招かれざる客 其之弐
九つの正刻(1:00pm)をすこし過ぎたころ、永倉新八と原田左之助は、島田魁をともなって壬生村に帰ってきた。
美濃の田舎育ちの島田は、そろそろ田植えが始まった美しい水田の風景を、懐かしそうに見渡した。
「なんだか故郷を思い出すなあ。都にもこんな場所があったとは」
「風情を愉しむなら今のうちだぜ。これからあんたが行くのは、都でも一、二を争う殺伐とした場所なんだからよう」
永倉がそう釘を刺して、三人が坊城通りへ折れる十字路に差しかかった時。
角にある屋敷の塀の中から、狙いすましたように土方歳三のトゲのある声が漏れ聞こえてきた。
「だから、われわれ浪士組の一部は壬生村に残ることになったんです!奉行所の方からも、いずれ正式に通達があるはずだ!」
永倉は島田を振り返って、口元をゆがめた。
「な?ここじゃ、いっつも誰かが怒ってる」
その屋敷というのは、屯所の向かいにある前川という郷士の邸宅で、浪士組本隊が駐留していたころ、八木家と同じく宿舎として部屋を提供していた。
家人らしき京言葉の男が、なにやら言い返しているようだが、内容までは聞き取れない。
土方の苛立った声が、それをかき消すように覆い被さった。
「あんたじゃ話にならん!ご主人の、前川荘司どのを呼んでください!」
三人は、何ごとかと角を曲がって正面へ周ってみると、ちょうどその土方歳三が、押し出されるようにして門から姿をあらわした。
塀の内側から別の声がする。
「あのねえ、土方さんの話し方じゃあ、まとまる話もまとまらん。あとはあたしが話をつけとくから、ちょっとあんたは外しててくれないか」
永倉たちの位置から顔は見えないが、井上源三郎のようだ。
「まてよ!今の俺のどこが…あ、源さん、おい!」
土方の様子では、井上源三郎は一人で屋敷の中にとって返したようだ。
めずらしく肩をおとす土方に、原田左之助が声をかけた。
「なんだなんだ。またモメ事か?」
土方は、ようやく見られていたことに気づいて、きまりが悪そうにそっぽをむくと、フンと鼻をならした。
「うるせえよ」
そして、原田をジロリと横目でにらみつけたが、後ろに立つ大柄な男を見て眉をひそめた。
「…だれ?」
「聞いて驚け。入隊希望者を連れてきてやったぞ」
原田は、まるで新式の大砲でもお披露目するように、筋骨隆々とした島田の体躯を、誇らしげに指し示した。
島田は、大げさな紹介に照れ笑いを浮かべながら、お辞儀した。
「拙者、島田魁と申します」
「こりゃどうも。しかしまた、場所をとりそうな図体だな」
土方の方は、島田魁の身体を下から上まで眺めまわしたあと無愛想にうなずいて、いつもの憎まれ口を叩いた。
「せっかくお望みに応じて有望な人材を連れてきてやったのに、なんだあ?その言い草は!」
原田がつっかかるのも、無理はない。
土方は、渋い顔で両手を払う仕草をした。
「わかってる!悪かったよ!けど、おまえらも知っての通り、斎藤や阿比留鋭三郎も増えたし、あの離れじゃ、これ以上人を詰めこめねえだろ」
「そうか?まあ、確かにちっと窮屈だが、あれはあれで、毎日みんなでワイワイやれて楽しいけどな」
相変わらず能天気な原田に、土方は苦り切っている。
「だろうな。けど俺は、毎晩てめえの歯ぎしりにガマンして眠るのは、もう限界なんだよ!」
「いやいや、またまたあ。いやいや」
原田は、まるで土方が気の利いた冗談でも言ったように指さして隣を見やったが、永倉はサッと視線を反らすことで、さりげなく意思表示をした。
土方は、たった今出てきた門のほうを振り返って、嘆息した。
「ま、そんなわけでな。引き続き、このデカい屋敷を浪士組で間借りしたいって談判をしてたとこなんだが…」
「そりゃ源さんに任しときゃいいだろ。どう考えても、あの人の方が適任だ」
永倉は、早く屯所へ引き返そうと手振りで示した。
「ちょっと待てよ、俺の交渉になんの不足が…」
「だって、あんた怖いから」
原田が眉をしかめてみせる。
「ちぇ」
土方は舌打ちして、恨めしげに前川邸の門をもう一度振り返った。
「なあんだよ?土方さん、帰りたくない理由でもあるのか」
永倉は、いつまでも門の前から動きたがらない土方を、不審に思ってたずねた。
土方は、永倉を睨みつけたが、それも通用しないと分かると渋々白状した。
「…殿内と家里が来てる」
「遅かれ早かれモメるのは、覚悟のうえだろ。おれたちゃ抜け駆けしたんだからさ」
「今はまだ、顔を合わせたくねえんだよ。芹沢とか新見あたりに任しときゃ、適当に脅しつけて追っ払うだろ」
「近藤さんは?」
「知るか。ありゃ野次馬だから、首を突っ込みに行ったんじゃねえの」
原田左之助が、それを聞いてポンと手を打った。
「局長が全員顔をそろえてるんなら、手間が省けていいや。島田さん、あんたを紹介してやる」
島田魁は、原田のあとを追いかけながら、腑に落ちない様子でたずねた。
「『局長が全員』ってどういう意味?」
「ああ、…この浪士組ってのは、色々と事情が複雑でな。つまり…いや、ま、そのうちイヤでも分かるさ」
島田は友人の永倉にも問いかけるような視線を送ったが、永倉は肩をすくめて見せただけだった。




