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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
抗争之章
81/404

招かれざる客 其之壱

同じ日、朝の四つ(10:00am)ころ。

壬生浪士組屯所みぶろうしぐみとんしょ(を兼ねる八木邸)に、二人の来客があった。


「芹沢せんせ。なんや筆頭局長ひっとうきょくちょうにお会いしたいゆうて、お客さんが来てはりますえ?お上がりくださいゆうても『いや、ここで結構』て、玄関げんかんから動かはらしまへんのどす」

八木家では、ちょうど朝のあわただしい時間帯で、夫人の八木雅やぎまさはブツブツ言いながら取りいだが、礼によって二日酔ふつかよいの頭痛をかかえる芹沢鴨は布団ふとんから出ようともしない。

「いてて、奥方おくがた…それ、うちの新見錦にでも言って、相手させてくれませんか…」

と、死にそうな声で逃げの手を打った。

「新見はんどしたら、さっき出かけはったし」

まさは、芹沢の情けないありさまを見てあきれた顔でこたえた。

「ちっ、何だよ…肝心かんじんのとき使えねえヤツだな…う~」

芹沢は不承不承ふしょうぶしょう布団ふとんを出ると、うようにして玄関に向かった。



玄関口には、三十がらみのがっちりした武士と、羽二重はぶたえを着た洒落者しゃれもの若侍わかざむらいが、仁王立におうだちしていた。

京都に残留ざんりゅうした浪士のうち、第三の派閥はばつたばねる、殿内義雄とのうちよしおと、その補佐役ほさやく家里次郎いえさとつぐおである。

「これはこれは。芹沢筆頭局長殿ひっとうきょくちょうどのじきじきのお出迎でむかええとは」

会津藩との契約けいやくを芹沢たちに出し抜かれた殿内義雄は、精一杯せいいっぱい皮肉ひにくをこめて、(うやうや)しく礼をした。

もちろん、そんな嫌味いやみ通用つうようする芹沢鴨ではない。

先ほどまでの気の抜けた態度はどこへやらで、例の大鉄扇だいてっせんをパタつかせながら、大仰おおぎょうに胸をそらせて、ステレオタイプの上官じょうかんを演じはじめた。

「誰かと思えば、同志の殿内君と家里君じゃないか。朝早くからおつとめごくろう。して、本日の用向ようむきは?」

どうも、相手が好戦的こうせんてきであるほど、舌もなめらかになるらしい。

若い家里は、まんまと挑発ちょうはつに乗ってしまい、玄関の土間どまから芹沢をめあげると、ひたい青筋あおすじをたててスゴんだ。

「…調子にのるなよ、芹沢」

「いやはや、殿内君、ずいぶん口の悪い部下をお持ちだな。ま、筆頭局長に就任しゅうにんしたばかりのことでもあるし、今日のところは、私も器量きりょうをみせて少々の無礼ぶれいには目をつぶろう」

芹沢は、人を食った態度を改めようとしない。

さすがに殿内の方は、えたぎる怒りを押し殺すすべ心得こころえているようだ。

「芹沢筆頭局長(ひっとうきょくちょう)どの、忘れぬがよろしかろう。隊が会津おあずかりになったとはいえ、つかえるべきおおもとが幕府であることに変わりない。我らは、幕臣ばくしん鵜殿鳩翁うどのきゅうおう様から直接後事(こうじ)たくされたのだ。貴殿きでんや近藤ごときの好きにはさせん」

「まいったな。諸君しょくんは、なにか勘違かんちがいされておるようだ。私は、なにも隊を私物化しぶつかして、専横せんおう目論もくろんでいるわけではござらん。もちろん、みなと力を合わせ、天子てんし様のため、ご公儀こうぎのため、大いにつくくす所存しょぞん…うっぷ、覚悟かくごのほどについて、存分ぞんぶんに語り合いたいが…あいにく、今朝は頭痛がひどくて、う~すまんが、続きはまた今度…」

芹沢は、もはや二日酔いをかくそうともしない。

殿内は、敵を前に取り乱すまいと心に決めて来たつもりだったが、つい語気ごきあらげた。

「ふざけるな、猿芝居さるしばいはもうたくさんだ!」

「わ~かった、わ~かった、大声をだすなよ。おお痛てて…」

芹沢は、こめかみを押さえながら、ワナワナと身体をふるわせる二人に、もう片方の手を振った。

「で?用があるなら、さっさと言えよ」

われ同志どうし七名は、貴様きさまの命令になど従うつもりはないと断りに来た!」

七名とは、彼ら二人に根岸友山ねぎしゆうざんの一派を加えた、いわゆる殿内派というべきグループだ。

殿内の宣戦布告せんせんふこくに続いて、側近そっきんの家里次郎がたたみかける。

「浪士組のおさを誰が勤めるかについては、あらためて合議ごうぎを申し入れる」

御免ごめん!」

憤然ふんぜんと身をひるがえした二人がピシャリと引戸ひきどを閉めるや、芹沢は廊下ろうかしてボヤいた。

ひびくから、静かに閉めろってばよう…うう、てか、そんなこと、朝っぱらからいちいち断りに来んな!」


そのとき、芹沢の背後はいごから声がした。

「ずいぶん、威勢いせいのいい啖呵タンカを切って行きましたね」

見ると、柱に寄りかかった近藤勇が腕組みをして笑っている。

「ち、近藤、人が悪いぜ。聞いてたのかよ」

「途中から」

芹沢は顔をしかめてちゅうをにらむ。

「ほんと、めんどくせえ奴らだぜ」

「あちらは我々のことを、もっとうとましく思ってるでしょう」

芹沢は、ふと何か思いついたらしく、身体からだを横向きに起こすと涅槃仏ねはんぼとけのように手枕てまくらをして二人が出ていった玄関をみつめた。

その目には物騒ぶっそうな光が宿やどっている。

「…なあ、近藤さんよう。こんな時、うちにも人斬ひとき以蔵いぞうみてえな切り札があったら、話が早いんだがなあ」

「彼らは、がりなりにも仲間ですよ」

近藤はまゆをひそめた。

「ちぇ、おかたいこと言うなって。そういう人がいたらいいねって例え話だろ」

近藤は「益体やくたいもない」と一度は立ち去りかけたが、何か思うところがあったのか、振り返ってたずねた。

「…心当たりでもあるんですか」

芹沢は低く笑った。

「ククク、気になるだろ?おめえのそういうとこ、嫌いじゃないぜ」


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