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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
抗争之章
83/404

招かれざる客 其之参

四人が連れ立って八木家の門をくぐると、ちょうど玄関先で芹沢鴨と近藤勇が何ごとかヒソヒソと話し込んでいるのに出くわした。

芹沢は、永倉たちの中に見慣れない大男が混じっているのに気づくと、ニヤリと笑って声をかけてきた。

「ほう、新入りかい?」

原田は二人の局長の前に、島田の背中を押しやった。

「そ。入隊希望者。島田魁といって、永倉の旧知きゅうちだ。流派りゅうはは、ええっと…」

心形刀流しんぎょうとうりゅう。腕はたしかだ」

つっかえる原田のあとを、永倉が補足した。

芹沢は近藤と目を見合わせ、島田に向き直ると片方のまゆをあげた。

「来るものはこばまずだ、歓迎するぜ。これから忙しくなるし、せいぜい死なない程度にがんばりな」

島田魁は、原田に小突こづかれて、あわてて返事をした。

「え、あ、どうも。大垣藩脱藩おおがきはんだっぱん、島田魁と申します。今後ともよろしく」

玄関の上がりかまちに腰かけていた近藤は、立ち上がって丁寧ていねい返礼へんれいをした。

「近藤です。こちらこそ、よろしくお願いします」

が、その笑顔はどこかぎこちない。


永倉新八は、局長たちの妙によそよそしい態度をいぶかって、二人の間に首を突っこむと鼻をヒクつかせた。

「なんだあ?めずらしく仲良くしてると思やあ、世間話せけんばなしって雰囲気じゃねえなあ?どうもキナくさにおいがするぜ」

芹沢はまだ酒が抜けないのか、眉間みけんにしわを寄せる。

かんぐりすぎだ。ちょうど、新しい隊士を増やさなきゃならんって話をしてたとこだ。もう用はすんだよ」

永倉は、そそくさと引きげようとする芹沢のそでをつかんで引き寄せた。

「待ぁてよ。近藤さんに、おかしなこと吹き込んだんじゃねえだろうな」

「まさか。そうそう、今朝は新見がくだらねえことを言ったみたいですまなかったな」

「んなこたあ、どーでもいい」


しつこい追求をかわすのをあきらめた芹沢は、軽い世間話でもするように切り出した。

「…実はなあ、こないだ仏生寺ぶっしょうじさんに会った」

永倉は、その名を聞いて一瞬身を硬くしたが、すぐに平静をつくろった。

「ははあ。猫も杓子シャクシも京に集まってきやがる」

「冗談だろ。ネコとかシャクシなんてのは、さっきの殿内義雄みたいな連中を言うのさ。今は、あの『不敗の上段』の話をしてるんだぜ」

「昔の話だろ。今は飲んだくれてるってうわさじゃねえか…ん?ちょいまち!まさか新しい隊士ってのは、仏生寺の旦那だんなのことじゃねえだろうな」

「ああ。腕を振るう場所を探してるつうから、うちに来ないかって声をかけといた。マズかったか?」

芹沢は、真意しんいさとられないためにさりげなく答えたつもりだったが、永倉の目には警戒けいかいの色が浮かんでいた。

「いやべつに…そいつぁ心強こころづええな」

「だろ?で、近藤さんにも話を通してたわけだ。なにせ、時間がなくてな。あの人は長州からも声をかけられてる。五月十日、本当に攘夷じょういが決行されるなら、そう長く京にはとどまれないはずだ。仕官すれば、ドンパチが始まるその日までに、下関に着かなきゃならんからな」

その言葉に、永倉は自分の耳を疑った。

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ。あの人は、芹沢さんに売り込みをかけておいて、それがダメなら下関でアメリカやイギリスと戦争するって、そう言ってるのか?」

「まあ、そうだ」

芹沢鴨は、こともなげにうなずく。

「メチャクチャだろ、そんなの!金でどっちにでも転ぶって言ってるのと同じじゃねえか。正気とは思えねえ」

「それのどこが悪い。俺たちだって、みんながみんな、天下国家てんかこっかうれえてこの浪士組に入ったわけじゃねえだろ?」

「おれには、他人の道義心どうぎしんについてあれこれ口をはさむ趣味はないがね。他の人間もそうだとは限らんぜ。下手すりゃ、攘夷じょうい派からも公武合体こうぶがったい派からも狙われる」

「だとしても、仏生寺弥助ぶっしょうじやすけを殺せる人間なんていやしねえ」

芹沢は、仏生寺の強さをほとんど盲目もうもく的に信奉しんぼうしているらしい。

「おいおい、いくら強いっても、一人で相手にできる数なんか、たかだか知れてるだろーが。長州が本気で殺そうと思や、誰だって殺せる。それが分からんあんたじゃあるまい?」

ぐいぐいとる永倉を、芹沢は人差し指を立てて制した。

「いずれにせよ、幕府が朝廷との約束を守って、期日どおり長州と足並あしなみをそろえれば、敵も味方もなかろ」

永倉は、あきれたようにくるりと背を向け、天をあおいだ。

「ハ!そう願いたいがね。黒船クロフネからこっち、物事ものごとがそんな楽観的らっかんてきな方向に進んだためしがあったか?」


長州をはじめとする雄藩ゆうはんと徳川幕府のあいだには、そもそも「攘夷じょうい」という概念がいねんの解釈に齟齬そごがあったと言われる。

長州藩はそれを武力行使ぶりょくこうしの許可ととらえていたのに対し、のちに幕府は、横浜港を再び閉ざすという意味だったと強弁きょうべんした。

その年の五月十日、結果的に長州藩は勇み足のようなかたちで戦端せんたんを開くことになる。

しかし、幕府がこの動きを予期よきしていなかったというのも、少々苦しい言い訳だろう。

実際、幕府は、国内向けに攘夷決行をアナウンスしながら、その一方でアメリカ、イギリス、フランスなどには、攘夷を行う意思はないなどと二枚舌にまいじたを使っていた。

ことが起こったとき、幕府の責任逃れのために布石ふせきが打ってあったのだ。

武士の尊厳そんげんなど一銭にもならないと考えていたのは、なにも仏生寺弥助だけではなかったということだ。


それはともかく、二人の会話を聞くうちに、近藤の表情はけわしくなっていた。

芹沢は、ここで近藤の気が変わっては面倒だと思ったらしい。

「永倉はこう言ってるがね、近藤さん。浪士組にも裏方うらかたがいたら、何かと便利だろう?あの人の腕は、俺が保証する。多分、あんたんとこの沖田の一枚上を行くぜ。それとも、風呂焚ふろた風情ふぜいに、浪士組の敷居しきいをまたがせるのはご不満かい」

近藤は心外しんがいな様子で首を振る。

「ご存じのとおり、百姓ひゃくしょうあがりは私も同じだ。生まれをどうこう言う気はさらさらありませんが、少々身持みもちが悪そうなのは気になる」

「お上品なこった。ま、考えといてくれ」

「いや、芹沢先生がその男を買っているなら、私に異存いぞんはありませんよ」

芹沢は、その答えに満足そうにうなずくと、玄関に下駄ゲタを脱いだ。

「そうかい。分かってもらえてよかったぜ」



永倉は、芹沢が母屋おもやの奥に姿を消すのを確かめるや、近藤に向き直ってうったえた。

「近藤さん、悪いことは言わねえ。仏生寺を浪士組に引き入れるのは、あんたが実際に本人と会ったうえで、決めたほうがいい」

「なぜ?芹沢さんが言うには、そんなに悪い男じゃないってことだぜ」

「いや…確かに、ヤツが身を持ち崩したのにも、色々事情があるんだよ。もちろん、悪い男じゃないんだが、そういうことじゃねえんだ」

「おめえらしくねえな。じゃあ、どういうことなんだよ」

原田左之助が、イライラして口をはさんだ。

永倉は、うまく説明できないもどかしさに顔をゆがませた。

「こう見えても、おれぁ剣の腕にかけては、そうそう引けをとることはねえと自負じふしてる。けどな、仏生寺だけは別格べっかくだ。あの男は、サヤのないの刀みたいなもんで、使いこなせなきゃ怪我けがじゃすまねえぞ。そして多分、近藤さんや芹沢さんには、いや他の誰にも、使いこなせるような男じゃないんだ」

島田魁が、おずおずと近藤の前に進み出た。

「新入りの俺が言うのもなんだが、永倉がここまで言うのは、ただ事じゃないですよ」


それまで腕組みをして話を聞いていた土方が、ようやく口を開いた。

「たしかに、永倉の話が本当なら、ケタ外れの使い手だ。そんなのが芹沢についたら、後々(のちのち)面倒めんどうなことになるぞ」

近藤は、またそれかとイヤな顔をした。

「それは関係ない。今の浪士組には、うでの立つ者がいくら居ても充分すぎるということはなかろう。なんの不都合ふつごうがある」

「ふん。狂犬でも、首にクサリをつけりゃ、色々使い道はある…か」

土方が訳知わけしり顔でつぶやくのを、近藤は横目よこめでギロリとにらみつけた。

「冗談だよ。だが俺も、そんな物騒ぶっそうな野郎と一つ屋根の下で眠るのは、ゾッとしないね」

土方は面白くもなさそうに、お手上げのポーズをとってみせた。


「だが、新見さんや、うちの連中は、仏生寺の勧誘かんゆうに、みな乗り気だ」

不意ふい玄関げんかんから声がして、おどろいた一同が振り返ると、そこには水戸グループのひとり、平間重助のずんぐりした姿があった。

原田左之助が、ゴクリとツバを飲む。

「ひ、平間……さん、だっけ?」

「聞かれて困るような話なら、玄関先などでしないことだ」

平間の律儀りちぎな忠告を、土方歳三は鼻で笑った。

「べ~つに。聞かれて困るようなことをたくらんでるのは、あんた達の方だろ?」

「ふん、嫌われたものだ。では、一言だけいいか?私も永倉さんの意見に賛成だ。一度しか会ったことはないが、あの仏生寺という男はまともじゃない。芹沢局長一人でも手を焼いているというのに、あの二人がそろって好き放題ほうだいやれば、我々は、もろとも破滅はめつだと思うがね」


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