羽化と魔手(前篇)
「何、これ……」
ヒルデガルドさんに連れて行かれるようにして、宿屋で借りている部屋へと帰って来たのだけれども、そこにワイトワームの姿はなかった。
そこにあったのはいつものような芋虫の姿のワイトワームの姿はなくて――――――見ている度に色合いが変わって行く、大きなサナギの姿がそこにはあった。もしかしてこのサナギが、ワイトワーム?
「ワイトワームが変態した?」
「いや、龍斗様。サファイアからしたら、そんな変態的な格好ではないと思うんですけど……」
「変態……でしょうか? ご主人様?」
「…………」
変態。
意味、性的倒錯があって、性行動が普通とは変わっている状態。変態性欲。変態にはその意味だけではなく、動物で、幼生から成体になる過程で形態を変えること、おたまじゃくしがカエルに、蛹がチョウになるなども含まれるのである。と言うか、サファイアはともかくとしても、普通に地球で勉強して習っているはずの聖さんまで知らないってどう言う事なのだろうか。まぁ、ここは地球でないからそこまで覚えているような言葉ではないから良いと思うけど。
「とにかくこのサナギが、ワイトワームの変化した姿だと言う事は理解した。けれどもこれ、いつ頃になったら羽化する予定なんですか?」
「今のままのペースで行くと、ワイトワームが羽化するのは普通でしたら1週間から10日ばかりかかると思いますわ」
そんなに時間がかかる予定なのですか? ちょっとかかりすぎだとは思うけれども。まぁ、地球の芋虫だってサナギになってから羽化するのに時間がかかっていたし、時間がかかる事は可笑しな事ではないですし。そんな事を考えていると、黙っている僕にヒルデガルドさんが説明を始めた。
「ワイトワームは雑食性なんですが、食べた栄養分を2か所に蓄える事の出来る種類の魔物でして、1か所は通常時の活動のエネルギーに使うんですけれども、もう1か所は次の世代になるための栄養分として遺しているんです。まぁ、これは多くの進化する魔物はこの性質を持っているみたいです」
「つまり……次のためのエネルギーを用意している?」
進化のためのエネルギーを予め用意して置いて、進化する際に使用すると言う事か。なるほど、ならば1週間か10日待てば、これもちゃんとした形で進化を遂げると言う事か。
「ワイトワームの進化、か。そりゃあ、楽しみだ」
「けれども……ちょっと拙い事態になっちゃいまして。まぁ、これは龍斗さんにも関係がありますから」
僕にも?
「と言うと?」
「龍斗さんはワイトワームに色々な物を与えていましたよね。とりあえず、ワイトワームの成長を促しそうな物であれば」
「あぁ、まぁ……」
「サファイアも、何かの助けになるかと渡していましたけど」
「皆で、ワイトワームちゃんに色々とあげてましたね」
皆が皆、良かれてと思ってワイトワームに対して、何か出来ないかと思って与えていたと言う訳だ。餌を。
ワイトワームは基本的に雑食だから、なんても食べるし、どんな量でも時間さえ与えれば食べきるしね。
「けれども、それのどこが悪いと?」
「あまりにも栄養を蓄えすぎたせいで、進化が普通のワイトワームとは違う進化になってしまったみたいで……。簡単に言ってしまえば、羽化が独自では出来なくなってしまったようです」
進化のせいで、ワイトワームがサナギの皮を自力で破けなくなった? そんな事ってあるのだろうか?
「と言う訳で、普通だったら外から何も与えられないはずのサナギ状態のワイトワームちゃんに、龍斗君には今から【救いの雨】を使ってワイトワームちゃんにある物を外から与えて欲しいの。出来るでしょ?」
「まぁ、出来なくはないでしょうが……」
【救いの雨】は自分の何かを相手に与えると言う能力だったから、大丈夫だとは思うけど。サナギ状態のワイトワームに、【救いの雨】を使って一体何を与えると言うのだろうか?
「で、何を与えれば良いんだ?」
僕はワイトワームに何を与えれば良いか、ヒルデガルドさんにそう聞くのであった。