表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
抗争之章
76/404

狼たちの午前中 其之壱

京洛きょうらく散在さんざいする寺院のあちこちでツツジが赤い花をつけるころ。

京都守護職きょうとしゅごしょく松平容保まつだいらかたもりとの謁見えっけんを無事に終えた近藤勇たち壬生浪士組みぶろうしぐみは、市中警護しちゅうけいごという職務にいそしむ一方で、新しい隊士をつのることになった。


松平容保は、京に残ることを選択した彼らの心意気をたたえたのち、こう申し渡した。

「会津藩士たちと力を合せて、王城おうじょう(京)にはびこる奸賊かんぞくどもを掃討そうとうせよ」


そもそも、京都守護職きょうとしゅごしょく就任しゅうにんした当初の容保かたもりは、比較的穏健(おんけん)な方法で京の治安回復をはかろうとしていた。

荒れ狂う浪士たちの意見を真摯しんしに聞き、彼らを京の治安維持ちあんいじ組織に取り込もうとさえしたほどである。

しかし、近藤たちが京に着いたその日、

例の木造梟首もくぞうきょうしゅ事件が起こり、それと前後して、公然と徳川将軍家を批判するような者も目に付くようになってきた。

ここにきて、その方針も大きな転換を余儀よぎなくされている。


かくして壬生浪士組は、京の町に血の雨を降らせることになった。


彼らが京の人々から「ミブロ」などと呼ばれ出したのも、この話と無関係ではないだろう。

「ミブロ」には、一説に「壬生“狼”」の文字を当てるものもあり、つまり単なる略称ではなく、

多分に嫌悪けんお侮蔑ぶべつを含んだ呼び名なのだ。

将軍の警護けいごに身をささげた浪士たちの側に立てば、割に合わない話である。



しかし、山南敬介と土方歳三にとっては、世間の風評ふうひょうよりも隊内の派閥闘争はばつとうそう目下もっかの悩みだった。

芹沢一派が八木家の母屋おもやに移って以来、はなれでは芹沢たちの耳をはばかる必要もなくなり、朝晩の食事で交わされる話題はそればかりになった。


「気に入らねえ」

土方歳三は、今ひとつ馴染なじめない白っぽい味噌汁みそしるに視線を落として不機嫌ふきげんに言った。

「なにが?」

山南敬介が隣に腰を降ろしながら、土方のわんのぞき込む。

「あの秋月と広沢って奴らさ。ずっと芹沢の方を向いて話しやがる」

土方を不機嫌ふきげんにさせている秋月悌二郎あきづきていじろう広沢富次郎ひろさわとみじろうとは、京都守護職きょうとしゅごしょく・松平容保の側近そっきんである。

二人は「会津藩公用方あいづはんこうようがた」という役職にあって、容保かたもり補佐ほさし、外部との折衝せっしょう役を務めている。

このため、藩の窓口として浪士組の面倒めんどうをみることになったわけだが、初めて顔を合せたときから、芹沢を浪士組の代表者として扱うことに何の疑いも持っていなかった。

土方には、それが気に食わない。


「言わせてもらえば、容保公かたもりこうだってそうだ」

謁見えっけんの様子を思い出して、土方は苦々(にがにが)つぶやいた。

金戒光明寺こんかいこうみょうじでの初お目見え(はつおめみえ)は、容保の問いかけに芹沢が応答おうとうするというかたちに終始しゅうじした。

容保としては、単に編成表の冒頭ぼうとうにあった名前を呼んだだけかもしれない。

が、近藤をないがしろにされたようで、土方にはやはり面白くなかった。

もっとも、それは本来ほんらい口にすべき不満ではない。

「おいおい」

山南は、失言を軽くたしなめたものの、土方があせる気持ちも理解できた。


容保公のお目見めみえがかなって以来、芹沢鴨がなしくずしに「筆頭局長ひっとうきょくちょう」に収まったことで、この組織の対外的な顔と見做みなされるようになった。

それを 歯がゆく思っているのは山南も同じだ。

「なんと言っても、芹沢さんのご実家は水戸徳川家の家臣かしんだ。会津藩が彼を重んずるのもいたかたあるまい。が、あの連中なら、放っておいてもいずれボロを出す。大事なのはわれわれが不祥事ふしょうじに巻き込まれないことだ」

それは、山南がここ数日あれこれ考えた末の結論だった。


この頃、試衛館しえいかんグループの中には、なんとなく役割分担のようなものが出来つつあった。

山南が知恵を出し、土方がさくって、近藤が決定を下す。

別にそうした取り決めをしたわけではないが、なぜかそのスタイルがこの三人にはしっくりきた。


しかし今回の消極案しょうきょくあんには、土方が納得するはずもなかった。

「山南さん、黒谷の本陣ほんじん(金戒光明寺こんかいこうみょうじ)を出たときの新見の得意げなツラに気づかなかったとは言わせねえぞ?まったく、クソいまいましい限りさ。あいつらが下手ヘタを打つまで悠長ゆうちょうに待ってられっかよ!」


もちろん、かと言って、芹沢が浪士組の全権を掌握しょうあくしたわけではない。

依然いぜんとして芹沢、近藤両派の力は拮抗きっこうしており、さらに第三の派閥、殿内義雄とのうちよしおらも勢力拡大をねらい隊士を集めている。

さいわいなことに、殿内派の活動はあまり上手くいっているとは言えなかった。

たのみのつなである根岸友山ねぎしゆうざんが早々に離脱りだつをほのめかしているからだ。

芹沢、近藤の独断専行どくだんせんこうに腹を立てたのが原因とも言われるが、もともと殿内の下につくこと自体、面白くないのだろう。

根岸友山は、最大の勢力をひきいて浪士組に参加していたから、離脱りだつが現実になれば、殿内派は大きく戦力をがれることになる。

つまり、土方と新見のたくらみは、ジワジワとこうそうしていた。


山南と差し向かいに座る近藤勇は、嫌でも二人の会話が耳に入る。

自分の力不足ちからぶぞくを責められている気がして、妙に居心地いごこちが悪い。

「…それより、昨日飲みにいった店の菊尾きみおってのが、いい女でなあ」

なんとか話をらそうとしたものの、土方には通用しなかった。

「かっちゃんは、いや、近藤さんはくやししくないのかよ?!」

近藤はたたみに後ろ手をついて、観念かんねんしたように大きく息を吐いた。

「…そりゃまあ、こうも扱いが違うもんかと正直(こた)えはしたがね。だからといって、生まればかりはどうしようもねえだろ?ま、コツコツと信頼を勝ち取っていくさ」


彼はこれまでの人生において、イヤというほど封建ほうけん社会の理不尽りふじんさらされてきた。

ある種、茫洋ぼうようとした人物に見える近藤勇も、やはり出自しゅつじに対する根深ねぶかいコンプレックスを抱えていた。


土方は、口元をゆがめて皮肉ひにくった。

「ずいぶん気の長いこって。そんなんじゃ、お殿とのさんに声をかけてもらえる頃にゃヤギひげのジジイになってるかもな」

近藤も次第にイライラをつのらせて、豆腐とうふにハシを突き立てると応戦した。

「ああ面倒めんどくせえ!じゃあどうしろって言うんだ?!」

「知れたことだ。奴らを引きずり降ろしてやるのさ」

土方は片目をつぶって見せる。

近藤はあきれ顔で肩をすくめると、助けを求めるように一座を見渡した。

が、土方の物騒ぶっそうな思いつきに、あえてとなえる者もいない。

気不味きまずい沈黙のなか、部屋にはカチャカチャとハシを動かす音だけがひびいた。


黙々(もくもく)と飯を食べ終えた永倉新八が、やおら立ち上がった。

「よっこらせっと」

無言で出て行こうとする永倉の背中に土方が声をかけた。

「どこに行くんだよ」

「仕事だよ、しーごーと!おれ達のお役目やくめは部屋にこもってコソコソはかりごとめぐらすことじゃねえよなあ?市中しちゅう見回りってやつに行ってくらあ」

仏頂面ぶっちょうづらで振り返った永倉は、そう言い捨て、ピシャリとふすまを閉じた。


「フン、ありゃ武士のかがみだね。忠勤ちゅうきんごくろうなこって」

土方は小馬鹿こばかにしたように、ふすまどくづいた。

近藤は、土方の口の悪さにあきれて山南の顔を見やった。

「チェッ、何とか言ってやってくださいよ」

山南敬介は、焼き魚の骨を器用に取り除きながら、近藤の顔を上目遣うわめづかいに見つめ返していたが、やがて顔を上げ、きっぱりと言い切った。

「悪いが近藤さん、私も芹沢さんや殿内とのうちさんの下で働く気はありませんね」

「それみろ」

土方は勝ちほこったように言って、茶をすすった。


山南は思わず苦笑にがわらいを漏らしながらも、しっかりクギを刺すことも忘れなかった。

「だが土方さん、ものごとには順序がある。殿内さんの件をなんとかするまで、少なくとも表面的には芹沢さんたちと友好関係を保っておいた方がよかろう」


「もちろん。分かってまんがな!」

土方はニヤリと笑って、覚えたての関西弁でおどけて見せた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=929024445&size=135
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ