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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
抗争之章
78/404

狼たちの午前中 其之参

一刻ほどのち。

永倉新八と原田左之助は先斗町ぽんとちょうにある老舗料亭しにせりょうてい座敷ざしき胡坐あぐらをかいていた。

原田はやけに立派な店構みせがまえに気後きおくれしたのか、った造作ぞうさく欄間らんまや、とこに掛かるイワクありげな山水画さんすいがにオドオドした視線しせんを泳がせながら、永倉の肩をすった。

「おいおい、朝からヤケ酒もいいが、ここはマズいんじゃねえの?金はあるんだろうな」

「バーロー!あったら、てめえなんかさそうかよ!」

永倉は窓から望む鴨川かもがわ景観けいかんにご満悦まんえつで、すでに四本目の酒に口をつけている。

それを聞いた原田はあおざめた。

「…おまえなあ、だったらさそう相手を選べ!」

「ケッ、ビクビクすんな、みっともねえ!じゃツケで飲みゃいいんだよツケで!」

永倉はすっかり気が大きくなっている。

この状況では自分が最後のとりでなのだという現実に直面して、原田は背筋せすじに冷たいものが走るのを感じた。

「てかココ、一見いちげんの客がツケなんかくのかあ?」

「う~るせえ!飲まなきゃやってられっか!ツケがダメなら食い逃げでも何でも…」

原田はアワを食って、永倉の口を押さえつけた。

「こ、こ、こ、声がデケエ!!こいつ、意外とタチが悪いな。こういうのを不逞浪士ふていろうしって言うんじゃねえのか?」

そう原田がボヤいたのと、部屋の外から仲居なかいさけび声が聞こえたのがほぼ同時だった。

げ!食い逃げや!誰か、つかまえて!」

「…おいおいおい、ずいぶんと気の早い店だな!ひゃひゃひゃ!」

永倉がよどんだ目で原田に目配めくばせをしたとき、

勢いよく障子しょうじが開いて、見るからに貧乏びんぼうそうなナリの浪士が座敷に飛び込んできた。

「うわあ!」

二人は身構えたが、

邪魔じゃましてわりいな」

闖入者ちんにゅうしゃは二人の膳を跨いで素通りすると、鴨川に面した出窓に飛び乗った。


「…あれ?ひょっとして、食い逃げってのは、あんたか?」

原田は、いぶかしげに目を細めた。

男はすでに窓の手すりへ片足を掛けていたが、二人を振り返るとクドクドわけを始めた。

「その呼び方はやめてくれ!俺は皿洗いでも何でもして払う気はあったんだ!だが、あの使用人ときたら思った以上に融通ゆうづうかなねえ女でなあ。なんでだか、結果的にこうなっちまっただけだ」

とても他人事ひとごととは思えない原田は、同情を浮かべながら窓の外を指さした。

「そりゃまあ、お気の毒さまだが、そんなとこから飛び降りたら、あんた死んじまうぜ?」

原田の言うとおり、その部屋は川べりの二階にあって、土手の高さを加算すれば、直下の川岸までゆう四間よんけん(約7.2M)はあった。

「おお、なんてこった!」

浪士は下をのぞきこんで、絶望の声を漏らした。


部屋の外からは、

「俺に任しといてください!」

と、なにやら野太のぶとい声が聞こえてくる。

どうやら腕自慢うでじまんの客が、泥棒退治どろぼうたいじを買って出たらしい。


貧乏浪士は腹を括ったらしく、もう片方の脚を窓枠まどわくにのせて決死けっしのダイブを決行する体勢たいせいを整えた。

「あんた方も同類の匂いがするから、田舎者いなかものよしみ最期さいごに忠告しといてやるよ。都はおっかないとこだぜ。俺ぁ洛北らくほく賭場とばで身ぐるみがされてなあ。とうとう刀まで取り上げられちまって、このていたらくだ。ま、せいぜい気をつけな」

永倉と原田はどう応えればよいか分からず、ただ複雑な笑みを浮かべるしかなかった。

金があれば、この気の毒な男を救ってやることも出来るが、このままでは次に飛び降りるのは自分たちだ。


「さっきから気になってたんだが、あんたの顔、どっかで見た気がするんだよなあ」

原田がそう言ってこめかみを指で押さえたとき、入り口の障子しょうじを開けて六尺もある大男がノッソリ入ってきた。


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