あおいこいのぼり
端午の節句ということで。
ちぃちゃんは、ひとりで家で待ちぼうけ。
大好きなお母さんは朝から苦しそうにしていたので、お父さんが病院に連れて行ったのです。
「もうすぐお姉ちゃんになるからね」
お母さんが出かけるときに玄関先でちぃちゃんに言いました。
だからいい子で待っていてねと変な顔で笑っていました。
お母さんのおなかの中に赤ちゃんができてから、ずっとずっとお姉ちゃんになることを楽しみにしていたちぃちゃんは、お母さんにこくんと頷いて言われたとおりに中から鍵を閉めてお母さんが帰ってくるのを待っていました。
ところがどれだけ待ってもお母さんもお父さんも赤ちゃんも帰ってくる様子はありません。
そろそろお昼ごはんの時間だというのに、誰も帰ってこないのです。
ちぃちゃんは寂しくなって外に出ようとしましたが、いい子に待っていると約束をしたので我慢しました。
その時です。
こんこんと、窓を叩く音が聞こえてきました。
だれかくるときはげんかんのベルをならしていたのに、いったいだれがきたのかな
ちぃちゃんはまだちいさかったので窓の外をみることができません。
ですから小さな椅子をよっこらしょと窓のところまで運んで、カーテンを開けました。
するとどうでしょう。
そこには誰もいないのです。
なーんだ。かぜさんのおとだったの。
ちぃちゃんはカーテンを閉めようとしました。
するとまた窓を叩く音が聞こえます。
あんまりにも驚いたので、ちぃちゃんは椅子から転げ落ちました。
「ちぃちゃん、大丈夫?」
外から声が聞こえます。
ちぃちゃんのことを知っているのだからきっとお友達が遊びに来たのでしょう。
ちぃちゃんはよいしょよいしょともう一度椅子によじ登って、窓の外を見ました。
やっぱり誰もいません。
おかしいなと思って首をひねっているとまた声がきこえました。
「ちぃちゃん、下だよ。下にいるよ」
やっぱり驚いたちぃちゃんでしたが、今度は転げ落ちませんでした。
そのかわりガラスにぺったりと額をつけて下を覗き込んだのです。
「ちぃちゃん、こんにちは。今日はとても良い日ですね」
そこには黒いこいのぼりと赤いこいのぼりが尾ひれを足代わりに立っていて、ちぃちゃんを見つけるとぺこりと頭を下げました。
「こんにちは、こいのぼりさんたち。どうしておそらをおよいでいないの?」
「それはね、ちぃちゃんの家にはまだ僕たちをつなぐ柱がないからなんだよ」
「ふーん」
ちぃちゃんは不思議でした。
ご近所さんにあるこいのぼりはみんな空を気持ちよさそうに泳いでいて、目の前のこいのぼりのようにお辞儀なんてしないのです。
「あの、ちぃちゃん。お邪魔していいですか」
「でもしらないひとはいえにはいっちゃだめなんだよ」
「僕たちは人じゃないので大丈夫です。それにとっても素敵なプレゼントをもってきました」
そっかあ、こいのぼりさんだもんね。
ちぃちゃんは納得をして、こいのぼりに玄関まで来るように言いました。
閉めていた鍵をがちゃんと開けたとたん、こいのぼりは扉を大きく開けて入ってきました。
黒いこいのぼりと赤いこいのぼりはぺこりぺこりと何度かお辞儀をしてとんとんと三和土を上がって部屋にはいると、そのあとを色とりどりの吹き流し、強面の鍾馗旗、綺麗に咲いた菖蒲の花が続きました。
「こんにちは、ちぃちゃん。今日はとても良い日ですね」
先ほどと同じこと黒いこいのぼりは言いました。
そしてお腹の中から綺麗な柏餅を出すと、ちぃちゃんに差し出しました。
「今日は端午の節句です。柏餅はとても縁起のいいお菓子なんですよ。どうぞおひとつ」
黒いこいのぼりは机の上に出した柏餅をひれでちぃちゃんの前に押し出しました。
すると赤いこいのぼりはあきれたように言いました。
「黒さん。そんな堅苦しい言葉じゃあちぃちゃんにはわからないでしょう。ちぃちゃん。今日はとてもうれしい日です。みんなでお祝いをしたくてこうやってちぃちゃんの家にやってきました」
「「「おめでとうございます」」」
赤いこいのぼりの声に合わせて、みんながお祝いを言いました。
ぎゅるるるる
なんてことでしょう。
みんながお祝いをいってくれているというのに、ちぃちゃんはおいしそうな柏餅を見てお腹を鳴らしてしまったのです。
これには黒いこいのぼりも赤いこいのぼりも鍾馗旗も吹き流しも菖蒲もみんな笑ってしましたが、お腹が空いているのならちょうど良いと、柏餅を食べるようにと言いました。
ちぃちゃんは恥ずかしくてトマトのように真っ赤になりましたが、みんなが嬉しそうに笑っているので出された柏餅ぱくりと食べました。
その柏餅のなんて甘くておいしいこと。
ちぃちゃんがおいしいおいしいと頬張るので、黒いこいのぼりや赤いこいのぼりたちは嬉しくなって踊りだしました。
あまりに楽しそうに踊るので、ちぃちゃんもだんだんと楽しくなって、いつの間にかこいのぼりたちと一緒に踊っていました。
くるくるくるくる
どんどんどんどん
ちぃちゃんはひとりで寂しかったことも、苦しそうなお母さんの顔も、この時ばかりは忘れて楽しみました。
どのくらい踊っていたのでしょうか。
踊り疲れたちぃちゃんは、気が付くと畳の上でぱったりと寝ていたのです。
黒いこいのぼりも赤いこいのぼりも鍾馗旗も吹き流しも菖蒲もみんな顔を見合わせてくすりと笑いました。
「ちぃちゃんはとてもいい子。だからプレゼントを持ってきたんだよ」
黒いこいのぼりはそういうと、小さな小さな青いこいのぼりを赤いこいのぼりから受け取って、ちぃちゃんの小さな手のひらに握らせました。
そうして自分たちの薄い体を重ねてちぃちゃんが風邪をひかないようにと体の上に寝そべりました。
「ちぃ。弟が生まれたよ。……ちぃ?」
お父さんが居間にはいるとそこには、押し入れからだしたのでしょう、気の早いおじいさんとおばあさんが生まれる子供のために買ってくれたこいのぼりを引っ張り出して布団代わりにしたちぃちゃんがすやすやと寝ていました。
手には小さな青いこいのぼり。
可愛らしい姿にお父さんは微笑んで、ちぃちゃんを起こさないように抱き上げて、病院へと向かいました。