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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
抗争之章
84/404

ある、日常 其之壱

文久三年三月十八日、あさまだきの三条河原さんじょうがわら

この日もまた尊攘そんじょう派の浪士集団が、なわを打った僧侶そうりょを二人、三条大橋の下に引き立ててきた。

殺気だつ浪士たちの中に混じって、一人眠そうに足を引きずっているのは、あの岡田以蔵である。

勝海舟かつかいしゅう警護の任務をみごとな手腕しゅわんで果たし、堅気かたぎの仕事にくかと思いきや、どうやらまた裏家業うらかぎょうに復職したらしい。

「ところで、今さら聞くんもアレじゃけんど、こん坊さんらは、なんをしよったが」

「こいつらはなあ、おそれ多くも天子てんし様をのろい殺そうとしたんだ」

リーダー格の古東領左衛門という浪士が、き捨てるようにこたえた。

「まあた、てんごう(冗談)言うて。おんしらあ、ほんまにそげえことが出来るち信じちゅうが?」

以蔵はあきれたように仲間の顔を見渡した。

「俺たちが信じてるかどうかは問題じゃない。この坊主どもがそう信じて祈祷きとうをしたのが問題なんだ」

古東は憎々(にくにく)しげにそう言うと、二人の「国賊こくぞく」を突き飛ばすようにしてひざまずかせた。

以蔵はその視線を僧侶そうりょたちに落とし、ため息をついた。

ぼんさんらぁもヒマじゃのう。どういて、またそげえ…」

「バカバカしい!言いがかりだ。拙僧せっそうらは…」

縄で両腕の自由を奪われた年長の僧侶が、精一杯せいいっぱい肩をいからせて不満をうったえる。

“人斬り以蔵”は面倒めんどうくさそうに人差し指を立ててその口を封じた。


「あ・あ・あ、やっぱし、もう答えんでええき。坊主の講釈こうしゃくゆうがはどうもなごうなるきいかん。しゃんしゃんとしまいにしようかいね」



同じ日、晴天せいてんの昼下がり。

京の西のはずれ壬生村にある浪士組屯所、八木邸。


このところ浪士組にもポツポツと入隊希望者がやってくるようになった。

もちろん中にはあの町娘、ゆうのような者もいて、来るのがすべて使える人間ばかりとは限らない。

ともかく、そういうワケの分からないのや、給金きゅうきん欲しさの有象無象うぞうむそうをふるい落とすため、実技の入隊試験が行われるようになった。


「ちぇ、肩慣かたならしにもなりゃしねえ」

この日の入隊希望者の相手を終えた永倉新八が、ぐるぐると右肩をまわしながらはなれに引き上げてきた。

試験に立ち会った近藤勇が憮然ぶぜんとした面持おももちでその後ろに続く。

どうやらお眼鏡めがねにかなう人材はいなかったらしい。

「奴らの腕もお粗末そまつだが、おまえももう少し手加減てかげんしろ」

近藤がグチをこぼした。

永倉は、こと稽古けいこに関しては「ガムシャラ新八」とあだ名されるほど熱心だったから、入隊希望者にも同じきびしさをもってのぞんだようだ。

「それがヤツらのためだからだよお。だ~って初太刀しょたちもかわせないってこたあ、お役目にいたら、その日の内に死んじまうぜ?」

「まあそうだが!あれじゃ、入隊する前にこわれちまうだろが」

「だいたい、いま人が増えたってめ込む場所もねえんだろ?」

「…まあそうだが!」


近藤たちが言いあらそいながら離れに帰ってくると、藤堂平助と水戸派の一員野口健司がひたいをつき合わせるようにして、一冊の本にかじりついている。

二人はその内容について熱心に語り合っていた。

「いや、もうひらかれるってな、このこった。世の中にゃ、まだまだ俺らの知らねえことが一杯あるってな。俺ぁこれに載ってる技を全部身につけようと思う」

「野口さんてば、志が高いなあ。けどまさか、こんな身近に同好の士がいるなんてさ」


永倉は、この奇妙なとりあわせを不審ふしんげに見つめた。

「おまえら、親のかたきみたいにイガミ合ってたくせに、いつの間に仲良くなった?」

「実は最近、ちょっとしたキッカケで。野口さんとは、すげえ通じ合うもんがあるんスよ。こないだ知ったんスけど、年だって一つしか違わねえし」

「藤堂は、これでがくもあるし、俺も色々教えられることが多いっス。これからは教養がモノをいう時代っスからね」

「いやいや先輩、『これで』は余計っしょ。あはははは」

「あはははは」

藤堂と野口は照れくさそうにたがいをたたえあって笑っている。


「…お前ら…なんかキモチ悪いぞ…」

永倉は熱い視線を交わす二人を横目でみて、そっと後ずさるようにそこからのがれようとしたが、興奮こうふんした野口が放してくれない。

「話してみたら趣味が合ったんです。そうそう、例えばコレもね、偶然ぐうぜん、俺が一巻だけ持ってる本なんですけど。続きを藤堂がもってたんですよ」

と、先ほど二人が食い入るようにながめていた本を軽く手のこうたたいた。

藤堂がうなずく。

「それがさ、オレの方は二巻しか持ってなかったんスよ。だいたいね、この『色自慢江戸紫いろじまんえどむらさき』は、天保てんぽう改革かいかく押収おうしゅうのがれたモノすごい希少本きしょうぼんなんスよ!それが、この時代に、二人の手を介して揃うなんて、なんか、運命を感じないスか」

「感じる!英泉えいせん、シビレるよな?あはははは」

「英泉サイコー!うふふふふ」


永倉は唯々この妙な空気にムカついていたが、その作家の名にピクリと反応して、二人がうっとりと見入る本をのぞきこんだ。

「…春画(エロ)本かよ!」


「なに言ってんスか!英泉えいせんは芸術ですよ!」

藤堂が猛然もうぜん抗議こうぎをはじめると、

野口は『色自慢江戸紫いろじまんえどむらさき』の挿絵さしえを永倉の眼前がんぜんに開いてみせ、熱弁ねつべんをふるった。

「だって見てくださいよ、この♂⌘☆∫≦と、♭∞♀Фの、〆♩$部分の色使いとか、サイコーでしょ?」


永倉はそれを聞いて、なにかの記憶をたどるようにまゆをよせた。

「…おい待て、そのセリフ。たしか昔、誰かがおんなじこと言ってたぞ。つーか、それ言ったの、おれじゃん?つーか、これ、昔おれがおめーに貸してやったヤツじゃん!」


「…でしたっけ?」

まるで心当たりがないというようにキョトンとする野口に、永倉はいかりを爆発させた。

「ず〜っと探してたんだからなあ!これは、おれの蔵書ぞうしょの中でも取っておきだったんだぞ!」

藤堂は二人の会話に辻褄つじつまの合わないものを感じて怪訝けげんな顔をした。

「むかしって、いつ?」

しかし野口は首をひねるばかりだ。

「覚えてないなあ。それくらい前なんだろうなあ…」


永倉は野口の頭を思いっきり平手ひらてたたいた。

「こいつはな、おれが江戸の百合元ゆりもと道場で内弟子うちでしだった頃の後輩なんだよ。ほんとロクでもないおとうと弟子でよう」

「へえ、永倉さんて剣術の世界じゃマジで顔が広いな」

藤堂が関心していると、例のゆうが部屋に上がりこんできて押入れの布団ふとんを引っ張り出しはじめた。

季節は立夏りっかを目前にひかえ、この日はうっすらとあせばむくらいの陽気ようきだった。

布団ふとんを干すには絶好の日和だ。

ゆうはもののついでのように口をはさんだ。

「なんや浪士組て妙に雰囲気がギスギスしてるけど、それやったら永倉はんがあいだを取り持って、みんなを仲良うさせたらええんとちゃうの?」

このところ、彼女は押しかけ女房よろしく毎日八木家へやって来ては家事の手伝いをしている。

屯所とんしょへの侵入しんにゅう工作もいよいよ仕上げの段階に入ったらしい。


「そりゃいい。そうしなよ、永倉さん」

藤堂は、まだ春画しゅんがに夢中の様子で、ページをめくりながら気のない調子で話を合わせた。

「…つーかよ、おまえの持ってる二巻もおれが試衛館しえいかんにいたころ貸したやつだよな…」


「うわ〜コレえげつないわ。藤堂はん、こっちの見てみ?」

いつのまにか手を休めたゆうが、藤堂のとなりで頬杖ほおづえをついて『色自慢江戸紫いろじまんえどむらさき』第一巻を読みふけっている。

「う、うわあ!おまえは見るな!」

藤堂は、本におおいかぶさるようにして開かれたページをかくした。

「ええやんか。うち、べつにカマトトぶるつもりないし。ちゅーか、男ってほんましょーもないなあ」

「おれの顔見ながら言うなよ」

永倉はゆうの視線を振り払うように将棋しょうぎきょうじる仲間たちのほうへ逃げていった。


「藤堂はんらも、そろそろそこ退いてや。布団ふとん干し終わったら、掃除そうじせなあかんねんから。」

ゆうは、藤堂と野口を追いたて、縁側えんがわで将棋をさす隊士たちを軽蔑けいべつ眼差まなざしで見やった。

「ほんまに、どいつもこいつも。ぶったるんどるのとちゃうか」


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