月命日 其之壱
時刻は、朝の四つ、正刻(11:00am)。
仏生寺と入れ替わるようにして、表門からやって来たのが沖田総司である。
八木家の次男為三郎と、三男勇之助を従えているので、隊務でないことだけは確かだ。
ちょうど寺の門をくぐったところで、三人は仏生寺弥助とすれちがった。
浪士組が逗留してからというもの、この村では得体のしれない浪人など珍しくもなくなったので、誰も仏生寺を怪しむ者はなかった。
しかし沖田には、同じ天才として何か惹かれあうものでもあったのか、
「あんな人、いたっけ?」
すれ違いざま振り返って、連れの為三郎少年にたずねた。
「さあ、どないやろ?浪士組の人なんか、みんな一緒にみえるし」
為三郎は、そんなことより、これから何をして遊ぶかで頭が一杯だった。
境内に取り残された阿部慎蔵はというと、沖田総司の姿に気づいて)、慌ててその場から立ち去ろうとした。
沖田とは以前、高瀬川の小橋で顔を合わせているのだ。
心ならずも勝海舟の暗殺計画に関わってしまった今、浪士組の人間とはあまり関わりたくなかった。
しかし、顔をそむけるヒマもなく、向こうが気づいて、にこやかに声をかけてきた。
「やあ、どうも。どこかで見た顔だと思ったら、おかしなところで会いますね」
「あ、ああ…」
心もとない返事に、沖田は忘れられたと思ったらしい。
「イヤだな。ほら、あなたが鴨川ベリで長州のなんとかいう奴にからまれてたときに会ったじゃないですか」
「もちろん。覚えてるとも」
「どうしたんです?あ、まさか浪士組に入りたいとか?」
阿部は観念したように沖田に向きなおると、手振りをまじえて力説した。
「今日、それを聞かれるのは二回目だ。俺はそんなに浪士組に入りたがってる風に見えるか?」
「ちがうんですか?」
「ごめんだね!俺はもう刀を振り翳して追いつ追われつなんてのは、ウンッザリなんだよ!」
なぜ相手を怒らせたのか理解できずに、沖田がポカンとして突っ立っていると、為三郎がその袖を引っぱってせがんだ。
「なあ、もうええやろ?遊ぼうや」
「…あ、うん」
阿部はさらに不機嫌になって、
「ケッ!まったく、あんたらはヒマそうでうらやましいよ。悪いが俺は急ぐんで、失礼するぜ」
捨て台詞を残して足早に立ち去っていった。
「アホらし。昼間っからこんな処におる大人が忙しいわけないやんなあ?」
「しっ!バカ、聞こえる…」
沖田は、子供らしからぬ毒舌をはく為三郎の頭を軽く叩いた。
が、少し考えてから、
「おい、ちょっと待った。それ、どっちのことだ?大人にはなあ、色々あるの!」
阿部の背中と自分の胸板を交互に差した。
「どっちでもええから、早よしてや」
為三郎は大人びた口ぶりであしらうと、本堂の前にたむろする仲間たちのところへ駆けていった。
「む~、ありゃ再教育が必要だな」
腕を組んで少年の後姿を睨んでいた沖田の視界に、そのとき、奇妙な物体が飛び込んできた。
白い花束のようなものが、北門の方からフワフワと宙に浮かんでこちらに向かってくるのである。
身を乗り出すようにジッとその物体を凝視していると、やがてその距離が十間(20m弱)ほどに縮まった時、ようやくその正体が、腕いっぱいにシャクナゲの花を抱えた小さな女の子であることが分かった
しかも、走りすぎてゆくその少女の、神妙な面持ちには見覚えがある。
以前この壬生寺で知り合った石井雪だ。
小さな後ろ姿をさらに注意深く目で追っていると、
大量の花を抱えているせいで前が見えないのか、何度もつまづいて転びそうになりながら、境内にある墓地の方へ駆けていく。
なんとも危なっかしい様子を見かねて、沖田は後をついて行くことにした。
やがて墓地に足を踏み入れた雪は、少し立ち止まり、
まだ真新しい墓石の前にしゃがんでいる若い女性を見つけると、脇目もふらず駆け寄っていった。
盃の水を換える、どこか儚げなその姿に、沖田は見覚えがあった。
石井秩、雪の母親だ。
「お母はん!これ、うちがとってきたんやで。お父はんにお供えしてえな」
驚いた顔の秩に、雪は抱えていた花を得意げに差し出した。
「たいへん。こんなに一杯、いったい何処から持ってきたの!」
娘の期待とは裏腹に、母親はきつい口調で叱り付けた。
きっと褒めてもらえると信じていた雪は、目を丸くして固まっている。
「これは、他所のお庭に咲いていたものでしょう?」
雪はしばらく必死で涙をこらえていたものの、
「黙ってないで、こたえなさい」
と秩がなおも問い詰めると、ワンワン泣き出してしまった。
「いいじゃないですか、花くらい。お母さんを喜ばせようと思って一生懸命、手折ってきたんですよ」
不意に声を掛けられた石井秩は、肩をびくりと震わせて顔をあげ、雪の背後に立つ沖田総司を見上げた。
「沖田さん」
その瞳は、池の畔で初めて出会ったときのことを沖田に思い出させた。
「こんにちは」
出来るだけ愛想よく挨拶したつもりだったが、秩はさらに表情を険しくした。
「躾けに口出しをしないで下さい。この子には私しか叱ってやれる人間がいないんですから」
「けど、“われが名は花盗人と立てば立て”、とかいう歌もあるじゃないですか」
あくまで飄々とした沖田の態度に、秩はあきれ顔で、こめかみを押さえた。
「 それは“ただ一枝は折りて帰らん”でしょう?見て下さい、これ。庭の花がぜんぶ無くなってしまったら、お家の人は悲しむわ」
「と、とにかく、このまま枯らしちゃ花も可哀想だ」
沖田は苦笑いしてそう言うと、雪を抱き上げて、彼女が自分で花を供えられるよう、墓前の竹筒に手が届くところまで近づいた。
「ほら」
雪は泣きじゃくりながらも、花を一本ずつ丁寧に差していった。
その手からこぼれ落ちた石楠花の枝を拾い上げて、秩はさびしげに雪の様子をみつめていた。




