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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
抗争之章
89/404

壬生狂言 其之参

「おいおい、チビッコどもはどこいった?」

沖田が人混みの中に目をらしたとき、

「沖田さん!」

と声がして、雪の母 石井 いしいいちが小走りにけよってきた。

「おいちさん、どうしたんです?」

沖田はこんな時間に診療所勤しんりょうしょづとめのいちがいることに驚いてたずねた。

「さっき、八木家の奥様が娘さんのお薬をもらいに来られたんですけど、うちの子が屯所とんしょまでお邪魔してるとうかがって!お屋敷に行ったら、沖田さんとここにいると…!」

いちは息を切らしながら、申し訳なさそうに何度も頭を下げた。

「それで、そんなにあわててて来たんですか?」

沖田は可笑おかしそうに頭をかいている。

「けど、お仕事があるのに、ご迷惑めいわくだったでしょう」

「市中見回りの間くらいなら、八木家の次男坊じなんぼうに任せときゃ大丈夫ですよ。それよりおいちさんこそ、お仕事はいいんですか」

「え、ええ。今日は患者さんも少ないので早めのお昼休みをもらって来ましたから」

「なら良かった。今日はお雪ちゃんをしかるのはナシですよ。わざわざわたしを訪ねてくれて光栄に思ってるんですから」

「でもあの…はい」

いちは出かかった言葉を飲み込んで、哀しげな微笑びしょうを浮かべた。

「じゃ、おいちさんもちょっと見物していきませんか?」


そこへ藤堂が子供たちの手を引いて戻ってきた。

「おおい、こいつら池のとこで遊んでたから全部捕まえてきたぞ!」

何があったのかおおよそ想像はつくが、藤堂のハカマドロだらけになっている。

「あ!」

母の姿に気づいたゆきが藤堂の手を振りほどいてけ出した。

雪が見知らぬ女性に抱きつくの見て、藤堂は沖田に問いかけるような視線をなげた。

「あ、ああ、お雪ちゃんのお母さん。ほら、三番隊が泊まってた浜崎診療所の人」

妙にアタフタする沖田に藤堂はなにかを察したのか、意味深いみしんな笑みを浮かべてほおを寄せた。

綺麗キレイだけど、人妻はマズイぜ。火遊びはほどほどにな」

そう耳打ちすると、沖田に言い訳をするいとまをあたえず、大きく伸びをして背中を向けた。

「さってっと、そろそろなんか手伝ってくるかな!」

藤堂は気をかせたつもりだったが、すぐそばにいた八木家の長男秀二郎がその言葉を聞き逃さなかった。

「ほな、あっちでまく張んの手伝ってもらいまひょか」

「ゲ、ヒデ!」

男手おとこでが足らんゆうて、わたしもり出されましたんや。ヒマな人がもう一人おって助かったわ」

秀二郎はいつもの仏頂面ぶっちょうづらで、藤堂の肩をガッチリつかんだまま離さない。

「秀二郎さんは舞台に出ないの?」

照れかくしのつもりなのか、沖田はとってつけたような質問をした。

「アホな。こんなご時勢じせいに、呑気のんきにカンデンデンでもないでしょ」

秀二郎はなく答えると、藤堂を引きずって行ってしまった。


「かんでん…なんです?」

取り残された沖田は、問いかけるようにいちの顔を見た。

「さあ?すみません、私も大坂から出て来て日が浅いので…」

戸惑ういちを沖田は意外そうな面持おももちでながめた。

「あれ?そうなんですか」

「ええ。夫に死なれてからこちらへ移ったので、まだ一年にも満たないんです」

「え?だけどご主人のお墓はここに…」

いちの顔に、これ以上そのことには触れられたくないという表情が浮かぶのをみて、沖田はあわててとりつくろった。

「いや、すみません。立ち入ったことを。じゃあ、おいちさんも壬生狂言みぶきょうげんた事ないんですね」

「ええ」

「…なんだ?カンデンデンて…気になりませんか?」

いちはようやく微笑ほほえんだ。

「はい。ちょっと気になります」


人の良さそうな近所の小作人こさくにんの青年が、二人の会話をれ聞いたらしく、親切に説明を買って出た。

「お侍さん、カンデンデンゆうんはね…」

ところが、そこまで言ったところで別の男が強引ごういんに彼の腕をつかんで沖田たちから引き離してしまった。


「アホ、あれはミブロや、口きいたらあかん」

その男は声をひそめたが、沖田たちにははっきりそう聴こえた。


いつの間にか周囲は見物客でごった返しており、そこかしこから「ミブロや」というささやき声が聞こえてくる。

沖田は、悪意のある視線にとまどって、

「まいったな。ひょっとして、わたしと一緒にいちゃ、あなたに迷惑めいわくがかかりませんか?」

と申し訳なさそうにいちを見た。

彼女は、身を守るようにきつく両腕を抱いて、まっすぐ誰もいない舞台を見つめている。

「私は気にしませんから。沖田さんも堂々としていて下さい」

「いや、わたしはなんとも思っちゃいませんが…」

ほこれるお仕事をなさっているのだから当然です。なら、私をあちら側の人間と一緒にするのは侮辱ぶじょくだと思いませんか」

そのりんとした横顔は、まるで中沢琴のようだと沖田は思った。

「わかりました。じゃあ一つお願いがあるんですが、明日、お雪ちゃんと一緒に狂言を観に来てくれませんか」

いちは驚いた顔で沖田を振り向いて、

「でも…」

と口ごもった。

「知ってるんですよ。明日は浜崎先生も招待してるから、つまり、診療所は休みですよね」

「あ、」

いちはあきれた様子で沖田を軽くにらんだ。

沖田はわるびれずに、その視線を軽く受け流す。

「たてまえは会津藩の接待ですが、みなさんと親睦しんぼくを深めるのも目的の一つですから、ね?ぜひ」

「おかあはん、悪いキツネをな、やっつける話やねんて、なあ、おかあはん、見に来ようなあ」

雪は母親の着物のすそにまとわりついて、小さく飛びねながらねだった。

「ほら、お雪ちゃんも気になってるみたいだし、もちろんわたしもいますから」

いちは、小刻こきざみに首を振って根負こんまけしたように微笑んだ。

「それじゃあ。お言葉に甘えてよろしいですか」

「席をとって待ってます。きっとですよ」



―その日の夜


「ああああああああ、つっかれたあ」

沖田総司はようやく八木家のはなれに帰ってくると、あしを投げ出して倒れ込んだ。


今日という日のスケジュールは、まさに殺人的だった。


壬生寺で石井秩いしいいちと別れたあと、その脚で隊務たいむにもどった沖田は、

禁裏きんりの北側一帯をくまなく巡回じゅんかいして、

屯所とんしょに戻るなり夕方まで三人の子供たちの相手をさせられ、

日が落ちる前には雪の手を引いて浜崎診療所に送り届けたのである。


沖田が寝転んだまま開け放った縁側えんがわから庭の外をながめていると、近藤、山南、土方らが暗い表情で帰って来るのが見えた。

「おかえり」

半身はんみを起こして声をかけたが、三人とも「ああ」とか「おお」とか生返事なまへんじしかしない。


遅い夕飯の席でも三人の口は重いままだったが、沖田も含め誰もあえて今日の首尾しゅびを聴き出そうとはしなかった。



ところが、その夜の四つ(10:00pm)過ぎ、

みながそろそろ寝静まろうかという時になって、土方歳三が近藤の目を盗むように沖田のそでを引っ張った。

「…総司、ちょっと」

「なんです?」

土方は目配めくばせをして音もなく部屋を出て行く。

ついてこいという意味らしい。


沖田は用心深くしばらく間をおいてからかわやに立つふりをして部屋を出た。

はなれの外は月明かり以外なにもないやみだ。

「…土方さん?」

沖田は小声で呼びかけた。

「こっちだ」

土方の声がすると同時に腕をわしづかみにされ、沖田ははなれの裏手うらてに引きずりこまれた。


「なんなんです?こんな勿体もったいぶった手順をんで話さなきゃならない用件って」

沖田は不機嫌ふきげんな顔で腕を組み、壁に寄りかかった。


「お前に斬って欲しい男がいる」

土方は唐突とうとつに切り出した。

その声にはまるで抑揚よくようがない。

沖田は一瞬目を見開いたが、すぐに問い返した。

「…誰です」

「いつもみたいに、なぜとかどうしてとか聞かないんだな」

「これは仕事ですよね。わたしは剣の腕を生かすために此処ここにいる。そういうのは任せますよ」

土方は、沖田の覚悟かくご見定みさだめるように少し間をおき、話しを続けた。

「…上等だ。明日中にケリをつける」


「…明日…か」

低くつぶやいた沖田の眼にわずかな動揺どうようが走ったが、この暗闇くらやみで土方がそれに気づくはずもなかった。


ちなみに「壬生さんのカンデンデン」とは鐘や太鼓の音を擬音化した壬生狂言の俗称だそうです。

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