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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
抗争之章
82/404

招かれざる客 其之弐

九つの正刻せいこく(1:00pm)をすこし過ぎたころ、永倉新八と原田左之助は、島田魁をともなって壬生みぶ村に帰ってきた。

美濃みの田舎いなか育ちの島田は、そろそろ田植えが始まった美しい水田すいでんの風景を、なつかしそうに見渡した。

「なんだか故郷くにを思い出すなあ。都にもこんな場所があったとは」

風情ふぜいたのしむなら今のうちだぜ。これからあんたが行くのは、都でも一、二を争う殺伐さつばつとした場所なんだからよう」

永倉がそうクギを刺して、三人が坊城ぼうじょう通りへ折れる十字路じゅうじろに差しかかった時。

角にある屋敷やしきへいの中から、ねらいすましたように土方歳三のトゲのある声がれ聞こえてきた。

「だから、われわれ浪士組の一部は壬生村に残ることになったんです!奉行所ぶぎょうしょの方からも、いずれ正式に通達つうたつがあるはずだ!」


永倉は島田を振り返って、口元をゆがめた。

「な?ここじゃ、いっつも誰かが怒ってる」


その屋敷というのは、屯所とんしょの向かいにある前川という郷士ごうし邸宅ていたくで、浪士組本隊が駐留ちゅうりゅうしていたころ、八木家と同じく宿舎しゅくしゃとして部屋を提供していた。

家人かじんらしき京言葉きょうことばの男が、なにやら言い返しているようだが、内容までは聞き取れない。

土方の苛立いらだった声が、それをかき消すようにおおかぶさった。

「あんたじゃ話にならん!ご主人の、前川荘司まえかわそうじどのを呼んでください!」


三人は、何ごとかとかどを曲がって正面へまわってみると、ちょうどその土方歳三が、押し出されるようにして門から姿をあらわした。

へいの内側から別の声がする。

「あのねえ、土方さんの話し方じゃあ、まとまる話もまとまらん。あとはあたしが話をつけとくから、ちょっとあんたは外しててくれないか」

永倉たちの位置から顔は見えないが、井上源三郎のようだ。

「まてよ!今の俺のどこが…あ、源さん、おい!」

土方の様子では、井上源三郎は一人で屋敷やしきの中にとって返したようだ。

めずらしく肩をおとす土方に、原田左之助が声をかけた。

「なんだなんだ。またモメ事か?」

土方は、ようやく見られていたことに気づいて、きまりが悪そうにそっぽをむくと、フンと鼻をならした。

「うるせえよ」

そして、原田をジロリと横目よこめでにらみつけたが、後ろに立つ大柄おおがらな男を見てまゆをひそめた。

「…だれ?」

「聞いておどろけ。入隊希望者を連れてきてやったぞ」

原田は、まるで新式の大砲たいほうでもお披露目ひろめするように、筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)とした島田の体躯たいくを、ほこらしげに指し示した。

島田は、大げさな紹介しょうかいに照れ笑いを浮かべながら、お辞儀じぎした。

拙者せっしゃ、島田魁と申します」

「こりゃどうも。しかしまた、場所をとりそうな図体だな」

土方の方は、島田魁の身体からだを下から上までながめまわしたあと無愛想ぶあいそうにうなずいて、いつものにくまれ口をたたいた。

「せっかくお望みに応じて有望な人材を連れてきてやったのに、なんだあ?その言い草は!」

原田がつっかかるのも、無理はない。

土方は、しぶい顔で両手を払う仕草しぐさをした。

「わかってる!悪かったよ!けど、おまえらも知っての通り、斎藤や阿比留鋭三郎あびるえいざぶろうも増えたし、あのはなれじゃ、これ以上人を詰めこめねえだろ」

「そうか?まあ、確かにちっと窮屈きゅうくつだが、あれはあれで、毎日みんなでワイワイやれて楽しいけどな」

相変わらず能天気のうてんきな原田に、土方はにがり切っている。

「だろうな。けど俺は、毎晩まいばんてめえの歯ぎしりにガマンして眠るのは、もう限界なんだよ!」

「いやいや、またまたあ。いやいや」

原田は、まるで土方が気のいた冗談じょうだんでも言ったように指さして隣を見やったが、永倉はサッと視線を反らすことで、さりげなく意思表示いしひょうじをした。

土方は、たった今出てきた門のほうを振り返って、嘆息たんそくした。

「ま、そんなわけでな。引き続き、このデカい屋敷やしきを浪士組で間借まがりしたいって談判だんぱんをしてたとこなんだが…」

「そりゃ源さんに任しときゃいいだろ。どう考えても、あの人の方が適任てきにんだ」

永倉は、早く屯所とんしょへ引き返そうと手振りで示した。

「ちょっと待てよ、俺の交渉こうしょうになんの不足が…」

「だって、あんた怖いから」

原田がまゆをしかめてみせる。

「ちぇ」

土方は舌打したうちして、うらめめしげに前川邸の門をもう一度振り返った。

「なあんだよ?土方さん、帰りたくない理由でもあるのか」

永倉は、いつまでも門の前から動きたがらない土方を、不審ふしんに思ってたずねた。

土方は、永倉をにらみつけたが、それも通用しないと分かると渋々白状(しぶしぶはくじょう)した。

「…殿内と家里が来てる」

「遅かれ早かれモメるのは、覚悟のうえだろ。おれたちゃけしたんだからさ」

「今はまだ、顔を合わせたくねえんだよ。芹沢とか新見あたりに任しときゃ、適当におどしつけて追っ払うだろ」

「近藤さんは?」

「知るか。ありゃ野次馬やじうまだから、くびを突っ込みに行ったんじゃねえの」


原田左之助が、それを聞いてポンと手を打った。

「局長が全員顔をそろえてるんなら、手間てまはぶけていいや。島田さん、あんたを紹介してやる」

島田魁は、原田のあとを追いかけながら、に落ちない様子でたずねた。

「『局長が全員』ってどういう意味?」

「ああ、…この浪士組ってのは、色々と事情が複雑でな。つまり…いや、ま、そのうちイヤでも分かるさ」

島田は友人の永倉にも問いかけるような視線を送ったが、永倉は肩をすくめて見せただけだった。


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