4話
食後に自宅に戻って午後の仕事を始めるが、やることは変わらず接客と修理だった。
不安しか感じないが、朝よりはマシであることを願うばかりだ。
「じゃあ後を頼んだ。何かあったら呼んでくれ」
「はい!」
「あー、まあそんな硬くならずにリラックスしとけ。程よい緊張はいいが、無駄に力が入りすぎたら出来ることも出来なくなるからな」
「う、うん。わかった」
地下の工房にて作業を開始するも、早々気になって作業に集中できない。
ちょくちょく水を飲んだり、体をほぐすと理由をつけて見に行くのは近所のガキ共の言うウザいというやつなのだろうか。
けど気になるものは気になるんだから仕方ないと思う、なんて誰に言うでもない言い訳を自分の中で羅列する。
しかし俺の杞憂と言うかなんというか、ナナは今朝に比べてかなり良い方に変化・・・いや成長していた。
相変わらず品を壊したり渡すものを間違えたりはするが、それも三回に一回が七、八回に一回と倍以上良くなっている。
「いらっしゃいませ!携帯式の発火魔道具ですか?えーっと銅貨三枚です。あ、いらっしゃいませー少々お待ちください」
分からないことや不安なことは偶々(・・)傍にいた俺に聞いてすぐに対応する。
これなら本当に店を任せて大丈夫だと、少し安心した俺は作業に集中することにしよう。
気合を入れ直し、地下工房の机の上で細かな作業を再び開始した。
それにしても今日は客がよく来るな、しかも男性客が幾分多い気がするんだが・・・・・・まさかな。
―◇―◆―◇―◆―
「よし完成だ」
程よい達成感を感じ、凝り固まった体や目をほぐす。
満足感に浸る俺をカウンターのナナが呼ぶ声が聞こえた。
「どうした、分からんことが出たか?」
「あ、来てくれたんだ」
「お前が呼んだんじゃないか」
「さっきも呼んだけど返事がなかったから」
「むっ、それはすまん」
来たのは街の回覧板だった。
下街での出来事や全体に伝える知らせを纏めて家々に回していくものだ。
ざっと確認するが、特に目立った知らせはない。
強いてあげるとすれば、ジジイがガキを追い回してぎっくり腰が再発したくらいか。
近いうち俺らが使いっ切った鎮痛薬の材料を買いに来るなと予想をつけてさっとサインし、隣に届けに行く。
「ナナ、ちょっとこれを隣に届けてくるから留守番しててくれ」
「うん分かった。なるべく早く帰ってきてね」
「渡すだけだからすぐに済むよ」
クスッと笑い、周りの男衆の視線を受け流して外へと出かける。
隣の家は俺の仕事で修理のミスや薬の配合の失敗で火事や爆発、毒ガスなどが生まれたりするため離れてしまっているので時間が少しかかる。
その隣人はどうやら現在外出中のようで、回覧板についている紐を扉の取っ手に掛けて家を後にした。
辺りはだいぶ暗くなり、冷えた空気が頬を撫でる。
ブルリ小さく震え、剥き出しの手をポケットに突っ込んだ。
明日は何をするか、晩飯は何を食おうか、アイツは何をやったら喜ぶだろうか。
この調子ならあと数週間で店の準備と売り子を任せて工房での仕事や異世界について調べる時間もできる、なんて考えながら家に向かう。
考える事、楽しみは増えるばかりだ。
短い時間なのに一緒にいてガキのように心動かすなんていつ頃ぶりだろうか。
「ただいまー」
そう言って中に入ろうと扉に手を掛けた時、家の中で激しい音と共に地面が少し揺れた。
嫌な予感を感じ、急いで中に入ると黒煙が奥から出てきていた。
店にいた客たちは慣れたように手にとっていた商品をおいて店の外に出て行く。
客の間を縫うように駆け、事故現場であろう工房に入ると所々怪我をしたナナと荒らされたような部屋、赤々とした火が辺りに飛び移っているのが目に飛び込んだ。
俺は急いで壁に設置していた消化装置を起動させる。
天井から部屋全体に水を散布するという簡単なものだが効果は絶大で、火はみるみる消えていった。
部屋の中央にはずぶ濡れのナナが今日修理し終わった筈の魔導具の残骸を呆然として見ていた。
俺が近づくとナナはビクリと体を震わせて顔を見上げてくる。
「あ、あのカイトごめんね。私」
「俺は店番を頼んだ・・・」
「う、うん」
「何故地下の工房に入った・・・店が、客の命がなくなるかもしれなかったんだぞ」
「ごめん・・・なさい・・・」
お互いが口を噤み重い空気が辺りを包む中、ときおり滴り落ちる水の音がやけに耳に響いた。
やがてナナが堪えられなかったのか小さく言った。
「えっと部屋が無茶苦茶になっちゃったね、私のせいだけど。はは」
再びの静寂、俺は何を言えばいいのだろうか。
怒るのは間違いだと思う、何故なら此処に入るなとは言わなかった俺が悪い。
それに彼女はまだ此処に来たばかりだ、わからないことばかりが当然なのだからこうなることも仕方ない。
「そ、そうだまずこの散らかした物を片づけなくちゃだよね」
そう言って、壊れた機材や魔導具の傍にふらふらと向かい手を伸ばす。
俺は何の躊躇もなく手を伸ばしたナナの手を強引に掴みそれを阻止した。
「てけ・・・」
「えっ?」
「ここから出ていけ!!」
いきなり叫んだからかナナは身を縮めて少しずつ俺から離れていき、入口に着くと急ぐように階段を駆け上っていった。
その姿を見送り、片づけを始めるために隅の用具入れに向かう。
壊れた魔導具の中には下手に刺激すると再び暴走する事もあるし、機材も少々特殊な物なので二次被害を起こしかねない。
ため息を吐きつつひしゃげて開きにくくなった用具入れを強引に開けて面倒な作業に取り掛かった。
最近は俺にやさしくない事件が続くものだ、真剣に休日が欲しいと思う。
―◇―◆―◇―◆―
片づけが終わったのは、それから二時間以上後の夜だった。
俺の店は事故が起こるとしばらく店に近寄らないというのが下町の共通認識なので作業に集中できた。
今日はもう無理だと工房の灯りを消し階段を上る。
店には当然のごとく人はおらず、開けられた扉の外は雨が降っていた。
表の看板を閉店にして鍵をし、自室のある二階に向かった。
暗い部屋に魔導具の明かりが照らされる。
物音のしない静かな空間でベットに寝転がり大きなため息を吐いた。
「怠い、風呂と飯は諦めてこのまま寝るか」
微睡に身を任せ、眠ろうとしたとき足りないものに気が付いた。
ーーーナナがいない。
少し前なら誰もいないのが当たり前だったが今は別に同居人がいるのだ。
何故失念していた!
まだ一日しかたっていないから長年の一人であることの慣れと疲れて思考が弱っていたこともある。
だがそんな事は理由にならない稚拙な言い訳だ。
一気に覚醒した俺は家の中を探した、がやはりナナはいなかった。
勢いよく家を飛び出し、彼女を探し始める。
この時間となれば皆食事も終わり、寝るだけなので外に人はほとんどいないため目撃情報をたどることが出来ない。
しかしこの世界に来たばかりの彼女に行ったことのある場所は限られている。
まずはいちばん近いところとノアの店に向かった。
「ノア、聞きたいことがあるんだ!」
客の少なくなった店で給仕をしていたノアは驚いた表情で見てきた。
「どうしたんですかそんなに慌てて。今日のディナーセットのメインは豚の煮込みシチューですよ」
「飯の事じゃないっ!ここにナナは来なかったか?」
焦り具合から冗談じゃないと察したのかノアは真剣に話を聞いてくれたので彼女がいなくなったことを伝える。
しかしここには来ていなかったそうだ、・・・空振りか。
「何故彼女はいきなりいなくなったのでしょう。理由に心あたりはありませんか?」
「実は・・・」
今日の事故の話をするとノアは俺の頬を全力で殴った。
あたりの机を巻き込み大きな音を立てて飛ばされた。
「本当にあなたは大馬鹿です。普段の説教が足りなかったのかもしれません」
「すまん」
「理由を説明したいですが、そんな時間はありませんね」
「ああ、取り敢えず俺はジジイのとこに行ってくる」
「待ってください、一人じゃ人手不足でしょうし、私も手伝います。それとフレンも呼んで手伝わせましょう」
「助かる」
そう言って頭を下げ、お互い店を出ていく。
焦りと不安でマトモに頭が働かない、一体どこに行ったのだろうか。
必死に走り続け胸と脇腹に痛みが走るが、それを無視して辺りを探しつつ目的地へ向かう。
扉を乱暴に叩き中の人物を呼び出す。
中からファンシーな寝巻に腹巻を着けた珍妙な格好のジジイが出てきて、寝ていたところを起こされたと文句を言っていたがそんなことを気にしている暇はない。
「ジジイ、今日ここにナナは来たか?」
「ん?あの異世界から来たという少女か。来てはおらんがそれがどうしたのじゃ?」
またハズレだった。
頭を掻き、他にナナが行く場所はなかったか考える。
しかし、昨日きたアイツに案内をしたのは他になかったはずだ。
手がかりがなくなった分焦りが増す。
下町は小さな村のような強い連帯感のおかげもあり治安は良い方だが、悪い物がないわけではない。
もし間違ってそんなとこに行っていたら・・・。
俺はジジイに礼を言って再び町の中を走り回った。
どれくらい探し回っただろうか、普段運動しないひ弱な体は全身悲鳴を上げていた。
しかしナナはまだ見つからない。
「カイト!」
後ろから大きな声が俺を呼ぶのが聞こえたので、振りむくとノアとフレンが俺のもとに走ってくるのが写った。
「先程門番の方に偶然会ったのですが、ナナさんらしき人が外に出るのを見たそうです」
「この国の外に!?なんでだよ!」
「入るためには審査や手続きが色々あるが、出る分はほぼ何もないからな」
「くそっ」
なぜ出て行ったのか気になるが今は追いかけないといけない。
俺はあいつの保護者になったから。
一度荷物を取りに家に戻り、下町の一番近い門のある東門に向かう。
当然門は閉まっているが、兵に金を掴ませて脇の兵士用の扉で潜り抜ける。
そこには三頭の馬を従えたノアとフレンがいた。
「探すんなら最後まで付き合うぜ」
「私も心配ですしね。あとずっと走るのはきついと思って、知り合いに馬を借りました。使ってください」
「お前ら・・・」
「珍しいカイトの焦った顔をからかいてーけどよ、まずは嬢ちゃんだ」
俺は頬を引っ叩き、気合を入れなおした。
二人にもしもの為と魔物対策の魔導具と連絡用の道具を渡す。
「ノアは東の道、フレンは南の丘を頼む。俺は北の森を探す。ナナは歩きだからそこまで遠くに行ってないはずだ。見つかったら道具を使ってくれ、他の端末がそれを光で知らせる」
「またへんなの作ってたんだな。今は助かるけど」
「では二人とも気を付けて下さい」
二人は頷き身につけていたバックとウェストポーチに入れる。
そうして再び俺たちはナナ捜索のために三手に分かれて馬を飛ばした。
彼女が無事てあることを祈って。