招かれざる客 其之参
四人が連れ立って八木家の門をくぐると、ちょうど玄関先で芹沢鴨と近藤勇が何ごとかヒソヒソと話し込んでいるのに出くわした。
芹沢は、永倉たちの中に見慣れない大男が混じっているのに気づくと、ニヤリと笑って声をかけてきた。
「ほう、新入りかい?」
原田は二人の局長の前に、島田の背中を押しやった。
「そ。入隊希望者。島田魁といって、永倉の旧知だ。流派は、ええっと…」
「心形刀流。腕はたしかだ」
つっかえる原田のあとを、永倉が補足した。
芹沢は近藤と目を見合わせ、島田に向き直ると片方の眉をあげた。
「来るものは拒まずだ、歓迎するぜ。これから忙しくなるし、せいぜい死なない程度にがんばりな」
島田魁は、原田に小突かれて、あわてて返事をした。
「え、あ、どうも。大垣藩脱藩、島田魁と申します。今後ともよろしく」
玄関の上がり框に腰かけていた近藤は、立ち上がって丁寧に返礼をした。
「近藤です。こちらこそ、よろしくお願いします」
が、その笑顔はどこかぎこちない。
永倉新八は、局長たちの妙によそよそしい態度をいぶかって、二人の間に首を突っこむと鼻をヒクつかせた。
「なんだあ?めずらしく仲良くしてると思やあ、世間話って雰囲気じゃねえなあ?どうもキナ臭い匂いがするぜ」
芹沢はまだ酒が抜けないのか、眉間にしわを寄せる。
「勘ぐりすぎだ。ちょうど、新しい隊士を増やさなきゃならんって話をしてたとこだ。もう用はすんだよ」
永倉は、そそくさと引き揚げようとする芹沢の裾をつかんで引き寄せた。
「待ぁてよ。近藤さんに、おかしなこと吹き込んだんじゃねえだろうな」
「まさか。そうそう、今朝は新見がくだらねえことを言ったみたいですまなかったな」
「んなこたあ、どーでもいい」
しつこい追求をかわすのをあきらめた芹沢は、軽い世間話でもするように切り出した。
「…実はなあ、こないだ仏生寺さんに会った」
永倉は、その名を聞いて一瞬身を硬くしたが、すぐに平静をつくろった。
「ははあ。猫も杓子も京に集まってきやがる」
「冗談だろ。ネコとかシャクシなんてのは、さっきの殿内義雄みたいな連中を言うのさ。今は、あの『不敗の上段』の話をしてるんだぜ」
「昔の話だろ。今は飲んだくれてるって噂じゃねえか…ん?ちょいまち!まさか新しい隊士ってのは、仏生寺の旦那のことじゃねえだろうな」
「ああ。腕を振るう場所を探してるつうから、うちに来ないかって声をかけといた。マズかったか?」
芹沢は、真意を悟られないためにさりげなく答えたつもりだったが、永倉の目には警戒の色が浮かんでいた。
「いやべつに…そいつぁ心強えな」
「だろ?で、近藤さんにも話を通してたわけだ。なにせ、時間がなくてな。あの人は長州からも声をかけられてる。五月十日、本当に攘夷が決行されるなら、そう長く京には留まれないはずだ。仕官すれば、ドンパチが始まるその日までに、下関に着かなきゃならんからな」
その言葉に、永倉は自分の耳を疑った。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ。あの人は、芹沢さんに売り込みをかけておいて、それがダメなら下関でアメリカやイギリスと戦争するって、そう言ってるのか?」
「まあ、そうだ」
芹沢鴨は、こともなげにうなずく。
「メチャクチャだろ、そんなの!金でどっちにでも転ぶって言ってるのと同じじゃねえか。正気とは思えねえ」
「それのどこが悪い。俺たちだって、みんながみんな、天下国家を憂えてこの浪士組に入ったわけじゃねえだろ?」
「おれには、他人の道義心についてあれこれ口を挟む趣味はないがね。他の人間もそうだとは限らんぜ。下手すりゃ、攘夷派からも公武合体派からも狙われる」
「だとしても、仏生寺弥助を殺せる人間なんていやしねえ」
芹沢は、仏生寺の強さをほとんど盲目的に信奉しているらしい。
「おいおい、いくら強いっても、一人で相手にできる数なんか、たかだか知れてるだろーが。長州が本気で殺そうと思や、誰だって殺せる。それが分からんあんたじゃあるまい?」
ぐいぐいと詰め寄る永倉を、芹沢は人差し指を立てて制した。
「いずれにせよ、幕府が朝廷との約束を守って、期日どおり長州と足並みをそろえれば、敵も味方もなかろ」
永倉は、あきれたようにくるりと背を向け、天をあおいだ。
「ハ!そう願いたいがね。黒船からこっち、物事がそんな楽観的な方向に進んだためしがあったか?」
長州をはじめとする雄藩と徳川幕府のあいだには、そもそも「攘夷」という概念の解釈に齟齬があったと言われる。
長州藩はそれを武力行使の許可と捉えていたのに対し、のちに幕府は、横浜港を再び閉ざすという意味だったと強弁した。
その年の五月十日、結果的に長州藩は勇み足のようなかたちで戦端を開くことになる。
しかし、幕府がこの動きを予期していなかったというのも、少々苦しい言い訳だろう。
実際、幕府は、国内向けに攘夷決行をアナウンスしながら、その一方でアメリカ、イギリス、フランスなどには、攘夷を行う意思はないなどと二枚舌を使っていた。
ことが起こったとき、幕府の責任逃れのために布石が打ってあったのだ。
武士の尊厳など一銭にもならないと考えていたのは、なにも仏生寺弥助だけではなかったということだ。
それはともかく、二人の会話を聞くうちに、近藤の表情は険しくなっていた。
芹沢は、ここで近藤の気が変わっては面倒だと思ったらしい。
「永倉はこう言ってるがね、近藤さん。浪士組にも裏方がいたら、何かと便利だろう?あの人の腕は、俺が保証する。多分、あんたんとこの沖田の一枚上を行くぜ。それとも、風呂焚き風情に、浪士組の敷居をまたがせるのはご不満かい」
近藤は心外な様子で首を振る。
「ご存じのとおり、百姓あがりは私も同じだ。生まれをどうこう言う気はさらさらありませんが、少々身持ちが悪そうなのは気になる」
「お上品なこった。ま、考えといてくれ」
「いや、芹沢先生がその男を買っているなら、私に異存はありませんよ」
芹沢は、その答えに満足そうにうなずくと、玄関に下駄を脱いだ。
「そうかい。分かってもらえてよかったぜ」
永倉は、芹沢が母屋の奥に姿を消すのを確かめるや、近藤に向き直って訴えた。
「近藤さん、悪いことは言わねえ。仏生寺を浪士組に引き入れるのは、あんたが実際に本人と会ったうえで、決めたほうがいい」
「なぜ?芹沢さんが言うには、そんなに悪い男じゃないってことだぜ」
「いや…確かに、ヤツが身を持ち崩したのにも、色々事情があるんだよ。もちろん、悪い男じゃないんだが、そういうことじゃねえんだ」
「おめえらしくねえな。じゃあ、どういうことなんだよ」
原田左之助が、イライラして口を挟んだ。
永倉は、うまく説明できないもどかしさに顔をゆがませた。
「こう見えても、おれぁ剣の腕にかけては、そうそう引けをとることはねえと自負してる。けどな、仏生寺だけは別格だ。あの男は、サヤのない抜き身の刀みたいなもんで、使いこなせなきゃ怪我じゃすまねえぞ。そして多分、近藤さんや芹沢さんには、いや他の誰にも、使いこなせるような男じゃないんだ」
島田魁が、おずおずと近藤の前に進み出た。
「新入りの俺が言うのもなんだが、永倉がここまで言うのは、ただ事じゃないですよ」
それまで腕組みをして話を聞いていた土方が、ようやく口を開いた。
「たしかに、永倉の話が本当なら、ケタ外れの使い手だ。そんなのが芹沢についたら、後々面倒なことになるぞ」
近藤は、またそれかとイヤな顔をした。
「それは関係ない。今の浪士組には、腕の立つ者がいくら居ても充分すぎるということはなかろう。なんの不都合がある」
「ふん。狂犬でも、首に鎖をつけりゃ、色々使い道はある…か」
土方が訳知り顔でつぶやくのを、近藤は横目でギロリとにらみつけた。
「冗談だよ。だが俺も、そんな物騒な野郎と一つ屋根の下で眠るのは、ゾッとしないね」
土方は面白くもなさそうに、お手上げのポーズをとってみせた。
「だが、新見さんや、うちの連中は、仏生寺の勧誘に、みな乗り気だ」
不意に玄関から声がして、おどろいた一同が振り返ると、そこには水戸グループのひとり、平間重助のずんぐりした姿があった。
原田左之助が、ゴクリとツバを飲む。
「ひ、平間……さん、だっけ?」
「聞かれて困るような話なら、玄関先などでしないことだ」
平間の律儀な忠告を、土方歳三は鼻で笑った。
「べ~つに。聞かれて困るようなことを企んでるのは、あんた達の方だろ?」
「ふん、嫌われたものだ。では、一言だけいいか?私も永倉さんの意見に賛成だ。一度しか会ったことはないが、あの仏生寺という男はまともじゃない。芹沢局長一人でも手を焼いているというのに、あの二人がそろって好き放題やれば、我々は、もろとも破滅だと思うがね」




