招かれざる客 其之壱
同じ日、朝の四つ(10:00am)ころ。
壬生浪士組屯所(を兼ねる八木邸)に、二人の来客があった。
「芹沢せんせ。なんや筆頭局長にお会いしたいゆうて、お客さんが来てはりますえ?お上がりくださいゆうても『いや、ここで結構』て、玄関から動かはらしまへんのどす」
八木家では、ちょうど朝の慌ただしい時間帯で、夫人の八木雅はブツブツ言いながら取り継いだが、礼によって二日酔いの頭痛を抱える芹沢鴨は布団から出ようともしない。
「いてて、奥方…それ、うちの新見錦にでも言って、相手させてくれませんか…」
と、死にそうな声で逃げの手を打った。
「新見はんどしたら、さっき出かけはったし」
雅は、芹沢の情けないありさまを見てあきれた顔でこたえた。
「ちっ、何だよ…肝心のとき使えねえヤツだな…う~」
芹沢は不承不承布団を出ると、這うようにして玄関に向かった。
玄関口には、三十がらみのがっちりした武士と、羽二重を着た洒落者の若侍が、仁王立ちしていた。
京都に残留した浪士のうち、第三の派閥を束ねる、殿内義雄と、その補佐役、家里次郎である。
「これはこれは。芹沢筆頭局長殿じきじきのお出迎えとは」
会津藩との契約を芹沢たちに出し抜かれた殿内義雄は、精一杯の皮肉をこめて、恭しく礼をした。
もちろん、そんな嫌味が通用する芹沢鴨ではない。
先ほどまでの気の抜けた態度はどこへやらで、例の大鉄扇をパタつかせながら、大仰に胸をそらせて、ステレオタイプの上官を演じはじめた。
「誰かと思えば、同志の殿内君と家里君じゃないか。朝早くからお勤めごくろう。して、本日の用向きは?」
どうも、相手が好戦的であるほど、舌もなめらかになるらしい。
若い家里は、まんまと挑発に乗ってしまい、玄関の土間から芹沢を睨めあげると、額に青筋をたててスゴんだ。
「…調子にのるなよ、芹沢」
「いやはや、殿内君、ずいぶん口の悪い部下をお持ちだな。ま、筆頭局長に就任したばかりのことでもあるし、今日のところは、私も器量をみせて少々の無礼には目をつぶろう」
芹沢は、人を食った態度を改めようとしない。
さすがに殿内の方は、煮えたぎる怒りを押し殺す術を心得ているようだ。
「芹沢筆頭局長どの、忘れぬがよろしかろう。隊が会津お預かりになったとはいえ、仕えるべきおおもとが幕府であることに変わりない。我らは、幕臣鵜殿鳩翁様から直接後事を託されたのだ。貴殿や近藤ごときの好きにはさせん」
「まいったな。諸君は、なにか勘違いされておるようだ。私は、なにも隊を私物化して、専横を目論んでいるわけではござらん。もちろん、みなと力を合わせ、天子様のため、ご公儀のため、大いに尽くす所存…うっぷ、覚悟のほどについて、存分に語り合いたいが…あいにく、今朝は頭痛がひどくて、う~すまんが、続きはまた今度…」
芹沢は、もはや二日酔いを隠そうともしない。
殿内は、敵を前に取り乱すまいと心に決めて来たつもりだったが、つい語気を荒げた。
「ふざけるな、猿芝居はもうたくさんだ!」
「わ~かった、わ~かった、大声をだすなよ。おお痛てて…」
芹沢は、こめかみを押さえながら、ワナワナと身体をふるわせる二人に、もう片方の手を振った。
「で?用があるなら、さっさと言えよ」
「我ら同志七名は、貴様の命令になど従うつもりはないと断りに来た!」
七名とは、彼ら二人に根岸友山の一派を加えた、いわゆる殿内派というべきグループだ。
殿内の宣戦布告に続いて、側近の家里次郎がたたみかける。
「浪士組の長を誰が勤めるかについては、あらためて合議を申し入れる」
「御免!」
憤然と身を翻した二人がピシャリと引戸を閉めるや、芹沢は廊下に突っ伏してボヤいた。
「響くから、静かに閉めろってばよう…うう、てか、そんなこと、朝っぱらからいちいち断りに来んな!」
そのとき、芹沢の背後から声がした。
「ずいぶん、威勢のいい啖呵を切って行きましたね」
見ると、柱に寄りかかった近藤勇が腕組みをして笑っている。
「ち、近藤、人が悪いぜ。聞いてたのかよ」
「途中から」
芹沢は顔をしかめて宙をにらむ。
「ほんと、めんどくせえ奴らだぜ」
「あちらは我々のことを、もっと疎ましく思ってるでしょう」
芹沢は、ふと何か思いついたらしく、身体を横向きに起こすと涅槃仏のように手枕をして二人が出ていった玄関をみつめた。
その目には物騒な光が宿っている。
「…なあ、近藤さんよう。こんな時、うちにも人斬り以蔵みてえな切り札があったら、話が早いんだがなあ」
「彼らは、曲がりなりにも仲間ですよ」
近藤は眉をひそめた。
「ちぇ、お堅いこと言うなって。そういう人がいたらいいねって例え話だろ」
近藤は「益体もない」と一度は立ち去りかけたが、何か思うところがあったのか、振り返ってたずねた。
「…心当たりでもあるんですか」
芹沢は低く笑った。
「ククク、気になるだろ?おめえのそういうとこ、嫌いじゃないぜ」




