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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
抗争之章
86/404

ある、日常 其之参

山南敬介と土方歳三は、騒がしいはなれを嫌って、壬生寺の裏手うらてにある水茶屋みずちゃやで何ごとか相談を終え、帰ってきたところだった。

二人を押し退けるようにして沖田が門を出ていくと、土方と山南は顔を見合わせた。

「あ~あ、まったく!バカばっかりだ、バカしかいねえ…」

「それにしても、あの娘はすっかり居ついてしまったな」


しかしゆうはすっかりしょげ返っていた。

「ほら、土方はんがうちのことにらんどる。なんやうち、みんなから嫌われとるみたい」

藤堂がはげますようにその肩を叩いた。

「そりゃねえだろ。あの誰ともけない阿比留あびるさんですら、おゆうちゃんを気に入ってるみたいだしさ」

藤堂の言うとおり、江戸から共に上京した阿比留鋭三郎も、ゆうにひとかたならぬ執着しゅうちゃくを抱いている。

ゆうは元気を出すどころか、嫌なことを思い出したようにゲンナリした。

「ああ、あの人。しつこうてかなんわ」


土方はゆううれい顔を遠目とおめに見て腕を組んだ。

「どうも無駄ムダに見た目がいいのが良くねえんだ。おかしなことにならなきゃいいが」

色恋いろこいに関してはあれだけ奔放ほんぽうな土方歳三も、職場に若い女性が出入りすることについては、あまりこころよく思っていなかった。

いや、むしろ男女の愛憎あいぞうが引き起こす複雑な問題をよく知るからこそ、悪い影響えいきょう懸念けねんしたのかもしれない。

「八木さんのお屋敷に仮住まいさせて頂いてる以上、女性が出入りするのは、ある程度ていど仕方ないさ」

そうさとす山南敬介も、若い女性全般があまり得意ではなかったから、表情はえない。

しかし、奥向おくむきのことを取り仕切る八木雅は、甲斐甲斐かいがいしく家事を手伝うゆうをすっかりアテにするようになっていたから、さすがの土方にも文句のつけようがなかった。


土方は縁側のみ石を上りながら、一同ににらみを効かせた。

「おまえら、市中の巡察じゅんさつは終わらせたんだろうな?」

ごろ寝していた原田が、鼻をほじりながら振り返る。

「ああ。裏のお寺でナントカいう法要ほうようをやってっから、村ん中はにぎやかだが、それ以外は平和なもんさ。夕方にお城の辺りをもう一廻ひとまわりしてくるつもりだが、ひょっとすると清河が出てって都にゃ一人も悪者がいなくなっちまったんじゃねえのか?」

ゆうは水をんだおけを片手に戻ってくると、疑わしげに聞き返した。

「ほんまに?うちが今朝けさ三条の方を通ったときも、なんや騒いどったで?」

それを聞いた土方は、憂鬱ゆううつそうに山南と目配めくばせをかわした。



さて、ここで早朝の三条河原に半日ほど時間を巻き戻す。


捕らわれたのは、妙宝寺の寺役じやく正淳せいじゅん水戸東清寺みととうせいじ寺役じやく光淳こうじゅんという若い僧で、三条大橋そばにある豊後屋ぶんごやという宿に泊まっているところを古東領左衛門ことうりょうざえもんらに踏み込まれた。

その際、僧侶は三人いて、一人は捕り逃したと伝わっている。


「ほなけど、せっかくここに坊さんが二人もおるのに、供養くよう出来るもんがおりゃあせんち言うがはどういたもんぜ」

岡田以蔵は抜き身の脇差わきざしをダラリと手に下げたまま、しばられた僧侶たちの周りをグルグルまわった。


「きさまら、かならず仏罰ぶつばちが下るぞ。地獄の業火ごうかに焼かれるがいい!」

正淳が毒づいた。

この僧侶たちが呪詛じゅそ祈祷きとうを行ったと信じている浪士たちは、不安そうに顔を見合わせた。


因果応報いんがおうほうちゅうやつかえ?けんど殺生せっしょうは人間のごうじゃき」

以蔵は教義きょうぎについて妙に考え深げに意見を述べると、いきなり若い光淳こうじゅんの頭を鷲掴わしづかみにして、一気に首をき切った。


切断された器官からヒューという耳障みみざわりな音がれる。


恐怖で叫びだしそうになる正淳のほおに、血にまみれた脇差わきざしの腹を押し当て、以蔵はささやいた。

「しーーーー、ほたえな。大きな声を出したら、近所迷惑きんじょめいわくじゃ。みな、まんだ寝ゆうき」

そして、手にした生首なまくび正淳せいじゅんひざの上へ無造作むぞうさに放り投げた。

「ほいたら、こいつは、なんのとががあって、こねえ目に会うんじゃろのう?まっこと、世は無常むじょうぜよ」

正淳せいじゅんの目がみるみる充血していった。

彼は涙を浮かべながら同僚どうりょう亡骸なきがらに手を合わせた。

彼らに天誅てんちゅうを与えようとしていたはずの浪士たちも、同情を隠しきれず、思わず顔をしかめる。

人斬り以蔵は悲しそうに正淳せいじゅん坊主頭ぼうずあたまでた。

「おまんの方がとくが高そうやき、後回しにしたがぜ。せいぜい友達が成仏じょうぶつできるようおがんじょき。おまんの供養くようは…ほうじゃのう、ま、ここいらあ坊さんの数は足りちゅうきねや」


この暗殺は、岡山出身の尊攘派志士そんじょうはしし藤本鉄石ふじもとてっせきの指示によるものとされる。

藤本は、絵師えしとしても知られた人物で、言わば藤堂平助らが溺愛できあいする英泉えいせんと同業だが、およそ退廃的たいはいてきな美を理解するようなたぐいの芸術家ではなかった。

こののち、例の吉村寅太郎とともに「天誅組てんちゅうは」を組織することになる男だ。


「んん?ところで、若い坊さんの宗派は、おまんと一緒じゃったかえ?」

正淳せいじゅんは以蔵のふざけた態度に耐えかねて何か言い返そうとしたが、そのときすでに彼の首は飛ばされていた。



再び、昼下がりの壬生村。

市中の見回りを終えた斎藤一と島田魁が八木邸に帰ってきた。


壁に向かって書き物をしていた山南敬介が、背後を通り過ぎる斎藤に声をかけた。

「どうだった?」

「別に。三条大橋に水戸から来た坊主の生首なまくびが二つ並んでたくらいです」

斎藤は無愛想ぶあいそうにこたえると、ゴロリと身を横たえた。


※ちなみに『色自慢江戸紫』は、全三巻らしいですよ。

まあ、どうでもいいでしょうが。

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