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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
別離之章
56/404

揃いの紋付 其之弐

同日、()れの六つ(6:00pm)。

「父上、浪士組の芹沢さんと近藤さんが表に来てはりますよ」

私塾(しじゅく)から帰ってきた長男の秀二郎が、家族が夕食をとっている奥座敷(おくざしき)に顔をのぞかせた。

「すぐ行くさかい、あがってもらい」

八木源之丞はハシをおいて、襟元をただした。


「お食事中でしたか、こんな時間にすみません」

中に通されて、奥の部屋で夕食をとっている家族の姿を目にした近藤は、恐縮しながらも、仲むつまじい団欒(だんらん)におもわず(ほお)をゆるめたが、その笑顔はすぐに(こお)りついた。

「…左之助、おまえこんなとこでなにしてる」

並べられた(ぜん)下座(しもざ)に、見慣れた男があぐらをかいて、源之丞の妻、雅に飯の給仕(きゅうじ)を受けている。

「なにって、これが()を打ってるように見えるか?紋付(もんつき)なら、ほれ、そっちの部屋に用意出来てるってよ」

原田左之助はそう言って聖護院大根(しょうごいんだいこん)の漬物を口に放りこむと、バリバリ音を立てて()(くだ)いた。

「…ほんとうにいろいろ申し訳ありません」

近藤は何ともいえない表情で源之丞に向き直ると、(ひたい)を床にすりつけるようにしてあやまった。

となりでは芹沢鴨が笑い転げている。

「いやいや、ほんま、家内(かない)と二人で箪笥(たんす)やらツヅラやらひっくり返して大騒ぎしましたで。そやけど、なんとか人数分そろいましたさかい」

源之丞は衣装盆(いしょうぼん)に積み上げられた紋付羽織(もんつきばおり)を見て頭をかいたが、原田のことには一言も触れない。

どうやら、八木家にとってはこの食事風景がもはや当たり前になっているらしい。


「けど、ほんまにそれでよろしいんどすか?」

座敷に腰を落ち着けると、八木源之丞は戸惑った表情をうかべた。

芹沢はあごをさすりながら不思議そうに、

「どうして」

とたずねた。

「紋付ゆうたかて、これ、全部うちの家紋(かもん)どすえ」

源之丞は羽織の一つを手にとって、染め抜かれた八木家の紋「三ツ木瓜」を指し示した。

芹沢は、今初めて気がついたように目を丸くして、近藤のほうを見た。

「あははは!ほんとだ!そっか。ま、かまわんだろ!なあ近藤さん?」

「ええ、まあ。」

近藤は当たり前だろうという顔でうなずいた。


「ほな、これ」

と言って衣装盆(いしょうぼん)を二人のほうに押しやると、源之丞はあらたまった様子でたずねた。

「そやけど、京都守護職ゆうたら、会津(あいづ)松平容保(まつだいらかたもり)公どすやろ。なんでまた、そない(えら)いお人にいきなり会うことにならはったんどす」

芹沢はニヤリと笑って身をのりだすと、声をひそめた。

「こりゃあ、八木さんだから打ち明けるが、内緒だぜ?われわれ残留組のお預かりを嘆願(たんがん)しに行くのさ」

「ちょ、ちょっと待っとくれやす。残留(ざんりゅう)てなんどすの」

源之丞は顔色を失った。

「残り留まるってことだよ」

満腹した様子の原田左之助が隣の部屋からのっそり現れて、得意げに解説をくわえた。

「そら分かっとりますがな。誰が残り留まりますのや」

「だれって、そりゃ俺たちに決まってるじゃん」

原田は(ほこ)らしげに自分の胸板(むないた)を親指でつついた。

「え?浪士組のみなさんは近々江戸へ帰ることになったて、奉行所(ぶぎょうしょ)の方から聞きましたで」

「そ。俺たちを除いた腰抜(こしぬ)け連中は帰るんだよ」

爪楊枝で歯をせせりながら、原田がニッと笑う。

源之丞は信じたくもないようだ。

「中村はんもそないゆうてはったけどなあ」

「中村?」

「あ、いや。青蓮院(しょうれんいん)のお侍さんどすわ。世間話どすけどな」

八木家は代々青蓮院に出仕して、社務(しゃむ)(寺院の事務)を任されている。

青蓮院は、公武合体(こうぶがったい)派のリーダー中川宮なかがわのみや門主(もんしゅ)を勤める門跡寺院(もんせきじいん)(貴族が門主をつとめる寺院)で、そうした縁から八木家は、幕府の公武合体派と太いパイプを持っていた。

源之丞には、この青蓮院(しょうれんいん)の関係者を通じて幕府筋の情報が一足先にもたらされることも多かったのである。

つまり中村というのは、青蓮院宮衛士(しょうれんいんぐうえじ)の中村半次郎のことだ。

例の中沢琴とデートを楽しんだプレイボーイ“人斬(ひとき)り半次郎”である。

(うわさ)はどうあれ、俺たちは帰んないから。安心して」

源之丞の気も知らず、原田がその肩を叩く。

芹沢はなんとなくその心中を察していながら、そらとぼけた。

「言ってなかったっけ?」

初耳はつみみどすなあ」

なにやら話が一向にすすまないので、しびれを切らした近藤が口をはさんだ。

「われわれは、京都守護職(きょうとしゅごしょく)旗下(きか)で、大樹公(たいじゅこう)(将軍徳川家茂)をお守りすることにしたんです」

「なるほど、初志貫徹(しょしかんてつ)ゆうわけどすな。そりゃあ、立派な心がけや」

源之丞はそれを、彼らが会津藩兵と合流するのだと解釈(かいしゃく)して、やっと安心した。

もちろん近藤のほうに、そんなつもりはサラサラない。

このままこの家に居座(いすわ)るつもりだった。

「まあ、会津公がわれわれの嘆願(たんがん)を聞き届けてくれればの話だがね」

芹沢は他人事のように言って、耳の穴をほじった。

源之丞にしてみれば、彼らが会津藩に引き取られようが、虚しく江戸へ帰ることになろうが、とにかくここから出て行ってもらえさえすればどちらでもよかった。

もちろん、それを口にはしない。

「そんな(こころざし)をお持ちとは、知らんかったなあ」

さも感心したように、何度もうなずいて見せた。

「こいつあ、うかつだった。すんませんね。俺は近藤さんがもう言ってるもんだとばっかり思ってて」

芹沢はニヤニヤしながら近藤を横目で見た。

近藤がムッとして言い返す。

「いや、私も芹沢さんがもう話したものだと」

「まあまあ、よろしがな。そうどすか、おきばりやす」


「で、気の早い話ですが、上手くいったら会津藩の接待(せったい)をお願いしたいんです」

近藤が言い出しにくそうに、もう一つの用件を切り出した。

しかし源之丞は、彼らを送り出すためなら全面的に協力を惜しまないつもりだ。

「ほな、壬生狂言(みぶきょうげん)なんかどないどすやろ」

「それはいい」

思いのほか源之丞が乗り気なので、ご機嫌(きげん)取りも兼ねて、近藤は大げさに喜んだ。

「ええ結果を祈っとりますさかい」

愛想(あいそう)よく笑う源之丞に一礼して、近藤と芹沢は席を立った。


が、

玄関まで行ったところで近藤だけが勢いよく引き返してくると、家族に混じってくつろいだ様子の原田を蹴飛(けと)ばして、衣装盆(いしょうぼん)を突きつけた。

「オラ、行くぞ!おまえがこれを持つんだよ!」


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