表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
抗争之章
77/404

狼たちの午前中 其之弐

さて、部屋を出た永倉新八はというと、どうにも腹の虫がおさまらず、庭にある井戸のヘリを思い切り蹴飛けとばしたあと、バシャバシャと顔を洗った。

もともと一匹狼いっぴきおおかみ気質の永倉にとって、こうした内輪揉うちわもめは、見るに耐えない。

ブツクサ言いながら大股おおまたに庭を横切っていたところ、間の悪いことに、今度は芹沢派の参謀さんぼう新見錦に捕まってしまった。

「お出かけですか?」

新見はまるで永倉を待ってでもいたかのように、身支度みじたくを済ませている。

「ああ。そこらへんをブラっと一周な」

永倉は新見をジロリと一瞥いちべつして、その前を通り過ぎた。

しかし新見はその後をさらに追いすがってくる。

「お一人とはめずらしい」

永倉は新見のさぐるような眼を見返してふと笑った。

「あんたもな」

「うちの連中は、例によって昨晩の深酒ふかざけたたったらしく、まだ起き出してこれないようでね。見回りならご一緒していいですか」

新見錦は、芹沢の派閥はばつに属しているものの単独行動が多く、どこか謎めいたところのある男だ。

警戒けいかいした永倉は、はぐらかすように庭を走るニワトリに目をやって、顔をしかめて見せた。

「まったく、朝っぱらから五月蠅うるさいトリどもだな」

「あれは軍鶏しゃもですよ」

新見は露骨ろこつ嫌味いやみにも気づかない振りをして、冷静に訂正した。

「で?なんだっけ」

「…外出ならご一緒にと」

手ごわい相手だ。

永倉はあっさり降参こうさんの表情を浮かべた。

遠慮えんりょしとくよ。あんたみたいなキレ者と口をきくのはおっかなくてね。散歩しながら天気の話をしていたつもりが、いつのまにか誰ぞの寝首ねくびく相談をされていたなんてことになりかねん」

そう言ったきりスタスタと歩き出して振り返りもしない。

新見は可笑おかしそうに笑い、少し歩調ほちょうを早めると、永倉の行く手に回り込んだ。

「買いかぶりすぎだ。あなたにそんな遠まわしな手管てくだが通用するとは思っちゃいない。じゃあ単刀直入たんとうちょくにゅうに聞くが、永倉さん。我々の仲間に入ってもらえないだろうか」

「入るも入らないも、俺たちゃ元から同志のはずだぜ。だろ?」

永倉はゲンナリして応えた。

ようやくあのはなれから逃げ出してきたところで、またしても不愉快ふゆかいな話題を持ち出されたのだから無理もない。

新見は、そうした反応はみとばかりに、抜け目のない顔で小首こくびかしげてみせた。

「そういう話じゃない。分かってるでしょう?」


「…芹沢さんに言われて来たのかい」

永倉は目線を外して、ぶっきらぼうにたずねた。

「いいや。私の独断どくだんです」


永倉は根負こんまけしたという風に立ち止まると、新見に鼻面はなづらを突きつけた。

「起き抜けで、まぁだアタマがまわんなくてなあ。今、そーゆーしちめんどくせえ話はカンベン願いたいんだがね?」

もちろん、新見がそう簡単に引き下がるはずもない。

「つまらない内輪揉うちわもめはサッサと終わらせるにかぎる。でしょう?あなたは芹沢さんとも旧知の仲だ。浪士組をたばねるのは芹沢さんこそ相応ふさしい。そう思いませんか?」

永倉はその問いを軽くいなした。

「さあね、ま、そうかもな」


新見錦は、自分の弁舌べんぜつもってすれば、近藤派の切りくずしなど容易たやすいとたかくくっている。

水戸一派を実質的に取り仕切っているのは、まぎれもなくこの新見だったから、その自信も当然かもしれない。

だが、本人は大事なことに気づいていなかった。

彼の業績は、神道無念流しんとうむねんりゅう剣豪けんごうとして四隣しりんに聞こえた芹沢鴨という絶対的な求心力があってこそ成し得たものだということに。

これまでのところ、新見は芹沢の懐刀ふところがたなとして遺憾いかんなくその才能を発揮はっきしていたものの、山南や土方に比べればまだ年も若く、育ちの良いせいか、ややもすれば自らの才におのれるきらいがあった。

そして彼はここでも一つ、読み違いをしていた。


たしかに、え抜きの土方、沖田、井上あたりを除けば、試衛館一門しえいかんいちもんは必ずしもまとまりがあるとは言えない。

この永倉にしても、誰かにひれ伏したり、ぬかづいたりすることを好まない種類の人間で、彼らは良くも悪くも自立した個人の集合体に過ぎなかった。

そうした意味では、京の人々が彼らを「おおかみ」と評したのも、あながち的外まとはずれではなかった。

しかし逆に言えば、狼たちはそれぞれの嗅覚きゅうかくで、近藤勇のなかにれをひきいるボスとしての資質ししつぎ取ったからこそ、行動を共にしているのである。

その証拠に、彼らはやがて、同じ理由から別々の道を歩んでゆく。


いずれにせよ、試衛館一門の誰一人だれひとりとして、芹沢のような絶対君主ぜったいくんしゅを組織に求めてはいなかった。


「だが、おらあ江戸にいた頃、近藤さんとこでずいぶん長いあいだムダメシを食っちまってなあ。まだそのツケをはらい終わってねえんだ。わりいね」

永倉のとぼけた口調には、それでいて断固だんことしたひびきがあった。

新見はさもガッカリしたふうに首を横に振った。

「では、まだあの多摩の山猿どもにつき合う気ですか」

「だ~から、なんでそうなんのかなあ?おれは浪士組の人間で、あんたも、芹沢さんも、近藤さんもそうだ。あっちもこっちもねえだろ」

困り果てて腕組うでぐみする永倉に、新見がなおも食らいつく。

「しかし、船頭せんどう多くして船山ふねやまに登るということわざもあるでしょう。大将が二人いてはロクなことにならない」

永倉は新見の胸先むなさきに人差し指を突きつけた。

「いいか?前にも断ったはずだぜ?おれぁな、好きにやればいいと言ってる。だが、おれ自身はあんた方の小っちぇえ派閥はばつ争いに加わる気はねえの!」

それは水戸という封建的ほうけんてきタテ社会にまった新見には思いもよらない拒絶だった。

新見の薄青うすあおほおにさっと朱がさした。

「まさか、そんなこと本気で…」

「ホ・ン・キ・だ!そういうれ合いはウンザリなんだよ」

足りない部分をおぎない合うために寄り沿う水戸派のもろさを指摘されたようなものだった。


どうにか動揺どうようを押さえ込んだ新見が、なにか言い返そうとしたその時、

「よう、二人でお出かけかい?巡察じゅんさつなら付き合ってやるぜ」

母屋おもやの玄関から声がして、下駄ゲタを引っ掛けながら原田左之助が近づいてきた。

永倉は心底しんそこホッとした。

「ち。この話はあらためて」

新見はさりげなく永倉に耳打みみうちすると、勝手口かってぐちの方に去っていった。


その後ろ姿を横目よこめで見ながら、原田は恩着おんきせがましくニヤリと笑った。

「何の話をしてたかなんて野暮ヤボかんぐりはしねえけどよ、わきが甘いと付け込まれるぜ?」

永倉は途端とたんにムスっとして、歩みを早めた。

「水戸の連中れんちゅうてきみたいに言うのはよせ。まったく、どいつもこいつも」

原田は小走こばしりに後を追いながら、野良仕事のらしごとをする小作人こさくにん会釈えしゃくに軽く手をって応じた。

「よう、おはようさぁん。あ、おい、待てったら!おまえは人のいいとこがあっから心配してやったんじゃねえかよお!」

「大きなお世話だつーの。心配する気があんなら、ばららしに付き合え」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=929024445&size=135
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ