嗚咽が混じり始めた。


「罪……罪って何だ。宮地家がうちを鬼にしたことか!!」


 じいさんは恐る恐る口を閉ざした。

 そして上から縄に括られた笊が降りてくる。その中には食糧が乗っていた。

 届かない所で縄を一か所外して食糧を地面に落とす。

 その笊に俺は見覚えがある。

 今まで野菜を玄関前に置いていった容れ物。

 じいさんだったのか……


「供物のつもりだったのか!」


 俺は怒りから声を荒げた。


「…………孝明、村長には止められたが……お前が選べ」


 陽に反射した銀光が降ってきて、地面に刺さる。


「―――――!」


 それは包丁だった。

 意図はすぐにわかった。自殺をして償えとでも言いたいのだろう。


「どこまで知っているのかわからんが、鬼には伝えてはならないというのが、村の総意だ。知ってしまった以上、鬼はつとまらないだろ」


 ああ、村が仕向けたのか、もうどうでいいや。

 美代がいないなら……。

 俺が美代を殺してしまったようなものなら。

 本当にありがたい。

 俺は迷わず包丁を掴んだ。

 が――。


「孝明、お前が死んでも誰かが鬼を負う」

「――――!!」


 俺はハッと頭上を見上げる。しかし、そこにじいさんの顔はなかった。


 ポロっと手から滑り落ちる包丁。

 俺はその場に頽おれた。


 もう何も考えられない。何も考えたくなかった。



 何日、そうしていただろうか。

 持って来られた食糧も手が付かない。お腹も鳴らなくなった。


 虚ろな感覚。

 いつ死んでもよかった。苦しくて辛くて……狂いそうだ。

 だというのに、じいさんの一言が一歩を踏み止まらせる。

 俺は生きていけないだろうと思う。美代のいない世界で俺の居場所はない。

 美代……美代……


 俺は徐に抱えていた手帳を拡げた。


『村長は五歳の子供と橋場さんの奥さんを井戸に入れた。私は給仕役を買って出た。今にして思えば罪滅ぼしでもしたいと思ったのだろう。

 数日は励ましながらの会話が続いた。やせ細った顔を覗かせてくれるたびに私は心配し安堵した。

 しかし、十日を過ぎたあたりから様子がおかしくなった。子供だけが食糧を取る姿しか見えない。奥さんの声もか細く聞こえるが、会話にならなかった。

 次第にぶつぶつと独り言を言うようになる。私はそれでも口を開き続けた。もう少しだからと。

 そして一ヶ月、私は誰よりも早く梯子を持って古井戸に向かった。

 声を掛けても反応はない、少しして子供が姿を現したが、私に気付いた様子はなく、はしゃぐように力なく遊んでいた。

 胸を撫で下ろし、少年を呼んだ

「孝明、孝明、お母さんはどうした」

 笑顔で孝明はこう答える「お母さん動かない」と……。

 すぐに梯子で下に降りた私が見たモノは悲惨な姿の橋場恵だった。壁面には爪で引っ掻いたような黒い血痕があり、縋るように壁面にもたれかかった姿』


「……………」


『私は後悔した。こんなことになるのならば最初から……

 私は孝明を連れて井戸を出た。この子は必ず私が、村人全員で育てる。そして、悪災が始まらないことを願った』


「ハハッ、ハハハハハハハハハッ、ククククククッ」


 こんなことってあるか、俺の両親を殺したのは村人全員だという。宮地のじいさんの罪はこれだったのだ。

 何度読み返しても笑える。

 俺は知らぬ間に鬼に仕立てられていたのだ。

 そしてまんまと美代を手にかけた。学校の生徒全員だ。

 怒りや憎しみは不思議となかった。寧ろ自分が許せなかった。


 みんな知っていたのだ。

 宮地のじいさんも、おじさんもおばさんも……敏樹のお父さんも。


 俺は人の気も知らないで。何も知らないで……。

 もうやめよう。考えるのをやめよう。押し潰れそうだ。


 美代、助けて、美代。 

 

 全てを知った今、思うことがある。

 ケイドロの時、美代は明らかにわざと捕まった。

 美代はどこまで知っていたのだろうか。

 ふと、まだ続きがあるのが分かった。俺は手帳の最後のページに書かれた丸っこい字に気が付いた。


(これは、たぶん美代の字だ)


 明らかに新しく付け加えられたものだ。


『ごめんね。こうするしかなかった。だからたかくんは気にしないで、たかくんは悪くないから。

 悪災はちゃんとした儀式に沿わないと止められない。だから、ね。

 一族を代表して    ごめんなさい

            宮地 美代』


「美代……」


 どこから湧いたのか、俺の眼から溢れ出る雫が美代の字を濡らした。

 俺は必死に袖の綺麗な部分で擦らないように拭く。

 この手帳を井戸に入れたのは美代だ。最初と儀式後に井戸に入らなければならないとも手帳には書いてあった。

 

 謝らなければならないのは、俺だ。

 ごめん、ごめん美代。


 

 暗く染まった空間。

 すっかり闇夜へと切り替わる景色。

 光源である月も厚い雲に覆われ、虫の鳴き声も聞こえなくなった。


 手帳を抱き、美代の文字に触れる。

 ――――!!


 闇が一瞬蠢いたような気がした。

 いや、確かに蠢いた。

 そして、どこか笑ったような気がする。

 いや、笑った。俺に向かって何かが笑んだ。

 見覚えのある笑みだ。


「美代……美代なんだな……そんなところにいたのか」


 腕を左右に広げたような気がする。

 俺は近づいていき、その腕のような闇に収まった。


「美代……ミヨ……みよ」





 が生贄となる者を決めるためにう儀式がある。

 知ること、知らないことが必ずしも自分のためになるとは限らない。

  が、俺は知っておくべきだった。気付けなかった様々なことに自分が憎い。

 俺だけが……私だけが……

『知らない』

『知っている』

完結です。


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