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空蝉ニカケテ  作者: 可美津 時亜
2/6

空蝉にかけテ

「どういうことだろ?」


 俺は美代が何を聞きたいのか予想が付いた。俺も同じ疑問を持ったからだ。それは神様とかに生贄を捧げると話の流れから解釈はできる。だが、鬼を村の中で決めるという矛盾。


「変だよな? 村人が人為的に何かしたなら村人が黙ってるわけないし。生贄なんか渡すはずがない」

「う~ん」


 視線を落とした美代が文字をなぞりながら考え込む。

 俺は美代の横顔につい見惚れてしまった。すると――――

 唐突に俺の肩に何かが乗る感触。

 それは確かな重みを持っていた。

 咄嗟に振り返――――。


「――――!!」


 そこには深い皺に見開いた眼が俺の眼前に据えられていた。瞬きのない目を見て俺は怖気を走らせると同時に重なる視線を逸らすことができない。

 俺は裏返りそうな声を喉の辺りで軽く鳴らしてなんとか耐えた。

 

「…………」


 次第に皺が緩み、白くなった髭が持ち上がる。


「驚かすなよじいさん」

「すまんすまん、見えんでな」

「眼鏡はどうしたんだよ」

「それがどこにやったのやら」


 外連味のある柔和な顔で後頭部を掻いたこの老人はこの図書室を管理する人物だ。

 俺は呆れながら新崎さんの胸ポケットを指差した。


「なんだ? ……ああぁ!! はっはっ」


 しっかりと胸ポケットに差し込まれた老眼鏡をうっかりといった具合に引き抜いて掛ける。


「ボケたんじゃないだろうな」

「これだけ毎日本を読んでるんだ。防止して欲しいんだが、そうもいかないのが老いというもんだ」


 レンズの分厚い眼鏡は心労が積み重なっている気がする。

 新崎さんはそれにしてもと、俺たちを視界に収め直した。


「たかと美代ちゃんが来るなんて珍しいな」


 あとから気づいた美代はあまり驚きがないようだった。


「少し調べ物があったんです」

「ほお~感心だな。で、何を調べておったんだ」


 手に持った紙束を持ち上げて見せる。


「この村の歴史か、こんなものまであったのか」


 俺の脇でひょこっと顔を出した美代が日記の最後に書かれている一文を指差した。

 そこまでは俺もまだ読んでいない。


『ムロ様は許してくれるだろうか』


「このムロ様って神様なんですか?」


 新崎さんは俺の手から歴史書を受け取ると明るい場所まで移動した。

 その後を徐に続き、ややあって回答が紡がれる。


「いいや、ムロ様ってのは鬼だったはず」

「……! じいさんは答えてくれるんだな」


 何の気なしに俺は溢してしまった。しまったのだ。

 新崎さんは村人との交流が少ない。小さい頃は除け者にされている気がしたのを思い出した。


「そうか……ワシがこの村に来たのは祖父の代からだからな、昔から居着いている人たちとは当時にいろいろあったらしい」


 新崎さんがやっかまれていると思うのは一人でいることが多い人だったからだ。

 それでも村人と話している姿を見かけることもある。でも……村の行事、祭りなどで見かけたことはただの一度もない。


「だが、今はここほど居心地の良い村はないと思ってる。住めば都なのだろうけどな」


 含むように俺に笑みを向けた。

 俺のような若者にはわからない良さを諭すように。


「新崎さん、ムロ様が鬼って……」

「あぁ、とはいってもワシも父から聞いただけで、詳しいことは知らないんだ」


 と言いつつも何か思い出すように顎を擦る。


「ん~、そう言えば、昔は外出禁止令がよくあったと聞いたな。不幸が続く年もあったみたいだ」


 渋い顔へと変わり、思い出したようにハッとした後、新崎さんは口をパクパクさせた。何かを話そうとしているようだったが、喉の辺りつっかえていて声として発せられる気配はない。

 それもすぐに落ち着いた顔に変わり、


「昔のことだし、ワシの父から聞いた話だ。どこまで正確かわからんぞ。ボケも始まってるかもしれんしな」


 もう一度笑んだ新崎さんに俺はこれ以上聞くことを躊躇った。それは美代も一緒で俺以上に聞きたいはずだが、好奇心を呑み込んで「ありがとうございます」と頭を下げる。


「大丈夫だろ。これだけ元気ならボケも鳴りをひそめるって」

「そうだ! 新崎さん、この本借りれますか?」


 まだ、読むのかと俺は肩を竦めた。この程度では美代の好奇心を満たすことはできないということだろう。

 新崎さんは一番後ろのページを開き、


「おかしいな……すまん美代ちゃん、これは貸出し用の本じゃないみたいだ」


 図書室にある本の裏表紙には貸出しのための紙が貼られてあるのだ。そこに名前を記載し、一週間ほどの貸出しが許可されるのだが、これには記載用の紙が貼られていなかった。

 つまり図書として登録されていない書物ということになる。

 頭に疑問符を浮かべた新崎さんに美代は顔の前で手を左右に振った。


「なら、良いんです。ここに来れば読めますし」

「すまんな美代ちゃん」

「じいさん、また来るよ」


 俺たちはそのまま新崎さんに別れを告げて図書室を後にしようと扉に向かった。


「たか、美代ちゃん、なんとなくなんだが、あまり詮索せんほうがいいぞ。昔は昔で今は今はなんだからな」


 振り返った先で新崎さんは、やはりまた引っ掛かりのようなものを感じている渋い顔で告げた。


「わかったよ。昔に何があっても今は関係ないし、美代の好奇心は今に始まったことじゃないだろ? そのうち飽きるさ」

「ちょ――! たかくんそれはひどいんじゃない?」


 隣で頬を膨らませ、仏頂面で少し低い目線から睨みつけてくる。……とはいっても本気でないのはあざとさからもわかる。

 自分と美代の顔の間に諸手を挟んで「ごめんごめん」と苦笑気味に謝罪を述べた。



 そんな一幕があったことをすっかり忘れるほど、校舎を出た俺たちの前には山の稜線に沈みかけた陽が茜色をしぶとく注がせていた。


「で、まだやるのか?」


 と聞かずもがな、


「当然でしょ。面白くなってきたところじゃない」

「でも、もう知りようがないんじゃないか?」

「……そうなんだけど、謎々みたいで解かないと気持ち悪いのよね」


 スッキリしない美代の顔は内で霞みがかる疑念を晴らしたいと訴えている。

 確かにわからなくもないのだが。

 いつもの帰路を行く俺は新崎さんが最後に放った言葉を反芻していた。

 きっと年寄りたちは何か知っているのかもしれない。でも話さないということは俺たちが知らなくていいことなんだ。

 興味本位で知っていいことと、知らなくていいことは確かにあるのだろう。

 新崎さんにはああ言ったけど、俺自身興味をそそられていた。美代にあてられたのかもしれない。

 だが、興味があるだけで、理性を上回ることはない。

 いつもの三叉路に差し掛かり、これまた同じように別れを告げる。如いて昨日との違いがあるとすれば美代が別れてすぐ考えに耽りながら歩を進めたことぐらいだろう。


 今朝、宮地のじいさんに礼を述べた俺は、帰りに別の用を持って、広大な畑に視線を彷徨わせた。


「宮地のじいさ~ん」


 遠くに見つけると、ちょうど帰宅する所のようだ。遠くで手を振り返され、次第に近づいてくる人影に俺は自転車を降りて待った。


「もう暗くなるぞ、たか坊」


 相変わらずの子供扱いも親切心から来るもので余計なお節介だとは思ったこともない。


「まあ、体育、運動会が近いからね。練習もあるんだよ」


 体育際と言うよりも小さい子が多いため、運動会と言った方がわかり易いかと言い直す。


「あ……あぁ、そうか」


 言い淀みのせいか、陽が沈んだせいか、宮地のじいさんの顔を翳らせたように見えた。

 腰が曲がったじいさんは朗らかに続ける。


「所でどうしたんだ? 用があるんじゃないのか?」

「そうだった。昨日、玄関前に野菜が置いてあったんだけど、誰だろうと思って」

「珍しいことじゃないだろ?」


 はっはっは、と呆気らからんと言い、俺は補足を加えてみた。


「でも、いつもは家の中に入れてくれるのに、外だったから、誰だろうと思ったんだ」


 些細な疑問だが、いつもと違う違和感に感謝の念が湧いたとでも言えばいいのか、正直言ってどうしてもという程のことではなかった。

 宮地のじいさんなんかは家の中に入れてくれるし、それはもう小さい頃からだ。

 記憶を遡ってみてもそれがあたり前のようになっていた。感謝の念が薄れているわけではない。ただじいさんの性格からして軽く叱咤されそうだ。

 それでも――ふと。


「じいさんもいつもありがとう。この間のキュウリは美味かった」

「何を今更気持ち悪い奴だ。子供は何も言わずに食っとればいいんだ」

「キュウリにしては早いはずだけど、やっぱり気候?」

「だな、今年は良く育つ。この前種を撒いたと思ったんだがな、日に日にでかくなる」


 その後、ぽつりとじいさんはたか坊も美代もでかくなったと続けた。

 俺は聞こえないふりをして、押し黙り、


(じいさんの野菜を毎日のように食ってるからな)

 と内心で感謝だけ告げた。

 すると宮地のじいさんは優しそうでありながら、どこか儚げな顔で俺の隣まで来ると。


「そういうことだ。お前は礼なんてせんでありがたく全部食ってやりゃあいいんだ」


 そう言ってじいさんは俺の隣を通り過ぎていく。


「うん。でも、じいさんのと合わせると食い切れないぞ」


 頬を掻きながら、冷蔵庫に収まっている数々の野菜を思い浮かべた。


「はっはっはっ」


 そう笑って後ろ手に手を振る宮地のじいさん。

 俺は「気を付けろよ」と自転車に跨る。

 そこから見る宮地のじいさんの背中はいつもより小さく見え、暗くなり始めた夜に溶け込んでいった。


 見届けてから俺は家へと向かい、そして、


「また……」


 玄関の前に置かれたざる、昨晩笊は返そうと取りに来てくれることを期待して、玄関前に立てかけておいたのだ。しかし、その中には昨日と同じように野菜が入っていた。


 ありがたい、本当にありがたいのだけど、


「食べきれるかな」


 なんて罰当たりなことを考え……頭を振ってありがたく持ち上げる。 


§


 翌日、翌々日、とかれこれ2週間近く俺と美代は【ケイドロ】について調べてみた。結果は惨敗、手掛かりとなる情報は何も得られていなかった。さすがに飽きられめてくれるかと思ったが何故か美代は意固地になっていた。


 それも初日に見た資料が紛失したからだ。翌日もまた図書室へと赴いた俺たちは突然新崎さんに頭を下げられた。

 何事かと聞けば歴史書が無くなったようだ。

 盗難と言えば大袈裟だ、そもそも登録されていない図書だったのだから。

 最初から無いのと同じで大騒ぎすることはできない。

 新崎さんは「ここに置いておいたはずなんだが」と、ど忘れの可能性も視野に入れたが、三人で探しても結局見つけることはできなかった。 


 俺と美代が泣く泣く引き下がったのは、大事にしてしまえば、司書としての新崎さんの立場を危ぶんだからだ。

 辞めさせられでもしたら俺と美代は後悔するだろう。

 新崎さんの唯一の楽しみを奪ってしまうようなことは可能性であれできなかった。


 一度目を通せたから、まだ良かったのだが、美代は無くなったという事実にある意味で対抗心を燃やしたのかもしれない。



 体育際まで一週間を切り、準備に駆り立てられる毎日。

 美代が忘れてくれればいいんだけどな、なんて淡い期待は持たないでおこう。

 そんなことでやきもきするのは馬鹿らしいというものだ。


 毎日のように帰宅中はこの話題になるにはなるのだが、仮説ばかりで進展を見せない現状に日に日に終息していくかのように見えた。


「ムロ様が鬼ということは何かしらの悪さをしていたってことよね?」


 何度目だろう問いを俺は話半分に流して聞いていた。

 相槌のような返答になっても仕方のないこと。


「そうじゃないのか」

「ということはムロ様を鎮めるために生贄を捧げていた」

「あぁ」

「じゃあ、なんで鬼を村の中で選ばなきゃいけないのよ」

「んなもん、知らないよ。じいさんにでもけばいいだろ」


 答えられない問いを投げられてつい、口が滑ってしまった。


「……いや、教えてくれないだろ。さすがに……」


 言い訳がましく言葉を並べたてるが、当の美代の顔は思索色を帯びている。


「美代!?」

「ん?」


 顔を向けて「何?」と俺の話に耳を傾けた。


「新崎さんが言ってたみたいに、俺らが調べられる範囲でならいいと思ったけど、それを根掘り葉掘り問いただすのやめないか?」

「――! なんで? 気にならないの?」

「まったく気にならないわけじゃないよ。それでも生贄なんて言葉を聞いたら……それ以上は踏み込むべきじゃいと思うんだ」


 俺は反論しようとする美代の口が開く前に続ける。


「大昔のことでも、ここの村人はずっとこの地にいるんだ。知られたくない歴史だってあるだろ。輿御村で育った俺らなら尚更だ」


 次第に語気が強くなるのを抑えながら、俺は説教紛いの抗弁を振り翳していた。

 いつの間にか立ち止まるほどに。

 俺がそう思うのもやはりこの村に生かされたからで、歴史書が紛失したからだろう。

 学校の図書室に通うのは学生以外に村民も利用することができるが、やはり人数は少ないはずだ。基本的に新崎さん一人になることがほとんど……つまり、盗まれたのだとすれば新崎さんしか考えられなかった。

 無論、本当にどこかに置いたのを忘れたということも考えられるが、俺はそう取らなかった。


 村人にも敬遠されていると感じるのもあながち間違いではなかった。そんな新崎さんがこの村を迷いもなく好きだと言ったのだ。そして最後に言った一言も俺がそう思わせる要因だ。

 昔にあったことが今に関係ないのなら、それでいいじゃないか。知らないで生きてこれたじゃないかと思うんだ。


 だったら俺は察して然るべきじゃないのかと思った。


「……」

「だからさ、隠されたものだったら暴いちゃいけない気がするんだ」


 美代は俯いたまま、押し黙った。

 俺なんかが、美代の言うことに反対したのなんか数えるほどだと、ふと気が付いた。

 さすがに言い過ぎたのかもしれない。元気な美代の顔はしゅんと項垂れたように寂しさを窺わせるものだ。

 反省しているのかは、わからない。


「……わかった。たかくんがそう言うなら」


 温かい季節にそぐわない冷たい唇からは理解の言葉がぼそっと紡がれる。

 俺は素直な美代に意外感受け、一抹の不安を抱きつつも胸を撫で下ろした。


「でも、調べられる範囲ならちゃんと付き合いなさいよ」


 キリッと持ち上げられた顔は決意を新たにした凛々しいものだ。

 俺は呆れつつ、いつもの美代だと「はいはい」と付き合う旨を伝える。

 一線さえ敷ければ俺は美代が諦めるまで付き合うのもやぶさかではないと思ってしまうのだった。



 § 




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