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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
抗争之章
85/404

ある、日常 其之弐

無論むろん、彼らも見た目ほどのんびり構えていたわけではなかった。

ただ慣れない京で、市中の情報網じょうほうもうも確立しておらず、どうやって敵と対峙たいじすればいいのか、まだ暗中模索あんちゅうもさくしているのだ。


原田左之助は、将棋しょうぎこまを手のひらでもてあそびながらため息をついた。

「…は~あ。俺なんか京に上る前に辞世じせいまでしたためてさあ、なんつーか、こう、今ごろは血煙ちけむりをあげて悪者と戦ってるはずだったんだよ。それがなんで縁側えんがわ将棋しょうぎなんか指してんのかなあ」

対局たいきょくする沖田総司と原田のかたわらで、盤上ばんじょう戦局せんきょく分析ぶんせきしていた永倉新八も同調どうちょうした。

「世間じゃあ、先の見えない乱世らんせだとか言われてるが、こちとら平和すぎて、明日の晩飯の献立こんだてまで察しがついちゃう始末だかんなあ」

庭先の物干しにどうにかこうにか布団ふとんを引っ掛けおわったゆうが、聞こえよがしに布団をバンと叩いた。

「なんやそれ、皮肉か?おかずの種類が少ないんは、ウチらのせいとちゃうで!」

沖田総司が持ち前の茶目っ気(ちゃめっけ)発揮はっきして、原田の話題をし返した。

「みせて下さいよ。その、辞世じせいの句」

「バカ。そんなもん、ホイホイ人に見せるようなもんでもねえべ」

「じゃあ、こうしましょう。一局やって、負けた方が一句披露(ひろう)するんです。ね?言ってみりゃ王将おうしょう辞世じせいですよ」

「安っぽい辞世じせいもあったもんだな」

永倉がきれて肩をすくめた。


「原田さんのヘボ将棋なら、死ぬころにはめちゃくちゃ上達しますよ…俳句が」

原田は、挑発する沖田を上目遣うわめづかいでにらんだものの、

「ヒマすぎて、怒る気もしねえ」

頬杖ほおづえをつき、また嘆息たんそくした。


なんとなく将棋を観戦かんせんしていた野口健司は、庭先でブツブツ言いながらふとんをしているゆうを親指でさして、藤堂に耳打ちした。

「なあ、最近よく来てるみたいだが、あの娘は?」

「押しかけ女中ですよ」

答えたのは藤堂ではなく、耳ざとい沖田だ。

「押しかけ…なに?」

「ここんとこ屯所とんしょの周りをウロついてるんです。浪士組に入れてくれってしつこくて」

「あの子が?」

「何度も追い返してるんですけどね。最近じゃ八木さんに取り入っちゃって、好き勝手に出入りしてるんです。困ったもんですよ」

沖田は口をへの字に曲げてみせた。


ゆうは、まだ仕事の合間あいまに井上源三郎から剣術の手ほどきを受けたりしている。

このまま女中にあまんじるつもりも、入隊をあきらめたわけでもないらしい。

その証拠に、台所にいるとき以外の彼女は、だいたいこうしてはなれの縁側えんがわでたむろしている沖田たちにへばりついていた。


このところ、水戸派の野口健司がちょくちょくはなれの庭先に出てきて、沖田や藤堂と世間話をするようになったのも、本当はこのゆうが目当てだった。

「でもさ、可愛いよな?あの器量きりょうなら、ちょっとした旗本はたもとめかけくらい、ワケなく手が届きそうだ」

彼は、まだ二十歳と水戸派のなかでも若かったから、性格はともかく、見た目のよいゆうかれるのも無理はなかった。


「ダメですよ、とんでもなく口が悪いんだから。そもそも素性も知れないし」

沖田の評価はあくまで手厳しい。


ゆうは振り返って、布団叩ふとんたたきで沖田を指した。

「そやから聞こえてるねん!誰が正体不明や。うちのお父はんは、れっきとした生糸問屋きいとどんや番頭ばんとうです!」

「じゃあ、大人しく花嫁修行はなよめしゅぎょうでもしてろよ」

ゆうは沖田にツカツカと歩み寄ると、腰に手をあてて身を乗り出した。

「あんなあ?今は町人かて、そう呑気のんきに構えてられへんのや。父上の店かて、長州やら土佐やら浪人者が入れ代わり立ち代わり押しかけては、金をせびって行きよる。そやからゆうて、お奉行ぶぎょうになんぼ頼んだかて、なんもしてくれへんねんで?もう、うちらが自分で追い払うしかないんや」

芹沢らと商家しょうかで金をせびっている野口には耳が痛いらしく、どうにも居心地が悪い。

藤堂はゆうの話を聞いて、すこし眉をひそめた。

「けどそりゃあ、いくらなんでも無茶むちゃだよ。下手すりゃ無礼討ちだぜ」

「そーそ。気持ちは分かるけど、これからはわたしたちがいるんだからさ」

沖田はそう言ってかたわらにある差料さしりょうに軽く手を触れる。


「昼間っから将棋さしとるやんか!」

ゆうはズバリと痛いところをついてきた。

沖田はしぶい顔で言い訳をはじめる。

「わたしも、さっさとこれ終わらせて市中の見回りに行きたいんだけどさあ、ほんとは斎藤さんや島田さんと一緒に出るはずだったのに、さき行っちゃったし。原田さんねえ、考えんの長すぎ!」

原田はアセる沖田をみるのがよほど面白いのか、鼻の下にこまをはさんでおどけてみせる。

てにされてへんし置いてかれるんや」

ゆうは冷ややかに言い放った。

「言ってろよ。ぜんっぜん気にしない。だって天才って呼ばれてるから」

沖田の強がりに、藤堂と野口は顔を見合わせて、

「ガキじゃないんだから…」

と苦笑いした。

「テンサイ?はあん。悪いけど、ぜんっぜんそうは見えんわ!」

「勝手に決めつけんなよ!こう見えてもなあ、わたしは試衛館しえいかん塾頭じゅくとうなんだぞ!」

ゆうは、しめたという顔で沖田にすがった。

「ほんなら、うちに剣術教えてぇな。源さんは教えんの向いてへんねん。なあ、ええやろ?とにかく、うちはもう人任せにせんて決めたんや」


「イヤダ」

沖田のこたえは素っ気(そっけ)なかった。

「ななな、なんやそれ!ダメやゆうならまだしも、イヤてなんやねん!」

「だって可愛くないし!」

「そら別にあんたに可愛がられたいとか思てへんし!」

ゆうは歯ぎしりをしながら、沖田をにらみつける。

沖田は大げさにまゆをしかめて目をくるくる回し、ゆうの怒りをあおった。


「沖田はんのバカー!」

捨て台詞ぜりふを残してゆうは走り去っていった。

「あーあ、泣かせちゃった」

「沖田さん、早く行って謝らなきゃ」

藤堂と野口はことの顛末てんまつにうろたえ、原田と永倉は腹をかかえて笑っている。


しかし、ゆう布団ふとんの山をかかげ持って、すぐにけ戻ってきた。

「でえい!」

大量の布団ふとん将棋盤しょうぎばんの上に投げ落とされて、駒が飛び散った。

「なんてことすんだあ!勝ってたのに~!」

今度は沖田がわめき散らし、原田はシメシメとほおさすった。


「だいたい大の男が、いつまで縁側えんがわで日なたぼっこしとるんや!さっさと仕事に行けえ!」

ゆうは叫んで、八木家の門を指さした。


丁度そこには、外から帰ってきた山南敬介と土方歳三が呆気あっけにとられた表情で立っていたが、誰も気にしない。

沖田は地団太じだんだを踏んで、

「そもそもここはねえ、女が来る場所じゃないんだ。ねえねえ、奥さんからも言ってやって下さいよ」

と、ホウキを持って庭を通りかかった八木(まさ)に助けをもとめた。


雅は庭に飛び散った駒をニワトリのフンと一緒に掃きながら、ニベもなくこたえた。

「なにうてはるんえ。沖田はんらが来てから忙しすぎて、ほんまゆうたら女中奉公じょちゅうぼうこうの子でも探そうか思てたとこどす。そやけど、こんだけ若い男ばっかりやと、年頃としごろの子を住まわせる訳にもいかへんし、困っとったんえ。この子がかよいで来てくれて、大助かりどす」

ゆうは勝ちほこったように鼻の穴をふくらませた。

「ほうら、見てみい。な?な?」

「くそお、覚えとけ!いつか追い出してやるからな!」

沖田は捨て台詞ぜりふを吐きながら、遠ざかっていった。

ようやく巡察じゅんさつに出る気になったらしい。


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