表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
抗争之章
94/404

敗残の兵は語る 其之参

殿内が再び四条大橋の方へ歩き出す。

二人の追跡ついせきも再開され、沖田は黙って話のつづきを待った。

「しかし、他にも私のような者は大勢いた。我々は水戸街道の長岡宿ながおかじゅくあたりに集結し、誰がいうともなく長岡勢ながおかぜいと呼ばれるようになった」

水戸から離反りはんしたこの過激派の事件は長岡屯集ながいかとんしゅうと呼ばれ、天下の副将軍とうたわれた前水戸藩主、徳川斉昭とくがわなりあきをも悩ませた。

「…で?」

いつしか沖田は話に引き込まれていた。


しかし。

「おしゃべりは、ここまでのようだ」

粕谷はふいに言葉を切って、前方にあごをしゃくる。

標的ひょうてきはついに四条大橋の手前、高瀬川たかせがわに掛かる小橋こばしを過ぎた。

「鴨川を渡りきって、最初に曲がったつじでやる」

粕谷新五郎の身体からかすかな殺気が立ちのぼった、そのとき。

殿内は橋の手前をわきにそれて、河川敷かせんじきを降りていった。


「な、なんだよあいつ、おどかすなよな」

沖田が止めていた息を吐いて、小さくどくづいた。

「しかし、こんなところで何をする気だ?」

不審ふしんげに目を細める粕谷は、まだ緊張きんちょうを解いていない。


川沿かわぞいをひと気のない方へ歩いていった殿内義雄は、やがて辺りをうかがうようにして低木ていぼくしげみに持っていた荷物をかくした。

そして、さりげない風をよそおい再び土手をのぼっていく。


「私が後をつける。きみはあの荷物を」

粕谷はすばやく役を割り振って、さっさと殿内を追って行った。


沖田は、割り当てられた役目には不満だったが、渋々(しぶしぶ)茂みをかき分けて例の荷物を探しはじめた。


「あったぞ」

急いで包みをいてみると、あんじょうかさ合羽かっぱ脚絆きゃはんなどの旅装りょそうが出てきた。

振り分けかごには少々の食料も入っている。

「やはり遠出とおでする気か…」

手早く荷物を元の位置にもどし土手をけ上がると、四条大橋のたもと辺りにまだ粕谷の姿がある。


「…殿内は?」

沖田は息を切らしながらたずねた。

「かどのタバコ屋に入った」

粕谷は数間すうけんさきの店を目立たないように指さした。


「どうやら、るのはうたげの後になりそうだな」

粕谷の声にはどこか安堵あんどひびきがある。

店を出てきた殿内は今来た道を引き返していった。

いったん壬生村みぶむらに戻るつもりのようだ。


「それで?」

沖田はそう言って粕谷の顔を見た。

「あとは、今夜の話し合いで決着がつくことをいのるしかなかろう」

粕谷はふところで腕組みをすると、また殿内の後をつけ始める。

「ちがいますよ。長岡で集まった粕谷さんたちは、それからどうなったんですか」

「その話か、あとは…そう面白い話でもない」

粕谷は大きなため息をもらした。

「だって、ここまで聞いたんだし気になるでしょ」

もっともな言い分に、粕谷はあきらめて話しを続けた。

「どうにもならんさ。結集した我々は、密勅みっちょくを返すなどもってのほかと水戸城へ押しかけようとしたが、その前に藩は長岡勢ながおかぜい追討ついとうを命じていた。蜂起計画ほうきけいかくおもだった者は江戸へのがれ、かくを失ったことで組織は分解、やがて仲間は例の大獄たいごくでひとり、また一人と捕らえられていった。そしてついに、私にも追求の手がのびた。そのとき切腹せっぷくを試みたがたせず、みっともなく生き永らえたまま投獄とうごくされたというわけだ」

「…それで?そこで粕谷さんの物語は終わりですか」

沖田は粕谷の横顔にたずねた。

殿内が壬生村へ向かっていることはもはや疑いようがなかったが、それでも粕谷は標的ひょうてきから目を離さない。

「私自身の話は、な。だが、追跡をのがれた一部の仲間たちは違った。安政あんせい七年、水戸脱藩浪士といえば、いくら政治にうといきみでもピンとくるだろう?」


「…桜田門外さくらだもんがいへん…!」

沖田は地面に視線を落とし、声をしぼり出した。


「ああ。追討ついとうを逃れたわれわれの残党は、桜田門の前で決死の斬り込みをおこなった。そして、あの井伊直弼いいなおすけを討った」


言葉を失った沖田が顔をあげると、こちらをじっと見つめる粕谷と目が合った。

「これで分かっただろう?私ははらを切ることすらかなわず、この剣をもっとも必要とされたとき、その場にいなかった。同志たちが戦い、死んでいったときに、私はただむなしく牢獄ろうごくの小さな窓から雪を眺めていたのだ。私という人間は、卑怯者ひきょうものの死にぞこないなんだよ」

沖田は粕谷のあおざめた顔から目をらせなかった。

それは歴史のうねりからはじかれ、死に場所を与えられなかった男の、苦悩くのうの表情だった。


沖田は、尾行びこう中ということも忘れ、思わず殿内の背中を指差ゆびさして声を荒げた。

「それで今日ここで殿内とちがえて死のうとした?バカバカしい!それこそ犬死いぬじにだ!」


「大きな声をだすな。すべもなく、ただ同志どうしが次々とたおれてゆくのを見送ることしか出来なかった者の気持ちなど、きみにはわからん」

粕谷新五郎は、思いのたけき出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=929024445&size=135
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ