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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
別離之章
68/404

二度目の逢瀬

さてこの日、壬生寺の長い一日の最後を締めくくったのは、やはり阿部慎蔵だった。

夜の四つ(10:00pm)。


すっかりひと気もなくなった壬生寺に戻ってきた阿部は、鐘楼とうろうの下であの辻君つじぎみと二度目の逢瀬おうせわしていた。

と言っても、もちろんつやめいた用件ではない。

不首尾ふしゅびに終わった岡田以蔵暗殺の善後策ぜんごさくを練るためだ。


「やっと会えたな」

暗闇に静まり返った境内けいだいに、阿部の疲れきった声が響く。

辻君は手にした行灯あんどんを持ち上げて、何やらやつれた阿部の顔を照らすと、

「しくじったって聴いたから、もうみんな死んだものと思ってたけど。一応、念のために来てみれば、あんた、なかなかしぶといのね」

と感心してみせた。

「ああ。おかげで死に掛けたよ」

阿部はぶっきらぼうに応えた。

「あたしを責めないで。まさか三人掛かりで叶わないなんて、大誤算よ」

「けっ、抜かせ!じゃあ、もう一人もくたばったんだな?」

「長州屋敷に逃げ込んで、二三日は持ったそうよ」

「…そうか」

あの男がともかく屋敷まで逃げ切ったと聞いて、阿部は胸をでおろした。

少なくともこれで自分の名が奉行所ぶぎょうしょれることはないだろう。

「で?次の手を相談しに来たわけ?」

「もうたくさんだ!」

阿部は手を払う仕草しぐさをして、顔をしかめた。

「じゃあなに?今日は客として会いに来てくれたのかしら」

「ふざけんな!女は間に合ってる」

「無理しちゃって。あんたなら安くしといてあげるのに」

「例えそうでも、お前とはゴメンだね。俺が来たのは、あの後どうなったのか確かめずにおれなかったからだ」

「あらそう?あたしはまた逃走資金でもせびられるのかと身構えちゃったわ」

「そこまでつらの皮は厚くねえよ」

吐き捨てた阿部は、胸先むなさきに差し出された辻君の手に気がついた。

「なんだよ、この手は?」

「トボケないで!金に不自由してないってことは、また売れたんでしょ?約束どおり、一割はあたしの取り分」

辻君は阿部に渡した例のクスリのことを忘れていなかった。

上がりの一部を払えということだ。

もの慣れた態度から察するに、どうやらこの遊女は、売人バイニン元締もとじめのような立場で、攘夷志士たちにクスリをバラ撒くのを生業なりわいにしているようだ。

阿部はしぶしぶ二朱金にしゅきんを差し出した。

「…チャッカリしてやがる」

「どっちが?うわ、二朱?」

辻君は金色に光る硬貨こうかをみて目を丸くした。

「ああ。ちっと多いがな。手切れ金だ」

「あんた、けっこう商才あるのね。刀ふり回すより、こっちのほうが向いてるんじゃないの」

「だったらいいんだがな」

阿部は借金を抱えた道場を思って、さらに憂鬱ゆううつな気分になった。

「で、これからどうすんの?」

「ひとつ言えるのは、このご時世、先のことなんて考えたって無駄だってことさ」

辻君は、妙に実感のこもった台詞せりふを鼻で笑って、阿部の帯からユニコーンの根付ねつけがついた印籠いんろうをムシりとった。

「ああ、そんなもんはもう返すよ!」

「勘違いしないで。今回の分。足りなくなったら、店に言って」

辻君は、また新しいクスリを印籠いんろうに詰めるとニッコリ笑って差し出した。

「さっきのは手切れ金だと言ったはずだぜ?どう考えても、そりゃご禁制のクスリだ。もうヤバい商売には関わらねえ」

「今さらなに言ってんの。まだ当分京にいるんでしょ?金はどうすんのさ。あくせく働くより、こっちの方がもうかるのは分かったはずでしょ?」

阿部には到底とうてい受け入れがたい理屈だった。

彼はムッとして辻君に詰めよると、その手にあるクスリを押し戻した。

「俺は見たんだ!このクスリに執着しゅうちゃくする連中はフツーじゃねえ。こんなもんをバラいてれば、いずれあんたも身を亡ぼすぜ」

すると、辻君は今までの態度がウソのように目を怒らせ、阿部の襟首えりくびをつかんだ。

「笑わせないで。あたしは相手を選んで商売してる。あいつらはみんな尊攘派って呼ばれてる連中よ。死んだって誰が迷惑する?あんただって長州や土佐のバカどもが目障めざわりなんでしょ?だったら、何が問題なの?あいつらを骨抜ほねぬきにして、あんたは儲かる。それのどこがいけないの?」

その声には、激しい憎悪ぞうおすら混じっていた。

阿部は、その剣幕けんまくに気圧され、自分でも気づかないうちに印籠を握らされていた。


「おまえ、どうかしてるぞ…」

辻君の手を振り払い、乱れた襟元えりもとを正しながら、阿部はつぶやいた。

「商売って割り切れば、余計な悩みは消えるわ。またいつでもどうぞ」

「そういや、さっき店がどうのとか言ってたな。店ってなんだよ」

「そっか。あんたには、まだ言ってなかったっけ」

辻君は途端に豹変ひょうへんして、妖しく笑うと、その真っ赤な唇を阿部の耳元に寄せた。

阿部は甘ったるいささやき声を聞きながら、間近に見る女の眼が赤く充血しているのに気がついた。


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