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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
別離之章
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別離 其之弐

なぜ沖田総司は、中沢良之助と出会えなかったのか。

実は、沖田が家を出る少しまえ、彼はすでに八木家の前まで来ていたのだった。


ここで少し時間をさかのぼる。


良之助は、近藤たちと連れ立って門を出てきた山南敬介を捕まえて、

「ちょっと」

と内密の話でもあるように小さく声をかけた。

彼がわざわざ二人きりになって相談したいことといえば、中沢琴の話しか考えられない。

山南は、近藤たちに「あとで追いかけます」と断って、良之助にソデを引かれるまま新徳寺の門をくぐった。


境内けいだいには、昨夜のうちにきちんと旅支度(たびじたく)を済ませていた少数派の浪士が、パラパラと見受けられるくらいだ。

「ずいぶん早いんだな。朝の弱い君にしちゃ上出来だ」

山南がいつもの柔和(にゅうわ)な笑みを見せると、目を真っ赤に()らした良之助が不機嫌(ふきげん)に応えた。

「早いもなにも、昨日の夜中に突然姉が現れて、朝まで()問答(もんどう)ですよ」

「ようやく会えたんだな。まだ帰らないってグズってるのかい?」

山南は、あきれた顔でうでを組んだ。

「隊を離れろと逆に説得されましたよ」

良之助は、疲れきった表情で灯篭(とうろう)の台座に腰をおろした。

山南には二人の言い争う様子が手に取るように思い浮かび、苦笑いするしかなかった。

「で?話し合いは決着したのか」

「姉が家に戻るんであれば、いっしょに帰ってもいいと言ってやりました」

「私もそれがいいと思うよ。君は跡継(あとつ)ぎなんだから」

良之助は、正気を疑うように山南の顔をシゲシゲながめた。

「いやだな、本気にしないでくださいよ。ウソも方便てやつです。清河を何とかするまでは、隊を離れる気はありません」

「しかし、そんなウソなんて、お琴さんにもすぐバレるだろ」

「なに、とにかく姉を一旦家に帰しさえすりゃあ、あとは親父がふんづかまえて柱にでも(しば)りつけとくでしょうから」

「ずいぶん荒っぽい一家だな。で、彼女は今どこにいるんだ?」

山南は不審げに目を細めて集合場所であるはずの境内(けいだい)を見渡したが、周囲に琴の姿は見あたらない。

「それが…。荷物をまとめてる間にまた姿が見えなくなりまして、朝から駆け回るハメに…」

良之介は、思い出しても腹が立つという風に鼻を鳴らした。

「やれやれ」

山南も途方にくれて、ため息をつく。


「まだ清河の用心棒みたいなことをやってるんだとしたら、また二人で別行動をとっているのかもしれません」

「しかし清河さんにも困ったものだな。いくら腕が立つといっても、女性を巻き込むのなんて感心しない。まして、自慢気じまんげにお琴さんを連れ歩くなど、いい趣味とは言えないよ」

山南は(まゆ)をひそめた。

良之助は、その言葉に軽い嫉妬しっとが混じっているのに気がついて一瞬(ほお)をゆるめたが、すぐに表情をひきしめ、首を横に振った。

「いや。清河が姉をそばに置いているのは、別に容姿とは関係ないでしょう。なぜなら、あれはもう山南さんが知っている姉じゃないからです」

「思わせぶりなことを言う」

「姉の剣技(けんぎ)は、今や達人の域を通りこして、さながら鬼神(きじん)のごとしです。清河は、単純に戦力としてあてにしているんですよ」

山南は琴の非凡(ひぼん)な才能を知っていたから、あり得ないことではないと思ったが、それにしても良之助の評価は大袈裟おおげさにすぎる気もする。

問いかけるような視線に、良之助は、そのわけを打ち明けるべきかしばらくためらっていたものの、やがて決心したように顔をあげた。

「やはり、山南さんにだけは話しておきましょう。例の奥義の話なんですが」

「というと、利根法神(とねほうしん)流のかい?」


良之助は、険しい表情で小さくうなずいた。

「ええ。これは私の想像ですが、姉はひょっとしたら使えるのかも知れません」

「しかし、あれは一子相伝(いっしそうでん)の秘技と聞いたが」

「…そうなんですが。どこから話すべきかな…」

良之助はそう言ったきり、また黙りこんだ。

「信用してくれていいよ」

山南が安心させるように言うと、良之助はもう一度コクリとうなずき、語りだした。


「…うちの道場の前には、菜園(さいえん)、というか小さな畑がありましてね。キュウリを植えてるんです。まあ、われわれ家族が食べる分だけなんですが」

話がいきなり横道(よこみち)にそれて、山南は面食(めんく)らったが、黙って先を待った。

「わたしが江戸の剣術修行から帰ってしばらく経ったある夜のことです。

親父が、急にそのキュウリを食べたいと言い出した。

もう夕食も済んだ後だったので、私はワガママを言うなとたしなめたのを覚えています。

しかし、親父はどうあっても食いたいと(ゆず)らない。

やがて、姉の琴が折れて、『しょうがない』と腰をあげ、畑に出ていった。

ところが親父は、そう言っておきながら、姉が部屋を出た途端とたん、今度は私に向かって『道場にこい』なんて言うんです。

私はムッとして『姉さんはどうするんだ』と怒りましたが、親父はむずかしい顔をしたまま、有無を言わせず先に行ってしまう。

仕方なく私は後を追いました。

道場に着くと、親父はまず窓を開け放ち、それから中央に座って、

いきなり『今からおまえに、利根法神流の奥義(おうぎ)伝授(でんじゅ)する』と告げました。

それは、窓の外でキュウリをもいでいた姉にも聴こえたはずです」

良之助は一旦話を区切り、この話の意味するところが伝わったか、山南の顔色をうかがった。


「なるほど、興味深い」

山南は、鋭い眼で薄く笑った。


「親父は、その場で身振り手振りをまじえ、私に奥義(おうぎ)伝授(でんじゅ)しました。

もっとも、その技はとても私が会得えとくできるようなものじゃなかったし、実をいうと、当の親父でさえ、口で説明することは出来ても、実際に使える訳ではなかったんです。つまり、机上論きじょうろんに等しい技です」

「しかしそれでも、奥義おうぎは、代々宗家(そうけ)を継ぐ者に伝えられてきた?」

山南はなにか考え事をするときのクセで、あごの先を指でなでた。

「ええ、その通りです。そもそも法神流ほうしんりゅうは飛び()りを得意とする剣法で、この奥儀もやはりその一種ですが、あんなものは天狗(てんぐ)でもない限り…いや、しかしまあ、今はそのことはいいとしましょう。重要なのは、親父がそれを姉に伝えようとしたという事です。

姉は女ですから、どんなに剣才(けんさい)があっても、宗家そうけを継ぐことはかないません。

しかしそれでも、もしあの奥義が実在した技であるなら、それを体得できるのは、姉をおいて他にないと父は考えたんだと思います」

「で、実際にお琴さんは、それをモノにした?」

「さあ。そこまでは分かりません。だが、その頃を境に、姉の剣は一段と鋭さを増した。もう私や親父では手も足も出ないほどに」


「そこに目をつけたのが、あの清河八郎だというのか」

山南は考え込むように目を閉じた。

「山南さんも、土佐の武市半平太が、岡田以蔵を使って次々と政敵(せいてき)(ほうむ)り、あそこまでのし上がったのは知ってるでしょう?」

良之助は、もっとも危惧(きぐ)していることを口にした。

山南は顔色を変えて、良之助をにらんだ。

「お琴さんは人斬りじゃない」

「ええ。でも、清河の理想とやらに感化(かんか)されている。それに剣術家というのは、技を極めれば、それを使ってみたくなるものです。清河が姉を利用すれば、武市よりもっと恐ろしいことだってできる」

二人の間に張りつめた空気が流れた。


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