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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
抗争之章
75/404

群れの序列 其之参

一方、

帰宅した秀二郎が居間いまに顔をだすと、そこにはアザラシのように横たわる原田左之助の姿があった。

「ゲッ!」

たしか、つい最近、ここでめしを食っているのを近藤勇に見つかってこっぴどくしかられていたはずなのに、驚くべきふてぶてしさだ。

しかし、芹沢たちが母屋おもや一画いっかく占領せんりょうしてからというもの、秀二郎が落ち着ける場所はこの居間しかない。

もっとも、父の八木源之丞やぎげんのじょうや母のまさに至っては、原田の存在に、もう違和感すら抱かなくなっていた。

それどころかつまらない世間話せけんばなしにも当たり前のようにつきあっている。

「そういやさあ、聞いたんだけど。こっちじゃ帰ってほしいお客にお茶漬ちゃづけを出すんだって?」

壬生寺の法要ほうようで狂言を演じ終えたばかりの源之丞は、お茶をすすりつつ、ようやく一息ひといきついていた。

「そおゆうたら、昔から『ふぶけ食べなはれ』とか言いますなあ」

「なにそれ、わけわかんない」

洗濯物せんたくものをたたんでいたまさは、手をとめて、

「そういう暗黙あんもくの取り決めどすわ。かどを立てんように、遠回とおまわしに表現する京の人間の知恵どすな」

と、古都の風習を説明した。

「けどよう、お互いにそれを知ってるなら、面と向かって帰れって言ってんのと一緒じゃねえの?」

秀二郎は三人の間で交わされる会話の、あまりの下らなさにウンザリした。

しかし、母は真剣な顔で悩んでいる。

「そう言うたら、そうどすなあ」

「じゃなんで、そんなことすんの?ねえ、なんで?」

原田は四つんいでまさにつめ寄った。

「なんで?なんでて…あーもーうるさい!はよ離れへ帰んなはれ!」

「なんだよう、はっきり言ってんじゃん」

秀二郎は頭が痛くなって、原田が出ていくより先に奥の間の縁側えんがわ避難ひなんした。



一息ついた井上と土方は、植え込みの縁石ふちいいしに並んで腰掛こしかけていた。

「まあ、とにかくだ。色々あったが、これでようやくお役目にはげめるわけだな、土方さん」

井上が手拭てぬぐいで汗をぬぐいながら、微笑ほほえんだ。

「『土方さん』?なんだよ、それ。くすぐってえな」

土方が気味きみ悪そうに身体からだをひいた。

井上は乱れた土方のたもとを直してやりながら、真面目な顔で言った。

「今日からお前はあたしの上官だ。若い者の手前もあるし、けじめはつけさせてもらわなきゃな」

「てか、何で源さんが副長にならなかったんだよ?俺がそう言おうとしてあんたの顔を見たら、プイッと出ていっちまっただろ」

「いやいやいや。そりゃあだって…勘弁カンベンしてくれよ」

井上はとんでもないという風に激しく手をふった。

「なんで?あんたは俺たちの中じゃ年長だし、一番の古株ふるかぶだ。何より俺と違って天然理心流の免許皆伝めんきょかいでん者じゃねえか。誰からも文句は出ねえはずだぜ?」

「あのなあ、とし。人間にゃうつわってもんがある。あたしゃそういうガラじゃないんだよ」

「ふうん。つくづく欲の無い男だね」

井上は愉快ゆかいそうに笑って、土方に向きなおった。

「あるさ。欲も野心やしんもある。この浪士組で一旗揚ひとはたあげて、ゆくゆくは仕官しかん、いや、旗本はたもとが夢だな。しかしそうなるには、この組織をひきいるのがあたしじゃダメなのさ。お前と山南さんなら近藤さんを支えていける」

「そんなもんかねえ」

土方は頬杖ほおづえをついて、近藤や山南のいるはなれを見やった。

「そうとも。んじゃ、ちょっと水を一杯もらってこようかな…どっこらせと」

井上は腰を上げて、母屋おもやの方へ歩いて行った。


「なんだか知らねえが、とにかく俺は責任重大ってことらしい」

土方がひとりごちて、離れに向かって一歩踏み出したとき、縁側えんがわに腰かけていた八木秀二郎が声をかけてきた。

「土方さん」

「よう、坊ちゃん」

土方はいつものめた微笑びしょうを口元に浮かべて軽く手をあげ、秀二郎に歩み寄った。

「さっき、聞こえてしもうたんですけど、あの人、井上さんが免許皆伝めんきょかいでんてホンマですか?」

「そうは見えねえだろ?」

土方は片方の眉を吊りあげて、秀二郎の顔を流し見た。

「失礼ですけど、ええ。まあ」

秀二郎は、その視線に居心地いごこちの悪さを感じてうつむきながら、曖昧あいまいにこたえた。

「源さんは器用な方じゃねえからなあ。けど、どんな難しい技も習得しゅうとくするまでは絶対にあきらめねえ。それこそ毎日毎日、ひたすら剣を振ってな。あの人はいろんな意味で強いぜ?俺には真似まねできんよ」

「ふん」


秀二郎は、昼間に投げかけられた言葉をもう一度思い返した。


「日々の修練しゅうれんが足らん」

彼が学ぶ聖徳太子しょうとくたいし流吉田道場の剣術師範けんじゅつしはん“斎藤一”はそう言った。


数日前、あの無愛想ぶあいそう師範しはんと自宅でばったり顔を合せたとき、秀二郎には事態が飲み込めなかった。

まさか彼が浪士組に入って、しかも自分の家で一緒に暮らすことになるとは。

斎藤は、秀二郎の暮らしぶりをみて、井上源三郎を見習えと言いたかったのかもしれない。


土方は何を思ったのか、珍しく打ちけた様子で秀二郎の肩に手を置いた。

「どうやらあんたは俺たちのことが気に入らんようだ。ま、無理もないが、少なくともあの井上源三郎って男は、尊敬にあたいする人間だと俺は思うぜ?」


離れの方から近藤勇の呼ぶ声が聞こえた。

「おう、とし、今日は早く寝とけ!明日は会津公に会うんだから、ぜってえ寝坊ねぼうはできねえぞ!」

土方は、秀二郎に肩をすくめて見せた。

「バカじゃねえのか。子供みたいにはしゃぎやがって」

秀二郎は去っていく土方の背中に頭を下げた。


翌朝、一行は例の大文字屋であつらえた紋付もんつきそでを通して、さっそうと八木家の門を出ていった。

そしてなぜか、昼前には全員顔をそろえてスゴスゴと帰ってきたのである。

松平容保まつだいらかたもり公は二条城に出かけて留守るすだったらしい。


「あ~も~なんか知らんけど腹立つわ!!なんっでお殿とのさんに会いに行くのに、前もって先方せんぽうの都合くらい聞いとかへんのや!」

八木秀二郎は、壁に向かってやり場のない苛立いらだちをぶつけながら、少しでも彼らを見直しかけた自分のバカさ加減かげんにも腹が立った。


※こんなに早い時期に浪士組の役職が決まっていたかは不明なんスけどね。

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