表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
抗争之章
97/404

焙烙割り 其之壱

さて、いつになくにぎわう壬生寺のまえでは。

殿内義雄とともに幕府から浪士組の取りまとめをたくされた家里次郎が相棒の帰りを待っていた。

あいかわらず、小洒落こじゃれ縮緬ちりめん羽織はおりなどを着ている。


家里は、先ほどから北門を挟んで反対側に立つ人待ち風の若い女に気をとられていた。

子連れだが、京でも滅多めったに見ないほどの美人だ。

まだ二十四と年若としわかい家里は、身なりに気を使っているだけあって、憂国の士であると同時にいっぱしの艶福家ジゴロだった。


普段なら一声かけるところだが、あいにく今日はこの茶番ちゃばんじみた接待につきあったあと、芹沢や近藤たちと、浪士組の主導権をめぐる対決がひかえている。

しかも、相棒あいぼうの殿内は今夜にも京を立ち、顔のく江戸で仲間を集める予定だ。

殿内は朝早くに宿舎を出て、夜の会合場所付近に旅支度たびじたくを隠しに行っていた。

芹沢たちとの協議を終えたその足で、江戸に向かうつもりなのだ。

彼が戻ってくるまでのあいだ、家里自身もこの京で仲間を増やし、加えて芹沢たちを独力で監視かんししなければならない。

やることが山ほどあった。

まもなく殿内がやってきて、これからのことをもう一度申し合わせることになっている。

残念だが女にかまっているひまはなかった。


とは言え、気になるものは気になる。

その美しい女が、おそろいの色無地いろむじを着せた少女と話すのに聞き耳をたてていた。


「沖田はん、これ見たらびっくりする?」

少女は自慢らしい藤色ふじいろの着物のそでを広げてみせた。

「うん。びっくりすると思う」

少女に微笑みかけて、物憂ものうげに坊城ぼうじょう通りの先をあおぎ見たその母が、石井秩いしいいちだった。


二人はすでに四半刻しはんときも、この狂言に招待しょうたいしてくれた沖田総司を待っている。

「おそいなあ?」

娘の雪は、母にならって八木邸のほうを見ながら待ち遠しそうにぴょんとねた。

答えに詰まった秩は曖昧あいまいな笑みを浮かべるしかない 。


家里はその横顔を見て、意を決したように二人に近づいた。

「どなたかをお待ちですか?」

秩は戸惑とまどったように、

「招待してくれた知人と待ち合わせしております」

と応えた。

「私は浪士組の人間です。よろしければ、席をご用意できると思いますが」

こういうときの家里は、書生風しょせいふうの好青年にしかみえない。

彼は土方のように黙っていても相手が寄ってくるというタイプではなかったが、女性に警戒心を与えない術を心得ていた。


しかし義理堅ぎりがた石井秩いしいいちは、ぎこちない笑みを浮かべて、

「いえ、お構いなく。もう少し待ってみます。」

とその申し出を断ると、雪の手を引いて逃げるように本堂の方へ行ってしまった。

家里はその後ろ姿を見送りながら、

「コブ付きじゃなきゃあ、国事こくじをすっぽかしてでも口説くのに」

歯噛はがみした。



開演も間近になったころ、ようやく殿内義雄とのうちよしお壬生寺みぶでらに到着した。

すなわち、殿内を尾行びこうしている沖田総司と粕谷新五郎かすやしんごろうもまた、壬生村に戻ってきたわけである。


沖田は土塀どべいの陰から殿内が家里と合流するのを見届けたが、さきほどまでそこに石井秩いしいいち母娘おやこがいたのを知らない。

しかし、頭のどこかで二人のことが引っかかっている。

殿内義雄と家里次郎が北門の前で何かヒソヒソと話しあっているのを見て、

「ちっ、さっさと入れよ」

と、思わず考えが口をついて出てしまった。

粕谷新五郎はピクリと眉をうごかして沖田を横目で見た。

「何をイライラしている」

「別に。嫌なことはさっさと終わらせたいだけですよ」

沖田は口をとがらせた。


「これからどうします?」

殿内たちがようやく壬生寺の中に入っていくのを見届けながら、沖田はたずねた。

問われた粕谷はあいかわらず思いつめた表情のまま、ふところで腕を組んだ。

狂言きょうげんが終わるまで待機するしかあるまい。今のうちに飯でも食っとけ」

「粕谷さんは?」

「私はいい」

「わたしの方が年下なのに、そういうわけにもいかないでしょ。じゃあ、おゆうちゃんに言ってにぎメシでももらってきます」

沖田はため息をつくと、壬生寺のすぐ裏手にある八木家の方へ足を向けた。

しかし、ふと思い直してふり返ると粕谷の前に回り込んで、

「それから!くれぐれも変な気を起こさないでくださいよ!」

けわしい表情でくぎをさした。

粕谷はチラリとその顔を見てふんと鼻を鳴らした。



「おにぎり作ってよ」

沖田は八木家の台所に入ってくるなり、ゆうの背中にそう声をかけた。

家人の昼食を用意するため沢庵を切っていたゆうは、おどろいて振り返った。

「お、沖田はんか。びっくりささんといて」

「聞こえた?おにぎり作って」

「な、なんや、いきなり現れてその言い草は。『どうかおにぎりを作って下さい』やろ?」

ゆうは片方の手で沢庵たくあんをつかんだまま沖田に包丁を突きつけた。

「ム…ムカつくなあ」

沖田は包丁の切っ先を睨みながらつぶやいた。

ゆうはおもむろに包丁を置くと、その手のひらを耳元にあてて問い返した。

「ハ~ア?なんてえ?聞こえへんなあ?」

「ぐ…つ、つくってください」

時間に余裕のない沖田は、また不毛な争いを繰り返すわけにもいかず、屈辱くつじょくに肩を震わせながら復唱した。

「どこ行っとったん。この忙しいのに、朝から原田さんがおらんゆうて大騒ぎなんやで」

ゆうは塩を入れたツボを引っ張り出しながら、例の失踪しっそう事件を告げた。

「いつから?」

沖田はゆうが切っていた沢庵を一切れ手にとってたずねた。

「昨日の昼」

「ええ?昨日為三郎たちと壬生寺に遊びに行ったとき見かけたぞ」

「な、なんでうちも誘うてくれへんかったん?!」

ゆうは不満のあまり、少々見当はずれの反応でわざわざ沖田を喜ばせてしまった。

「イチャイチャしてたから声かけづらくて」

意地悪くニヤついて、沖田は沢庵をかじった。


一気に台所の緊張が高まったところへ、ぼちぼち壬生寺へ向かおうかという永倉新八が顔をだした。

「おゆうちゃん、みんな出払うんで、お客が来たら狂言堂にいるとつたえてくれ…」

そこまで言って、沖田に気づいたらしい。

「おう、総司。お帰り」

「また、すぐに出ますよ」

沖田は不満そうにこたえた。

「そっかあ、こんな日に仕事とはついてないねえ、ひひひ。そういや、左之助は一緒じゃないよな?」

永倉が社交辞令のように原田の一件を付け足すと、ゆうせきをきったようにまくしたてた。

「この人、昨日壬生寺に遊びに行ったとき原田はん見たらしいで!ちゅうか、子供らの相手にかこつけて毎日毎日フラフラフラフラ、ほんま、どうなん?こういう…」

沖田はゆうを黙らせるために沢庵たくあんを三切れほど、その口に押し込んだ。

静かになったところで、永倉は沖田の顔を見て聞き返した。

「どこに居たって?」

「あ~っと、たしか昼前に見所に行ったとき、赤い顔して奈落ならくの下のぞき込んでたから『酔っ払ってそんなとこいたら落ちますよ』って声かけたの覚えてる」


「まさか…」

永倉とゆうは顔を見合わせた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=929024445&size=135
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ