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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
別離之章
58/404

押し借りの先客 其之壱

芹沢鴨は、嘆願書たんがんしょを提出した翌日から、さっそく金の工面くめんに力を入れ始めた。

もちろん、彼流のやり方で。


その日、芹沢がとり巻きを引き連れて姿を現したのは、御所ごしょの南、公家屋敷くげやしきが建ち並ぶ一帯いったいにほど近い舟屋町ふなやちょうである。

見るからに垢抜あかぬけた宮仕みやづえとおぼしき人々がきかう中、場違いな浪人の集団はいやでも目をひく。

彼らは、その一画いっかくにある呉服ごふく店「大文字屋」のまえに立っていた。


案内したのは京の事情じじょうに明るいと自称する佐伯又三郎である。

幕府御用達ばくふごようたし大店おおだなですわ」


芹沢は大鉄扇だいてっせんひたいにかざして満足げにその看板を見上げた。

「ほう、さすが立派な店構みせがまえじゃねえか。な?見ろよ。心配しなくても金なんてなあ、あるとこにはあるのさ」

平間重助が気難しい顔でくぎを刺す。

「ああ。しかしそれは、俺たちの金じゃないってことを忘れないでくれ」

平間の家系かけいは、代々芹沢家の御用人ごようにんで、彼自身も幼いころから芹沢鴨と親交しんこうがあった。

いわば芹沢鴨のお目付めつけ役だが、やんちゃな芹沢家の三男坊は、しばしば平間の手にあまる行動をおこした。

逆に芹沢の方は、この旧友を自分の理解者だとみなしているフシがある。

「かたいこと言うなって。俺たちだって徳川様のために働いてんだ。幕府と取り引きしてるってんなら、広い意味じゃ俺たちだって客みたいなもんだ。気前きまえよく貸してくれるさ」

「だといいが」

平間は、まずため息をつき、それからハッとして芹沢をにらんだ。

「まさか、そんな理屈を相手に押し付ける気じゃなかろうな?」

新見錦が二人をなだめるように割って入った。

「『大丸』といえば、主人は義商ぎしょうとして知られた男だ。われわれのお役目を話せば、いくらかは出すでしょう」


この頃、「尊皇攘夷そんのうじょうい」にかこつけて、こういった豪商ごうしょうから強引に金を借り受けるやり方は、浪士たちの常套手段じょうとうしゅだんだった。

「世のため人のため」という大義をふりかざしたていのいいゆすりである。

ただ、借りている本人も、なかばこの行為こうい正当性せいとうせいを信じているところがあって、罪悪感ざいあくかんがない分、タチが悪い。

これは尊皇攘夷そんのうじょうい派、公武合体こうぶがったい派のいずれを問わず同じで、まさにサムライたちのエゴイズムがせるわざと言えよう。

芹沢たちがやろうとしていることも、ほぼこれと大差たいさない。


天狗党てんぐとうの芹沢先生や新見先生の名前を出したら、一発ですわ」

佐伯又三郎が抜かりなくお追従ついしょうを言って、暖簾のれんをくぐろうとしたが、その一歩手前で突然脚を止めた。

「しっ!」

彼は、ふり返ってみなに人差し指を立てて見せた。


店の中から怒鳴どなり声が聞こえる。

『…だあからさあ、じょーいだ、じょーい!わっかんねえヤツだなあ!アメリカだか、イギリスだか、フランスだか知らんが、やつらと一戦交いっせんまじえるってことよ!だからその支度金が要るんだ!』


「ハハ、まいったね。先客がいやがる」

芹沢は眼を剥いて、平間におどけて見せた。


ひとまず中の様子をうかがっていると、さっきとは別の声が金の交渉こうしょうをはじめた。

『…ねえ、おくにのためだと思って、なんとかなりませんか。われわれは下関まで行かなきゃならない。おたくなら三百両くらい安いもんでしょう…』


芹沢は小さく口笛くちぶえを吹いて、肩をすくめた。

「お~お、ふっかけてやがんな。俺たちの取り分がなくなっちまうんじゃねえか」

怪しげな男たちの相手をしていた店の手代てだいは、自分の手におえないと思ったのか、番頭ばんとうを呼んだ。

交代した番頭ばんとうが、なにかクドクドと言い訳をしている。

なるべく彼らを刺激しげきしないように、遠まわしに金は出せないと説明しているようだ。


『…だから返すよ、返しますよ!生きて帰って来りゃさあ!』

最初に怒鳴っていた男が、またスゴみだした。

男たちは「アメとムチ」を使い分ける作戦のようだ。


「押し借りか。典型的な不逞浪士ふていろうしですね」

芹沢一派ではもっとも若い野口健司が、暖簾のれん隙間すきまをのぞきながらつぶやいた。

血気盛けっきさかんな年頃の彼としては、ひと暴れするには格好かっこう口実こうじつを見つけ、ひとまず自分のことはたなに上げるつもりらしい。

新見錦も野口の言葉にうなずき、

「話の内容からして、長州ですよ。どうします?あっちは三人だ」

と芹沢の意見を仰いだ。


「え?…ああ、いや、ちょっと待て」

芹沢は、柄にもなく躊躇ちゅうちょしている。

めずらしくえ切らない首領しゅりょうを見かねた平山五郎が背中を押した。

「こっちは六人です!奴らを追っ払っておんを売っときゃあ、金も出させやすくなる」


まだ考え込んでいた芹沢は、平山を睨みつけた。

「うるせえな!ちょっと黙ってろ!もう少しで…あ…そうか!」

芹沢は手を打つと、思い立ったように暖簾のれんをまくり、大股で中に入って行った。


「あ、ちょっと!芹沢さん」

新見たちは、あわてて後を追った。


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