第二十三話 仮忍者、魔物素材を取りに行かせられる
八月終わりとなりましたが、第二十三話を投稿です。
休日に情報を集めて、確信ではなく、あくまで有力な候補ではあるが、少しだけ進歩あるものが手に入った翌日。
サイはレハンの店『ブリアント』へ出勤する。仕事が第一だが、今日はレハンに魔法と気術について聞こうと決めていた。
昨日聞きまわって調べた結果から、今のところではあるが帰る手立てになりそうなのが、その二つだからだ。
地球にないファンタジーな力。地球にないマナと言う元素(?)的なものが当然と存在し、絶対に不可欠な酸素同様の生きる要素兼力の源となっている『ジヴォートノエ』異次元跳躍な行為をするには、マナを糧とする魔法と気術ぐらいしか方法がないと考えたからである。
二つの中で最も当てはまりそうなのが魔法なのだが、気術は気功な印象しかないも、実際どのようなものか分からない。植えつけられた知識でも、基本知識はほとんどなく、概要は魔法と同じく掴めていないため、推測しただけで見てもいないから不明の領域だった。なので、可能性は否めない。そのために二つのことを調べることにしたのだ。
おそらくだが、この二つの事や関連性あるものは、この世界の住人において常識かもしれない。昨日の『ロッカ・サン』のカタッレの話からして、知っていて当たり前な会話が滲み出ていた気がした。かなりの田舎者と通して疑わずに済んだが…これと含めて教養がない馬鹿な子で通してみよう。
それと、この包帯の事をいい加減に知らないといけないだろう。サイは自身の体全身を巻く包帯に目を向ける。忙しさや情報収集で後回しにしていたが、この町に来ての町の人々の反応があまりにも謎で、気味悪がっている様子もなく、憐憫はあってもそれほどでない様子でずっと気になっていた。それに、外に出て駆けずり回って、忍者服や地下足袋が汚れるのに、この包帯だけが一切と汚れていないこともおかしい。一応水洗いはしているが、水は綺麗なままで干して五分で乾燥完了しているのだ。絶対に普通の包帯ではない。地球がハイテク技術でも、こんな代物はなかったと記憶している。
これも含めて、魔法と気術も訊こう。仕事中はさすがに無理の為、休憩の時にしよう。サイはとりあえずの予定を決め、『ブリアント』の従業員用の裏口から入り、レハンに挨拶をする。
「おはようございまする。今日もよろしくお願いしまする」
「おはようございます。早速ですが、はじめに五の棚の一番下にある短杖用の枝をすべて持って来て下さい。次に三の棚付近にある鍋二つに薬棚の上段にある赤の薬を大さじ3、緑の薬を大さじ2で入れて、変色するまで掻き混ぜてください。それが終わりましたら、素材棚の上から4番目左から2番目のと下から5番目右端のを、そこの隅にある袋に補充してください。また、ルーベルンストの町近くの川水から桶6杯分を二の棚の空き鍋に注いで、素材棚の下から三番目左端の引き出しから10本を取り出して鍋に浸して、薬棚下段の青の薬を大さじ五を入れて掻き混ぜに放置しておいてください。それから、薬棚の中央棚にある黄の薬と茶の薬がそろそろ無くなりそうなので、『クスマギン』の店からその二つの薬とこのリストにある物の購入をお願いします。すぐに用意してくれますので、それらを持ち帰ってください。かなりの重量なので荷車を使って構いません。持ち帰ったら、それぞれの棚に置くようにしてください。午後からはアバザスの森へ採取してもらいます。補充の素材類もありますが、今回は新たに必要なものもありますので、護身用でもかまいませんので、武器がありましたら取りに行ってください。なければ、こちらで用意しますので装備してください。少し奥まで行ってもらいます」
はい、と先程口にした仕事のスケジュールが書かれたメモと『クスマギン』の購入リストがレハンの手から渡される。
びっしりと書き記された二枚の紙に、サイの目が遠くなる。
これは尋ねる時間ないわ…店に入る前に予定していた魔法・気術と包帯のことでの質問が不可となったのを悟ったのだった。
午前中駆けずり回り、体力回復と体を休ませた後、サイはアバザスの森に訪れた。
アバザスの森は素材採取によく来ているが、実は魔物に遭遇したことはあまりない。この森は奥に入りこまなければ危険性はない。入口付近にちらほらと見かけたりするが、こちらから危害を加えない限りは何もしない、わりとおとなしい魔物しかいないのだ。けれど、あくまで入り口付近であって、奥に入れば命に関わる。
サイが頼まれた素材は全て、入り口付近と安全圏となっているであろう場所で取れるものだった。奥になると、『ジヴォートノエ』にトリップして以降、まったく行っていない。一週間ぶりだろう。
サイは入り口近くで一度体をほぐし、ポケットに仕舞った、折りたたまれた紙を広げる。
頼まれた仕事はストックが切れかけている素材の補充と採取。いつものことだが、一つだけ特別な仕事があった。それは『ブリアント』では扱わないのだが、急遽必要になったのだ。なんでも、ある特殊な杖を作ってほしいと言う特注が来たらしい。しかし、その注文通りにするのに適する素材がなかった。その適する素材は幸いにもアバザスの森で採れる。それが今日採取依頼された特別な素材なのだ。
引き取りはまだ先のことだが、特別な素材はなんとこの時期にしか現れないらしい。他に適する素材となると、遠くからの発注しかない。特注以外にも製作注文といった仕事があるので、時間をかけたくないので、急ぎ採りに行かせられたのだ。
その素材についての特徴が記されたメモを貰い、サイはもう一度確認と読む。
依頼された素材は花だった。名前はフレフミンス。大空の目覚めの始めの月に咲く。緋色に近い赤い花弁に青の斑模様があり、中心は皿のような花盤。茎と葉はなく、独特な匂いを発し、引き寄せた獲物を根で絡ませる。獲物に寄生して、徐々に体液を一滴残らず絞り取って捕食する性質の植物。平均的に17㎝程の大きさだが、体液を吸収することで成長するので、寄生する対象によって大きさは異なる。
「……寄生して食する花を採りに活かせるなんて…」
なにやら危険度のある植物にサイの気持ちが暗くなる。
捕食する行為があるのは大抵魔物と分類されている。植物の場合だと意思表現がなくとも、本能のままに食べようとするだけで魔物と定められる。すなわち、採取対象のフレフミンスも魔物である。
そんな説明を聞いて、サイは冒険者に依頼するべきだと提案した。自分は見たことない故に、森の奥へ行くなど危険極まりなかった。あくまで植物素材だけで、魔物を採取したことが一度もないので、プロに頼むべきで、自分がやるべきではないと説得した――が。
『その必要はありません。フレフミンスは確かに魔物ですが、寄生している間は何もしません。まして、一度根を植えつけられたら、その根が切られるかしない限り、寄生対象を変えることがありません。それと寄生するのは大きくても小型の魔物までですので、根を切り離さなければ襲われることはありません。子供でも簡単に倒せる魔物ですので、宿り木している木に注意するだけです。なので、わざわざ冒険者の手を借りなくても問題ありません』
以上――と、拒否共に発言を受け取らないと締めくくられ、フレフミンスに関するメモを渡して『ブリアント』から出されたのである。
いくら雑用でも、冒険者ではない子供にやらせることではないだろう。けれど、レハンの言った通りなら、メモにある注意点だけ気をつければ、それほど危険性はないのだろう。
アバザスの森は時折採取や狩りといった仕事を子供がやっているのを見かけた。経験を積むためか、正体冒険者となるためか、お小遣い稼ぎのためか、未成年用の仕事を請けて森にやって来たりしている。
メモにはフレフミンスの生息範囲は奥とはいえ、入口から遠くない。フレフミンスは寄生するだけだと自ら動くことはないと思う。寄生している魔物も体液を吸収されているので、まともに動けないだろう。なら、それ以外の奥に生息している魔物らに警戒しなければならない。前に一度、緑色の狼もどきの魔物に襲われかけたのだ。
そんな危険があるから、武器を持って行くようにと言ったのだろうと、サイは腰あたりに下がっている忍刀に触れる。一度宿に戻った時、はじめは手裏剣や苦無といった小ぶりで投擲物になるものだけを選んでいたが、ふと忍刀を持って行くべきではと勘らしきものが囁いたのだ。普段は置きっぱなしだったが、勘に従い忍刀も持って行った。なるべく、やり合うようなことに遭遇したくないが、万が一もある。
下げ緒を利用して大きな輪の紐とし、それを肩に通してショルダーバックのように腰まで下ろしている。もしもの際に簡単に取れる結び目となっている。
抜くようなことに起こらずに採取を終わらせたいと甘い願望を胸にため息をつき、メモを仕舞ってサイは出発した。
まずは毎度の素材を収集し終えて、混ざらないように『ブリアント』から貸してもらった数枚の布で包んで、サイの風呂敷に一まとめに入れる。数はそれほど多くないので、無くさないよう前掛け感じで首に掛ける。出来るだけ。どんな状況でも動きに支障がないようにしたのだ。
後は問題のフレフミンスである。見つける方法は独特の匂いを辿ること。嗅げばすぐに分かるとのことで、嗅覚を広げながら探す。
決まったルートはなく、うろうろと周囲を警戒しながら歩き回る。嫌な気配を感じたら遠回りするか、木の上でやり過ごしながら回避する。途中からじぐざぐとした行き方に変更して、隅々まで探すも独特と言われる匂いがない。
もう少し奥かと探索範囲を広げて、茂みから一旦開けた場所に出る。そこは川がせせらぎ、小さな魔物が川の水を飲んでいる。
見つけた川に見覚えがあった。この世界に来た始めの四日間、よく訪れた場所である。少々の懐かしさを感じながら、サイは静かに川に近づく。水辺にいる魔物に警戒するが、襲う気配はなく、入口付近にいる魔物同様で何もしなければ大人しいようだ。ならば、気にせずと堂々に川に腰下ろす。
底が見えるほどに水が澄んでおり、四角形の体に蜻蛉羽根見たいな鰭が三つあるのや頭に双葉が付いてる大きいオタマジャクシ的なのといった、相変わらずエイリアンもどきの魚であろう魔物がゆらゆらと泳いでいる。食用に適していない形状と思うのだが、これらは一般的に市にも出されていて、家庭料理でも良く使われているらしい。まだ『赤鱗の尻尾』の食堂で目にしていないが、いずれ出てくるであろう。その時は、食べれる気分であれば、多少覚悟を持って食べてみようと、サイは遠い目ながら思う。
本日の午後の仕事はフレフミンスの収穫をメインと薬草類もろもろで、それ以外はない。今日までの期限ではあるが、時間制限は設けられていないので、少し休憩する事にした。
サイは手を器にして水を掬い、ごくごくと飲む。二配分飲み、ふ~と小さく息を吐いた後、ポケットから黄色い小さい実を取り出す。以前のアバザスの森採取で見つけた木の実だ。名前は分からないが、勘で毒物はなさそうなことから、おやつ代わりに持ってきたのだ。また往復させられて、小なりに疲労回復用にと取っておいたもので、小腹が空いてきたので、一つ口に入れる。噛めばとろっとした甘みが口の中に広がった。蜜のような甘さで、実はくにゃりと葡萄に近い食感だった。これは当たりだと、サイの顔は綻び、もう一つ食べる。
さぁっと風が吹いて、木の葉が擦り自然の音を奏でる。サイはついと耳を傾け、体の力を抜く。目をつむれば、あの修行場としていた山を思い出す。あちらでも、休む時はこうして自然が奏でる音や虫の鳴き声に鳥のさえずりといったのを聞いてリラックスしていた。体と心を癒してくれるから、よく耳を傾けていた。
このままゆっくりしていたいが、今は仕事中で魔物が生息している森の中。最後の採取対象がまだ見つかっていないことも含め、気を許してはいけないと、わずかな時間で止め、休憩終わりとサイは三個目の木の実を食べて、体を起こした。
その時、心臓が大きく脈打った―――。