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貝殻を

 去年の夏、()()は大切な人を失った。

 彼は優しく強く、だけど、呆気なく亡くなってしまった。

 沙梨は叔父夫婦と従妹の(あや)とその義弟である(まこと)と一緒に、彼を失った海岸に遊びに来ている。


「…沙梨…本当に大丈夫?」


 事情を知っている綾は心配そうに沙梨の顔を覗き込んだ。


「大丈夫よ。」

「……。」


 少し顔色の悪い沙梨に綾は心配になる。


「……おい、綾っ!」

「…ほら、呼んでいるから行っていいわ。」

「……。」


 綾はまだ何か言いたげだったが、義弟であり、今では恋人である誠に呼ばれ、しぶしぶ綾は彼女から離れていった。


「…………。」


 沙梨はジッと海を見る。

 その目は悲しみに満ちていて、彼女ほどの美女がいるというのに誰も声をかけようとはしなかった。


「………さん…。」


 沙梨は亡くなったその人の名を呟いた。


「…どうして、私を置いて逝ったんですか?」


 物悲しい声が風に乗って、空へと消えた。


***


 赤石(あかいし)広人(ひろと)は大学の休みを利用して、海の家でアルバイトをしていた。

 幸いなのか不幸なのか海の家は繁盛しており、なかなか休み時間に入れないでいた。


「くそっ…。」


 あまりの忙しさに思わず愛想笑いを忘れ、顔を顰めた。

 夏の暑さはもう慣れた、だけど、人の熱気などはまだ慣れない。


「あ~…休憩取りたい。」


 一体何処からこの人たちが湧いて出たのかと思うほどウンザリする多さに広人は嘆いた。


「すみません。」


 涼やかな声に広人は慌てて愛想笑いを浮かべた。


「はい…何で…しょうか……。」


 振り返ると儚げな美少女が立っていた。


「お忙しいところすみません、知人が熱中症で倒れたので…よければ氷を分けてくださいませんでしょうか?」

「……。」


 思わず美少女に見とれた広人だったが、内容が内容だったので我に変えるのは早かった。


「分かった。その知人は?」

「あっちで休んでいます。」


 美少女は砂浜を指差し、広人は顔を顰める。


「影は作っていますか。」

「ええ、勿論です。」

「手伝ってください、氷や塩水、色々と運びます。」

「分かりました。」


 美少女は頷き、広人の後を追い店内の奥に入っていった。


「親父さん、悪いけど熱中症の人がいるらしんだ、氷をもらえるか?」

「あっ?今手が離せないから勝手に持ってけ。」

「サンキュ。」


 広人は礼をいい、冷蔵庫から氷を取り出し、それを袋に詰めた。


「あの……。」

「出来たヤツ先に持って行ってくれるか?あっ、待て…応急処置の方法は知っているのか?」

「はい、一応授業で習いましたから。」

「……。」


 美少女の言葉に広人は微かに驚きつつも、すぐに追いかけるといって彼女を行かせた。


「……まずいな。」


 広人は決して惚れっぽいというわけではないのだが、美少女の表情一つひとつに惹かれているのを彼は感じていた。


「………そう言えば、名前…。」


 美少女の名前を聞いていない広人は頭をガシガシと掻いた。

 ちゃんと彼女の名前を聞こうと決意する、広人だったが現実はそう簡単にうまくいくのか心配になった。


***


 沙梨は熱中症で倒れている叔母に駆け寄り、叔母の隣で看病していた綾が顔を上げた。


「沙梨、氷は?」

「貰ってきたわ、もう少ししたら海の家の店員さんが来てくれるわ。」

「そう、良かった…。」

「おい、綾。」


 綾は呼び掛けれら、そちらに顔を向けると顔を顰めた誠の姿があった。


「何?誠。」

「一応、救急車を呼んでおいた。」

「えっ…そこまでする必要……。」

「熱中症でもかなり軽いのは分かっている、だけど、一応医者に見てもらった方がいいだろ。」


 誠の最もな言葉に綾はごめんと素直に謝った。


「そこまで考えてなかった。」

「しゃーねーよ、綾は綾で色々と混乱してたんだしな。」

「……。」

「沙梨さん、ありがとうございます。」


 丁寧に頭を下げる誠に沙梨は苦笑した。


「礼を言われるほどの事じゃないわ。」

「そんな事ありません、沙梨さんがいてくれたから落ち着いていられました。」

「そうだよ、沙梨、ありがとう。」


 綾にまで礼を言われた沙梨は顔を赤らめた。


「氷をお持ちしました。」


 仲良く会話をしている三人に居心地悪そうに青年が間に入った。


「あっ、店員さん、すみません。」


 見覚えのある店員に沙梨は慌てて立ち上がる。


「脈は?」

「だいぶと落ち着きました。」

「……多分軽い熱中症だとは思いますが、念の為に病院に行った方が、いいと思いますよ。」

「わざわざすみません。」


 沙梨は頭を下げ、綾と誠はじっと店員を見ていた。


「……ねぇ、誠、もしかして。」

「ああ、多分そうだろうな。」

「…沙梨、美人だもんね。」

「本人自覚ないけどな。」


 こっそりと話し合う二人の会話など、沙梨と店員には聞こえていなかった。


「何かあればまた声をかけてください。」

「ええ、本当にありがとうございます。」

「……。」


 店員の青年は苦笑し、綾と誠を見た。


「妹さんと、弟さんですか?」

「……。」

「……。」


 互いの顔を見合わせる綾と誠は同時に肩を竦めた。


「違います。彼女とは従姉妹です。」

「取り敢えずな。」


 沙梨はそっけない返事をする二人に苦笑した。


「綾、誠くん。」


 窘めるように言う沙梨に綾は罰が悪そうな顔をし、誠は関心がなさそうな顔をした。


「ごめんなさい。」

「もう、せっかく親切にしてくださったのに……。」

「いえ、大丈夫です。もし御用がありましたら、いつでも声をかけてください。」


 意外とあっさりと引く青年に綾と誠は同時に視線を交わした。


「…ヘタレ?」

「じゃないか…つーか、名乗らないのかよ。」


 結局名のならかった彼に疑問を抱きつつも、母親が心配な二人は会話を終わらせ、救急車が来るのを大人しく待ったのだった。


***


 夕方になってようやく自由な時間を作った広人は昼間に会った美少女を思い出していた。

 儚げな少女は今にも消えてしまいそうな美しさを持っていた。

 それはまるで気泡のような、散りゆく桜の花のような、刹那の美しさのように思えて物悲しくなった。


「結局名前すら聞けなかったな。」


 自分のヘタレ具合に苦笑する広人は自分の背後に近づく存在に気づいていない。


「店員さん?」


 鈴を転がすような声がして振り返ると、そこには先ほどまで思い描いていた美少女が居た。


「あっ、君は。」

「よかった、覚えててくださって。」


 自分の事などただの迷惑をかけた客程度にしか考えていない、と思わせるような台詞に広人は苦笑した。


「あの後は大丈夫でしたか?」

「お陰さまで、大事には至りませんでした。」

「それは良かった。」


 広人は心からの言葉を言い、美少女はそれをちゃんと理解しているのか微笑を浮かべた。


「あの時は本当にありがとうございました。」

「いや、こっちこそ最後まで居る事ができなくてごめん。」

「いえ、忙しいのは分かっていますから。」


 広人はあの時の混雑を思い出し、顔を微かに引き攣らせた。


「ふふふ、改めて、私は南沙梨と言います。」

「沙梨さん。」

「はい。」

「…沙梨さんは学生ですか?」


 広人は沙梨が自分と同じか、それとも一つ下くらいと見当をつけた、それほど彼女は大人びて見えたのだ。


「私ですか?私は高校二年です。」

「えっ……。」


 まさか、三つも年下など考えても見なかった広人は目を見張っていた。


「嘘でしょ?」

「ふふふ、本当です。」

「……。」


 広人はぶしつけだと思いながらも、沙梨をまじまじと見た。


「店員さんは?」

「あっ。」


 未だに自分は名乗っていない事を思い出した広人は罰が悪そうな顔をしながら、己の頬を掻いた。


「俺は大学二年の、赤石広人。」

「まぁ。」


 次は沙梨が驚いたので、広人は年相応に見えないのかと思い、苦笑した。


「あっ、ごめんなさい。」


 沙梨は自分の反応が広人を傷つけたと思ったのか、すぐに謝った。


「落ち着いていらっしゃる方、てっきり正社員かと……。」

「いえ、アルバイトです、去年もやって今回の夏もやらせてもらっています。」

「まぁ…。」


 沙梨は軽く目を見張って、口元に手を当てている。


「去年なら私も来ていました。」

「そうなんですか?」


 去年は仕事に全くなれず、ようやく最後の方に慣れ始めたので店長の人が来年もと誘ってくれたのだ。


「もしかしたら、会っていたかもしれませんね。」

「……。」


 もし会っていたなら、本当にもったいない事をしたのだと考え、眉間に皺を寄せた。


「赤石さん?」

「広人でいいですよ。」

「広人さん?」

「何ですか?」


 広人はしゃがみこみ、沙梨の顔を覗き込んだ。


「広人さんは………いえ、何でもありません。」


 何かを言いかけ、沙梨は黙り込んだ。


「そろそろ、遅くなりますから、失礼しますね。」

「ああ、また明日。」

「ええ、また明日。」


 広人は去っていく沙梨の背中を見ながら、明日も会ってくれるのかと期待を抱いた。


***


「広人さん?」

「あっ、沙梨さん。」


 広人が最後の小さなお客にカキ氷を渡し終えた瞬間、沙梨に声を掛けられた。


「お忙しそうですね。」

「ああ、でも、少し暇が出来そうだから、休憩が取れそうだ。」


 快活そうに笑う広人につられ、沙梨も微笑む。


「そうですか、少し時間いいですか?」

「うん、ちょっと待ってて。」


 広人は中に入り、店長に休憩を取る旨を伝え、着けていたエプロンを外し、沙梨の所まで急ぐ。


「お待たせ。」

「ふふふ、そこまで急がなくてもいいのに。」


 口元を隠しながら笑う沙梨に広人は苦笑する。


「急がないと、休みが逃げるからね。」

「そうなんですか?」

「ああ、今は人が空いているから休憩が取れやすいけど、人が多かったらまず無理だ。」

「成程です。」

「沙梨さん、従姉妹の子は?」

「丁度岩場の所にいますよ。」


 広人は何となくあの少女の近くにあの少年が付き添っているような気がして、笑みを漏らす。


「一人じゃないよね?」

「ええ、綾の近くには誠くんもいますよ。」

「……。」


 広人は何となくだが、引っ掛かりを覚えた。ただ、その違和感が何なのか気づかなかった。

 沙梨は聡いのか、広人の表情を読み、説明する。


「綾と誠くんは義理の姉弟なんです。」

「そう言えば…。」


 弟の誠が意味深の言葉を発していた事を思い出し、手を叩く。


「綾を生んだ母親は綾が幼い時になくなったんです、その後再婚して、誠くんと姉弟となったんです。」

「成程……。」

「綾の亡くなった母親と私の母親が姉妹だったので、綾とは従姉妹同士になるんです。」

「俺なんかが聞いていいのかい?」


 かなり深い家庭内事情に、広人は戸惑うが、沙梨は笑みを浮かべ続けた。


「いいんです、ですけど、一つ忠告がありますね。」

「……。」


 沙梨の言葉に広人は息を呑んだ。


「綾には手を出さないでください、ついでに、誠くんをからかわないでください。」

「……別にしないけど……。」


 広人が気になっているのは目の前にいる沙梨なので、他の二人をどうこうしようとは、全く考えていなかったので、少し呆れた顔をした。


「ふふふ、ごめんなさい、大学生だから、高校生なんか興味ないと思いますが、一応です。」

「……。」


 広人は複雑そうな顔で笑った。

 別に彼自身好きになった人の年齢などあまり深くは考えないが、それでも、年は近い方がいいと思っている。

 それに目の前にいる少女も高校生なので、彼女が言うように「高校生に」興味がない訳ではないのだ。


「あの二人…、恋人同士なんです。」

「えっ……?」


 沙梨の言った意味が一瞬分からず、広人は素っ頓狂な声を出す。


「驚きますよね。」

「えっ、まぁ……。」

「綾自身もついこの間まで、彼を弟としか見ていなかったんですけど、一人の男性と意識した時から、付き合っているんです。」

「……どちらが先に?」

「誠くんです。」


 広人は少年を思い出し、確かにあの少年ならありえるような面構えをしていた、と心中で呟いた。


「あの二人が付き合って、私ほっとしたんです。」

「……。」

「沙梨さん?」

「誠くんなら、綾を置いていったりしないから……。」


 寂しげな横顔に、広人は何があるのかと眉を顰めた。


「すみません、暗い事を言って。」

「いや……。」

「私たち明日の昼に帰るんです。」

「……。」


 広人は瞠目して、マジマジと沙梨を見た。彼女との別れがそんなにも近いだなんて彼はそんな事を考えた事がなかったのだ。


「ですから、本当にありがとうございます。」


 丁寧に頭を下げる沙梨に広人は拒絶されているように感じた。


「さようなら。」


 去っていく沙梨に手を伸ばすが、彼はその背中を追いかける権利など無かった。

 その姿を少年と少女は黙ってみていた。


「あ~あ、何で追いかけないのかな……。」

「追いかけにくいに決まっているさ……、嫌われたくないし、追いかけて拒絶されたら、きっと立ち直れないからな。」

「…自論?」

「ああ、俺も綾に対してそうだった、距離を変に詰めたら逃げられるんじゃないかとかなり冷や冷やした。」

「……。」


 綾は決まり悪いのかそっぽを向く。


「別に責めてなんかないからな。」

「分かっているよ。誠は意地悪ならもっと意地悪だモン。」

「…んな訳あるか。」


 顔を顰める誠に綾は頬を膨らませる。


「本当の事だもん。」

「………なぁ、手助けするのか?」

「そのつもり、だって、もう悲しい顔の沙梨を見たくないもの。」

「……。」


 誠は沙梨にとっての大切な人が亡くなった事を詳しくは知らない、だけど、綾はその全てを知っていたのだ。


「わたしは沙梨には幸せになって欲しいもの。」

「まぁ、綾が世話になってるしな。」


 誠は服についた砂を払い、綾に手を差し出す。


「んじゃ、行くぞ、時間が無いしな。」

「うん。」


 綾は満面の笑みを浮かべ、誠の手を取った。


***


「こんにちは。」

「……君たちは。」


 急に話しかけられ、広人は面を食らったような顔をしている。


「確か、沙梨さんの従姉妹の……。」

「そうです、わたしは綾で、こっちは誠です。」

「綾ちゃんに誠くんか。」

「単刀直入で訊く。」


 まるで抜き身の刃のような鋭さを持つ誠に広人は目を見張る。


「お前は沙梨さんが好きなのか?」

「誠っ!」


 もっと言い方があるのに、というように綾が誠を睨むが、彼はそんなのを無視して、ジッと広人を見ていた。


「好きだよ。」

「……あいつに恋人がいたとしても?」

「……。」


 広人はそんな事を考えていなかったので、目を見張り、考え始めた。


「…一方的な片思いでも正直かまわない…。」

「……。」


 誠の目がほんの少しだが、和らいだ。彼自身もずっと綾に恋していた、だから、想いが実のならなくてもいいと、考えていた時期もあったのだ。


「そりゃ、想いが通じ合えば嬉しいけど、そう簡単に両思いになるのは難しいし、それに俺たちは出会って間もないからね。」

「成程な。」

「これが俺の本心、どう?認めてもらえるかな?」

「取り敢えず、及第点だ。」

「手厳しい。」

「そりゃ、自分の恋人の親友だからな、変な虫が付いて、綾がヤキモキするのを見たくないからな。」


 誠の言葉に広人は納得し、綾は目を丸くさせながら顔を真っ赤に染めていた。


「成程、君は特に沙梨さんの事は何とも思っていないようだから、正直何を考えているのか、分からなかったけど。今納得したよ。」

「そりゃどうも。」


 顔を顰める誠に広人は苦笑する。


「…沙梨さんは、彼氏がいたんだ。」

「いた?」

「ええ、いた、一年前まで……、一年前の夏……沙梨たちはここに来て、帰り道に彼氏の方が車に撥ねられて、ほぼ即死。」

「沙梨さんは凄く落ち込んだよ。」

「だから、ここに来て、沙梨が塞ぐんじゃないかと心配だった。」


 本当に沙梨を心配する二人に広人は彼らの頭を撫でた。


「ごめん、赤の他人にこんな事を話させてしまって。」

「…わたしたちは貴方に期待しているんです。」

「期待?」


 綾の言葉に広人は軽く目を見張った。


「ああ、期待だ。」

「……俺は…、期待されるほどの人間じゃない。」

「そうでもないです。」

「だな。」


 互いの視線を交わし、頷く綾と誠に広人は不安になる。


「君たちは俺を過剰に評価しているよ。」

「そうでもないですよ。」

「沙梨さんの様子が物語っているしな。」

「えっ?」


 訳が分からない広人は首を傾げる。


「沙梨、実は男の人が苦手なの。」

「……。」


 自分とは普通に話していたので、広人には綾の言葉が嘘のように思えた。


「綾の言っている事は本当だ。」

「……正直、貴方と話している沙梨を見てびっくりとした。」

「そうなのかい…?」

「ええ、誠でさえ、沙梨なかなか話そうとしなかったもの。」

「正直、いけ好かない女だと思ったがな。」

「もう、誠ってば。」


 当時の事を思い出してか、誠は顔を顰めた。


「しゃーねーだろ、顔見てすぐ怯えたような顔をするんだからな。」

「……。」


 確かに一時期の沙梨の態度は正直褒められたものではなかった、しかし、理由を知っている綾にしては当然の事かもしれないと思いた時もあったのだ。


「仕方ないよ……。」

「……まあ、理由の知った今だから同感だけど、知らなかったら結構ムカつくんだよ。」

「……誠。」

「まあ、ストーカーって恐いからな。」

「……。」


 広人はその一言で何となく沙梨の身に何が起きたのか、悟った。


「分かったよ。」

「えっ。」

「あっ?」


 広人は従姉思いの二人に微笑みかける。


「君たちの気持ちに添えるかは分からないけど、沙梨さんに気持ちを伝えるよ。」

「ありがとうございます。」

「……。」


 丁寧に頭を下げる綾と仏頂面で自分を見る誠のそれぞれの顔を広人は落ち着いた表情で見ていた。


「本当に君たちは偉いね。」

「……子ども扱いすんじゃねぇ。」


 本当に嫌そうに誠は眉間に皺を寄せているが、広人はそれを余裕のある笑みを浮かべている。


「そんなつもりはないよ。」

「どうだか。」


 誠はどうやら子ども扱いされるのが嫌いなようで、広人はそんな誠を微笑ましく思った。


「まあ、本当に沙梨を頼んだからな。」


 誠はまるで野生の獣のような目で広人を見た。


「もし、綾に心配掛けさせるんなら容赦しないからな。」

「……。」


 広人は本当に、誠は綾の事が好きなのだと実感しながら頷いた。


「分かったよ。」


 広人が頷くと、二人は安心したように互いの顔を見合わせた。


***


「沙梨、ちょっといいかな?」


 ホテルに戻った綾はすぐさま、沙梨の元に向かった。その手にはしっかりと広人から預かった手紙を持っていた。


「綾?今まで何処にいたの?」

「ちょっと、誠とぶらぶらしてた。」


 綾はほんの少しの嘘を交えながら微笑んだが、沙梨は言葉どおりだと思ったのか微笑んでいた。


「そう、だから遅かったのね。」

「うん、あっ、そういえば、これ預かったんだけど。」


 綾はさも今思い出したかのようにポケットから広人から預かった手紙を沙梨に渡した。


「……綾。」


 沙梨はこの手紙を見た途端、彼女と彼女の彼氏兼弟が何をしたのかを悟った。


「綾。」

「ごめん、だけど、今しかないんだよ。」

「……。」

「沙梨はいいの?」

「……。」


 沙梨は俯き、無言で綾に背を向けようとした。


「逃げるのっ!?」


 悲鳴に近い綾の叫びに、沙梨は立ち止まる。


「逃げるんじゃないわ、そもそも、何も始まっていないのに……。」

「嘘よっ!」

「放って置いて。」

「嫌よ、沙梨には笑っていて欲しいもの!」


 綾は真剣に叫ぶが、沙梨は首を横に振った。


「許されないわ。」

「何でよ。」

「あの人はもう戻ってこない……、だから、人を好きになれない。」

「嘘っ!」


 綾は逃げようとする沙梨の手を掴んだ。


「離して綾。」

「嫌よ、お願いだから、自分の気持ちに正直になってよ。」

「……。」


 沙梨はようやく綾の顔を見た。その時の沙梨の顔はいつもの彼女の顔ではなく、幼い子どものように頼りないそんな顔をしていた。


「沙梨は――。」


 沙梨は両手を突き出し、綾を拒絶した。


「お願い、これ以上入り込まないで。」

「沙梨……。」

「私はこれでいいの、だから……。」

「沙梨……、わたしね、沙梨に誠の事認められて、嬉しかったよ。だから、今度はわたしが沙梨を助けたいと思ったけど、お節介のようだね。」


 綾は苦笑を漏らし、手に持っていた手紙を無理やり握らせた。


「わたしのお節介は謝るけど、この人の気持ちを無視しないで。」

「……。」

「読んであげてね。」


 綾はそれだけ言い終えると、沙梨に背を向けた。

 丁度角を曲がった途端、綾は誰かにぶつかった。


「ご、ごめんな――。」

「大丈夫か?綾?」


 知った声に綾の緊張の糸が切れたのか、ジワリと目頭が熱くなった。


「ま、こと……。」

「綾……。」


 綾は誠にしがみつき、声を殺して泣いた。


「わたし…わたし……。」

「大丈夫だ、きっとあいつが何とかしてくれる。綾はよくやったよ。」

「お節介焼きの……わたしが…何か…できたのかな?」


 鼻をすする音が聞こえ、誠は目を細め、綾の短いだけど、春よりも十分長くなった髪を梳いた。


「出来たさ、正直放って置いてもあの二人なら、どこかで逢ったと思うけど、綾は手を貸したかったんだもんな。」

「だって…沙梨が……。」

「ああ。」

「沙梨が…惹かれているのに……折角両思いなのに…。」

「……俺たちができるのはここまでだ。」

「うん。」

「後は待とう、あの二人が幸せになるよう、祈っている事しか出来ないけどな……。」

「うん、沙梨には幸せになって欲しいもの……。」


 誠は優しすぎる綾の髪を撫で、そして、そっと、外を眺め、あの広人と名乗った男を思い出した。


「頼むぜ、もし、綾を泣かせたら……。」


 結局は綾中心でしか動かない誠はそんな事を口にしたのだった。


***


【沙梨さんへ

 唐突な手紙で驚かれたでしょう、もしかしたら、聡い君なら君たちの従妹が動いた事を悟ったかもしれないけど、叱らないでくれないかな?

 明日の朝、海岸沿いでまっています。

 もし、君さえよければ来てくれないかな?忙しいと思うけど、最後だから、来てくれたら嬉しい。

 じゃあ、また明日。

 赤石 広人。】


 沙梨は胸に手紙を抱きしめ、目を硬く瞑った。

 本気になるつもりはなかった。だけど、あの人の目が、あの人の仕草が、沙梨の目を捉えた。


「……広人さん。」


 沙梨の脳裏には二人の男性の姿が浮かんだ、一人は命落とした彼氏、もう一人はつい先日であった広人の姿であった。


「ごめんなさい…私、あの人を裏切れないんです……。」


 沙梨の頬から一筋の涙が零れ落ちる。

 その時、控えめなノックが聞こえ、沙梨は慌てて布団に潜り込んだ。


「沙梨、寝てる?」


 ノックをしたのは同室の綾だった、彼女はベッドの上にいる沙梨を一瞥して彼女がもう寝たのだと思って、息を吐いた。


「……複雑だな、起きてたら沙梨に謝らないといけないと思っていたけど……寝ていてくれてホッとしているよ。」


 そう呟く綾に沙梨は内心で謝った。


(ごめんなさい、綾……。)


 ブブブというバイブ音に綾は軽く目を見張って、液晶画面を見るとそこには誠の名前があった。


「誠?」


 小声で話す綾はどうやら寝ている沙梨に遠慮しているようだ。


『綾、悪い寝ている所だったか?』

「ううん、まだだよ。」

『そうか。』

「うん。」

『悪いけど、母さんたちが予定変更だと。』

「えっ?」


 綾の驚いた声に、沙梨は不思議に思い体を起した。


「どういう事?」


 沙梨の行動に気付いていない綾はそのまま誠と電話を続ける。


『義父さんの仕事場から電話があって、義父さんでしか対処できないみたいで、朝一で帰らないといけないんだ。』

「えっ!急すぎるよ。」

『……だよな。』

「どうするのよ、明日の昼だって沙梨、赤石さんに言ってたよ。」

『……どうしようもねぇよ。』


 どこか冷たい言葉に綾は眉を寄せるが、それでも誠が言う事も間違っていないので咎める言葉が出なかった。


「明日しかないのに……。」

『しょうがないさ……。』

「でも、誠……。」

『沙梨さんが明日その場所に行くかも分からないし……。これ以上は何も出来ない……。』

「そうかもしれないけど……。」

『結局、俺たちには何も出来ないんだよ。』

「……。」


 綾は黙り込み、誠はきっと彼女が落ち込んでいると理解しているから、これ以上何も言わなかった。


『綾、そういう事だから、早く寝ろよ。』

「……誠は冷たいね。」

『……しゃーねーだろ、俺らは非力な子どもだからな、何も出来ないんだよ。』

「……。」


 綾はただ黙り込む、誠はこれ以上無駄だと思ったのか、溜息を発した。


『それじゃ、綾、お休み。』

「……ねぇ、誠。」

『何だ?』

「誠が同じ立場だったら、どうするの?」

『……沙梨さんの立場か、それとも、あの男の?』

「赤石さんの……。」

『待つ、ずっと、待ち続ける。』


 誠の声音が真剣みを帯び、綾の目が軽く見開かれる。


『たとえ、来ないと分かっていても、たった一パーセントの可能性に懸けたいんだ。俺は綾しか、愛せないから。』

「……。」


 誠の言葉を聞いた綾の顔が真っ赤に染まる。


『だから、多分あの男も待っているよ、来ない可能性が高くてもな。』

「…そっか……。」

『ああ、だから、これ以上は俺たちが介入してはいけないんだ。』

「……。」


 誠の言葉が綾の中ですっと溶け込んだ。


「分かった。これは沙梨と赤石さんの問題だもんね。」

『ああ、分かったんなら、早く寝ろよ、お前寝起き最悪だもんな。』

「酷いっ!誠だってあんまり好くないじゃない、わたしが起こしに行くといつも抱きついて、あと五時間とか言うくせにっ!」

『……(ワザとなのに気付かないのか…、まあ、気付いてたら起こしに来ないか……。さすが綾だな。)。』

「もうっ!起こしに行くわたしの身にもなってよ。」

『悪かった、悪かった、明日は起こしに行くからさ。』

「変な事をしないでよ。」


 前に何かされた事があるのか、綾は警戒心丸出しで壁を睨んだ。


『お前次第だな。』

「うわっ…誠が来る前に自分で起きないと恐いな…。」

『何だよ。折角人が起こしに行ってやる、って言っているのにさ。』

「……それが、恐いのよ、それじゃ、お休み。」


 これ以上誠と言い合っていると本気で喧嘩になりそうなので、綾はすぐさま電話を切ったのだった。


「ふう…寝よ……あっ、沙梨……。」


 綾は体を起している沙梨に気付いて目を見張った。


「起きてたの?」

「ええ。」

「聞いていた?」

「ええ。」


 綾は気まずそうに顔を歪めるが、沙梨は何かを吹っ切れたように笑みを浮かべた。


「始めから、こういう運命だったのよ。」

「沙梨……。」

「早く寝ましょ、明日早いのだから。」


 綾はこれ以上何も言えず、ただただ、沙梨の言う通り布団に潜り込む事しかできなかった。


***


「………ごめんなさい。」


 天井を見ながら、沙梨はポツリと謝った。

 それは誰に対して謝ったものか、沙梨自身分からなかった。ただ言葉がポロリと零れたのだった。


「……。」


 沙梨は体を起し、ゆっくりと明日…日付が今変わったので今日着る予定だった服に手を伸ばした。


「……何をやっているのかしらね……。」


 自嘲にも似た笑みを浮かべ、沙梨はそっとワンピースを着て、部屋の鍵を持って外に出た。

 外はまだ真暗で、波の音だけが聞こえた。


「……。」


 ゆっくりとその景色を記憶に残すように、沙梨はゆっくりと歩き出す。

 海岸沿いに歩き、そして、人影を見つけ、足を止めた。


「まさか……。」


 沙梨の目が大きく見開かれ、そして、沙梨の呟きがその人物にも聞こえたのか、その人は振り向き、沙梨と同じ様に目を見開いた。


「沙梨さん……。」

「広人さん……。」

「どうして……。」

「……。」


 沙梨は黙り込む。


「……まだ暗いから、もう少し明るくなってから来たらいいと思うけど……。」


 苦笑を浮かべる、広人に沙梨は彼の視線から逃れるように顔を背けた。


「広人さんこそ、こんな時間帯に何をしていたんですか?」

「…眠れなくて、だから、こうやって波の音を聞きに来たんだ。」

「……。」

「正直、こうやってまた会うとは予想してなかったよ。」

「私もです。」

「沙梨さん、あの手紙見てくれたかな?」

「はい……。」


 微かに肩を震わせる沙梨に広人は黙ってパーカーを脱いだ。


「いくら夏だといっても、冷えるから。」


 そっと己のパーカーを沙梨の肩に掛けた。


「えっ、大丈夫です……。」

「そうかもしれないけど、女の子だし冷えたらよくないだろ?」

「……。」

「だから、使ってくれ。」

「……ありがとうございます。」


 パーカーのぬくもりと同じ様に温かい、広人の優しさに沙梨は胸ぎゅっと痛くなった。


「……どうして、私なのですか?」

「えっ?」


 沙梨の呟きに広人は軽く目を見張った。


「可愛い娘とか、他にも沢山いそうなのに。」

「多分、君の目に惹かれた。」

「……。」


 沙梨は悲しげに目を伏せた。


「たとえ、貴方に告白されても、私は貴方に応える事が出来ません。」

「うん、知っているよ、君の亡くなった恋人に申し訳ないからね。」

「…知っていたんですか?」

「ああ、君の従妹にね。」

「…綾ったら……。」


 沙梨は咎めるような目で宿泊している宿を軽く睨んだ。


「ごめんね、赤の他人なのに、こんな事を聞いてしまって。」

「いいえ、大丈夫です。」

「…一ついいかな?」

「何ですか?」

「君を探してもいいかな?」

「えっ?」

「気持ちの整理とかは今は出来ないだろうからね、それに、オレたちは知り合って間もないんだ、だから、君が戸惑うのは正解なんだよ。」


 広人の言葉に沙梨は唇を軽く噛んだ。

 どうして、こんなにも優しい人が何で自分のような女に想いを寄せているのか、自分よりももっとふさわしい女性なんて山ほど居そうなのに。と沙梨はそんな事を思った。


「沙梨さん。」

「……。」

「一つ賭けをしないかな?」

「えっ?」

「次に会った時オレは全力で君に想いを告げる。だから、君はその想いを受け止められないなら、逃げてくれ。」

「…全然、賭けじゃないですか……。」


 沙梨は泣き笑いで、広人に微笑んだ。


「まあ、確かに賭けじゃないけど、オレはこの想いを「懸け」ているんだ、だから、「かけ」じゃないかな?」

「変な理屈ですね。」

「そうかな?」


 広人は首を傾げる。


「私の逃げ足は速いですよ?」

「捕まえてやるさ…だから…。」


 広人は足元に落ちていた、貝殻を拾い上げた。


「色んな気持ちを込めて、これを受け取ってくれるかな?」

「……ありがとうございます。」


 沙梨は「さよなら」や「また会おう」という言葉のかわりに広人から一つの貝殻を受け取った。


「沙梨さん、今は何も言わないよ。」

「はい。」


 沙梨は胸に貝殻を抱き、穏やかに微笑むと、風が彼女たちを祝福するかのように吹いた。


***


「この夏休みどうだった?」


 あっという間に学校に通うという日常に戻った沙梨は友達と話す。


「海にいったわ。」

「……。」


 沙梨の事情を知っている友人は渋い顔をするが、沙梨は穏やかに微笑んだ。


「平気よ、とてもいい思い出ができたわ。」

「そういんなら、別にいいけど……。」

「そういえば、今日は近くの大学のオープンキャンパスがあるんだけど、行かない?」

「あっ、知ってる、行く行く。」


 満面の笑みを浮かべる友だちに沙梨は淡く微笑む。


「南さんは確かそこが第一志望だよね。」

「ええ。」

「やっぱり楽しみ?」

「ふふふ、そうね。」


 沙梨は鞄に今日配られたプリント類の入ったファイルを入れ、そして、ふたを閉める。


「あ~あ、それにしても、来年はまた受験生か~。」

「いいじゃない、その分大人に近づいているんだと思えば。」

「南さんはそうかもしれないけど、おばさんに近づいているみたいで嫌じゃない……。」


 沙梨の言い分に友だちは顔を顰める。


「でも、南さんはおばあちゃんになってもきっと綺麗なままなんだろうな~。」

「そんな事ないわ。」

「あるって。」

「……。」


 沙梨は苦笑しながら鞄を持って、教室を後にする。


「南さん…気になっていたんだけど…一ついい?」

「何かしら?」

「この夏良い事あった?」

「えっ?」


 訳が分からない沙梨は足を止め、マジマジと友だちを見た。


「だって、何か南さんすごく生き生きしているんだもん。」

「……そうかしら?」

「うん、はじめはいい人が出来たのかな~、とか思ったんだけど、少し違うような気がして。」

「……。」


 友だちの観察眼に沙梨は軽く目を見張った。


「……うん、あと少しで、吹っ切れる気がしたの……。」

「南さん…。」

「きっと、あの人が許してくれるなら…また……。」


沙梨の呟きは友だちの耳には届くことなく、空に消えた。


***


「広人~。金貸してくれ。」


 男友だちの第一声に広人は顔を顰めた。


「お前な、会って行き成り金の話かよ。」

「だってさ、おれの彼女がくるんだけど、持ち合わせがねぇんだもん。」

「……なんで金が要るんだ?今日は大学祭じゃなく、オープンキャンパスじゃねぇか。」

「帰りに絶対近くの雑貨に寄ってあれこれ強請られるからだ。」

「……。」


 自身満々に答える友だちに広人は肩を落とし、財布から札を数枚抜き取った。


「ほらよ。」

「サンキュー、今度何か奢るよ。」

「…奢るより先に借金を返せよな。」

「……覚えてやがったか…。」

「当たり前だ、一年前に貸した千円、三ヶ月に貸した五千円、きっちり利子つけて返してもらうからな。」

「……因みに利子は?」

「一月に一パーセントだ。」

「……うげ…妙に現実的な金額だな。」

「当たり前だろ、こっちだって苦学生だ。」


 広人はそう言いつつも相手が絶対に返してくれないと、冷静な部分で考えている事を彼は気づいていなかった。


「苦学生が何で今回のオープンキャンパスに出てんだ?」

「バイト代が出るんだよ。」

「安っぽい?」

「…しょうがないだろう、図書カードでも何でも貰えるんならその方がいいからな。」

「……。」


 彼は肩を竦めた。


「…お前時間はいいのか?」

「ん?」


 何となく思いついた言葉を口にした広人だったが、その言葉に友人は助けられたような、急かされたような微妙なものになった。


「あっ…。」


 漏れた声に続いて彼の顔が可哀想なほど真っ青になった。


「やべっ、殴られるっ!」

「……。」


 どんな凶暴な彼女だと心中で呟き、広人は彼の背を押した。


「んな、叫んでいる場合か?それなら、さっさと足を動かした方がよっぽど現実的だろう。」

「そ、そうだな。」


 彼は硬直からようやく抜け出し、走り出そうとして、急に足を止めた。


「……?」


 広人は彼が立ち止まった理由が分からず、首を傾げた。


「サンキュー、マジで金返すし、何か奢るからな。」

「……。」


 広人は声を殺し、微かに笑った。


「ああ、期待せず待っとくさ。」

「んじゃ、またな。」

「ああ。」


 軽く手を振り、彼を見送った広人は空を見上げた。


「沙梨さん、元気かな?」


 見上げた空は青く、どこまでも続いていていた。

 この空は何処かにいる沙梨にもきっと続いているはずだが、それでも、広人はそれだけじゃ満足していなかった。


「……逢いたい。」


 そんな言葉を呟いた瞬間、背後から微かな音が聞こえ、振り返ると二人の女子高生高校生がいた。


「「えっ。」」


 片方の女子高生と広人の声が重なった。


「沙梨さん…。」

「広人さん……。」


 この出会いは偶然なのか必然なのか分からなかったが、それでも、今の広人には関係なかった。


「会いたかった。」


 広人は人の目など全く考えず、沙梨を力いっぱい抱きしめた。


***


「すまないっ!」


 公衆の面前で沙梨を抱きしめた広人は力いっぱい彼女に謝った。


「いえ、少し恥ずかしかっただけなので……。」

「……。」


 微かに頬を染めている沙梨に広人は心のそこから申し訳なく思った。


「ねぇ、広人さん。」

「何かな?」

「あの賭けはまだ続いていますよね?」

「えっ?」


 はにかむように微笑んだ沙梨に広人は目を見張った。


「広人さんの勝ちです。」

「それって。」

「不束者ですが、よろしくお願いします。」


 丁寧に頭を下げる沙梨に広人はまた抱きしめそうになるが、流石に二回目になると人の目が気になり、諦めた。


「沙梨さん…。」

「もう、逃げる理由がありません、だから、これからもよろしくお願いします。」

「こちらこそ、こんな男だけど、よろしくな。」

「はい。」


 ようやく二人は繋がった、それは長くて短い期間だった。

 沙梨の鞄につけられていたあの日貰った貝殻のキーホルダーが二人を祝福するようにゆれていた。


***


おまけ

「そういえば、何でこの学校に?」

「第一志望なんです。」

「それじゃ…。」

「うまくいけば、先輩、後輩ですね。」

「そうだな。」

「…まさか、同じ地域だとは全然知りませんでした。」

「だな、運命だったのかな?」

「ふふふ、そうかもしれませんね。」

「……。」


 冗談で言ったのだが沙梨はそう思っていないのかクスクスと笑っていた。


「何か見えない糸が繋いでくれたお陰で、こうして出会えたんでしょうね。」

「……沙梨さん。」

「はい?」

「好きだよ。」

「……。」


 沙梨は顔を赤く染め、小さく頷いた。

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