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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
別離之章
61/404

月命日 其之壱

時刻は、朝の四つ、正刻(11:00am)。

仏生寺と入れ替わるようにして、表門からやって来たのが沖田総司である。

八木家の次男為三郎と、三男勇之助を従えているので、隊務(たいむ)でないことだけは確かだ。


ちょうど寺の門をくぐったところで、三人は仏生寺弥助とすれちがった。

浪士組が逗留とうりゅうしてからというもの、この村では得体のしれない浪人など珍しくもなくなったので、誰も仏生寺を怪しむ者はなかった。

しかし沖田には、同じ天才として何かかれあうものでもあったのか、

「あんな人、いたっけ?」

すれ違いざま振り返って、連れの為三郎少年にたずねた。

「さあ、どないやろ?浪士組の人なんか、みんな一緒にみえるし」

為三郎は、そんなことより、これから何をして遊ぶかで頭が一杯だった。


境内に取り残された阿部慎蔵はというと、沖田総司の姿に気づいて)、あわててその場から立ち去ろうとした。

沖田とは以前、高瀬川の小橋で顔を合わせているのだ。

心ならずも勝海舟かつかいしゅうの暗殺計画に関わってしまった今、浪士組の人間とはあまり関わりたくなかった。

しかし、顔をそむけるヒマもなく、向こうが気づいて、にこやかに声をかけてきた。

「やあ、どうも。どこかで見た顔だと思ったら、おかしなところで会いますね」

「あ、ああ…」

心もとない返事に、沖田は忘れられたと思ったらしい。

「イヤだな。ほら、あなたが鴨川ベリで長州のなんとかいう奴にからまれてたときに会ったじゃないですか」

「もちろん。覚えてるとも」

「どうしたんです?あ、まさか浪士組に入りたいとか?」

阿部は観念かんねんしたように沖田に向きなおると、手振てぶりをまじえて力説りきせつした。

「今日、それを聞かれるのは二回目だ。俺はそんなに浪士組に入りたがってる風に見えるか?」

「ちがうんですか?」

「ごめんだね!俺はもう刀を振りかざして追いつ追われつなんてのは、ウンッザリなんだよ!」

なぜ相手を怒らせたのか理解できずに、沖田がポカンとして突っ立っていると、為三郎がそのそでを引っぱってせがんだ。

「なあ、もうええやろ?遊ぼうや」

「…あ、うん」


阿部はさらに不機嫌になって、

「ケッ!まったく、あんたらはヒマそうでうらやましいよ。悪いが俺は急ぐんで、失礼するぜ」

捨て台詞ぜりふを残して足早に立ち去っていった。


「アホらし。昼間っからこんなとこにおる大人が忙しいわけないやんなあ?」

「しっ!バカ、聞こえる…」

沖田は、子供らしからぬ毒舌どくぜつをはく為三郎の頭を軽くはたいた。

が、少し考えてから、

「おい、ちょっと待った。それ、どっちのことだ?大人にはなあ、色々あるの!」

阿部の背中と自分の胸板むないたを交互に差した。

「どっちでもええから、()よしてや」

為三郎は大人びた口ぶりであしらうと、本堂ほんどうの前にたむろする仲間たちのところへ駆けていった。


「む~、ありゃ再教育が必要だな」

うで)を組んで少年の後姿をにらんでいた沖田の視界に、そのとき、奇妙きみょうな物体が飛び込んできた。

白い花束はなたばのようなものが、北門の方からフワフワと宙に浮かんでこちらに向かってくるのである。

身を乗り出すようにジッとその物体を凝視ぎょうししていると、やがてその距離が十間じゅっけん(20m弱)ほどに縮まった時、ようやくその正体が、腕いっぱいにシャクナゲの花を抱えた小さな女の子であることが分かった

しかも、走りすぎてゆくその少女の、神妙しんみょう面持おももちには見覚えがある。

以前この壬生寺で知り合った石井雪いしいゆきだ。

小さな後ろ姿をさらに注意深く目で追っていると、

大量の花をかかえているせいで前が見えないのか、何度もつまづいて転びそうになりながら、境内にある墓地ぼちの方へけていく。

なんとも危なっかしい様子を見かねて、沖田は後をついて行くことにした。


やがて墓地に足をみ入れた雪は、少し立ち止まり、

まだ真新まあたらしい墓石の前にしゃがんでいる若い女性を見つけると、脇目わきめもふらずけ寄っていった。

盃の水を換える、どこかはかなげなその姿に、沖田は見覚えがあった。

石井秩いしいいち、雪の母親だ。


「お母はん!これ、うちがとってきたんやで。お父はんにおそなえしてえな」

驚いた顔のいちに、雪は抱えていた花を得意げに差し出した。

「たいへん。こんなに一杯、いったい何処どこから持ってきたの!」

娘の期待とは裏腹うらはらに、母親はきつい口調でしかり付けた。

きっとめてもらえると信じていた雪は、目を丸くして固まっている。

「これは、他所よそのお庭に咲いていたものでしょう?」

雪はしばらく必死で涙をこらえていたものの、

「黙ってないで、こたえなさい」

いちがなおも問い詰めると、ワンワン泣き出してしまった。


「いいじゃないですか、花くらい。お母さんを喜ばせようと思って一生懸命いっしょうけんめい手折たおってきたんですよ」


不意に声を掛けられた石井秩いしいいちは、肩をびくりと震わせて顔をあげ、雪の背後に立つ沖田総司を見上げた。

「沖田さん」

その瞳は、池のほとりで初めて出会ったときのことを沖田に思い出させた。

「こんにちは」

出来るだけ愛想あいそよく挨拶あいさつしたつもりだったが、いちはさらに表情をけわしくした。

しつけに口出しをしないで下さい。この子には私しか叱ってやれる人間がいないんですから」

「けど、“われが名は花盗人はなぬすびとと立てば立て”、とかいう歌もあるじゃないですか」

あくまで飄々(ひょうひょう)とした沖田の態度に、いちはあきれ顔で、こめかみを押さえた。

「 それは“ただ一枝は折りて帰らん”でしょう?見て下さい、これ。庭の花がぜんぶ無くなってしまったら、お家の人は悲しむわ」

「と、とにかく、このまま枯らしちゃ花も可哀想かわいそうだ」

沖田は苦笑いしてそう言うと、雪を抱き上げて、彼女が自分で花を供えられるよう、墓前ぼぜん竹筒たけづつに手が届くところまで近づいた。

「ほら」

雪は泣きじゃくりながらも、花を一本ずつ丁寧ていねいに差していった。

その手からこぼれ落ちた石楠花シャクナゲの枝を拾い上げて、いちはさびしげに雪の様子をみつめていた。


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