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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
抗争之章
80/404

島田魁、登場 其之弐

さて、ここから視点を変えて続きを語りたい。


料亭の客としてそこに居あわせた永倉新八と原田左之助は、その一部始終いちぶしじゅうをただ呆然ぼうぜんながめていた。

原田は、飛んでくる阿部慎蔵の落下予想地点に自分のぜんがあることに気づくと、それをサッと持ち上げて後ずさった。

「す、すげえな」

思わずそうもらすと、阿部を投げ飛ばした六尺ろくしゃく(180cm)以上もある大男おおおとこが振り返って、ぺこりと頭をさげた。

「どうも、おさわがせして申し訳ねえな」

「あ、いや、なに」

圧倒された原田は、そびえ立つ男を見上げながら手を振った。


ところが、気を失った阿部の顔をのぞきこんでいた永倉が、いきなり逆上ぎゃくじょうして、この大男おおおとこ(つか)みかかった。

「この野郎やろー!てめえ、どーゆーつもりだ!」

あわてたのは原田だ。

「うわあ!おい、よせ!お前もぶん投げられてえのか!サーセンね、こいつ、払ってるもんで!」

永倉を押さえつけて、大男おおおとこに謝った。

しかし永倉は、その手を振りほどき、わめき散らした。

「バカ野郎、ペコペコすんな!いいんだよ!このデカイのは近藤つって、おれの古い知り合いだ」

近藤と呼ばれた大男おおおとこは、そのとき初めてこの先客せんきゃく知人ちじんだと気づいた様子で、

「え?な、永倉?あれ?ご、ゴメン。なに?コレ、この食い逃げって、あんたの知り合いか?」

と、気まずそうにだいの字にノビている阿部慎蔵を指さした。

「そーだよ!ま、知り合ったのはたった今だが、なんつーか、そう悪い奴には見えなかったぜ?」


食い逃げ犯を追いかけてきた仲居なかい戸惑とまどった表情で原田に耳打みみうちした。

「…おれはんどすか?」

原田はこの急展開きゅうてんかいについてゆけず、目を見開みひらいたまま首をかしげた。

「い、いや~、なんかもう俺には人間関係が複雑すぎて、誰と誰がどういう知り合いなんだか、さっぱり…」


近藤某こんどうなにがしという大男おおおとこはよほど人が良いのか、この騒動そうどうの結末に責任を感じたらしい。

「私がこの人の分も立てえておくから、目がめるまでここで寝かせてやってくれ」

そう言って店の者に金を渡すと、自分のぜんをこの部屋に持ってくるように頼み、びている阿部のとなりに腰をおろした。

「いやあ、まさか食い逃げをとっつかまえて怒られるとは思わなかったよ。永倉は相変わらず変なとこで人情深にんじょうぶかいなあ」

永倉もようやくいがめてきたようだ。

「あんたこそ、助けを求められると、そうやってすぐお節介せっかいを焼くとこは変わってねえな」

なぜか二人は急に和やかな雰囲気になって、昔話むかしばなしに花を咲かせはじめた。


「とにかく、久しぶりだなも。けど、なんだって永倉が京なんかにいるんだ?」

「おれは、成行なりゆきでこいつらと一緒に浪士組ってやつに加盟かめいしちまってな。大樹公たいじゅこう上洛じょうらくにあわせてこっちに出てきた」

永倉は原田をあごで指して言った。

「ほう、そりゃうでふるるい甲斐がいがある仕事だな」

「あんたこそ、ご活躍かつやくのようじゃないか、かぜうわさには聞いてるぜ」

永倉は冷やかすような口ぶりで返した。

しかし、当の近藤(なにがし)はその活躍とやらに思い当たるフシがないらしい。

「え?なんだっけ、きもち悪いな。うわさってなんのうわさだ?」

尾張おわり御前試合ごぜんじあいで優勝したんだろ?その後、大垣おおがき藩に召抱めしかかえられたと聞いたが」

永倉は相手の反応をうかがうような調子でたずねたが、身を乗り出したのは、むしろ原田左之助だった。

「マジかよ…尾張っていや御三家ごさんけのひとつだよな。つまり徳川の殿とのさんの御前ごぜんで一番になったってことか?」

近藤(なにがし)謙遜けんそんするでもなく、いい思い出をなつかかしむように微笑ほほえんだ。

「ああ、アレね。そういや、そんなこともあったっけなあ。おかげで、見栄っ張りの大垣藩士に気に入られて養子に入ったんだ。で、今は島田魁しまだかいと名乗ってる」


島田魁 ―シマダカイ―

怪力無双かいりきむそうとして知られる、のちの新選組伍長(ごちょう)

実力主義を標榜ひょうぼうする新選組の中でも、この御前試合ごぜんじあいでの優勝はかなり際立きわだった経歴だが、隊内での彼のイメージは、朴訥ぼくとつで心優しき巨漢きょかんとでもいったおもむきである。

島田はこの当時三十代半ばながら、以降、明治への改元かいげんて新選組が解散するまでのあいだ、粛々(しゅくしゅく)と任務を遂行すいこうし続けた。

新選組興亡(こうぼう)通史つうしを身をもって知る数少ない歴戦れきせんの勇士であり、入れ替わりも含めておよそ500名は在籍ざいせきしたと言われる隊士の中でも代表的な人物である。


「ふうん。なんにしてもうらやましい話だ。んじゃまあ、再会と島田家の家督相続かとくそうぞくしゅくして一献いっこんいこうや。で?こっちへは公用か?」

近藤あらため島田魁のさかづきに酒をぎながら、永倉がたずねた。

「いや…あれなあ、あれはめたんだ」

しゃくを受ける島田はきまりが悪そうに頭をかいている。

「あ?やめたってなにを?」

「いやだから、大垣藩おおがきはん脱藩だっぱんした」

「だっ…えっ?なんで?」

「…そもそも剣術の大会なんかで勝ったのが良くなかったんだなあ。先生、先生と呼ばれるのはしょうに合わん」

あまり出世欲しゅっせよくのない永倉も、このぐさにはさすがに()きれてしまった。

「正気かあんた?ちゃっかり長男におさまって、せっかく士官しかんの道も約束されたってのに、いったい何が不満なんだ。え?言ってみろ。何が気にいらねえ?」

島田は永倉新八よりずいぶん年上だが、まるでしかられた子供のようにちじこまってボソボソと言いわけをはじめた。

「不満てわけじゃないんだが、どうにもこう、おさまりが悪いと言うか…つまり向いてないんだな」

「向いてる向いてないの問題じゃ…イミが分かんねえ…。おれは、昔っからあんたの無私無欲むしむよくなところを尊敬そんけいしていたが、損得勘定そんとくかんじょうが出来なかったとはな!てか、じゃあ今は何やってんだ?」

「いやまあ、京に出てくれば何とかなるかなと思ったんだが、今んとこ、ただブラブラ…」

「ケッ!それでも朝っぱらからこんな店で飯が食えるんだからいいご身分だぜ」

永倉はぜんたたきつけるようにさかずきをおいた。

タン!という音に、気を失っていた阿部慎蔵がびくっと体をふるわせる。


それまで二人の会話をだまって聞いていた原田が、神妙な面持おももちで身を乗り出すと、ポツリとつぶやいた。

「んじゃ、ウチくる?」

島田はとたんに背筋せすじを伸ばすと、永倉と原田の顔を交互に見た。

「え?いいの?」

「いいよな?」

原田も永倉の顔をのぞき込んだ。

永倉は土方の派閥拡大路線はばつかくだいろせん加担かたんするようで気がすすまなかったが、この大きな子供のような男を放っておくわけにもいかず、渋々(しぶしぶ)同意した。


島田魁が、二人の代金を立て替えさせられたのは言うまでもない。



「しかしあの芹沢鴨といい、お前って無駄むだに顔だけは広いよな」

屯所とんしょへの帰路きろ、原田はあらためて永倉をしげしげとながめた。

「ああ、ありがとよ!」

永倉はまだ機嫌きげんが悪いらしく、無愛想ぶあいそうにこたえた。


しかし、原田の言うとおり、永倉新八という男の交友関係には、なかなか興味深いものがあった。

試衛館しえいかん食客しょっかくとなる以前の永倉は、神道無念流しんとうむねんりゅうという大流派だいりゅうはで多くの門徒もんとたちと剣をまじえ、あちこちで道場破どうじょうやぶりまがいの荒っぽい他流試合たりゅうじあいをこなして研鑽けんさんを積んだのだという。

なりゆき、その修行しゅぎょう時代を通じて数多くの猛者もさたちと交誼こうぎを結ぶことになった。

そして今や、かつての同門どうもんやライバルたちも、動乱の時代に触発しょくはつされて次々とこの京へのぼってきている。

水戸派の芹沢鴨や野口健司、この島田魁にしてもそうだ。


新見錦が執拗しつように彼を自陣じじんに引き込もうとしたのは、永倉自身のうでもさることながら、その幅広はばひろ人脈じんみゃくを手に入れたかったからだった。


そしてもう一人、永倉はまだ知らなかったが、彼が出会った中でも最強の剣士が、すでに京の地をんでいた。


誰あろう、あの仏生寺弥助ぶっしょうじやすけである。


※阿部さんの縁者の方がこれ見ませんように。

ごめんなさい。

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