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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
別離之章
59/404

押し借りの先客 其之弐

店内では、かまち腰掛こしかけた中年の男が、眠そうな目で番頭ばんとうを見上げている。

「ねえ、どうです?ここで我々におんを売っておいて損はありませんよ?」

平山と似たようなことを言っているのが、低姿勢ていしせいの「アメ」を担当していた浪人である。


芹沢は、中年男にツカツカ歩みよると、いきなりその肩を叩いた。

「よう!」

男はおどろいた顔でふり向いたが、

芹沢を見ると、意外なことに満面の笑みを見せた。

「あ、ああ!芹沢?芹沢鴨か?」


「久しぶりだなあ!聞き覚えのある声だと思ったら、やっぱりあんただ。仏生寺さん!」

その男は、中沢琴と中村半次郎が料理屋で遭遇そうぐうした剣客けんかく仏生寺弥助ぶっしょうじやすけだった。


芹沢は仲間たちをふり返ると、自慢じまんげに紹介した。

「この人は道場の先輩でな。仏生寺弥助つって、神道無念流しんとうむねんりゅう随一ずいいちの剣士なんだぜ?」


新見は神妙に頭を下げ、

「ご高名は存じ上げております。あの宇野金太郎から十本連続で面をとったと言う…」

そう言ったものの、目の前にいる冴えない中年男が「あの」仏生寺弥助だとはまだ信じられない。

なにせ宇野金太郎といえば、西日本にその名をとどろかせた剣豪けんごうで、ハシで飛んでいるハエをつかむことが出来たなどという伝説じみた逸話いつわを持つ男である。

それを完膚かんぷなきまでに叩きのめしたのが、この小男とは。


「おう!しかも、十本すべて面を打つと予告してからの、一撃だ」

しかし、芹沢鴨がここまで心酔しんすいしているのだから、本当かもしれない。

「もういいよ。照れるからよしてくれ!」

仏生寺は赤ら顔をさらに赤くして、激しく手を振った。

「で?なんでお前が此処ここにいる?」


芹沢は、少しきまりが悪そうに頭をいた。

「実は俺たちも、似たような用件で来たんだがな。まあ、いいや。今日のところは昔のよしみでそっちにゆずるぜ」

「これは、これは。申し訳ない」

仏生寺はかるく手刀しゅとうを切ってみせた。

金のうばい合いで一悶着ひともんちゃくあるのではと気をんでいた仏生寺の仲間たちも、ホッと胸をでおろす。


芹沢は、あえて仏生寺の近況きんきょうを聞かなかった。

彼の口から「長州」という言葉が出れば、その瞬間から二人は敵味方に分かれてしまうからだ。

「俺たちは壬生みぶってとこに屯所とんしょを構えてるからよ。ヒマがあったら顔を出してくれ」

「ああ。そうさせてもらおう」

仏生寺は気軽な調子で応じた。

思想的な矛盾むじゅんなど、はなから気にしていない。


芹沢は仲間たちにあごをしゃくって、引きげるよう促したが、入口のところで立ち止まり、何か思い出したように引き返してくると、店の人間に例の鉄扇てっせんを突きつけた。

「なあ、番頭ばんとうさん、また来るから俺の顔を覚えててくれよ?俺たちは会津おあずかりの『浪士組』だ。金を都合つごうしてくれるんなら贔屓ひいきにするぜ?」

大文字屋だいもんじや番頭ばんとうと手代は当惑とうわくして顔を見合わせた。

その顔には、ハッキリ「また面倒めんどうなのが現れた」と書いてあった。

「おい、まだ正式に決まっ…」

言いかけた平間の口を新見が押さえた。

浪士組のあずかりが決定するのは、この翌日である。


「いつまでも借り物の羽織はおりって訳にはいかねえしな。紋付もんつきを全員分、この店で作ってもいい」

芹沢は新見の顔を見ながら、衣紋掛えもんかけに飾ってある羽織のそでをつまんで、肌触はだざわりを確かめるように指先でこすりあわせた。

新見はうなずき、計算高そうな目つきで番頭ばんとうに視線を投げる。

「そりゃあいい。市内の巡察じゅんさつ用にそろいの隊服も欲しいところだ」

番頭ばんとう手代てだい憂鬱ゆううつそうに頭を下げた。

「お、おおきに。お待ちしとります」



店を一歩出ると、芹沢は佐伯又三郎の肩を叩いた。

「よう。すまんがそんな訳でな、次の店に案内してくれるか」

腰巾着こしぎんちゃくが板についてきた佐伯は、嫌な顔ひとつ見せない。

「ほんなら、油問屋あぶらどんや八幡屋やわたやちゅうのがありますさかい、そっちへ行ってみましょか?」

平間重助が、また顔をしかめた。

「おい、今日はもういいだろ」

「そうはいかねえ」

芹沢は無視して歩き出そうとしたが、今度は新見がそれを引き止めた。

「ねえ、芹沢さん。我らもようやく腰が落ち着きそうだ。で、考えたんですが、この際、仏生寺さんを浪士組にお誘いしてはどうでしょう」

「どうしたんだよ。急に?」

「近藤たちをおさえて浪士組を掌握しょうあくするには、今のままでは、数のうえで我々が不利です。仏生寺さんが加われば…」


芹沢は少し困った顔で、腕を組んだ。

「…とはいえ、あの人は長州と仲がいいからなあ」


そのとき、仏生寺が大文字屋の暖簾のれんき分けて、ひょっこり顔を出した。

「聴こえたぞ?勝手に決めつけちゃ困る。そいつは条件次第だ」

芹沢は驚いて振り返ると、めずらしく狼狽ろうばいした。

「おいおい、いいのかよ?そんなこと言って」

「なあ、わたしの人生を想像してみてくれよ。越中えっちゅう貧乏百姓びんぼうひゃくしょうの家に生まれついて、食うや食わずで江戸に流れ着き、風呂焚ふろたきとして練兵館にひろわれるまでは、長州はおろか、世の士分とはえん所縁ゆかりもなかったんだ」

仏生寺は、芹沢がずっと飲み込んでいた言葉をサラリと口にした。

確かに、彼自身に、長州藩と直接的な繋がりはなかった。

「そりゃ、そうかもしんねえけどよ…」

「それがひょんなきっかけから剣の道に入って、それがたまたま性に合ってたらしい。だが、百姓の小倅こせがれに開かれた道は、そこで行き止まりさ。こむずかしい政治の話なんか、どうせ分かりっこないから、別にこの身の上をなげいたこともないが、そうなると、この剣才ってやつを持て余しちまってね。まったく、神様も余計な才能をくれたもんさ」

そこまで言うと、仏生寺は混乱したようにこめかみを押さえた。

「…いや、つまり何が言いたいかっていうとね。わたしには長州も、浪士組も違わないってことなんだ。要はこのうでに、より高い値を付けてくれた方に売る。それだけのことさ」


「不敗の上段」と恐れられた仏生寺の凶剣きょうけんは、動乱どうらんの時代にその行き場を求め、彷徨さまよっていた。


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