第三話 仮忍者、状況に混乱する
すみません!前話に書くのを忘れてました!今回はため込んでいた物を多く出しますので、よろしくお願いします。
朝日が昇り、空が快晴と彩られている。ピーパピーパと鳥らしき鳴き声が朝の目覚めを歌う。
「あー……太陽が一つなのは同じかぁ」
彩はボ~と朝日を眺め、陽光の眩しさを感じ目を細める。
あの衝撃的なものを目撃してから朝を迎えるまで、彩はその場で動けず一睡もしていなかった。
意識は別世界に行っていたが、眠気などまっさらと払拭されてしまった。
あれは夢だったのかと何度も現実逃避していた。これはドッキリで外国にいつのまにか移動させられたのだ。あるいは毒キノコ作用で幻覚を見せられたのだ。もしかしたら。実は今は十月のハロウィーンで七月だと勘違いしていたのだ。などなどと思考が彼方に飛んでいきそうな勢いで混乱としていたが、この地に漂う気の異質さを直に感じとり、受け入らざるを得なかった。
彩なりに一睡もせず頭痛するほど考えた結果。ここは人間のいる世界ではなく、妖怪の世界なのだと考えた。たしか、詳しいことは知らないが、メジャーな妖怪の中に猫叉と妖孤という存在があったのを記憶している。昨夜の二人はそれなのではないか。人型を取っていたとなればあんな感じになりそうだ。
ジブリ映画の●と○尋の神隠しみたいに神様や妖怪が暮らしている世界に来てしまったのだ。
どうして、そんな世界に来てしまったのだろうか。彩は必死にきっかけとなることを思い出そうとするが、記憶にはなかった。何も分からない。分からないが、ある不安な考えが脳裏によぎる。
ここが妖怪の世界だとして、もし…もし、彼ら妖怪に見つかったら……。
「ど、どうしよう…?」
彩は脅えながら悩んだ。昔、祖父母から妖怪が自分の世界に入り込んだ人間をぱくりと食べられる恐い話を聞かされたのを思い出す。きっと見つかったらぼりぼりと食べられてしまう。
どうやって来たのか不明。ならば帰る方法も不明。●と○尋と神隠しだと、トンネルを出ることで戻ってこられたが……トンネルなんてどこにもない。
彩は懐に仕舞っていた携帯を掴み、電源を入れればアンテナは圏外と表示されている。試しに両親と剛三郎に電話したりメールを送ったりするが、電波が届かないと希望が打ち捨てられる。
突如に上がる鳴き声にビクッと体を震わす。ぎゅっと忍者装束を握りしめ、フッと目をつむる。震える唇を動かし、声出さずに心の内に剛三郎が教えてくれた呪文を唱える。
『臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前―――』
忍者が実際に使っていたとされる呪文。本当なら九字の印か刀印で行うのだが、内に膨れ上がる感情に負けないよう両腕は身を守るように自身を抱く。
この呪文は護身法とされるもので、密教の結印と道教の九字の印を修験道で合わせて作られたとされる、ないしは真言密教の摩利支天経の護身法などの起源の説がある。
説は様々だが、この護身法は心を鎮めさせる、精神統一をするために唱えられていた。
忍者は常に動揺を出さず、心を鎮めて冷静に対処する。『正忍記』(1682年。紀州藩士「名取三十郎正澄」、異名「藤一水正武」が著された紀州流忍術秘伝書)には「心を納め理に当たる」という文がある。心の納めは心が感情や情熱に左右されて気持ちが乱れ、気力を費やして心身ともに疲れたりといったことがないように、常に気を強く養っておくという意味とある。
呪文は一種の暗示であるが、唱えることで思考速度が上がり、焦りを無くしていたりした。
彩は気休めだが。感情に翻弄されないよう精神を落ち着かせていた。必ず助けとなる護身法と今忍者姿であることで、彩は恐怖に呑みこまれずに済んでいた。
剛三郎より、耳にタコが出来んばかりに聞かされた。私服の時もそうだが、忍者装束を纏った時は特に気を緩めず冷静でなくてはいけない。忍者の姿であれば常にその意思を保て、と―――。
忍者装束を着用したら、仮と言えど忍者。忍者の信念と意思へと単純にスイッチを変える。その言い聞かせと忍者であろうとする思い込みで、元々か子供特有か柔軟な頭の彩は簡単に公私的に切り替えられる。
強がりな思考だが、それにより悲嘆と絶望に陥らずに、冷静とする自我を保っていた。そして、呪文で沈着したことで、行動する意思を芽生えさせる。
「忍者たるもの、いかなる状況に陥ろうとも、心がけるは自らの役割と信念を貫くこと。今は日本じゃなく、妖怪の世界だけど…知らない場所でやることは同じ」
まずは自分の目で見、自分の耳で聴き、ありとあらゆることを識る。忍者でなくても、こんな状況でやることは一つ。
情報を集めること。どんなものでもいい。とりあえず、ここがどんな場所で、どんな妖怪がいるか、人間が他にもいるか、他にやばいものはないか、武器がないと生きられないのか、食べられる物を確保しながら情報収集を行う。
なんでもいい。とにかく動こう。でないと蝕まれてしまう。そうと決まれば、後は行動と彩は俊足と走った。