ある、日常 其之参
山南敬介と土方歳三は、騒がしい離れを嫌って、壬生寺の裏手にある水茶屋で何ごとか相談を終え、帰ってきたところだった。
二人を押し退けるようにして沖田が門を出ていくと、土方と山南は顔を見合わせた。
「あ~あ、まったく!バカばっかりだ、バカしかいねえ…」
「それにしても、あの娘はすっかり居ついてしまったな」
しかし祐はすっかりしょげ返っていた。
「ほら、土方はんがうちのこと睨んどる。なんやうち、みんなから嫌われとるみたい」
藤堂が励ますようにその肩を叩いた。
「そりゃねえだろ。あの誰とも打ち解けない阿比留さんですら、お祐ちゃんを気に入ってるみたいだしさ」
藤堂の言うとおり、江戸から共に上京した阿比留鋭三郎も、祐にひとかたならぬ執着を抱いている。
祐は元気を出すどころか、嫌なことを思い出したようにゲンナリした。
「ああ、あの人。しつこうてかなんわ」
土方は祐の憂い顔を遠目に見て腕を組んだ。
「どうも無駄に見た目がいいのが良くねえんだ。おかしなことにならなきゃいいが」
色恋に関してはあれだけ奔放な土方歳三も、職場に若い女性が出入りすることについては、あまり快く思っていなかった。
いや、むしろ男女の愛憎が引き起こす複雑な問題をよく知るからこそ、悪い影響を懸念したのかもしれない。
「八木さんのお屋敷に仮住まいさせて頂いてる以上、女性が出入りするのは、ある程度仕方ないさ」
そう諭す山南敬介も、若い女性全般があまり得意ではなかったから、表情は冴えない。
しかし、奥向きのことを取り仕切る八木雅は、甲斐甲斐しく家事を手伝う祐をすっかりアテにするようになっていたから、さすがの土方にも文句のつけようがなかった。
土方は縁側の踏み石を上りながら、一同に睨みを効かせた。
「おまえら、市中の巡察は終わらせたんだろうな?」
ごろ寝していた原田が、鼻をほじりながら振り返る。
「ああ。裏のお寺でナントカいう法要をやってっから、村ん中は賑やかだが、それ以外は平和なもんさ。夕方にお城の辺りをもう一廻りしてくるつもりだが、ひょっとすると清河が出てって都にゃ一人も悪者がいなくなっちまったんじゃねえのか?」
祐は水を汲んだ桶を片手に戻ってくると、疑わしげに聞き返した。
「ほんまに?うちが今朝三条の方を通ったときも、なんや騒いどったで?」
それを聞いた土方は、憂鬱そうに山南と目配せをかわした。
さて、ここで早朝の三条河原に半日ほど時間を巻き戻す。
捕らわれたのは、妙宝寺の寺役正淳と水戸東清寺の寺役光淳という若い僧で、三条大橋そばにある豊後屋という宿に泊まっているところを古東領左衛門らに踏み込まれた。
その際、僧侶は三人いて、一人は捕り逃したと伝わっている。
「ほなけど、せっかくここに坊さんが二人もおるのに、供養出来るもんがおりゃあせんち言うがはどういたもんぜ」
岡田以蔵は抜き身の脇差をダラリと手に下げたまま、縛られた僧侶たちの周りをグルグルまわった。
「きさまら、かならず仏罰が下るぞ。地獄の業火に焼かれるがいい!」
正淳が毒づいた。
この僧侶たちが呪詛の祈祷を行ったと信じている浪士たちは、不安そうに顔を見合わせた。
「因果応報ちゅうやつかえ?けんど殺生は人間の業じゃき」
以蔵は教義について妙に考え深げに意見を述べると、いきなり若い光淳の頭を鷲掴みにして、一気に首を掻き切った。
切断された器官からヒューという耳障りな音が漏れる。
恐怖で叫びだしそうになる正淳の頬に、血にまみれた脇差の腹を押し当て、以蔵は囁いた。
「しーーーー、ほたえな。大きな声を出したら、近所迷惑じゃ。みな、まんだ寝ゆうき」
そして、手にした生首を正淳の膝の上へ無造作に放り投げた。
「ほいたら、こいつは、なんの科があって、こねえ目に会うんじゃろのう?まっこと、世は無常ぜよ」
正淳の目がみるみる充血していった。
彼は涙を浮かべながら同僚の亡骸に手を合わせた。
彼らに天誅を与えようとしていたはずの浪士たちも、同情を隠しきれず、思わず顔をしかめる。
人斬り以蔵は悲しそうに正淳の坊主頭を撫でた。
「おまんの方が徳が高そうやき、後回しにしたがぜ。せいぜい友達が成仏できるよう拝んじょき。おまんの供養は…ほうじゃのう、ま、ここいらあ坊さんの数は足りちゅうきねや」
この暗殺は、岡山出身の尊攘派志士、藤本鉄石の指示によるものとされる。
藤本は、絵師としても知られた人物で、言わば藤堂平助らが溺愛する英泉と同業だが、およそ退廃的な美を理解するような類の芸術家ではなかった。
こののち、例の吉村寅太郎とともに「天誅組」を組織することになる男だ。
「んん?ところで、若い坊さんの宗派は、おまんと一緒じゃったかえ?」
正淳は以蔵のふざけた態度に耐えかねて何か言い返そうとしたが、そのときすでに彼の首は飛ばされていた。
再び、昼下がりの壬生村。
市中の見回りを終えた斎藤一と島田魁が八木邸に帰ってきた。
壁に向かって書き物をしていた山南敬介が、背後を通り過ぎる斎藤に声をかけた。
「どうだった?」
「別に。三条大橋に水戸から来た坊主の生首が二つ並んでたくらいです」
斎藤は無愛想にこたえると、ゴロリと身を横たえた。
※ちなみに『色自慢江戸紫』は、全三巻らしいですよ。
まあ、どうでもいいでしょうが。




