子供スイリュウは怒りに我を忘れる。
コテイ村にやって来た子供スイリュウはあまりの傷の痛さに頭を痛めていた。
《痛い! 物凄く痛い! な、なんで!? なんで私がこんな目に遭ってるの!? 一族の皆も、お母さんも、お父さんも、人間は私達に攻撃なんかしないって言っていたのに! どうして!? どうして私がこんな傷を受けてるの!?》
子供スイリュウはスイリュウ達の中で一番小さい、子供のスイリュウである。そして子供スイリュウは他のスイリュウから人間の事を聞いていた。
《人間にとって私達スイリュウは、神様として扱うから私達を攻撃はしません。けれども、私達が攻撃する事もしてはいけない。そして恩恵を与える。それが私達の掟》
その言葉を聞いていた子供スイリュウは人間はそう言った者だと思っていた。
自分達を尊敬してくれる、そう言った存在。
どちらも攻撃はしていけない、そんな間柄。
――――――でも、そんな子供スイリュウの夢は裏切られた。
たまたま、ある国の上を飛んでいた子供スイリュウ。子供スイリュウは街の中の人間達を微笑みながら見ていて、自分を見て笑いかける人々に自身も笑いかけて―――――――そして、腹を槍で貫かれていた。
《へっ……?》
やりぃ、とした顔をしている国の兵士達。
その時、子供スイリュウは理解していた。人間達は私達スイリュウを尊敬してはいない、ただただ倒せないから、反逆の機会を窺っていた。そしてそのターゲットに、まだまだ子供で鱗も弱い自分が選ばれたのだと。
子供スイリュウは人間への怒りで我を忘れていた。
自分が持っているのが人間では無く、スキュラとセルキーである事も分からないくらい怒りに身を震わせていた。
《もう許さない! スイリュウ一族、いや、本来であればあまり縁が無い他のリュウ達に協力を頼んで……むむっ、あいつは……》
そんな事を考えていると、子供スイリュウに近付く影があった。
それは明らかに人間だった。そいつは無謀にも子供スイリュウに近付く青年の姿だった。
《私を殺すつもりなの!? じょ、冗談じゃない! 殺す、殺される前に殺す!》
そう思いつつ、子供スイリュウは両手の邪魔者を話して、その近付いて来る青年に狙いを定める。何故、そうしたのかと言えば彼女の、子供スイリュウの本能で、一番厄介な相手を見極めたのだ。
手に持っていたセルキーやスキュラよりも、彼の方が厄介だと本能的に察したからだ。
そして水のブレスを吐こうとしたところ、目の前に現れた巨大なスイリュウに身体を掴まれて、ブレスが吐けなくなる。
《……味方がなんで邪魔をするの!? も、もしやこいつはスイリュウに化けたあの男の仲間……!? お、己、人間めー! あろう事かスイリュウに化けてまでおちょくるとは……!》
子供スイリュウは力を振り絞り、その巨大スイリュウの手を振りほどこうとする。そして実際に振りほどけつつあった。なにせこの巨大スイリュウはドッペルゲンガーのサファイアが自身の姿を変えて作った偽者のスイリュウであるため、大きさはともかくとしても本物のスイリュウの力に適うはずもなかったのである。
ともあれ、傷ついた身体で、偽物とは言えスイリュウの腕を振りほどくほどの力を持つこの子供スイリュウのスペックには、さしものサファイアも驚いていたが。
《くっ……! 血が抜けて力が出ない! ここまでですか!?》
その間にもあの青年は子供スイリュウの身体に近付き、手を差し出す。武器は持っていないので、子供スイリュウは何が出来ると鷹をくくる。
《私は子供ですけど、スイリュウの身体は、と言うかリュウの身体は総じて魔法への抵抗力が高い! どんな魔法だろうともこの身体には一切のダメージはない!》
そんな身体ゆえに治癒の魔法も効かないのだが、と子供スイリュウは付け足す。ともかく、魔法で何をしても無駄。そう、無駄なのだ。
―――――それなのに、
《な、なな、なんで!?》
あろう事か、その男の魔法が自身の身体に効いているのだ。魔法を通さない自身の身体が、そして
《き、傷が、治ってく!?》
その男がやっている魔法が、治癒魔法である事に驚きを隠せない。
子供スイリュウは男が、あの自分を傷つけた人間のように自分を攻撃すると思った。しかし、違った。
―――――彼は自分を治癒する為に近寄ってくれたのだ。
《……温かい。ホワホワする》
それは治癒魔法が効いている時に良く似た症状だったのだが、魔法が効かない子供スイリュウにとっては初めての経験だった。
そして傷は治り、その温かさに、その男がくれた温かさを抱いて、
――――――子供スイリュウは静かに眠りについた。